第191話 ハデス勧進帳
人と物が揃うと神殿建立、いやハデス復興は一斉に動き始めた。
それから瞬く間に一月程が過ぎて魔王城以外のもう使えそうにない廃墟を取り壊して更地にした頃、アレスの王女一行がハデスに到着する。
普通の船とグラン・ノーチラス号では速度に差があるため、これ程の差が出たようだ。
この頃になると残す建物の修繕も終わり、東西南北の地下道の補強も済んで、トラノオ族交易隊も一度戻ってきていたので、丁度良いタイミングかもしれない。
王女は見た目は若いが穏やかで、優しいお婆さんのような雰囲気の闇エルフだった。
先日戻ってきたフォーリィに聞いたところによると、こういうタイプのエルフは結構多いらしい。長命種以外との付き合いが多いとこうなりやすいそうだ。
必要になるだろうと、ゲムボリック便の人員と騎獣を連れてきてくれたのは有難い。
彼女が来た事で六人の神殿長候補が揃った。各神殿をどこに建立するかを決めよう。
相変わらず立てこもっている『不死鳥』を、話し合っている隙に壊さないと約束して連れ出し、『無限バスルーム』の広間で話し合いだ。
俺の両隣には、アドバイザーとしてラクティとセーラさんが控えている。
さて、神殿の場所についてなのだが、これは基本的に二択である。アレスのような地下神殿を造るか、この地下空間に密集して建てるかだ。
ご存知の通り、ここは倒れた十六の塔がドームの天井のようになって形作られている。
そのため魔王城とその周辺の中心街だった場所しか残っておらず、残念ながら六つの神殿を余裕を持って建立する程の広さは無かった。
その辺り彼女達も承知で、揃って地下神殿案で考えているようだ。今はどの方角に神殿を造るかを話し合っている。
たとえばフランチェリス王女はユピテルがある北側を狙い、プラエちゃんは少し地上に頭を覗かせる形で風を感じられる位置が良いと言っている。
しかし、俺はあえて密集案を推す。一歩先に進める形で。
「魔王城があった場所に、全ての女神の神殿をまとめて建立する事は可能ですか?」
そう発言すると、一斉に皆の視線が集まった。
「それは……神殿を密集させるという事ですか?」
「一つの大きな建物を造り、中で区画ごとに分けられないかと考えています」
王女二人が顔を見合わせる。他の神殿長候補達も戸惑いの表情で……いや、『不死鳥』は表情が分からないか。ただ動揺しているのか、しきりに歯をカチカチと鳴らしている。
プラエちゃんだけは動じていない。「風はどこにでも吹く」という話だし、他の神殿との距離などはあまり気にしていないのかもしれない。
だが、俺も考え無しでこんな事を言っている訳ではないのだ。
「俺は、これからのハデスの役割を考えています」
ちらりとフランチェリス王女を、そしてセーラさんを見る。
「それは神託を授かれる人を生み出す……いえ、生まれる土壌を作る事です」
そう言った瞬間、二人はピクッとわずかに身体を揺らした。
神託をしっかり授かれず、はき違えてしまった結果、俺達が召喚された。その件について今更責め立てようとは思わないが、「次」は防いでおきたい。
「女神達によれば、神託を授かるためにはたくさんのMPに加えて、複数の女神の祝福が必要なんだそうです」
「MPの方は分かります。父も断片的にですが神託を授かった後は、起き上がる事もできないくらい疲れ切っていたそうですから。しかし、複数の女神の祝福というのは……?」
俺も詳しい理屈までは分からないので、ラクティに目配せをする。
「そうですね……私達とのつながりが深まる事で近くなる、でしょうか」
「あ、距離の話じゃなくて、神託を授かるのに必要なMP量の話ですよ」
「ならば、何故聖ピラカは神託を授かれなかったのですか?」
闇以外の五柱の祝福を授かっていたという初代聖王の仲間か。
「夢の中は、特に私達に近いんです。そしてそこは私の神域なんです」
「つまり、闇の祝福を授かる事が必要MPを大きく下げるという事だと思います」
かくいう俺も、女神と会うのは夢の中だ。俺は直接触れ合う事もできるが、そこまでいかなくても神託を授かるだけならば、もっとMPは少なくてもいいはずだ。
「ですがトウヤ殿、我々は闇の祝福を授かると魔族化すると聞き及んでおりますが……」
「光の祝福も授かっていると、相殺してくれますよ。他の祝福も授かって余波を防ぐ必要もありますけど。おかげで俺も魔族化していません」
「あ、それは光の祝福が弱いとダメですからねっ!」
ラクティが慌てて付け足してきた。今度は皆の視線がフランチェリス王女に集まる。
新しい光の神殿長となる彼女ならば、闇の祝福を授かっても大丈夫かもしれない……とか考えているのかもしれない。
「……コホン、お話は分かりました」
居たたまれなくなったのか、フランチェリス王女は小さく咳払いをして話を変えた。
「しかし、相応の実力が無ければ複数の女神の祝福を授かる事はできないと聞きます。こう言っては何ですが、あなたは勇者。他の者達ではあなたのようにはできないのでは?」
俺達の光の祝福はこの世界の人達より強く、俺達も成長しやすいという話だったか。
「確かにそれは一理あります。六女神をまとめた神殿を建立しただけで、神託を授かれるような神官が生まれるなら苦労はありません」
これには皆も納得のようで、炎と水の神殿長候補が揃ってうんうんと頷いている。
水の女神は神託を授からずとも直接会いに行けるのだが、それはこの際置いておこう。
これまで俺は、一国に複数の神殿がある国をいくつか旅してきた。
俺が複数の祝福を授かったのは、ケレスの大地の神官に勧められたのが切っ掛けだ。しかしその人自身はMPが足りず、授かっても持て余すという事で一つの祝福だけだった。
俺以外に複数の祝福を授かっている人は聖ピラカぐらいしか聞いた事が無かった。
MPに関しては仕方がない。俺もその点については超人的だという自覚もある。
「ですが、仮に相応の力を持った人が生まれた時、その人は複数の祝福を授かろうとするでしょうか?」
複数の祝福を授かる事自体は問題が無い。しかし、それを実践する者はいない。
『無限バスルーム』を成長させるために祝福を授かっていた俺が言っても説得力は無いかもしれないが、そんな風に距離を取るのもあの仲良し姉妹は望んでいないと思うぞ。
そもそも光の女神は、ラクティを助けるために神託を発し続けていた訳だからな。
「もしここに、全ての女神が集まった神殿があれば、皆の意識も少しは変わるんじゃないでしょうか? 先程言った『土壌を作る』というのは、そういう事なんです」
これだけで解決はしないが、現状を変えるための一歩にはなるはずだ。
王女達はしばし無言になった。今まで考えた事も無かったといったところだろうか。
そしてプラエちゃんを除く五人にセーラさんも加わり、顔を突き合わせて話し始める。『不死鳥』もしっかり参加しているな。
俺はプラエちゃんを呼んで胡坐をかいた彼女に背を預けて座り、俺自身はラクティを抱きかかえて膝に乗せ、彼女達の話が終わるのを待った。
「……分かりました。やりましょう」
長めの話し合いが終わった後、彼女達は俺の提案を受け容れる事に決めたようだ。
それぞれの女神信仰をまとめてひとつにするというならともかく、神殿同士の共存共栄を目指しその先駆けになるのであれば問題はない。そう判断したらしい。
「ラクティさんが、そんなに危険とも思えませんしね」
最後の決め手となったのは、他ならぬラクティだったようだ。
その言葉を聞いて膝の上のラクティも顔を綻ばせ、嬉しそうに笑顔を向けてきた。
思わずその頭を撫でながら、皆に声を掛ける。
「全ての女神が集まった神殿……汎神殿と呼びましょうか。各女神の区画は、円を描くように並べましょう。六角形、いや、六芒星になるのかな?」
「どう並べますか? 私としては、光の女神は北側が良いのですが……」
「方角については俺から言う事はありませんが、順番は長女である光の女神から始まり、炎、風、水、大地、闇の順番ですかね」
「私達姉妹の順番ですね」
「そして中央はそれぞれの区画をつなぐ役割を担う事になるでしょう」
この件については、皆スムーズに納得してくれたようだ。神殿を一つにまとめる事と比べれば大した事がないのかもしれない。
そして最後に『不死鳥』の神殿立て籠もりの件だ。
「『不死鳥』、今の神殿跡から新しい神殿に遷宮してもらいたい。分かるよな? 遷宮」
「むぅ……遷宮か。分かるが、それは神殿には無いものだ。やり方が分からんぞ」
「初の遷宮なら、ラクティが納得するやり方が正しいって事になるんじゃないか?」
「なるほどっ! ならば任せておけい!!」
納得してくれたようだ。これで立て籠もり問題も解決だ。ただ、やり過ぎないように事前にチェックは入れておこう。
ひとまず今決められるのはこれぐらいだろうか。話し合いはこれでお開き……と考えていると、今度は『不死鳥』の方から俺に尋ねてきた。
「新たに神殿を建てるならば、地鎮祭をやらねばならんだろう。誰がやるのだ?」
建設を始める前の安全祈願か。それは考えていなかった。
王女達に尋ねてみたが、これもこちらの世界には無いものらしい。
なるほど、全ての女神を祀る大神殿という世界初のものを造るのだ。そのための安全祈願として世界初の地鎮祭をするのは良いかもしれない。
だとすれば、地鎮祭を執り行うべきは神殿建立の責任者である俺か。膝の上のラクティに視線を向けながら、俺はそんな事を考えていた。
「勧進」というのは、お寺や仏像等を建立、修理のために寄付を募る事です。その際に使用する帳面が「勧進帳」ですね。
冬夜は寄付は募っていませんが、支援は受けていますので。
そして「汎神殿」は、いわゆる古代ローマの「パンテオン」、「全ての神に捧げられた神殿」の事です。




