最終話 『無限バスルーム』よ永遠に
魔王城の解体に、招待客の手配。地鎮祭に向けて手分けして準備を進めて行く。
ちなみに、先に終わったのは解体の方だったりする。招待客のスケジュール調整が難しかったようだ。通信の神具を用意してからはスピードアップしたようだが。
準備が整い、地鎮祭の日が近付いてくると、招待客達が徐々にハデス入りし始めた。
まず聖王一行と魔王一行が同日に到着。実は王女達が念のためにと調整したそうだ。おそらく聖王と魔王の因縁が関係しているのだろう。
聖王は王子とユピテルの光の神殿長を、魔王は『魔犬』、『白面鬼』、『暗黒の巨人』を伴ってのハデス入りである。どうやら『暗黒の巨人』は許されたようだ。
なお、『炎の魔神』も一緒だったが、こちらは勝手について来たらしい。
アレスからは他にも王家の面々と、大地の神殿長も来ていた。
それから一週間程かけて、他の地鎮祭の参列者も集まってくる。
炎の神殿からはヘパイストス王と炎の神殿長、それにケトルトの鍛冶師十二家の残り十家。パルドーとシャコバを合わせれば十二家勢揃いである。人数は一番多い。
風の神殿関係者は全てハデスにおり、闇の神殿はそもそも関係者がいない。
最後に到着したのは水の神殿関係者なのだが……。
「今日はあなたの晴れ舞台ですね、弟」
水の女神が、白いギルマンの神官達を引き連れて来た。水の都で会った時と同じ胸元を大きく開いたマーメイドラインのドレスで、水球を纏っての登場だ。
実は彼女も地鎮祭に参加するのだが、招待客達には知らされていなかったようだ。
特に神殿関係者達はその力を感じ取れるらしく、驚き、そして慄いていた。
ちなみに水の女神を含めて招待客は皆『無限バスルーム』に滞在するが、女神は本丸三階天守閣で俺達と一緒、招待客達は本丸一階外郭の客間なので安心して欲しい。
そして地鎮祭当日、予定通りに招待客が集まった。王女達が厳選した事もあって、聖王と魔王を始めそうそうたる顔ぶれが揃っている。
控室で準備をしているが、正直緊張する。しかし、ここまで来るとそうも言ってはいられない。開き直りの境地である。
春乃さん達はお見通しのようで暖かい目だ。そんなに分かりやすいだろうか、俺。
儀式の手順は、夢の中で相談して決めている。日本の地鎮祭とは異なるものになりそうだが、神の許しを得るという目的は違えてないので大丈夫だ。女神達の保証付きである。
もうひとつの時間が掛かった準備は、地鎮祭の際に身に付ける装束である。
六女神を内包する汎神殿を建立するための地鎮祭なのだから、ローブの種類や色など特定の女神に偏ってはならない。
そこで日本式の神主スタイルだ。「浄衣」というらしい。色は、他の女神と被らないよう日本古来より高貴とされている「紫」を選ぶ。
なお、本来の神主はその衣装に「笏」という細長い板を持つのだが、それの代わりにソトバの剣を持つ事になっている。結構重いが、仕方がない。
皆の反応は、未知のものではあるが、それがかえって良いとの事。
ちなみに王女達六人も豪華なローブ姿だが、こちらは元々用意していたものらしい。
ラクティと水の女神もドレス姿だ。ラクティは今日のためにドレスを新調している。
選んだ雪菜曰く、シックな黒を基調としながら、可愛らしさを失わないドレスらしい。
地鎮祭は、かつてラクティが封印されていた鏡面状のクレーターで行われる。
クレーターの縁を囲むように六本の虹閃石の柱が並び、またクレーターの中心にも同じように一本の柱が立てられている。
それらは、夢の中で女神達から地鎮祭で使うようにと言われた物だ。翌朝目を覚ますと『無限バスルーム』内の大地の祭壇――虹閃石製の木の根元から生えていた。
六本の内二本の側にはラクティと水の女神が立っている。
烏帽子を被り、浄衣に身を包んだ俺は、ソトバの剣を手にクレーターの縁に立った。
俺の後ろには各神殿長候補が並び、更にその後ろに招待客達、そしてトラノオ族を始めとする今のハデスの住人達が並んでいる。
さあ、いよいよ本番だ。まずはソトバの剣を両手で持ち、平らな面を前に向けて顔の前に垂直に立てる。
「それでは、これより地鎮祭を始めます」
そのまま一礼してクレーターに向き直り、中心に向かって歩を進めて行く。
皆の緊張が、背中に刺さる視線から伝わってくる。
クレーター中央に着くとソトバを高く掲げ、女神達から教えられた祝詞を唱える。
ただの音の羅列のように聞こえる旋律、古い古い神々の言葉だ。
おそらくその意味を理解できるのは、光の女神の祝福により言葉が翻訳されて伝わっている俺と、春乃さんと、コスモスと、神南さんだけだろう。
これは世界の誕生を祝福する唄だ。この世界に誕生する全てのものを祝福する唄だ。
全てのものから忘れられてしまっても、全てのものを祝福している混沌の女神の唄だ。
かつて女神は言った。この世界に生きる全てのものは混沌の女神に祝福されている。この世界に召喚された俺達も例外ではない。
この唄は、忘れられてしまったこの唄は、それでもなお世界を包む愛の唄なのだ。
ふと、掲げたソトバの剣にラクティの姿が映り込んでいる事に気付いた。
柱の陰から見守るように、ハラハラした様子でこちらを見ている。あれは弟の檜舞台を見守る姉の目か。小さな笑みがこぼれると共に、少し緊張がほぐれた気がした。
大丈夫だ、やれる。ソトバの剣をくるりと回し、切っ先を下に向けて握り直す。
「これが俺の、旅の総仕上げだ……!」
渾身の力を込めてソトバの剣を再びハデスの大地に突き立て、剣を通じてハデスの大地にMPを注ぎ込む。
次の瞬間、七本の柱が光を放ち、光の柱がハデスの天蓋に突き刺さった。ラクティと水の女神も、その柱の中に飲み込まれている。
続けて大地が大きく揺れた。背後から慌てる声と、それを宥める声が聞こえてくる。
「み、見ろ! あれを!!」
その大きな声はルリトラのものだ。どこを指しているかは見なくても分かった。
地響きのような音と共に天蓋となっていた十六魔将の塔が動く。そして生まれた隙間から、日の光が俺の頭上に降り注ぐ。
揺れが更に激しくなる。地響きと共に十六の塔が再び垂直に立ち上がっていく。
遮るものが無くなった光の柱は、そのまま空へと伸びて天を貫き、そして消えた。
同時に光を放っていた柱と、柱に飲まれたラクティと水の女神の姿も消えている。
それに驚く間も無く、ソトバの剣を支えにしなければ立っていられない程の揺れが襲い掛かってきた。背後の皆も倒れ込んでいるかもしれない。とぐろを巻いている魔王以外。
大地が崩れると誰かが悲鳴のような声を上げた。だが、そうではない。逆だ。俺達の立つ大地の方が、元に戻ろうと上がっているのだ。
地響きが収まる頃には塔は完全に直立していた。その向こう側には荒涼とした『空白地帯』の大地が見える。戻ってきたのだ。ハデスの都が、地上に。
そして天から光が降り注ぎ、六本の光の柱となって大地に突き刺さった。
光が収まると、そこにはラクティと水の女神を含む六柱の女神姉妹の姿が。虹閃石の柱と混沌の女神の祝詞によって、新たな現身が誕生したのだ。
皆も彼女達の正体が分かったようで、背後から興奮気味な驚きの声が聞こえる。
そして六柱の女神達は俺に背を向けると、祈るように両手を掲げた。
するとハデスの大地が輝き、一瞬炎が走り、風が吹き抜けた。次の瞬間、周囲のそこかしこから水が湧き出し始め、草木が芽吹き、瞬く間に育って花を咲かせていく。
やがて見渡す限りが豊かな草原となると、女神達は掲げていた手を下げる。
そして俺の方に向き直ると、再び天から光が降り注ぐ。光の柱ではない。たとえるならば光のヴェール、優しく暖かな金色の光だ。
その光と共に、空から小さな影が舞い降りてくる。背丈より長い金色の髪を持つ、包み込まれるような慈愛に満ちた笑みを浮かべる少女……そう、混沌の女神である。
俺が手を伸ばすと、混沌の女神は手を取り大地に降り立った。
役目を終えたソトバの剣を引き抜き、俺は混沌の女神の手を取って皆の方に向き直る。
すると、ラクティ達も左右に並んだ。六柱の姉妹と、その母がここに勢揃いしたのだ。
皆、誰かは分からなくても彼女が女神である事が感じ取れるのだろう。もはや驚き過ぎて声も出ない状態のようだ。
俺はソトバの剣を高らかに掲げ、声を張り上げる。
「ハデスの大地は、今ここに蘇った! これを以てハデス再興の宣言とする!!」
しばしの静寂の後、爆発するような大歓声が響き渡った。
「やりましたね、冬夜君!」
「お兄ちゃん!」
感極まったらしい春乃さんが真っ先に駆け寄って来て、胸に飛び込んできた。
雪菜は飛んで後ろに回り込み背中に抱き着いてくる。
「トウヤ、あなた何が起こるか分かってたでしょ? 揺れても落ち着いてたし」
その後に続くクレナ、お見通しである。こちらは落ち着いた様子で俺の隣に立った。
しかし、その隣に立ったロニに押されて、俺の腕に抱き着く形となる。
「は、はしたないですよっ!」
そんな俺達を、あわあわしたセーラさんが嗜め、それをやれやれとサンドラが見守り、そしてリンはもっとやれと面白そうに笑っている。
続けてルリトラとドクトラが駆け寄ってきたが、彼等の肩の上にはリウムちゃんとルミス、それにマークとデイジィが乗っている。地鎮祭をよく見るために乗っていたようだ。
祭儀用ローブに身を包んだプラエちゃんは、走りにくいのか少し遅れて来た。他のキュクロプス達も来たが、皆喜びの言葉と共に涙を流していた。
シャコバとパルドー、それにクリッサはヘパイストス王と一緒にこちらを見ており、ブラムスとメムも動かない。あれは立ち尽くしているのか。
よく見ると、そうなっている面々は他にもいた。半分ぐらいが茫然としている。それだけ女神達の降臨とハデスの復活が衝撃的だったのだろう。
光の女神達は残りの半分、神殿関係者や王女達に囲まれていた。傅いている者もいる。
その一方で『不死鳥』は変わらない。コスモスやトラノオ族、グラウピスと共に歓声を上げている。おかげでラクティは、こちらにてててっと駆け寄ってこれた。
「賑やかね、私のいとし子」
俺の周りでふわふわと飛んでいた混沌の女神が、上から小さな手で頭を撫でてきた。
「これが、あなたが旅の果てにたどり着いた光景よ。よくがんばったわね」
そう言われて見てみると、目の前に広がるのは人も、魔族も、他の様々な種族も一堂に会している光景だった。騒がしくも、平和な光景だ。
そうか、俺が、いや、俺達が、この光景を実現したのか。
「あれ? お兄ちゃん、泣いてる?」
「い、いや、そんな事はないぞ」
バレバレだろうが、春乃さんもクレナも何も言わずにいてくれる。
「胸を張って言えます。これが、俺の新しい故郷となる場所です」
すると混沌の女神は、満足気にうんうんと頷いた。
作り始めたばかりでまだ何も無い故郷だが、周りを見れば皆がいる。
「ほら、行きましょう。皆も待ってますよ」
「地鎮祭も無事に終わったし、この後はパーティーねっ」
そして明日からはまたハデス再興――俺達の故郷を作るという新しい日常が始まる。
苦労も多いだろうが、大丈夫だ。皆と一緒ならば乗り越えていけるだろう。
俺は春乃さんとクレナに手を引かれながら歩き出した。
見ると招待客の面々も落ち着きを取り戻してきたようだ。この後は予定通り『無限バスルーム』に入ってもらおう。今夜はパーティーだ。サプライズゲストは女神達である。
そして、パーティーも終わり……。
俺達は、二の丸大浴場の檜風呂に浸かっていた。
周りにはいつもの面々だけではなく女神達も勢揃いしており、俺は広い湯船の中で彼女達に囲まれている状態だった。
右を見れば非の打ち所が無い奇跡のようなプロポーションの春乃さん。左を見れば親しみを感じさせるむっちりしたスタイルのクレナ。
その周りには六柱の女神達がおり、大地の女神の陰に隠れていたラクティが飛び出してこちらに寄ってきた。
更にその周りにはセーラさんにリウムちゃん。ロニの肩にはデイジィが乗っている。サンドラ、リン、ルミス、それにプラエちゃんもこちらを覗き込んでいた。
「あらあら♪」
そして彼女達の更に後ろに、楽しそうにこちらを見ている混沌の女神の姿があった。
「プラエ~、見てないでこっちに来なさいよ~」
「は~い♪」
風の女神が手招きして呼び寄せる。プラエちゃんは、ざぶざぶと湯をかき分けて近付いてきた。元々知り合いだけあって、女神相手でも全く物怖じしていない。
プラエちゃんは、ルミスとデイジィを紹介しようとしたが、デイジィは逃げてこちらに飛んできた。こら、春乃さんの谷間に逃げ込むな。
残ったルミスは姿勢を正し、緊張した声で挨拶をし、風の女神に、よくできましたと頭を撫でられていた。
セーラさんは女神と一緒に入浴など恐れ多いと考えていたようだが、ならばラクティはどうなのか……と気付き、逆に積極的に光の女神に話し掛けていた。
光の女神も真面目な信徒は可愛いようで、今は二人で腰を下ろして話し込んでいる。
意外と思った組み合わせは、ロニと炎の女神だろうか。どうやら一緒に料理談義をしているようだ。特に火加減について熱く語っている。
そしてサンドラは騒ぎに加わらず、水の女神と一緒にのんびりと湯舟に浸かっている。
大地の女神の周りにはリウムちゃんと雪菜が集まっていた。甘えやすいのだろうか。その気持ちは実によく分かる。
リンは、こちらに来て「ああ、安らぐ……」と後ろからラクティに抱き着いていた。
女神達を前にして彼女も意外と緊張していたようで、安らぎを求めてきたようだ。なおラクティも女神である事は気にしていないらしい。
「良い、光景ですね……」
皆の賑やかな様子を眺めながら、春乃さんが呟いた。それにクレナが続く。
「これも『旅の果てにたどり着いた光景』ってヤツかしら?」
「……まぁ、間違ってはいないな」
否定はしない。皆がいたからこそ、ここまでたどり着けたのだから。
ギフトの力に助けられてきたのだから、当然女神達も含まれる。
ああ、そうか。そうなのか。
この地に集った様々な種族。そこに女神達も加わり、今目の前に広がる光景のように皆が笑顔で過ごせる場所。
それこそが皆で作る新しい故郷。その目指すべき姿なのだ。
「冬夜君?」
いつの間にか皆が俺の顔を覗き込んでいた。考え込んでしまっていたようだ。
正面にはラクティ達が、右を見ると春乃さん達が、左にはクレナ達が、そして上には雪菜達が集まっていた。皆、心配そうな顔をしている。
大丈夫だと返すと皆は安堵の笑みを浮かべ、光の女神が頭を撫でてきたのを皮切りに皆もこちらに手を伸ばしてくる。
その手を握り返したり触られたりしている内に、皆も楽しくなってきたのか雰囲気が明るいものに戻った。そのまま戯れまじりのスキンシップに移行していく。
その笑顔を見ながら俺は思った。皆と一緒ならきっとできる。そう信じられると。
だから、皆と共に生きていこう。そして、皆の笑顔を守っていこう。
皆にもみくちゃにされながら、俺はそう決意を新たにするのだった。
これからも冬夜達の異世界人生は続いていきますが、ハデス復活を果たして大きな区切りという事で『異世界混浴物語』はこれにて完結とさせていただきます。
『小説家になろう』に、この作品を投稿し始めたのは2013年の5月。
『第1回オーバーラップ文庫WEB小説大賞』の読者賞に選ばれ書籍化。
色々とありましたが、こうして無事完結を迎えられたのは、ひとえに読者の皆様の応援あっての事です。
本当にありがとうございました。
また本日より『華族学園の風騎委員 流れ星は影で斬る』の連載をスタートしました。
https://ncode.syosetu.com/n0908gs/
こちらのアドレスか、作者名か「作者マイページ」のリンクからご覧ください。
よろしければ、新作の方でも引き続きよろしくお願いいたします。




