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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
31/206

外伝 名探偵春乃

 私は『女神の勇者』東雲(しののめ)春乃(はるの)

 今はアテナ・ポリスの郊外にあるリウムちゃんのお師匠様の屋敷を拠点にして、『巡礼団』の皆さんと共に勇者活動しています。

 活動内容はアテナ国内のモンスター被害に対処する事。町や村などを襲うモンスターから皆を守るお仕事です。

 これは本来は『光の女神巡礼団』のお仕事なのですが、私は護衛をしてくれている巡礼団の皆さんと共にモンスターと戦っています。

 出来るだけ安全に実戦経験を積みつつ、勇者として人助けも行うと言う、巡礼団の団長であるルビアさんの提案でした。

 普段はこのお屋敷でセーラさんやルビアさん達と訓練し、モンスターが現れたと言う報せを受ければ急行してモンスター退治。

 おかげで少しずつですが、勇者としての知名度が上がってきた気がします。


 リウムちゃんのお師匠様であるナーサさんのお屋敷は、赤茶の屋根に白亜の壁の大きなお屋敷で、きれいだけど華美ではない落ち着いた佇まいです。

 ナーサさん自身も上品な老婦人と言った感じで、屋敷のイメージにピッタリの人です。

 正門から屋敷までにある庭はとても大きく、西側は様々な草木が整然と植えられ植物園の様にも見えますが、その一方で東側は一面に芝生が広がっています。

 屋敷までの道を挟んで対照的な東西の庭を見ていると、妙にバランスが悪い印象を受けますが、これにはちゃんと理由があるとの事。

 と言うのもナーサさんが使う魔法は特殊な薬や道具を使用するもので、東側はそれらの実験に使用するスペースとなっているのです。

 その手の魔法の道具は全て魔力を込めやすい特殊な水晶を使用しているため、彼女達の使う魔法は『水晶術』、それを扱う者達は『水晶術師』と呼ばれているとか。

 神官が扱う『神具』と呼ばれる物も、実は水晶術師が作っていて、ステータスカードを作る道具も、その一つだそうです。

 ユピテルではリウムちゃんは単に「魔法使い」と名乗っていましたが、あれは自分が水晶術師としては未熟だと思っていたからみたいですね。

 アテナ・ポリスからユピテル・ポリスまで、水晶術で作った『飛翔盤』に乗って来られたと言うのだから十分だと思いますが。

 と言うか、それがあったからこそリウムちゃんの様な小さな子でも一人でアテナからユピテルまで旅が出来たとも言えます。

 ちなみに飛翔盤と言うのは人一人が乗れる程の大きさの円盤で、水晶術師はそれに乗って空を飛ぶ事が出来るのです。

 残念ながら他の人を乗せて飛ぶ事は出来ません。

 リウムちゃんが飛翔盤の上にちょこんと座ってふわふわ浮かぶ姿が可愛らしくて私も興味があったのですが、精細な魔力制御技術が必要らしく、私には無理だと言われてしまいました。


「ハルノ、神殿からメッセージが届いたわよ」

 私がセーラさんと一緒に中庭で剣の訓練をしていると、ナーサさんがリウムちゃんを連れてやって来ました。

「ナーサさん、メッセージってユピテルの神殿からですか?」

「いえ……ケレスの神殿からよ」

「ケレス?」

 確かオリュンポス連合に属する国の一つです。

 名前が広まり、そちらからもモンスター退治の依頼が来たのでしょうか。

「送り主は……トウヤね」

「冬夜君!?」

 私とセーラさんは顔を見合わせ、すぐに剣を収めてナーサさんに駆け寄ります。

「慌てなくてもメッセージは逃げないわ。ほら、これよ」

 くすくすと笑いながらメッセージが書かれた紙を差し出すナーサさん。

 私は照れ笑いを浮かべながらそれを受け取ります。

 キリッとなんて出来ません。冬夜君のメッセージが目の前にあるのですから。

 私とセーラさんで手紙の両端を持って二人で読もうとすると、リウムちゃんが下から潜り込んで来て三人で手紙を覗き込む形になりました。

 そこにはルリトラさんの故郷を救う事が出来たと言う事と、そこでクレナさんとロニさんと言う新しい仲間が出来た事。

 無事にケレス・ポリスに辿り着けた事と、滞在期間は短くすぐに旅立つ事。

 そして近い内に会いに来てくれる事が書かれていました。

 ちゃんと約束通り新しい仲間を見付ける事が出来た様で一安心です。

 少し素っ気ない内容の様な気がして少し寂しい気もしますが、担当の神官に読まれ、内容もチェックされてしまう事を考えると下手な事は書けないので仕方ないでしょう。

 とにかく冬夜君の無事が分かっただけでも朗報です。巡礼団と一緒に目立っている私と違って、彼は個人で旅をしているので噂になりにくいですから。


 メッセージを読み終えたセーラさんが笑顔で声を掛けて来ます。

「良かったですね、ハルノ様」

「ありがとう、セーラさん」

 彼女も冬夜君の事を心配して毎晩祈りを捧げていたので、彼の無事が分かって嬉しいのでしょう。満面の笑みです。

「もう少しハルノ様に愛を囁く様な手紙だったら良かったのですけど、神殿の検閲が入るので仕方ありませんね」

「私もそう言う返事は書けないと思いますし、仕方ないですよ」

 恋文と言うのは小学生の頃にもらった事がありましたが、自分をいじめていた男子からの物だったため返事を出さないまま終わってしまいました。

 中学以降は女子校だったためもらう事もなくなり、自分で書いた事は一度もありません。

 だから一度恋文と言う物を書いてみたいと思っていました。

 大好きな冬夜君に伝えたい事は山程あります。

 しかし、神殿の人達に見られると思うとやっぱり恥ずかしいです。

 セーラさんにメッセージを送ってもらうと言う方法もありますが、結局向こうの神殿で粘土板に記され、それを紙に書き写す際に見られてしまいますし。


「あら? リウムちゃん、どうしたの?」

 隣のセーラさんが、リウムちゃんに声を掛けました。

 どうかしたのかと私も視線を落として見てみると、彼女は腕を組んでしきりに首を傾げています。

「リウムちゃん?」

 私が声を掛けると、彼女は顔を上げて私の方を見て来ました。

 傍目にはあまり表情が変化しない様に見える「人形の様な」と表現するのが相応しいかも知れない整った顔立ち。

 しかし私は知っています。目は口ほどに物を言う。海のグレーの色をしたきれいな瞳は様々な表情を見せてくれる事を。

 今の彼女の瞳は好奇心に満たされキラキラと輝かんばかりです。

 手紙の内容に何か気になる事があったのでしょう。

「ハルノ……この手紙、変」

「変? どこがですか?」

「そのいち、ケレスに滞在する期間が短いと言う事は、次の目的地が既に決まっていると言う事。でもハルノに会いに行くのは『近い内』で、これから行くとは書いていない」

「つまりハルノ様に会いに来る前に、どこか行く所があると言う事ですか?」

 セーラさんが尋ねると、リウムちゃんは得意気に胸を張って頷きました。思わずいいこいいこと頭を撫でたくなります。

「そのに、ルリトラの故郷で仲間になったクレナとロニ。この二人は何の目的があってトラノオ族の集落に来たの?」

「え? それは旅の途中で立ち寄ったとか?」

「目的もなく『空白地帯』に入る旅人はいない」

 戸惑いながらも私は答えましたが、リウムちゃんはピシャリとそれは間違いだと言ってきました。

 更にナーサさんも補足してくれます。

「『空白地帯』でしか採れない希少な物もあるから、それを狙った狩人と言う可能性もあるけど、それでも奥深くまで入り込むのはあまり考えられないわね」

「何か目的があったと言う事ですか……」

 何と言うか、ナーサさんは穏やかな方なのですが、そのハッキリとした物言いには威厳があり説得力が感じられます。

「何かは分かりませんが、その目的にトウヤ様が賛同した。だからクレナさんとロニさんが仲間になった。確かに筋は通りますね」

 セーラさんも、リウムちゃんとナーサさんに同意しました。

 あまり考えたくありませんが、冬夜君は私に何か隠し事をしているのでしょうか。

 いえ、そんなはずはありません。きっと神殿を通したメッセージでは伝えられない何かがあるに違いありません。

「あ、あの、『空白地帯』って何があるんですか?」

「何も無いから『空白地帯』。本当に何もない。資料も何もかも」

「……資料も?」

「だからつまらない」

 私の投げ掛けた疑問に淡々と答えるリウムちゃん。好奇心旺盛な彼女ですが、資料が少なく調べ様が無い場所なので興味が薄い様です。

 その一方で私は、リウムちゃんの話を聞いて一つの疑問が頭に浮かんでいました。

 『空白地帯』は、決して人跡未踏の僻地ではありません。オリュンポス連合のトップであるユピテルに近く、その周辺には他にもケレスを含むいくつかの国家があります。

 そして、『空白地帯』のみ荒野や砂漠が広がる環境と言うのは、どう考えても不自然です。私でも分かります。

 にもかかわらず資料が少ない。これもやはり不自然な事でしょう。

 冬夜君は、この不自然な事に関する何かを知った。いえ、クレナさん達からそれを聞いたのかも知れません。

 それならば、私も協力を――と提案し掛けて、すんでのところで思い留まりました。

「ハルノ様?」

「ううん、何でもない」

 冬夜君がその事についてメッセージで一言も触れていないのは、それだけの理由があると考えられます。

 もし資料が少ない事が人為的なものだとすれば、それは一体誰の手によるものでしょうか。

 『空白地帯』が出来た当時の権力者によるものと考えるのが自然でしょう。もしかしたら当時の神殿もそれに関わっているのかも知れません。

 セーラさんの方に視線を向けると、彼女は黙り込んだ私を心配そうに見ていました。

 彼女がこの事について私に隠し事していると言う事は無いでしょう。むしろ彼女達も隠されている事を疑問に感じてないのだと思います。

 しかし、それだけなら冬夜君がその事を隠したメッセージにする必要はないので、やはり今でもそれを隠そうとする何らかの力が存在していると判断出来ます。


「…………」

「ちょっ!? どうしたんですか、ハルノ様!?」

 そこまで考えて、私は思わずその場に崩れ落ちてしまいました。

 何と言う陰謀論。状況を考えるとそう間違ってはいないと思うのですが、だからと言って今の私を心配してくれているセーラさんを一瞬でも疑ってしまうなんて自分が恥ずかしいです。

 私は顔を上げ、すぐ側にしゃがみ込んでいるセーラさんの顔を見ました。

 私の事が心配で心配でたまらないのでしょう。青ざめた表情をしています。

 彼女を疑ってしまった事を反省しなければなりません。

 そして決めました。彼女を信じると。

 私は立ち上がり、真剣な表情で三人に向かって口を開きました。

「セーラさん、リウムちゃん、ナーサさん。この件について考えた事があるんですけど、どこか別の場所で話を聞いてもらえませんか?」

「……分かりました。では、私の部屋で」

 ナーサさんはしばらく私の目をじっと見て、何か察してくれたのか、小さくため息をついてそう言ってくれました。

 すいません。もしかしたら厄介事かも知れません。



 周りの視線を気にしながらナーサさんの部屋に入った私は、まず窓が薄いレースのカーテンで閉ざされている事を確認します。

 レースの隙間から日の光が差し込み部屋の中が明るく照らされていますが、その反面外から中の様子を窺うのは難しいでしょう。

 この部屋は二階にあるので、この世界の人達からすれば心配し過ぎなのかも知れませんが、こればかりは現代人の感覚が抜け切りません。

 床は柔らかな絨毯で、壁一面が大きな本棚に覆われています。

 部屋の真ん中に大きな執務机があり、ナーサさんが窓側の椅子に腰掛けて私達三人はその向かいに立ちました。

 そして私は、手紙の内容を読み、リウムちゃんの話を聞いて考えた事を全て包み隠さず三人に話しました。

「『空白地帯』に何か隠されてる……ですか? そんな、まさか……」

 信じられないと戸惑った表情のセーラさん。昔の話とは言え、神殿が何かしたかも知れないと言う話なのだから当然でしょう。

 リウムちゃんとナーサさんは、黙って顔を見合わせています。

 私の話が信じられないと言う風ではなさそうです。

「ハルノの話、筋が通っている」

「そうね。迷信の類だけど『空白地帯』の中央に滅んだ王国があったと言う話もあるわ」

「神殿が事実を迷信にしたと言う事ですか?」

「そこまでは分からないわね」

「私も断定は出来ません」

 恐る恐る問い掛けるセーラさんに、ナーサさんはゆっくりと首を振って答えました。続けて私もフォローを入れます。

 これについては隠された秘密が何であるかが分からない事には何も言えないでしょう。

 私は国家と言う垣根を越えて連合全体に影響を及ぼせるのは神殿しかないと思っていますが、私が知らないだけでその秘密を守るための組織が存在してもおかしくありません。

 その辺りがハッキリしない事には、断定する事が出来ないのです。

「とにかく、巡礼団の人達にはまだ話さない方が良いと思うわ」

「ですね」

「同意。まだ憶測の段階」

 巡礼団の皆さんは神殿に仕える特に忠誠心の厚い方達ですし、憶測の段階でこの事を話すのは避けた方が良いでしょう。

「それなら私にも黙っていて欲しかったです」

「す、すいません。セーラさんには隠し事をしたくなかったので」

「信頼してくれるのは嬉しいんですけどね……」

 セーラさんは少し困った様な笑みを浮かべています。

 彼女を信頼していると言うのは、私の本音でした。

 勇者や神官と言った肩書きではない、個人としての友情があると思ったからこそ、彼女なら信じてくれると思ったのです。

 その結果、少なからずショックを受けてしまった様ですが、そこは私がフォローしなければなりませんね。


 その時、リウムちゃんが私の裾をクイックイッと小さく引っ張ってきました。 

「どうしたの、リウムちゃん」

「ハルノ、一つ提案が」

 リウムちゃんの方に視線を向けると、彼女もじっと私の目を見返してきます。

「神殿で使われているメッセージ送る神具、あれ実は水晶術師が作ってる」

「えっ、ナーサさんが?」

「アテナ・ポリスの神殿で使われているのは師匠が作った」

 リウムちゃんはコクリと頷きながら答えてくれました。

「その神具は……セーラとトウヤでも使える」

「あっ……!」

 思わず私は小さく声を漏らしてしまいました。

 メッセージを送るのが神官魔法で行われているのだとすれば、専用の道具――神具と呼ばれる物があれば、神殿を通さずにメッセージのやり取りをする事は可能なのです。

「ですが、それはトウヤ様の方に神具を届ける必要があるのでは?」

「私が、飛翔盤でひとっ飛び」

 グッと親指を立てて得意気な顔になるリウムちゃん。

 元々アテナ・ポリスからユピテル・ポリスまで一人で旅をしてきた子です。ケレス・ポリスまでも距離はさほど変わりません。

「……分かりました。私だってトウヤ様が何を掴んだのか気になります。望むところです」

「ナーサさん」

 セーラさんは決意を固めた様子で真っ直ぐに私を見てきました。そしてこくりと頷き合い揃ってナーサさんの方に視線を向けます。

 すると彼女はしばし無言で私達を見詰め返し、やがて目を閉じて再び小さくため息をつきました。

「……規則がありますから神殿で使っている物を渡す訳にはいきませんが、簡易な物で良ければ差し上げましょう。お互いにメッセージを送り合うだけならそれでも出来るはずです」

「ありがとうございます!」

 私とセーラさんは揃って深々と頭を下げました。


 次に私は、リウムちゃんの方に向き直ります。

 もう一つ、とても大切な用事があるのです。

「リウムちゃん、冬夜君に手紙……届けてくれる?」

「任せて」

 その晩私は、生まれて初めてのラブレターを書きました。

 本人が目の前にいる訳でもないのに、結構恥ずかしいですね、これ。

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