第17話 その行為、治療行為につき
ロニの革製防具も強い日差しで熱せられていたが、クレナの金属鎧程ではなかった。
素手で触れても大丈夫そうだったので、俺は作業用グローブを外す。グローブは分厚いので紐を解く様な細かな作業には向かないのだ。
彼女はクレナの様に自力では起き上がれない状態なので、ぐったりした彼女の身体を支えながら胴鎧を外す時が一番苦労した。
その際に少し彼女の胸に触ってしまったが、わざとじゃないので勘弁してもらいたい。
小振りであったが、触れた手を押し返す様な弾力があったとだけ言っておこう。
そしてもう一つ、彼女の身体がかなり熱くなっている事も。
その間、クレナの方はぽつりぽつりと俺に質問を投げ掛けてきた。
魔法での治療を頼むかどうか決めるために、少しでも俺の人となりを知りたいのだろう。
何故トラノオ族の集落に人間の俺がいるのかから始まり、ここに来る事になった経緯やルリトラをレイバーにした経緯を尋ねられる。
俺は何一つ隠す事なく全て彼女の質問に答えた。
召喚された事やギフトの事についてまで話して良いのかと言う問題はあるが、ハッキリと言ってしまえば『無限バスルーム』の扉を見られた時点でこれは手遅れである。
魔法について少しでも知っているものならば、『無限バスルーム』が魔法ではない――魔法でも再現出来ないものである事が分かる。
魔法でないと言う事は光の女神から与えられたギフト。ギフトを持っていると言う事は異世界から召喚された者と、連想ゲームで分かってしまうのだ。
「あなた……ユピテルが召喚した異世界人の勇者なの?」
現にクレナの方からこんな事を尋ねて来た。彼女はそちらの事情にも詳しいらしい。
義務教育も無い様な社会では、知識量は環境に左右されてしまう面があると言われている。やはり彼女は相応の家の生まれなのだろう。
今回は緊急事態と言う事で俺も深く考えずに扉を開いてしまったが、今後はもう少し考えた方が良いかも知れない。
ちなみに、冷たい水をどうやって用意するかを説明する際に『無限バスルーム』は俺と混浴しなければ使えない事も説明しておいた。
もちろん、混浴しなくても水は用意出来る事もセットにしてだ。
実際『無限バスルーム』の出す水は、この世界ではそうそうお目に掛かれないきれいな真水なので、この辺はしっかり説明しておかないと不審がられてしまうだろう。
説明がてらに『無限バスルーム』から洗面器に水を入れて持ってきた俺は、毛布の上に寝かせたロニの襟を解いて緩め、ついでにベルトも緩める。
それを見た途端にクレナが慌て出した。
「何やってるのよ!? そこまでして良いとは言ってないわよ!!」
「青い顔して大声出すな。必要だからやってるんだ」
しかし俺も退かない。ベルトを緩めたズボンの下から白いパンツが覗いても、今はおかまいなしである。
身体が熱くなっているロニは、おそらく熱中症だろう。それならばこの世界の人間よりも、現代の日本から召喚された俺の方が適切な処置の仕方が分かるのだ。
俺は冷たい水でタオルを濡らし、ロニの首筋、脇の下、そして太股に当てる。これは血管に近い位置を冷やす意味があったはずだ。
ズボンが濡れてしまうが、この際それは仕方が無いだろう。流石に本人の許可なくズボンを下ろすのは気が咎める。
最後に濡らしたタオルを彼女の額に乗せ、ルリトラに板を使って彼女を仰ぐ様に命じた。
「仰ぐ? 風を当てて冷やすと言う事ですか?」
「気化熱とか色々あるけど、まぁ、そう言う事だ」
「分かりました」
ルリトラの方も、彼女達はそこまで警戒する必要がないと判断したらしい。
グレイブを板に持ち替えると、俺の命令通りに横たわるロニを扇いで風を送ってくれる。
「い、一体何を……?」
「熱中症の治療だよ」
『無限バスルーム』にある操作パネルの温度調整は、湯を熱くするだけでなく逆に冷たくする事も可能なのだ。
しかしクレナは首を傾げている。「熱中症」と言う言葉自体が通じていない可能性が高い。
「大丈夫……なんでしょうね?」
「対処方法としては間違ってないはずだ。後は、目を覚ましたら塩を混ぜた水を飲ませる」
「塩?」
「汗ってのはしょっぱいもんだろ? 汗かいて失った分を補給するんだ」
「……分かったわ」
今一納得がいってない様だが、クレナはとりあえず文句は言わなくなった。
熱中症に対する対処はともかく、塩分補給の事ならトラノオ族も知っている事だ。彼等の家には大抵岩塩が備えられている。
荒野・砂漠用の外套も用意していなかった事から察するに、彼女達はその辺の知識が無かったのだろう。
それはともかく、ロニへの処置を終えた俺はクレナの方に向き直った。
「それで、どうするんだ? 魔法を使うか? 水で冷やすか?」
火傷の様な状態になっているであろう彼女の方はどう処置するかの判断だ。
治療行為と言う事で意地を張らずに脱いで欲しいところだが、だからと言って何も感じないほど俺も悟っている訳ではないので無理強いは出来ない。
「……ひとつ条件があるわ」
「内容次第だな。条件を聞こうか」
クレナは人差し指を立てた手を俺に突き出してきた。
「私も『無限バスルーム』に入れなさい」
「話聞いてたか? 混浴じゃないと入れないと……」
「だからこそよ! 私だけ脱ぐなんて不公平じゃない!」
「いや、その理屈はおかしい」
彼女は熱で浮かされて頭が朦朧としているのかも知れない。
「とにかく脱ぐ気はあるんだな。混浴については後回しにして、とりあえずこっちに来い」
とは言え、ここで問答している時間も惜しい。俺も脱ぐかどうかはともかく、彼女の方は脱ぐ気がある様なので、俺は『無限バスルーム』の扉を開く。
「ルリトラ。一旦扉を閉めるから、ロニって子の事を頼む。塩を混ぜた水を飲ませるのを忘れないでくれ」
「お任せ下さい」
ロニの事はルリトラに任せ、俺はひとつまみ分の塩を入れたカップを二つ持って『無限バスルーム』の中に入った。
まずはカップに水を入れて、片方をルリトラに預ける。ロニが目を覚ました時に飲ませる分だ。そしてもう片方は『無限バスルーム』の中に残す。
クレナはまだ自分で立つ事も出来ない状態だったので、俺が抱き上げて中に入った。
彼女の背丈は俺より少し低い程度だが、鎧を脱いだ状態となれば軽いものである。
そしてわずかに塩が混じった水をクレナに飲ませる。コップを持つ手が震えていたので、手を添えて支えてやった。
「自分で脱げるか?」
扉を閉め、脱衣室でそう尋ねてみたが、クレナは黙って首を横に振った。
ロニ程ではないが彼女も熱中症に近い症状が出ている。
足下がおぼつかない様子なので、少なくともめまいとだるさは感じているはずだ。
「それじゃ、俺が脱がせるぞ」
クレナは小さく頷いた。熱に浮かされた様な表情の彼女は全く抵抗しない。
彼女を浴室の椅子に座らせ、これは治療行為、治療行為だと心の中で繰り返しながら彼女の服を一枚ずつ脱がせていく。
鎧下を脱がせると肌着が見えた。パステルカラーのピンクだ。そっと触れてみると非常に手触りが良い。
裾がズボンの中に仕舞い込まれているので、次はそのズボンを脱がせる。
俺が彼女に肩を貸して腰を浮かせると、ズボンをふとももの辺りまでずらす。
そして彼女を再び座らせると、俺は足下の方に移動してズボンを脱がせた。
今更だが変態になってしまった様な気分だ。と言うか、傍目にはそのものだろう。
諦めたのか開き直ったのか、彼女を俺に身を委ねて何も言わない。
スリップの方はズボンの邪魔にならない丈の短い物だったので、先程と同じ様に少し腰を浮かせるとすぐに脱がす事が出来た。
そして露わになるブラとパンツ。色は赤。目が染まるほどに鮮やかな真紅だ。彼女自身銀髪であり色白でもあるので、赤い下着が良く映えるだろう。健康な状態であれば。
残念な事に今の彼女の胸元は真っ赤になっていた。肩や背中も腫れがある様に真っ赤になっている。
「火傷寸前って感じだな」
「ヒリヒリする」
彼女の真っ赤になった胸元を見ながら呟く俺の頭上からクレナの声が聞こえてきた。
海やプールから帰って来た後に、日に焼けすぎた事に気付いた状態とでも言うのだろうか。
先程はよく声を張り上げられたものだと思っていたが、もしかしたら痛みが意識を繋ぎ止めていたのかも知れない。
かく言うクレナは春乃さんやセーラさん程ではないが、谷間が出来る程の大きさがある。十分巨乳と言えるだろう。
ウエストからヒップに掛けては、きっちりくびれがあるのだが春乃さん達以上と言ったところだろうか。むっちり系である。
「っと、とにかく魔法を掛けよう。ブラも外すぞ?」
「……分かった」
思わずじっと見詰めてしまっていた俺は、ハッと我に返ると慌ててクレナに声を掛けた。彼女は耳まで真っ赤にして、そっぽを向いたまま返事をする。
前側に付いたホックを震えた指で何とか外すと、たわわに実ったおっぱいが零れる。
それに見惚れてしまうのが正しい反応なのだろうが、残念ながらそうはならなかった。
ブラジャーに覆われていた部分が一番症状が酷いのだ。こちらは明らかに火傷の症状だ。見た目にも痛々しい。
俺は思わず手に持ったブラの裏地を確認する。もしかしたらこれのせいで熱が籠もってしまったのだろうか。
「フーッ……」
とにかく、これは全力で治してやらねばなるまい。
俺は目を瞑り、精神を集中させて両手に治療の魔力を宿す。
下から順番に治していこうと考えた俺は、すくい上げる様にして持ち上げた。確かな重みを手の平に感じる。
「ッ!」
触れた瞬間に痛みを感じた様だが、クレナは声を出さずに耐えていた。
この回復魔法の名は『癒しの光』。手と患部の間や指の隙間から光の精霊が放つ光が漏れる事からそう名付けられたらしい。
「……時間掛かってるのね」
「わざとじゃないぞ。さっきも言ったが魔法を習い始めて一ヶ月と少しだからな」
クレナの言う通り、俺はまだ未熟なので治療スピードは遅い。
その分長い時間おっぱいに触れている事になるので、彼女としては一言言いたくもなるのだろう。そっぽを向いたままの彼女は頬を羞恥に染め上げて気まずそうな顔をしていた。
俺としても場所が場所だけに傷一つ残さず治そうと真剣になってはいるが、わざと時間を掛ける様な真似はしないので、そこは信じて欲しいものである。
下側は治し終えた。そのまま撫でるように手を上へと移動させて行くと、先端部分が俺の指先、そして手の平をくすぐる。
「んっ……」
クレナが甘い声をもらした。俺はその声に負けない様に治療に集中する。
そのまま俺は火傷部分を癒しながら手を上へと移動させ、鎖骨、首、肩、そして背中と順々に治療して行く。
「腕と足も見せてもらうぞ」
「え、ええ」
許可を得てから彼女の手足を手に取って見てみると、やはりガントレットとグリーブを身に着けていた部分も赤くなっていた。
幸いこちらは強く日に焼けた程度で火傷と言う程ではなかった。両手でそっと包み込む様にして『癒しの光』で治す。
「……これでよしっと」
火傷跡を治し、傷一つ無い柔肌に戻った事を確認すると、俺は満足気に頷いた。
「これで全部かな」
「…………」
無言のままのクレナ。両手でおっぱいを隠しているが、寄せる様に押さえ付けているせいで谷間がより深くなっている。
彼女は先程からもじもじしていて、どこか様子がおかしい。
「どうした? 痛い所があったら言ってくれ。MPはまだ残ってるから」
「…………」
ぽそぽそと小声で何か言っている様なのだが、聞き取る事が出来ない。
彼女の口元に耳を近付けて、ようやく「お尻も……」と言っている事が分かった。
「…………治療だから」
「は、はやくしてよ。恥ずかしいんだから……」
クレナを浴槽にもたれ掛からせて膝立ちにさせると、俺はドキドキしながら彼女のパンツを下ろしてみた。確かに赤くなっている。と言っても症状は一番軽そうだが。
おそらく他の箇所が痛んでいる内は平気だったが、治療して痛みが治まると今まで気にならなかった痛みが気になり出したのだろう。
とは言え放っておく訳にもいかないので、俺は再び両手に治療の魔力を宿し、つんと突き出されたお尻を撫でるように治療を開始した。
ちなみに後日フィークス・ブランドの店で確認してみたところ、通気性が良い熱が籠もらない女性用の下着と言うのもちゃんとある事が判明した。逆に防寒に優れた物もあるらしい。
流石は変態偉人、隙が無い。
「さっきも言ったけど、絶対後で一緒にお風呂に入ってもらうからねっ!」
バスタオルを身体に巻いたクレナが顔を真っ赤にして言う。脱いだ服は汗だくなので、洗濯しなければ着る気にはなれない様だ。
ちなみにタオル類も『無限バスルーム』の備品だ。吸水性も肌触りも良い、この世界ではなかなかお目に掛かれないレベルの品である。
どうも彼女は自分だけ見られるのは不公平だと考えているらしい。
言いたい事は分からなくもないが、それでどうして混浴すると言う発想に辿り着くのか。
意趣返しのつもりで言っているのだろうが、男――少なくとも混浴を求める俺にとってはそうはならない。
「混浴なんてしたら俺にとってはご褒美だぞ?」
「うぐっ……」
だから俺ははっきりと彼女にそう言ってやった。
この『無限バスルーム』は、俺以外の誰かが浴室を利用していると閉めた扉が開かないと言うルールがある。
逆に俺が『無限バスルーム』内にいない状態で浴室を使おうとすると、浴槽に張ったお湯が瞬く間に無くなってしまう。そして俺が中に入ると浴槽にお湯が湧き出てくるのだ。
操作パネルの操作一つで湯の温度を変えられるだけあって、現代文明の利器の様に見えてもその実態はファンタジーである。
それはともかく、クレナが浴室にいると扉が開かないため俺達二人は狭い脱衣場にいた。
半裸の少女といつまでも狭い空間で二人切りと言う訳にもいかないため、俺はクレナを背で隠して扉を開く。
扉を開けると、そこには既にロニが目を覚まして待っていた。
「クレナ様!」
「ロニ!」
俺達に気付くと、ロニがすぐさま立ち上がって駆け寄って来た。俺は横に身を引き二人を邪魔はしない。
風呂として利用しなければ俺がいなくても大丈夫なので、手を取り合って互いの無事を喜び合う二人を脱衣場に残して同じく待っていたルリトラの所に移動する。
「ロニの方も大丈夫だったみたいだな」
「あれからしばらくしてから目を覚ましましたので、カップの水を飲ませ、またタオルを元の位置に戻して休ませていました」
「良かった。あの様子ならもう大丈夫だろうな」
彼女達の方を見るとロニは喜びのあまりに泣いている様子で、クレナはバスタオル姿のまま彼女を慰めていた。
「集落の皆は?」
「先程まで家の周りに集まっていましたが、あの娘が目を覚ましたら帰っていきました」
「そうか」
『無限バスルーム』に連れ込んだクレナに対しては、意識はあったから心配されなかったのか、俺を信用してくれたのか、お楽しみに~と気を使われたのか。
風呂に対して理解が無いリザードマン達なので、前者二つのどちらかだと思いたい。
「長老からは?」
「我々に任せるので、事情が分かれば連絡が欲しいとの事でした」
「なるほど……」
俺は再びクレナとロニの方を見る。
治療する事だけを考えていたため今まで気にしていなかったが、この二人が一体何者なのかは聞いていないため不明だ。
とりあえず俺は、まず確認しておかねばならない事を尋ねる事にする。
「お前達、ちょっと良いか?」
「何?」
「は、はい、なんでしょう」
「お前達はユピテルの人間か?」
「違うわ。私達はユノ・ポリスの人間よ。って、召喚されたあなたには分からないかしら? ここからだとユピテルより更に北の北西の方にある国よ」
彼女達の言葉を信じるならばだが、どうやらユピテルの追っ手と言う訳ではなさそうだ。
「ユピテルより北って事は、結構寒い?」
「そうね、冬になると雪も積もるし」
そして理解した。そんな北国の生まれだから『空白地帯』の暑さを甘く見ていたのだろう。
暑い暑いと情報では知っていても、実体験するまでその恐ろしさが理解出来なかったのだ。
「それじゃ今日は二人をここに泊めるけど、着替え以外の荷物を預からせてもらっても良いか? 集落の人達が不安がるから」
「……仕方ないわね。でも、剣は丁重に扱ってよ? 大事な物なんだから」
「助けていただいた訳ですし、私も構いません」
荷物を預かる事は二人とも承諾してくれた。
クレナも犯罪者レイバーではない亜人のリュカオン・ロニを連れているので、この辺の事情には理解があるのかも知れない。
ルリトラと共に来た俺と、謎の行き倒れ二人では信用度が違う。しかし、こうして武器を預かってしまえばリザードマン達も見知らぬ人間を泊める事について何も言わないはずだ。
「ルリトラ、二人の武器を預かっていてくれ。丁重にな」
「了解です」
俺は鞘に収めた状態の二人の剣を一本ずつ布に巻き、更に二本まとめて布に巻いて紐で縛った。これでクレナの剣の柄もそう簡単には傷付かないだろう。
「ちょっと待って。鞄の中にもダガーが入っているわ。ロニ」
「はい、クレナ様」
クレナに名を呼ばれたロニは、自分達の荷物の中から五本のダガーを出して、そちらもルリトラに預けた。
「あと、何故『空白地帯』に来たのか事情を聞かせてくれ」
「……あなた、『聖王の勇者』?」
「いや、『女神の勇者』だが。光の女神の神殿な」
「そう、神殿の勇者なのね……なら良いわ。事情も説明するから」
ユピテルと縁が深いと何か問題があるのだろうか。
クレナは見た感じどこか良い家のお嬢様っぽいので、家や国同士の関係の問題と言う可能性も考えられる。
とにかく、事情を話してくれるのならば問題は無いだろう。そう考えた俺がクレナ達の方を見ると、二人は何やら相談している。
「クレナ様。助けていただいたのですから、トウヤ様に何かお礼をしないと」
「え、ああ、そうね」
どうやら俺達が二人を助けた事に対するお礼を考えている様だ。
しかし、行き倒れていた二人を集落まで運んで来てくれたのは別の人だ。
二人は意識が無かったので覚えていない可能性があるので、俺の方から指摘しておく。
「ちょっと待て。お礼と言うならお前達を集落まで運んで来たリザードマンを忘れるなよ」
「そっちもあったわね……。ここってお金は?」
「通じないな」
答えたのはルリトラ。彼は自分自身を金で売って水を買った身だが、この集落では基本的に人間の通貨は使われていない。狩ってきた獲物も皆で分け合う共同生活だ。
「そっちは何か物で考えた方が良さそうね……」
結局クレナ達を拾った部隊の四人には、翌日ダガーが贈られる事となる。
トラノオ族の使う武器は簡素な作りの物ばかりなので、彼等はきっと喜ぶ事だろう。
「あなたの方は……」
そう言って俺の顔をじっと見詰めるクレナ。そして彼女は何か思い付いたのかニヤリと笑みを浮かべた。
「トウヤ、あなたさっき……一緒にお風呂に入るのがご褒美だって言ったわよね?」
確かに言った。そして事実だ。
「それじゃあ、お礼は私と一緒にお風呂に入ると言うのはどうかしら?」
したり顔でそう言うクレナ。先程まで青白い顔をしていたが、元気を取り戻した今の表情は実に可愛らしく愛嬌がある。
「クレナさまっ!?」
クレナの言葉にロニは目を白黒させた。お尻から生えるしっぽもぶわっと膨らんでいる。
彼女の背丈はクレナよりももう少し小さい。むっちり系のクレナに対し、胸も小振りでスマートな少女だ。
こちらも元気を取り戻し、顔色も良くなっている。
リュカオン族は獲物を狙う鋭い目付きをしていると言う話だったが、彼女はまだまだ子供なのか狼と言うよりもじゃれつく子犬を彷彿とさせる様な愛らしい顔付きをしていた。
「トウヤは私の裸を見たのよ。私も見ないと不公平でしょ!」
「お前、実は引っ込みがつかないだけだろ?」
俺はすかさずツっこみを入れる。
俺は半月程リザードマン達に囲まれて暮らし、久しぶりに人間に会いたいと思っていた。
そして女の子との混浴もずっと求めていた。
だからこそ譲れないものがあるのだ。
一緒にお風呂に入ろうと言われて昂る気持ちを抑えながら、俺はクレナを真っ直ぐに見詰めてこう言った。
「あのな。俺は混浴するって言ったらマジでやる。むしろそのために旅をしていると言っても過言ではないぞ」
「うっ……」
「ほら、トウヤ様もああ言ってますし」
真剣な目をした俺にたじろぐクレナ。ロニの方も涙目になっている。
怖がらせるつもりは無いのだが、俺の真剣さは伝わってくれたと思う。
仕方なしとか嫌々で混浴されても、俺は多分嬉しくないと思うのだ。
「だ、だったら尚更よ! 主従共々命を救ってくれて、傷が残りそうだった火傷も跡も残らず治してくれた! それくらいしないでどうするのよ!」
「……神官魔法が使えただけだと思うんだが、そこまで重く考えるものなのか?」
俺がそう言うと、クレナは唖然とした表情で俺を見て来た。
「あなた知らないの? 火傷の治療って難しいのよ。処置が遅くなると治っても跡が残る場合が多いし。本当に魔法を勉強して一ヶ月なの?」
そう言ってクレナはバスタオルの上から自分の胸を押さえる。
確かに回復魔法と言うのは血止めや傷を塞ぐなど命の危機を救ってくれるが、何でもかんでも元通りに出来る訳ではない。
火傷など大した傷ではないと考えていたが、よくよく思い出してみると、手や足に子供の頃の火傷跡が残っていると言う人を何人も見た覚えがあった。
「胸に火傷跡のある女……どう言う扱いされるかは分かるでしょ?」
「…………知ってる訳じゃないが、何となくなら」
傷物扱いされると言う事だろう。
俺は一つ気になった事を確認しておく。
「クレナって貴族なのか? ユナ・ポリスの」
「は、はいっ! クレナ様は!」
「止めなさい、ロニ!」
嬉しそうに説明しようとするロニを、クレナは叱りつけて止めた。
「そう言う家に生まれたのは確かだけど、私はもう勘当されている様なものよ。それにこの件に関しては私自身の誇りの問題だから」
「…………」
おそらくそうではないかと思っていたが、彼女は本当にお嬢様だった様だ。
何か言いたげな顔でクレナを見ているロニの様子を見た感じ、色々と複雑な事情が有りそうだが、それが何なのかは分からない。
「……礼を何にするか決める前に、まずは事情を聞こう。話はそれからだ」
彼女の事をもっと知らなければ始まらない。俺はそう判断した。
混浴したいと言う気持ちはあるが、その件についてはひとまず保留とする。
「分かったわ。この中で着替えても良い?」
「俺が外にいると扉が閉まらないぞ。それに、扉を閉めたら俺はテントの外に出られるが」
扉を開くと俺の近くの任意の場所に現れる『無限バスルーム』だが、逆に言うと扉を開いたまま遠くに行く事は出来ない。
扉の中に誰もいなければ扉は消えてしまい。誰かがいれば見えない壁に阻まれたかの様に一定距離から先へは進めなくなってしまうのだ。
「良いわよ。地面の上じゃなければ」
「そう言う事か。分かった、好きに使ってくれ」
素足のままのクレナにとっては、地面の上で着替えないと言う事が重要な様だ。
ロニが俺に近付いて来て上目遣いで声を掛けて来た。
「あのトウヤ様。こちらの服に着替えていただこうと思うのですが……」
「ああ、早くしてやってくれ。と言うか、ロニも着替えとけ」
「えっと、確認しなくても良いのですか?」
着替えの中に何か隠しているかも知れないと言う事だろうか。自分からそう言って来る時点で大丈夫だとは思うが。
「ぶっちゃけ、俺個人としてはそこまでお前達を疑ってない。もし何か企んでてもこっちは頼もしいボディガードがいるんでな」
そう言って俺はルリトラを指差した。
実のところ武器や荷物を預かったのも、本当に彼女達を警戒していたのではなくリザードマン達向けのポーズとしての意味合いが強い。
「あ、ありがとうございます!」
ロニはぺこりと頭を下げて、着替えを持ってクレナの所へ走って行く。
そんな甲斐甲斐しい彼女の姿を見送った俺は、今更の様な気もするがクレナの着替えを見ない様にルリトラと一緒に『無限バスルーム』の扉に背を向けて座るのだった。