第187話 歴史は風呂で作られる
宴を終えた俺達は、二の丸大浴場で旅の垢と疲れを落とす。
一階の大浴場に俺のMP製ボディソープとシャンプーの匂いが漂い、それらを洗い流すシャワーの音に混じって誰かの鼻歌が聞こえてくる。
この声はセーラさんか。神殿で子供の世話をしていた彼女が歌うのは、子供向けの童謡のような歌で、その歌声は耳に心地良い。
この声はサンドラか。彼女の選曲センスは意外と子供っぽい。元々音楽を聴く方ではなく、子供達の世話をしていたセーラさんが歌っていた曲ぐらいしか覚えてないらしい。
そして洗い終えた者から檜風呂に浸かる。頭を洗ってあげたリウムちゃんと一緒に行くと、既にクレナとロニ、それに春乃さんの姿があった。
こんな状況で色気の無い話ではあるが、俺とクレナと春乃さんが揃うと、話題はおのずと今後の事についてになる。
あまり意識していなかったが、そもそも俺達が召喚されて旅立ったのは、魔王の復活を阻止するためだ。
しかし、その予言が間違っていた事が分かり、魔王を復活させてしまったものの彼は再び戦争を起こす気は無く、新魔王の誕生もクレナのおかげで阻止された。
つまり「勇者としての役割」は終わったのだ。中花さんの件に同郷の勇者として始末をつける事が延長戦となったが、それももう終わっている。
ここからは与えられた使命ではなく、自分達の道を進んで行く事になるだろう。
俺の場合は、言うまでもなくハデスに六女神の神殿を建立する事だ。
そのためにまずやるべきは、アレスの魔王の下で預かってもらっているグラウピス達とキュクロプス達を呼ぶ事だろう。ハデスでは風の神殿も復興するのだから。
「冬夜君のやろうとしている事って、この大陸にあるオリュンポス連合の国々を結ぶ通信網の構築でもあるんですよね」
その事を相談していると、二つの実りを浮かべた春乃さんがそんな事を口にした。
オリュンポス連合の十二の国々には、最低でも一つ、いずれかの女神の神殿がある。
そして神殿には通信の神具があるのだが、あれは同じ女神を信仰する神殿同士でしか通信できないという制限がある。
たとえば光の神殿しかないユピテルから、大地の神殿しかないアレスにメッセージを送る場合、両方の神殿があるケレスを経由する必要があるのだ。
「でも、通信の神具が電話みたいに進歩すれば意味が無くなりそうな……」
「どうでしょう? 元々どの神殿に通信を送るかを選択できるじゃないですか、同じ女神を信仰する神殿同士なら」
「……できるけど、やってない?」
膝の上のリウムちゃんを見てみると、彼女は上目遣いでこちらを見ながら「できる」と言ってきた。ほんのり自慢げなのが可愛い。
「つまり、自分達の情報網に、他の女神の神殿が入り込む事を嫌った……か?」
「おそらくは」
俺の推論に、春乃さんは同意した。それならば六女神の神殿が一箇所に集まる事に意味もあるだろうか。情報ハブ的な意味で。
「ねえ、皆にこっちに来てもらう件だけど……キュクロプスって普通に船に乗れるの?」
そう問い掛けてきたのはクレナ。後ろにはラクティ達と遊んでいるプラエちゃんの姿が見える。なお、プラエちゃんに確認してみると「分かんな~い」というお返事だった。
そもそも、キュクロプス達は風の神殿があったテーバイの森から出る事がほとんど無いらしく、海を見たのもあの時が初めてだったとか。
試しにコスモス達のガレオン船でイメージしてみたが……難しそうだ。彼女達を全員連れてこようとすれば、船団を組む必要があるだろう。
「ちょっと時間は掛かるが、グラン・ノーチラス号で迎えに行った方が良さそうだな」
「そうね、『無限バスルーム』があれば問題無い訳だし」
『無限バスルーム』の快適さを考えると、航海中の方がくつろげるとも考えられる。
「アレスに行ったら、大地の神殿で協力を要請したらどうでしょう?」
ロニがずいっと身を乗り出して提案してきた。確かに、協力を約束してくれている人達がいるし、彼等を一緒に連れてくるのは有りだろう。
それに大規模な工事となると、大地の神官魔法が本領を発揮する。新たに工事のための協力者を募るのもいいかもしれない。
「あと……水の神殿はどうしますか? その神殿長とか」
更にロニはこう続けた。そういえば、そっちも問題だったな。そもそもハデスに神殿を建立して大丈夫なのだろうか、水の神官。
ネプトゥヌス・ポリスに連絡してギルマン達に連絡してもらう……いや、直接相談した方が早いな、これは。
ギルマンの神官しか会った事が無いが、もしかしたら人間の神官もいるかもしれない。
「それについては水の女神に相談してみるよ、夢の中で」
「よろしくお願いします」
という訳でひとまず次にやる事が決まり、相談はひと段落。
明日からはハデスでの六女神の神殿建立のために動き出す事となる……が、今日のところはゆっくり休もう。
リウムちゃんのお腹に腕を回して抱き寄せると、彼女は嬉しそうに小さな身体を預けてくる。俺もそのまま湯舟に身を委ね、のんびりとした時間を過ごす。
「あっ、ず~る~い~!」
すぐに雪菜が飛んできて、皆も集まりもみくちゃにされてしまうが、それもまた安らぎの時間であった。
その日の晩、水の神官について夢の中で確認してみた。
水の女神曰く、彼女は漁師や船乗りからも信仰されているが、神官となるとギルマンがほとんどらしい。特に高位となるとギルマンしかいないとか。
しかし、海から離れたハデスにギルマンが常駐するのは難しいらしい。
そこで彼女が提案してきたのは、神殿を建立する際にはギルマンの高位神官を呼び、普段はギルマン以外の神官に常駐してもらえばどうかという案だった。
水の都から神官達を派遣し、ギルマン以外の神官も集めてくれるそうだ。そういう事ならば任せてしまえばいいだろう。
なお、これらの話し合いは夢の中の大浴場で行われた。その時、俺の膝の上を占拠していたのはラクティ……ではなく、混沌の女神だったりするのは余談である。
翌朝この事を皆に伝えて準備を始める。食料の補充についてはクレナ達に任せる。人数を考えると一軒の店だけでは難しいだろうから、何軒か回る事になるだろう。
コスモスと神南さんに、また旅立つ事を伝えておかねばなるまい。俺は『無限バスルーム』を開いている間は動けないので、そちらは春乃さん達に任せる。
すると、春乃さんがコスモスを連れて戻ってきた。当然、王女も一緒だ。更に神殿長も一緒に訪ねてきた。
本丸の玄関で一行を出迎えると、王女が開口一番にこんな事を言ってくる。
「ハデスの光の神殿長なのですが……私が就任する事になりました」
「…………はい?」
神殿長の方に視線を向けると、彼はコクリと頷いた。ヘパイストスの炎の神殿長が王弟だったはずなので、王族がやるというのは有る話なのだろうが……。
「あの……王女様って神官でしたっけ?」
「正確には神官でもあります」
そういえば光の『勇者召喚』の儀式に関わっていたな。あれも神官魔法の一種だ。
とにかく上がってもらい、詳しい話を聞こう。一行を闇の和室に通す。なにげに王女はここがお気に入りである。
今日は雪菜がお茶とお茶菓子を持ってきてくれた。一口飲んで一息ついた王女は、どこか疲れを感じさせる面持ちで口を開く。
「あなたなら理解していると思いますが……今回の一連の出来事で、兄の評価は落ち、逆に私は上がりました」
「まぁ、そうでしょうね」
中花さんのギフトの影響下にあったとはいえ聖王に反逆した兄と、それを解決した王女だからな。今城に残っているのは、王子に与しなかった者達だろうから尚更である。
俺は関わらないようにしていたが、王女の方を後継者にという声も出ていたはずだ。
「しかし、兄もリツの魔の手に落ちていなければあんな事はしていなかったでしょうし、今回の件だけで、その、お終いというのは流石に酷だと思うのです」
「……ノーコメントとしておきます」
本音を言えば理解できるが、俺が口出しする事じゃないからね。
それでも王女はクスッと笑って「ありがとうございます」と返してきた。こちらが理解を示している事を読んだのか、表立って反対されなければ良いとも考えられるな。
「兄ならば、時間さえ掛ければまた一から信頼を積み上げていく事も可能でしょう。しかし、私がいたままでは、そんな兄の努力も霞んでしまいます」
「それでユピテルから離れようと?」
逆にいえば、自分がユピテルから離れれば、兄の邪魔にならなければ、彼はまだ持ち直せると信じているという事か。
聖王としても、我が子を切り捨てるよりチャンスを与えたいのだろう。
「僕は、冒険の旅を続けるのもいいんじゃないかって言ったんだけどね~」
コスモスがそう言うと、王女は複雑そうに笑みを浮かべた。
ああ、そうか。勇者の使命が終わったのはコスモス達も同じなのか。
王女は勇者に協力するという名目で旅に出ていたが、使命が終わった以上それはもう通じない。今回凱旋した事で王女の旅は終わったのだ。
そんな彼女が兄のためにユピテル・ポリスを離れる方法が、ハデスの光の神殿長に就任するというものだったのだろう。
彼女はコスモスパーティの一員ではなく、ユピテルの王女としてこの話を受けたのだ。
「こちらとしても損は無いと思います」
隣で聞きに徹していた春乃さんが口を開いた。
確かに、光の神殿長の人選は俺達にとっても重要だ。ここに下手な人が入っては六女神の神殿建立自体が失敗しかねない。
その点王女は気心も知れているし、神官としての能力も、光の『勇者召喚』に関われるだけのものを持っているのだろう。
更に光の女神信仰総本山であるユピテルの王女と本人の格も十分過ぎる。総合的に考えて、これ以上の人選は無いと言っていい。
「う~ん、返事の前に確認を。コスモスも一緒にハデスに来るって事でいいんですか?」
「えっ、僕かい? もちろんさ!」
いつもの調子だ。勇者の使命が終わった事とか理解していなさそうな気もするが……そこはパーティ内で話し合うべき事か。放っておこう。
とりあえず使命を終えたコスモスが放り出される事は無さそうなので一安心である。
「分かりました。歓迎します……王女様って呼ばない方がいいですか?」
「神殿が完成して神殿長に就任するまでは王女のままですので大丈夫ですよ」
手を差し出すと、彼女が握り返してきた。小さな手だが、実に頼もしい手である。
「それと旅立ちの件なのですが、明後日に戦勝パーティーをしますので、その後という事にしていただけますか? その時は、私も一緒にハデスに行かせていただきますので」
「分かりました。では、それで」
その後、話を終えた王女達は帰って行った。改めて招待状が届くだろうから、それを待つとしよう。
今回のタイトルの元ネタは、1937年のアメリカの映画『歴史は夜作られる』です。




