第189話 星切を継ぐもの
神南さんと話している内に、春乃さんと聖王の話も終わっていた。
次に呼ばれた俺は、光のベテラン神殿騎士を護衛につけて聖王のテーブルに向かう。
「ほう、高位騎士の制服か。勇者であるそなたにはよく似合っているが、いずれは司祭のローブも似合うようにならねばいかんぞ」
聖王の口から、こんな軽口が飛び出した。司祭のローブが似合う、ファッションチェック……ではなく、六女神の神殿建立に賛成の立場だと暗に言っているのか。
「精進します」
そう答えて、席に着く。あちらも承知しているようで、グラスにはノンアルコールの葡萄ジュースを注がれた。
最初は当たり障りの無い話から始まった。こちらも旅の話をする。特にグラン・ノーチラス号で海中を旅した話は聖王も驚いたようで、興味深げな様子だった。
「そなたはフランチェリスにも負けぬ旅をしてきたのだな」
そこから話は、俺の事に移行していく。初めて謁見した時から礼儀作法がしっかりしており、ハデスで『十六魔将』を討ち、ヘパイストスでドラゴンを討伐して勲章を得た。
光の神殿を通じて知ったのだろうが、随分な褒め殺しである。おそらく周りに聞こえるよう、わざと声を大きめにしているのだろう。背中に視線を感じる。
これは俺への援護と、聖王自身が俺と懇意であるというアピールといったところか。あえて否定する事でもないので、こちらも合わせておく。
しばらく談笑していると、聖王が眼前に掲げたグラスをじっと見つめて言葉を止めた。
「……フランチェリスが、ハデスに赴く事は知っておるな?」
「はい、聞いております」
「フランチェリスを、ハデスの光の神殿長にする……そなたは賛成か?」
そう言った聖王の目線が、一瞬隣の王子に向いた。
なるほど。王女がハデスの神殿長になるという事は、ユピテルから、そして聖王家から離れるという事だ。それが王子のためだという事は聞いていた。
ああ、フランチェリスのハデス行きを歓迎したという言質が欲しいのか。
「ヘパイストスの炎の神殿長は、ヘパイストス王の弟だと聞いています。王族が神殿長になるというのは、問題がある人事という訳ではないんですよね?」
という訳で、はぐらかす事にした。王子に恨みはないが、ここで思惑に乗って味方をする程でもない。すると聖王は「それは問題無い、むしろ名誉である」と言って苦笑した。
これは気付くかどうか、俺の事も試したのか。気付かずに答えればそれで良し、気付かれても返答の仕方によって王子をどう考えているかを量れる。
俺ははぐらかしたが、気付いた上で言質を与えないというのもひとつの答えだろう。
「これは他の勇者達にも話したのだが……」
そう前置きした聖王は、先程までとは打って変わり声を潜めて説明してくれた。
王女をハデスの光の神殿長にするのは、聖王家が率先してハデスの光の神殿は、光の女神信仰的に何の問題も無いと示す意味があるそうだ。
なるほど、神殿が完成しました。しかし続きませんでした。とならないよう、聖王家の人間が神殿長になる事で箔を付けて、次につなげられるようにしようという事か。
だが、それは同時に王女自身は神殿長になる事自体が重要であって、長く続ける必要は無いという意味でもある。
それが意味する事は……聖王の隣で今も居心地が悪そうにしている王子が、失点を取り戻せなかった時に備えての保険という事だろう。
「こういう話は、『女神の勇者』の方が向いておるな」
こちらが気付いた事を察したのか、聖王はそう言って笑った。
確かに、春乃さんならこの手の話も優雅に微笑みつつ対応しそうだ。逆に神南さんは苦手そうだし、コスモスは天然でかわしそうである。
とりあえず、聖王の考えは大体察しがついた。まずは俺達が王子をどう考えているかの確認。これは俺達の返答次第では王子の援護射撃にとも考えていたのだろう。
そして俺達の返答に合わせ、王女を呼び戻す可能性がある事に言及。これはつまり王子にチャンスを残したが、完全に許した訳ではないぞと暗に伝えてきたと考えられる。
その辺りをしっかりしてくれるなら、元より口出しする立場ではないし、特に言う事は無い。後は王子の努力次第だろう。
その後は普通に談笑して過ごす事になった訳だが、聖王は積極的に王子も会話に参加させようとしていた。
多少ぎこちないところもあって、俺がフォローする場面もあったが、もしかしたらそれも聖王の狙い通りだったのかもしれない。
今後の事を考えると、いつまでもほぼ他人のままという訳にもいかないので、こちらにとっても良い切っ掛けだったと思うとしよう。
なお、いざ話してみた感想は「この人も苦労してるな」だった。これからも大変だと思うが、頑張ってほしいものである。
こうして俺と聖王の対話は終わった。後は気楽なもので、何人もの貴族等が俺のテーブルを訪れたが、特に問題も無く宴は進んでいく。
途中、コスモスが広間の中央に躍り出て歌い出すハプニングもあったが、それぐらいは可愛いものである。ちなみに参加者からは大受けだった。
酒は一切飲まずにあのテンションなのだから、コスモスも大したものである。
結果として盛り上がったのだから、今夜の宴は大成功だったといえるだろう。
それから数日後、ハデスに向けて出発する日がやってきた。
俺達に加えてトラノオ族の戦士達、光の神官と神殿騎士、炎の神官と神殿騎士。
フォーリィとバルサミナは昨日エルフの森に向けて発っていたため、二人を除いたコスモスと王女の一行、それに神南さん達も一旦ハデスに来るとの事で同行している。
当然『無限バスルーム』の中は、食料や資材等で一杯だ。
今回は皆に見送られながらの出発だ。神殿長や神殿の子供達、お世話になった商人達、こちらに残る元親衛隊の面々、それに聖王と王子も門まで見送りに来ていた。
盛大な歓声を背にユピテル・ポリスを発ち、ハデスへと向かう。先日の出立と比べればのんびりしたもので、談笑を交えながらの旅路となった。
途中の山で例の地下道に入ると、後は真っ直ぐ進むだけだ。照明は光の『精霊召喚』、換気は風の『精霊召喚』で対応する。
前回のハデスからユピテルまでの旅路より多めに時間を掛けてハデスに到着。こちらに残っていた面々と合流した。
魔王像のある広場に行くと、そこはもうトラノオ族の集落になっていた。俺がここに来る事を知って、本格的に住めるようにしたらしい。
こちらに残っていたパルドーのおかげで、闇の神殿跡も含むいくつかの建物が使えるようになったようだ。今は水路を埋めている瓦礫を片付けているとか。
ただ、当のパルドーによると、建物の補強はあくまで一時的なものであるらしい。本格的に住むのであれば、土木工事の専門家である大地の神官を呼んでほしいとの事だ。
ちなみに闇の神殿跡は、中庭が子供の遊び場になっていた。
『不死鳥』は「罰当たりな!」と言っていたが、ラクティが認めると追い出したりはせず、むしろ子供達にも手伝わせて建物内を片付け始めている。
早速『無限バスルーム』内の物資を運びだしてもらおうか。かなり量が多いため、広場に扉を開き、分散して保管してもらう。
荷物を運び出すのを手伝ってくれているトラノオ族を見て、ふとある事が気になった。
「そういえば、ルリトラがいつまでもレイバーのままってまずいか?」
これまであまりレイバーである事は意識せず、他の仲間と同じように考えていた。
しかし彼も今日まで十分働いてくれたし、これからはトラノオ族も一緒なのだ。ここで任期満了としても良いかもしれない。
「いえ、今はまだ……。今得た場合は、ユピテルの市民権になるのでは?」
この事を話してみると、なんとルリトラの方からあっさり断られてしまった。
そうか、そういう風になるのか。
「そうねぇ、後でユピテルの市民権を移す事もできるけど、どうせならハデスの市民権取得第一号になってもらったら?」
「なるほど、それは良いですな!」
この件をクレナに相談すると、そんな答えが返ってきた。
ルリトラも、そのタイミングが区切りとして丁度良いと考えているようだ。
「あ、第二号はロニね」
かくいう彼女も、ハデス復興後にロニの任期を満了にしようと考えているらしい。この様子だと、自身もハデスに市民権を移す気満々なんだろうな。
ふと見上げると、威厳たっぷりの魔王像に見下ろされているような気がした。今はまだ大丈夫だが、いずれはそういう事も俺が考えなければならなくなるのか。
改めて彼から託された『ハデス一国譲り状』の重みを感じる。
「……身に着けておくか、心構えとして」
今日はここで一泊し、翌朝ネプトゥヌスを経由してアレスに向かうのだが、その時から俺は腰に魔王から譲られた『星切』を佩くようになる。
そう、ハデスの後継者たらんとする決意表明として。
今回のタイトルの元ネタは、ジェイムズ・P・ホーガンのSF小説『星を継ぐもの』です。




