第19話 もどかしい二人
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俺はクレナとロニを連れて自分のテントに戻った。
二人の緊張が伝染したのか俺自身も緊張してしまい、無言のままではとてもじゃないが間が保ちそうにない。
最初に口火を切ったのはクレナだった。
「そ、それじゃお風呂に入りましょうか!」
平然とした態度を取ってはいるが、思い切り声がうわずっている。顔も真っ赤でよく見ると目も泳いでいた。
ロニもおろおろとした様子で俺とクレナの顔を交互に見ている。
「落ち着け、クレナ。俺だってな、お前に無理をさせるために助けたんじゃない」
俺自身も冷静とは言い難い、ここで流されてしまってはお互いのために良くないだろう。
何とかクレナを宥めようと、俺は努めて平静に話し掛けた。
「さっきの命懸け発言といい、突っ走り過ぎだ」
「でも、私は……」
「貴族としての矜持ってのがあるのは分かる。お前の火傷を治した事を軽く考えるつもりもない」
「それなら!」
「でも、いきなり命懸けますとか言われても重くて戸惑う。相手を困らせるのが貴族の恩返しか? 違うだろ?」
「うっ……」
「俺もお前も冷静じゃない。一旦頭を冷やそう」
「……分かったわ」
ひとまずクレナは落ち着いてくれた様だ。その後ろでロニがほっと胸を撫で下ろしていた。
地面に大きな布を一枚敷いてそこにクレナとロニを座らせる。二人座らせても十分な大きさだ。
ひとまず冷たい水を飲んで心を落ち着けようと『無限バスルーム』の扉を開くと、ロニがびくっと肩を震わせた。
「失礼よ、ロニ」
「す、すいません」
クレナに窘められ、ロニはしゅんと肩を落とす。彼女の感情の動きに合わせて耳や尻尾が動くのが可愛らしい。
俺は三つのカップを持って『無限バスルーム』に入り、それらに冷たい水をなみなみと注ぐと、その内の二つをクレナ達に渡した。
そして俺も二人の向い側に布を敷き、残りの一つのカップを持ってその上に座る。
するとクレナは水を一口飲み、落ち着いた様子で話し掛けて来た。
「それじゃ、改めて話しましょうか。混浴について」
「俺の『無限バスルーム』は、基本的に俺が一緒じゃないと利用する事が出来ない。だからと言って、仲間を入れないで自分だけってのは避けたいんだ」
「それはまぁ、理解するわ」
そう言ってクレナはチラリとロニに視線を向ける。
「ロニって言うか、リュカオン自体がそう言うところあるらしいんだけど」
リュカオンと言うのは狼型の亜人、ロニの種族の事だ。
人間の近くで暮らしている者はロニの様に狼の耳と尻尾を持っている以外は人間に近い外見をしている。
ロニは髪がやけにもさもさしているが、それはリュカオンの特徴とは関係のない話だ。
「複数の人がいると、すぐに序列を考えるらしいのよね。忠義に厚いからユノ・ポリスじゃ従者として人気が高かったそうよ」
「へぇ……」
飼い犬も飼い主の家族に序列を付けて、場合によっては飼い主よりも自分の方が偉いと考える事もあると言う。それと似た様なものだろうか。
流石に面と向かって「飼い犬みたいだ」と言うのは、人間相手に「猿みたいだ」と言うのに等しいと思うので声に出しては言わないが。
「私もロニとは主従関係より対等な友達でいたいと思ってるのに、この子ったら遠慮しまくるから、自分だけって言うのを申し訳なく思う気持ちは、ね」
「クレナも苦労してるんだな」
「まぁね」
顔を見合わせて笑い合う俺とクレナ。結構気が合うかも知れない。
「いえ、私が従者なのは事実ですから!」
「確かにロニは私の専属のレイバーよ。私が家を勘当される時もこの子だけはって付いて来てもらった訳だし」
「そ、そうなのか」
何があって勘当されたのかは分からないが、それについてはあまり触れない方が良さそうだ。
とにかく二人が主従関係なのは、予想通りである。
「私としては、もう少し立場に関係なく仲良くなりたいんだけどね」
「でも、私は……」
「ほら、こう言う性格なのよ」
ロニにとってはクレナは主人なので、従者として振る舞うのが当然なのだろう。
しかし、対等の友人でいたいクレナにはそれが不満なのだ。
「主人の権限でレイバーから解放するとかは出来ないのか?」
「お金がいるのよ、市民権が関わってくるから結構な額が」
勘当された立場である今のクレナには無理な様だ。
「せめてもう少し、友達っぽくなれれば良いんだけど」
「無理ですよ、私はリュカオンですから……」
しゅんとなるロニ。彼女自身もクレナと仲良くしたいと言う意志はある様だが、リュカオンであると言う理由でそれは出来ないらしい。
先程聞いた話を踏まえて考えると、ロニから見ればクレナとロニは二人で一つの群であり、クレナの方が序列が上となる。
そのためロニは、リュカオンの習性故にクレナに対しては忠実な従者として振る舞う事しか出来ないのだろう。
ユノ・ポリスはリュカオンの従者が人気だと言う話だが、こう言う部分も人気の秘密なのではないだろうか。
何とかしてやれないものか。そう考えた俺は、二人を見ていてふとある事を思い付いた。
「クレナ、クレナ、ちょっと」
「どうしたの?」
「ちょっと耳貸してくれ。思い付いた事があるんだが」
「何?」
クレナが立ち上がって俺に近付いて来る。床がなく地面が剥き出しなので、這って移動は出来ない。
俺が座っていた布は一人用なので二人が座るには狭いが、どうせ耳元で囁くには身体を近付けなければならない。
クレナは俺に肩を寄せて座り、俺は彼女の耳元で思い付いた「アイデア」を説明した。
「なるほど、それは行けるかもね……」
説明を聞いてクレナもこの方法なら行けるかも知れないと判断した様だ。
「いいのか? この案で」
「私としては問題なし! あなたこそ良いの?」
「俺としては今更だ」
「ああ、なるほど。それなら両方問題無しね」
と言う訳で悪巧み終了である。いや、悪いと言う程のものではないが。
クレナは満面の笑みを浮かべてロニに顔を向ける。
「ロニ、トウヤの話を聞きなさい」
「え、あ、はい!」
クレナに言われてロニは慌てて姿勢を正した。
俺は向かいに座るロニの顔、次に真横にあるクレナの顔を見て話し始める。
「ロニ、クレナも、命懸けとかそう言う発言はひとまず無かった事にして、俺達は新しい旅の仲間になろう。ここまでは良いか?」
「私はそれで良いわ。二つの命の恩は忘れないけど」
「わ、私もです!」
恩の事を完全に無かった事にするのはクレナ達の矜持に関わるので無理な話だ。
ひとまず当初の予定通りの「旅の仲間」である事をロニにも承諾させる。
「ロニにとってクレナは主人なんだよな?」
「はい!」
嬉しそうな笑みで答えるロニ。主従関係と言う態度を取ってはいるが、相当慕っている事が窺える。
「でもクレナは、ロニともう少し友達として仲良くなりたいと思ってる」
「は、はい……」
先程までの笑顔とは打って変わって、ず~んと落ち込んだ表情になる。何とも表情に出やすい子である。
思うに彼女は、序列が上の者がいなければ落ち着かないのではないだろうか。これがリュカオンの血だとすれば難儀なものだ。
しかし、だからこそ次の一手が生きてくる。
「俺はクレナとロニの命の恩人だ」
「え? あ、はい。もちろんです」
ロニの戸惑った表情を見ながら俺は話を続ける。
ちょっといじめている様ないけない気分になってきたが、一応これはクレナの承諾も得た上での事だと先に言い訳しておこう。
「もう一人の仲間のルリトラは、俺のレイバーだ。それじゃこのパーティのリーダー、序列が一番上なのは誰になる?」
「それは……トウヤ様です」
「じゃあリーダー命令。これからはもう少し友達らしくクレナと仲良くする様に」
「そう言う事よ、ロニ」
ロニに向かってニッと笑い掛けるクレナ。実に良い笑顔である。
ロニも呆気に取られた様な顔になったが、状況を理解すると満面の笑みを浮かべ、元気な声で「はいっ!」と返事をしてくれた。
リュカオンの本能が従者としての態度を取らせていただけで、なんだかんだと言ってロニ自身もクレナの事を友人だと思っていたのだろう。
その返事を聞いてクレナも表情を輝かせた。
ロニが従者ではなく仲間と言ったのが余程嬉しかったのだろう。その顔は喜色満面の笑みを浮かべており、見ている方も嬉しくなってくる。
リュカオンは本能的に群があると序列を決め、リーダーに従う。
そのためロニは、本能的にクレナをリーダーとして扱っていたのである。
そこで俺は考えた。クレナより上に立つ更なる上位者を用意すれば良いのではないだろうかと。つまりは二人の恩人である俺の事だ。
単にパーティのリーダーが俺になると言うだけで、ロニがクレナのレイバーである事は変わらない。
しかし本能部分としての忠実さを誤魔化す事で、クレナに対して以前よりもフレンドリーに接する事が出来るかも知れないと言うのが俺の考えである。
クレナの貴族としての立場もあるし、傍目には俺がロニを取ってしまう様にも見えてしまうため事前にクレナにも話を通したが、彼女はあっさりとそれを了承してくれた。
勘当されているらしい立場のせいかその辺りには拘りはなく、ロニと対等な友人関係になれるかどうかが彼女にとっては重要らしい。
「ここでさ、命の恩人なのを盾にして無理矢理奪ってくって感じならロニを任せられないけど、トウヤはそうじゃないでしょ? これからも私は一緒なんだし」
「やる訳ないだろ。俺にも罪悪感ってのがあるんだ」
「だったら問題ないわ。トウヤならね」
そう言ってクレナを笑みを浮かべる。
「トウヤ様、ありがとうございます」
続けてロニも俺に向けて深々と頭を下げた。
問題があるとすれば、パーティリーダーとなる俺がロニの態度を受け容れるかどうかだ。
これについては俺はもう開き直っていた。俺とルリトラの関係も、上司と部下のそれに近いのである。
割と見た目通りではあるが、ルリトラは自分の正確な年齢を数えていないが三十は超えているらしく、俺と並ぶと文字通り大人と子供で友人と言う感じにはならないのだ。
と言うか、ルリトラ自身既に結婚しており奥さんと子供がいたらしい。
残念ながらどちらもサンドウォームとの戦いの最中に亡くなっており、家族がいなかったと言うのが自分をレイバーとして売る事を決意させた理由だったそうだ。
そう言う事情もあって、俺達二人の関係は上司と部下の形で落ち着いていた。
「若様とそれに仕える忠臣」と言ったところだろうか。「バカ様」にならない様に気を付けたい。
「まぁ、俺はルリトラの態度を受け容れた側だから」
「向こうの世界でもそう言う立場だったの?」
「まさか!」
クレナの問い掛けに対し、俺は笑って否定した。俺の家族は由緒正しい一般市民である。
だから俺はハッキリと宣言した。
「ルリトラが仕えるに値する男になる。その覚悟をしているだけだ」
春乃さん達との混浴を実現するために強くなると言っていたが、それはすなわちそう言う事なのだ。
何らかの形でそれぐらいの立場にならなければ、皆まとめて混浴なんて出来ない。
「そう考えたらどうって事はないだろ? それでクレナ達の問題が解決するなら万々歳だろ」
「バンバン……?」
「この上なく喜ばしいって事だ」
光の女神の祝福による言語翻訳は伝わる言葉と伝わらない言葉があってちょっと困る。
ことわざや慣用句でもある程度のニュアンスまでは伝わるのだが、全てが全て通じる訳ではないので注意が必要だ。
名詞などについては、俺達の世界に同じ種類のものがあれば翻訳されて伝わっている様だが、俺達の世界に無いものについてはこの世界の言葉そのままで伝わっているらしい。
つまりクレナやロニの様な個人名やモンスター名などの固有名詞は、翻訳されたものではなくそのままの「音」で俺にも伝わっていると言う訳だ。
ちなみに読み書きも一応理解出来るのだが、慣れていないせいか書くのに時間が掛かってしまうのが欠点である。
もっともこの世界は全体で見れば読み書き出来ない人も多いらしいので、理解出来るだけで十分な技能であると言えるのだが。
最近気付いたのだが、この世界には俺達の世界のものと似た植物があったり、モンスターが俺の世界の動物に似たような姿をしているものが多い。
以前神官長さんが、召喚の儀式は世界の共通項を利用して行使したもので、この世界が一日二十四時間、七日で一週間、三百六十五日で一年なのは偶然ではないと言っていた。
おそらく、動植物が似た様な姿をしているのも「世界の共通項」であり偶然ではないのだろう。
つまり、どこぞの変態偉人がイチジクの葉で股間を隠したのも「世界の共通項」の一つであったと言う事だ。嫌だよ、そんな共通項。
それはともかくとして、ふと気が付くとクレナがにやにやした笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んでいた。何やら嬉しそうに見える。
意識が朦朧とし、それでも意識を失う事の出来ない火傷の痛みに耐えながらもロニの事を心配し続けていた彼女は良い子だと思う。
家から勘当されていると言う話だが、こんな良い子を勘当するなんて貴族と言うものはよく分からない。
本人はその事を気に病んでいる様子は無いので、俺から触れるのも不味そうだ。
おかげでこうしてクレナとロニと言う新たな仲間が出来た事に素直に感謝する。
「そうそう『砂漠の王国』の事なんだけどさ。ここを出たらすぐに直行する?」
「あまり時間は掛けたくないけど、準備はちゃんとしないとダメだろうな」
身を乗り出して話し掛けて来るクレナ。今までこう言う話を出来る機会は少なかったのだろう。喜びを顔にみなぎらせている。
今後の方針か。ケレス・ポリスを経由して『砂漠の王国』を目指す話になっているが、俺自身は異世界から召喚された人間であり、ルリトラも人間社会には疎い面がある。
その点貴族の生まれであり、『空白地帯』の荒野で外套を身に着けないと言うミスをやらかしたとは言え、それなりに旅慣れ・世間慣れしているであろうクレナ達は相談役として適役だ。
「そう言えば、『砂漠の王国』の調査って何か見付けたらどこかに報告したりするのか?」
「それは、ダメだと思います」
俺の疑問にはロニが姿勢を正して答えてくれた。
更にクレナが詳しい理由を補足してくれる。
「言ったでしょ、『砂漠の王国』に関する歴史は抹消されてるって。遺跡発見の報告だけでも大問題になると思うわ」
「ああ、そうなるのか……」
「クレナさまも『砂漠の王国』の資料を探すのに苦労されていましたから」
「そうそう、古書とか探し回って苦労したのよねー」
「様」と「さま」、微妙なニュアンスの違いだ。
その内に秘められた心はしっかりと伝わっている様で、クレナは苦労談を語りながらもやけに嬉しそうにしている。
俺には分からないが、本能部分を誤魔化した事で少し変化があったのだろう。
「でも、魔王に関わる事なら調べない訳にはいかないよな」
「強力なモンスターが出て来ても安心しなさい。こう見えても私、魔法も使えるのよ」
クレナが晴々とした顔をして言って来る。
「神官魔法か?」
「使えたら自分で火傷治してたわよ」
「クレナさまが使えるのは、様々な精霊の力を借りたもっと攻撃的な魔法ですよ」
魔法と言うものは元より神や精霊の力を借りるものなのだが、クレナの場合はその幅がとても広く、その場その場で精霊の力を借りる事が出来るらしい。
「精霊魔法ってヤツ?」
「特に名前は無いけど……うん、それは悪くないわね。精霊魔法って事にしとくわ」
「え、そんな決め方で良いのか?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
詳しく話を聞いてみると、この世界における神官魔法以外の魔法と言うのははっきりと分類されているものではないらしい。
魔法を学ぶ学校の様な場所がある訳ではなく、親から子、或いは師から弟子へと受け継がれていくものであり、それ以外の者には秘密にされるのが常との事だ。
そのため、神官魔法以外の魔法と言うものは基本的に自称であるらしい。逆に自称を考えていない者が単に「魔法使い」と呼ばれるとか。
そう言えばアテナ・ポリスに師匠がいると言っていたリウムちゃんも「魔法使い」だった。
コスモスの仲間になった王女は『聖魔法』と言われる聖王家に代々伝わる魔法を使うらしい。
そんな彼女は「聖術師」を自称しているそうだ。ステータスカードを更新するために神殿に来たコスモスから聞いた事がある。
「精霊術師か……」
たった今、自分の魔法の名前を「精霊魔法」に決めたクレナは、魔法使い以外の自称を考え始める。
「『術師』ってのは絶対に付くのか?」
「付く事が多いわね。絶対じゃないけど」
「伝説に残るリュカオンの英雄に野生の狼の群を魔法で使役出来たと言う方がいらっしゃるのですが、その方は『狼使い』と名乗っていたそうですよ」
「精霊使い、それも悪くないわね」
そこで何かを思い付いたのか、クレナはふと顔を上げて俺の方を見た。
「ねぇ、トウヤの世界に何か良い名前はない?」
「そもそも魔法が存在しないんだが、似たようなものなら……」
精霊の力を借りると言う事は、俺達の世界で言う「シャーマニズム」が近いだろうか。
巫師、祈祷師、呪術師、様々な呼び名があったはずだが、興味津々な表情で俺の顔を覗き込む可愛らしい少女には、ちょっと似合わないのではないかと思えた。
「巫女ってのはどうだ? 女性の精霊使いをそう呼ぶ事もあるって聞いた事がある」
「ミコ……巫女……シンプルな名前ねぇ」
「『何々の巫女』って風に言うらしいぞ」
「その何々ってのには何が入るの? 『精霊の巫女』とか?」
「地名とか部族名とかだな」
「う~ん……」
俺の答えを聞いて考え込んでしまうクレナ。
よくよく考えてみれば、彼女は家を勘当され旅をしていた身だ。地名を入れてユノの巫女と名乗るのも、部族名の代わりに家名を入れるのも微妙な気分になってしまうのだろう。
「と、とりあえず、そっちは保留って事にしておいたらどうだ?」
「……そうね。もう少し考えてみるわ」
そう言ってクレナは小さくため息をついた。
ひとまずこの場で決めるのは諦めた様だ。自称だけあって決めるのはいつでも良いらしい。




