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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
30/206

第28話 大地の祝福

 広くなった『無限バスルーム』の調査を一通り終えた俺は、新しい風呂に入りたい誘惑にかられたが、案内の神官が出迎えに来たためそのまま出掛ける事にした。

 トゥナとデーツ、薬の材料となるアロエ、それにレッサーボアの毛皮はそのまま売ってしまう事が決まっている。

 村でもらった小麦はそれなりに長持ちする物なので、そのまま残す事が決まっている。ロニも料理のバリエーションが増えると喜んでいた。

 最後にゴールドオックスの毛皮。これを売るかどうかは値段次第のつもりだったが、幸いかなりの高額で売る事が出来た。

 ちなみに高額であると判断したのはクレナである。ゴールドオックスは『空白地帯』にしか生息していないため、北国であるユノ・ポリスでも高額で取引されているらしい。

 このケレス・ポリスでの値段もそれに負けていなかったため、そのまままとめて売ってしまう事にしたのである。

 この国は貴族がおらず、大地主達によって構成された議会によって運営されている貴族のいない国だ。

 その事自体に問題はないのだが、王侯貴族がいる他のオリュンポス連合の国々から下に見られる風潮があるとか。

 そのためこの国の上流階級の者達は、見た目だけでも彼等に負けない様に着飾ろうと派手な物を求める傾向があるらしい。

 ゴールドオックスの毛皮が高額で売れたのも、その豪華な金色がそんな彼等の嗜好とピタリ一致したためであろう。

 成金趣味と言ってしまえばそれまでだが、実際のところ彼等の経済力は、他国の木っ端貴族達では到底及ばないとの事。


 毛皮商人は俺達が素人と思ったのか安く買い叩こうとしたが、この辺りの事情を知るクレナがその事を指摘。

 しどろもどろになりながらも計算を誤魔化そうとしたので、そこは俺が指摘してやり、少し色を付けた値段で買い取らせる事に成功した。

 義務教育も無いこの世界では識字率も低く、計算が出来ない人も珍しく無いのかも知れないが、現代日本の高校生を舐めてもらっては困るのである。


 そして買い物の方だが、まずは前々から予定していたテントと衝立。それに、俺とクレナのハードレザー製防具一式を買う事にした。

 金属鎧を身に着けて『空白地帯』で活動する厳しさを知ったためだ。

 それと変態偉人の店こと『フィークス・ブランド』にも行き、クレナとロニは通気性の良い下着を買っていた。

 こちらも『空白地帯』で痛い目に遭った経験故である。

 そして下着選びは俺も手伝う事になった。

 通気性の良い物限定とは言えデザインは何種類かあり、ハンガーに吊されたそれらをロニが無邪気な笑顔で持って来て見せてくるのだ。

「トウヤさま~。どの色が良いですか?」

 ロニが持ってきたのは同じデザインの色違いだ。上下セットになっていてハート柄とリボンが可愛らしい。

 色は白と淡い青、ピンクの三種類。俺はカスタードクリーム色の髪をしたロニには同じ暖色系のピンクが良いのではないかと考えた。

「そっちのピンクが良いんじゃないか?」

「分かりました! トウヤさまがそうおっしゃるならっ!」

 そう言ってロニは嬉しそうな笑顔でクレナの下へ戻って行き、彼女に俺が選んだ下着を見せてはしゃいでいる。

 いつもの無邪気な笑顔なのだが、それだけではなく、少し心の距離が近付いたと感じるのは気のせいではないと思う。

「ねぇ、トウヤ。選んでくれるならそんな所にいないでこっち来てよ」

「……クレナが良いなら行くが」

 クレナが恥ずかしがると思ってルリトラと案内の神官と一緒に離れて荷物の番をしていたのだが、クレナの方から呼んできたとあれば行かなくてはならない。

 俺はルリトラと神官をその場に残してクレナ達の方に近付いて行く。

 案内の神官を連れて行く訳にはいかないし、ルリトラは商品が立ち並ぶ通路に比べて身体が大き過ぎるのだ。

 と言うか、この店の通路はユピテル・ポリスの店よりも通路が狭い気がする。

「なぁ、フィークス・ブランドの通路ってこんなに狭かったっけ?」

 俺が問い掛けるとクレナは辺りをきょろきょろと見回し、そこでようやく通路が狭い事に気付いた。

 自分が利用する分には不自由は無かったので、今まで気付いていなかった様だ。

「え? ああ、亜人が来ないからじゃない?」

「来ない? なんでだ?」

「ケレス・ポリスは、特に亜人が少ないのよ。農業ばっかりの国だから亜人の方も興味ないんでしょ」

「そう言うものなのか?」

「畑仕事より狩りの方が好きな人、多いと思いますよ」

 小首をかしげながら言うロニ。つまり亜人の方も農業が盛んなこの国には興味がなく、店の方も亜人の客を想定していないと言う事なのだろう。

 言われてみれば、ロニとルリトラが周囲の視線を集めている気がする。特にルリトラが。

「それより、これどうかしら?」

「……デカいな」

「そうじゃなくて」

 クレナが商品棚から取ったブラを見て思わず呟いてしまった俺に、彼女は呆れ混じりにツっこみを入れた。

「あ、いや、良いんじゃないか。クレナが白って初めて見る気がするけど」

「私自身、色が白いからね」

 クレナが見せてくれたのは純白のブラ。普段身に着けない色だが、フリルのデザインが気に入ったそうだ。

 彼女の場合、肌は色白で髪は銀髪なので色が濃いめの下着を好むらしい。

 言われてみると『空白地帯』を旅してきたと言うのに彼女は、少し肌が赤くなるぐらいでほとんど日焼けをしていない。そう言う体質の様だ。

 健康的に日焼けしている俺やロニと比べると、更にその白磁の様な肌が際立つ。


 もちろん一つ買えばそれで済む訳はなく、それから更に何種類かの下着を買い揃える。

 俺の方は改めて買い足す物は無い。元より『空白地帯』に行く事を前提に買った物なので、今ある物で十分なのだ。

 店を出ると昼が近かったため、俺達は馬車を扱っている店の位置だけを確認して神殿に戻る事にした。

 馬車は『空白地帯』に行く事を前提に選ばなければならないため、神官の同行を避けたかったのである。

 神殿に戻った俺達は、昼からだけ神官の同行を拒否するのは不自然と言う事で、昼からは神殿の書庫で魔王に関する情報を探す事にした。

 それにしても『砂漠の王国』に関する事を隠し続けると言うのは意外に大変だ。

 クレナ達はユノ・ポリスを旅立った時からこう言う旅を続けてきたと言うのだから、その苦労は今の俺の比ではないだろう。

 王道の勇者になる気は無かったが、思いっ切り裏街道に入り込んでしまった様な気がするのは気のせいではあるまい。


 もっとも、その事に後悔は無い。

 少女二人で無謀な旅をするクレナ達を放っておけなかった事も事実。

 それに隠された歴史――魔王の真実を知る事が必要だと思ったからこそ、俺も彼女達と共に『砂漠の王国』を目指す事にしたのだから。



 神殿に戻った俺達は、まず生乾きの状態まで乾燥させた洗濯物を取り出し、天日に干す事にした。完全に乾燥させてしまうと傷みが早いからだ。

 天日に干すのは、どこかに滞在している間にしか出来ない。普段ならば『無限バスルーム』の中で吊り干しする事になるだろう。

 それから昼食を済ませ、夕方まで神殿の書庫に籠もって調べ物をする。

 ルリトラもロニも本は苦手だと言うので二人は専ら本を運ぶ役目で、調べ物をしたのは俺とクレナだ。

 異世界人の俺は、女神の加護のおかげでこの世界の文字を理解出来る。

 いや、それどころか調べ物をしていて分かった事なのだが、俺はクレナも読めない様な古代文字で書かれた本も理解する事が出来た。

 便利ではあるのだが、どうやら女神の加護と言うのは加減が効かないものらしい。


「み……見付からん……」

 問題はそれだけ調べても魔王に関する記述はほとんど見付からなかったと言う事だ。

 俺は徒労に終わってしまった数時間を思い出し、思わず机に突っ伏してしまった。

 神殿の書庫と言ってもそう大きくない一室だ。目ぼしい資料はほとんど調べる事が出来たのだが、初代聖王に関する記述は山ほどあっても魔王に関する記述はほとんど無かったのだ。

 『砂漠の王国』に関する記述を抹消する際に、魔王に関する物も全て処分してしまったのだろうか。

 魔王を倒したと言う初代聖王の伝承は残っているのだが、魔王の本拠地の場所については分からない様になっていた。

 『泉に住む賢者』の知恵を借りて初代聖王のパーティは魔王城に突入したと言う伝承が残っているのだが、その泉が具体的にどこにあるのかは記されていない。

 そのため五百年後の今では、この『賢者の泉』と呼ばれる場所は大陸中のいたる場所にあり、どれが本物なのか判別する事が出来ない様になっている。

 おそらくこれも隠蔽工作の一つなのだろう。

 地図を調べたところ、このケレス・ポリスの東側にも『賢者の泉』があるらしい。

 『砂漠の王国』が魔王の本拠地だとすれば、そこが本物の泉なのだろう。クレナから聞いた情報があるからこそ分かる事実である。

「フム、この位置関係だと門に向かう途中で立ち寄る事が出来ますかな?」

 ルリトラが地図を眺めながら言う。

 確かに地図の表記が正しければケレス・ポリスを出て真っ直ぐ東に行けば泉があり、そこから少し南下した辺りにかつてトラノオ族が壊したと言う魔族が出て来た門がある。

「念のために寄ってみるか。もう何もないだろうけど」

「五百年前だもんね、賢者が住んでたのって」

 門に行くための目印として利用出来そうだったので、俺達は旅の計画の中に『賢者の泉』に立ち寄る事を書き加える事にした。


 文献調査をするついでに、俺の無駄に膨大な魔力を活かす事が出来ないかと神官魔法の教本を探してみたのだが、残念ながらこちらも空振りに終わってしまった。

 いや、教本が無かった訳ではない。神殿だけあって何冊もあった。

 しかし、ユピテル・ポリスの神官長さんからもらった教本より良い物が見付からなかったのだ。

 あの人は、相当奮発して良い物をくれたらしい。



 書庫での調査を終えて部屋に戻り、俺はソファでくつろぎながら神官長さんから貰った教本を読む。

 魔法の練習は後回しにして一通りざっと読んでみたが、神官魔法と言うのは攻撃魔法が極端に少ない様だ。

 例外としてアンデッドの様な不浄の者を浄化する魔法があるが、残念ながらこちらも普通の相手にはほとんど効果が無い。

「クレナの精霊魔法って、俺でも使える様になるか?」

「無理ね。トウヤって精霊の声とか聞けないでしょ?」

 精霊魔法を使える様になればと思ったが、残念ながら特別な資質が必要らしく俺には使えない様だ。

「神官魔法って言うのは一番体系化されてて、加護さえあれば割と誰でも使えるものだから」

「そう言うものなのか……」

 俺はがっくりと肩を落とした。

 魔法効果の高さには自信を持って良いと思うのだが、特別な魔法が欲しいと思うのも、男として間違ってないと思いたい。

 神官魔法以外は全く体系化されていないため、身に付けたいならば師弟と言う個々の繋がりに頼るしかない様だ。

 俺が知っている神官魔法以外の魔法使いは、精霊魔法のクレナを除くと聖魔法の使い手であるユピテルの王女、それにアテナの魔法使いであるリウムちゃんぐらいである。

 そう言えばリウムちゃんは、ただ「魔法使い」と名乗り、自分がどんな魔法を使うのかはほとんど語らなかった。彼女はどんな魔法を使うのだろうか。

「他の魔法使いを探す方法ってあるか?」

「弟子を募集してる人とかもいるけど、とにかく直接会いにいかない事にはどうしようもないわよ? 独学でどうにかなるのは神官魔法くらい……あ」

「どうした?」

「他の女神の神殿に行ったらあるかも。その本に載ってない魔法がある教本」

「マジで?」

「だって、『大地の女神』の力を借りた魔法の教本に『光の精霊召喚』が載ってると思う?」

「ああ……確かに、それは変だな」

 あるとすれば『大地の精霊召喚』であろう。

 それも神官魔法の一種で特別な魔法と言う訳ではないが、攻撃的な魔法があれば無駄に強大な魔力を活かし、戦いの幅を広げる事が出来るかも知れない。

「ねぇ、トウヤさま。あの村にあったのは大地の女神の礼拝所でしたよね? だったら、このポリスに神殿があると思いますよ」

「そうなのか?」

「礼拝所をまとめてるところがあるはずですから」

 なるほど。ケレスにおける大地の女神信仰の代表がいると言う事か。

「そう言えば、あの礼拝所にあったシンボルと同じ物を見掛けましたな。こちらの神殿に比べて小さな建物だったと思いますが」

「そりゃそうでしょうよ。光の女神は支配者層が信仰する女神だし」

 大地の女神は、農夫や狩人と言った大地の恩恵を受けて生きる者達が信仰しているそうだ。

 一部のポリスを除けば一番大きな神殿は光の女神の神殿となり、それがその国を代表する神殿となるが、他の女神の神殿が無い訳ではないらしい。

 実際、ルリトラの話によると大地の女神の神殿はここの半分程の大きさだったそうだ。 生々しい言い方をすれば、信者からの寄進の額が段違いなのだろう。


「今から行くのは流石に不味いか?」

「もう夜も遅いですし。神殿の方達、お夕食の準備していると思いますよ」

「よし、それなら明日の朝に行こう」

 逸る気持ちはあるが、ロニの言う通り準備されている夕食を無視して出て行くのも、夜分遅くに大地の女神の神殿を訪ねるのも無礼だろう。

「では、荷物をまとめておきましょうか」

 のっそりと立ち上がったルリトラが動き出す。

 現状で一番大きく、重い荷物は現金だ。

 これは必要な分だけをいくつかの財布に分散させて持ち、残りは全て袋につめて『無限バスルーム』の中に仕舞い込む。これほど安全な金庫は他に無いだろう。

「トウヤ、私達は神官長さんに挨拶に行きましょう」

「大地の女神の神殿に行く事は言っても良いか?」

「問題ないわよ。神殿同士仲が悪いって事は無いから。なんだったら、向こうの書庫を調べに行くと言っておきなさい」

「分かった、そうするか」

 その他の荷物はルリトラ達に任せ、俺はクレナと二人で神官長の下へ挨拶に行った。すると神官長はもう少し滞在されてはと引き止めてきた。

 その必死な様子に思わず俺は引いてしまったが、クレナはすまし顔で平然としている。どうやら彼女はこうなる事を予想していたらしい。

 後で聞いてみたところ、『女神の勇者』がいると言うだけで信者から寄進が集まるそうだ。「勇者様が滞在されているなら、これでお世話を」と言った感じに。

 先程クレナに言われた通り大地の女神の神殿の書庫を調べに行くと言うと、神官長も諦めたのか何も言わなくなった。

 おそらく彼も、こちらの書庫を調べても何も出なかった事を知っているのだろう。

 こうして縋られると申し訳ない気がしないでもないが、こちらも最初に果物と干肉を神殿の皆で食べられるぐらい寄進している。

 滞在は一日だけだったし、特に問題になる様な事は無いと思う。

 神官長との話を終えて部屋に戻る途中、俺は視線は前に向けたまま隣を歩くクレナに小さく声を掛けた。

「大地の神殿への寄進は現金で良いかな?」

「向こうにも宿泊する事になれば、それかしらね。部屋に戻ったら準備しましょ」


 ちなみにその日の風呂は、昨日の地下浴場まで行ったのだが、結局新しい風呂を我慢出来ずにそこで『無限バスルーム』の扉を開く事になった。

 二人ともシャワーがお気に入りらしい。湯着姿でシャワーを掛け合いながらはしゃぐ二人の姿が実に可愛らしい。

 神殿の浴場の様に足を伸ばす事は出来ないが、十分な広さを持つ浴槽。三人一緒に入って寛いだのは言うまでもない。



 そして翌日、俺達一行は光の神殿を出て大地の神殿へと向かった。

 街中で勇者コスモスの戦いに巻き込まれたのは記憶に新しい事もあり、武装した状態での出発である。

 クレナ達も何も言わずに武装していたので、特に珍しい事でもないのだろう。

 ルリトラに案内されて到着した大地の女神の神殿は、商店が並ぶ通りと職人の工房が並ぶ通りの間にあった。

 昨日は気付かなかったが、ここは防具を注文した帰りに通った道だ。

 ルリトラは周囲に注意を払いながら歩いていたので、大地の女神のシンボルに気付く事が出来たそうだ。

 なるほど、光の神殿の半分程度だと言うルリトラの見立ては間違っていない。そのこぢんまりとした佇まいは、神殿と言うよりも少し大きめの工房か商館を彷彿とさせる。

 家の近所にも一般住宅に囲まれた小さな神社があった事が思い出された。

 言われてみれば門扉の造りなどに光の神殿との共通点があるのだが、正門の上にあるシンボルに気付かなければ神殿である事が分かりにくい。


 ちなみにこの神殿の隣は果物屋で、威勢の良いおじさんとおばさんが揃って声を張り上げている。二人は夫婦なのだろうか。

 その店頭には寄進用に果物をセットにしたカゴが並んでいた。なかなか商売上手だと思う。

 と言うか、正門のシンボルよりもこちらの方が目立っているかも知れない。

 せっかくなのでそのカゴを一つ買い、果物屋夫婦の「大地の御加護を!」と言う声を背に受けながら俺達は神殿の門を潜る。

 ここは中庭ではなく正面に庭があるので、人力車はそちらに置かせてもらう事にした。

 昨日『女神の勇者』である俺が光の神殿に泊まった事は知っていたらしく、門番にステータスカードを見せるとすぐに中に入る事が出来た。

 門番がカードから突き抜けたステータスを見て目を丸くしていたのはご愛嬌である。

 そうか、身分証としてステータスカードを見せると、一緒にステータスも相手に見せる事になるのか。自分でもビックリな尖ったステータスなので驚かれるのも無理は無いだろう。


 この神殿の神官長は丸顔で髭が無い、ブラウンの髪をした中年の男だった。

 小太りな体型で背も腰も低く、司祭のローブを着ていなかったら中間管理職のサラリーマンか何かに見えたのではないだろうか。

 果物の入ったカゴを渡し、魔王に関する情報と、大地の女神の魔法に関する教本を探していると言うと、神官長は小さな書庫ですがと前置きして俺達を迎え入れてくれた。

 むしろ、そう言うところこそ抹消し忘れた物が眠っているのではないかと言う期待もあるので望むところである。

 教本についてはすぐに用意してくれるとの事だ。最近は小さな大地の神殿よりも光の神殿の神官になりたいと言う者が多く、教本が余っているらしい。

「ああ、勇者様。そう言う事でしたら、祝福を受けませんか?」

「祝福? 女神の祝福ならもう授かってるが」

「それは光の女神の祝福でしょう? 大地の女神の祝福ですよ」

「良いのか、それは」

「何か問題ですか? 普通の人なら持て余すかも知れませんが、勇者様程の魔力があれば大丈夫でしょう」

 五柱――いや、六柱の女神が姉妹だからか、複数の女神の祝福を受ける事自体に問題は無いらしい。

 新しく神官になる者が現れた際に行う儀式だそうだ。

「初代聖王様の仲間であった後の大神官様は、五柱の祝福全てを授かっていたそうですよ」

「勇者と三人の仲間ですか?」

「ええ、その一人です」

 普通の人はやらないが、前例が無い訳ではないとの事。もっとも、その前例と言うのはそれこそ伝説上の人物ではあるが。

 念のためクレナに確認してみたが、彼女も俺の魔力ならば大丈夫だろうと言ってくれた。

 魔法に詳しいクレナが言うならば問題無いだろうと判断し、俺は思いきって大地の女神の祝福を受ける事にする。


 それから準備に数時間、昼食を抜いて更に儀式に数時間掛けて祝福の儀式が行われた。

 簡素な司祭服ではなく儀式用の礼服を着ると、サラリーマンの様な神官長も立派な神官長に見える。

 儀式の内容は、この世界に召喚された時の様な魔法陣の上に座り、神官長が延々と祝詞をあげると言うものだ。

 暖かさが感じられる様な柔らかな光を放つ足下の魔法陣。

 俺が召喚された時もこんな感じだったのだろうかと益体もない事を考えが浮かんでは消えていった。

 俺は最後まで座っていただけだったが、神官長はずっと立ったまま数時間祝詞をあげ続けていたので大変だったのだろう。終わった時には息も絶え絶えになっていた。

 儀式を終えても大地の女神の祝福を授かった実感は湧かなかったが、それは魔法を覚えれば分かるそうだ。

 その後、昼食分と合わせて少し早めの夕食をいただき、その日はそのまま神殿に泊めてもらう事になる。

 最初の果物は書庫を見せてもらうための寄進だったので、改めて金貨を入れた小袋を寄進し、俺達は恐縮しまくる神官長自らに案内されて客室へと向かった。

 小さな神殿なので客室は狭く、大きな浴場も無いそうだが、水浴びする場はあるとの事なので特に問題は無い。


 その日の晩、客室で『無限バスルーム』を開いて俺達三人は着替えを持って中に入る。

「……何これ?」

 すると、何故か脱衣場が「板の間」に。そして浴槽が「檜風呂」になっていた。

 大地の女神の祝福の影響、それしか考えられなかった。

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