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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
お風呂場の勇者
18/206

第16話 迫りくる選択

 俺は荒野で一頭のモンスターと相対していた。

 ゲムボリックと言う、大きな角を持ったモンスターだ。灰褐色の短い毛に覆われていて額が白く、尾が黒い。

 草食性のモンスターなのだが、その警戒心の強さから前に突き出た角で近付く者全てに襲い掛かる習性を持っていた。

 ゲムボリックが突き出す角を、俺はラウンドシールドで側面を叩いて左へと受け流す。

「もらったッ!」

 そして左足を動かして身体を方向転換させた俺は、体勢を崩したゲムボリックの無防備な首筋に向けて渾身の力を込めてブロードアックスを叩き込んだ。

 重い手応え。首を落とす事は出来なかったが、頸椎を叩き割った感触を感じる。

 どさっと崩れ落ちたゲムボリックは、そのままピクリとも動かなくなった。

「フーッ……」

「お見事です、トウヤ様!」

 斧を引き抜いて地面に置いた俺が手を合わせてゲムボリックの冥福を祈っていると、後ろで見ていたルリトラが近付いて来た。

 冥福を祈る事で相手の持つ加護の一部を自分の力とする事が出来る。そうする事でレベルを上げる事が出来るのだが、祈る方法は自由である。俺の様に両手を合わせても問題は無い。


 俺がトラノオ族の集落に滞在する様になってから既に半月が経過している。

 到着した翌日は筋肉痛のため腕が動かなかったが、その翌日からはトラノオ族が使っている物と同じ白いテントに泊まりながら訓練と水出しの日々を送っていた。

 ちなみに訓練――荒野で狩りをするために簡易サーコートを作ってもらっている。

 傍目にはスモックの様に見えるそれは、街で買ったサーコートと違って腕のヴァンブレイスとガントレットも覆って日の光に熱せられるのを防いでくれる代物だ。

 と言ってもあまり長時間は保たないが。

 ちなみに荒野・砂漠用の外套は熱を防ぐ事に特化しているが、残念ながら腕を動かしにくいと言う欠点があるため、あれを着たまま戦うのは難しかった。

 朝は早朝の内から狩りに出て、昼からは魔法の本を読んで練習しながら水を出し、夜は休息のために早めに眠る。その繰り返しである。

「む、スイープドッグがこちらを窺っております」

「おこぼれ狙って来たか?」

 ルリトラの視線に先には、石の陰に隠れた三匹の犬型モンスターの姿があった。

 その姿、大きさは狼よりも一回り程大きいと言ったところだろうか。背に斑点模様のある毛皮が特徴だ。

 肉食性のモンスターなのだが、自分達で狩りをするよりも誰かの食べ残しや漁父の利を狙う事が多く「掃除犬スイープドッグ」と呼ばれていた。

 荒野に限らず、割とどこでも見掛けるモンスターらしい。

 どうやら俺の倒したゲムボリックに目を付けた様だ。このまま放置していれば集落まで付いて来てしまうだろう。そうなれば集落の子供達が危険だ。戦うしかない。

 ブロードアックスを地面に置いたまま、俺は腰に差したダガーを抜いてスイープドッグに近付いて行く。

 このモンスターは俺が初めて戦ったモンスターだった。

 その時は一体だけだったが、身体は小さくてその上素早く、重いブロードアックスでは捉えきれずに苦戦したものだ。

 結局その時は、ブロードアックスがまぐれ当たりするまでブンブンと振り回していたのを覚えている。

 だが今はもうあの時の様に苦戦する事は無い。

 向こうから飛び掛かってくるスイープドッグを仕留めるにはダガーで十分であり、また軽く小回りが利くダガーの方が戦いやすい事を、俺は経験上知っていた。

 最初に飛び掛かってきた一匹をゲムボリックと同じ様に盾で横っ面を殴りつけ、その後ろから飛び掛かってきたもう一匹の喉にダガーを突き立てる。

 これは思っていた以上に深く刺さってしまった。

 手応えからそう判断した俺は咄嗟に柄から手を離し、もう一本の腰に差したダガーを取って、居合い斬りの様に最後尾の三匹目の肩を斬り払った。

 ここで油断をしてはいけない。俺はすぐさま最初に殴りつけた一匹目の方に盾を向けると、丁度体勢を整えたそいつが飛び掛かってくるところだった。

 俺はそれをただ受け止めるのではなく、その動きに合わせて一歩踏み込む事でカウンター気味に盾を叩き込む。

 それをダッシュで追い掛け、体勢が整わぬ内にダガーを振り下ろしてトドメを刺した。

 残りは肩を斬った三匹目だが、こちらは既に機動力を殺された状態だ。こうなるともう俺の敵ではなかった。


 慣れてしまったものだ。三匹のスイープドッグの亡骸に祈りを捧げた俺は、心の中でそんな事を考えていた。

 最初はスイープドッグ一匹にも苦戦していたと言うのに、今は三匹相手にもダガーで渡り合う事が出来るし、より強いゲムボリックとも戦える様になっている。

 当初はモンスターとは言え命を奪う事を躊躇しては、逆にやられそうになってルリトラに助けられたりもした。

 しかし、俺と同じ様に四人組の部隊で狩りに出ていたリザードマンの若者が怪我をして帰って来た姿を見て俺は気付いた。ルリトラがいなければ、俺も同じ様な目に遭っていた事を。

 それからは心を鬼にしてモンスターと戦うようになり、その結果が今の俺である。


 普通だったらこの辺りで増長の一つでもしそうなものだが、幸いな事に俺に限ってはその心配は無い。

「トウヤ様、今日の所は戻りましょうか」

「ああ、そうだな」

 この半月でそれなりに強くなれたと思う俺だが、強くなればなるほどルリトラが遠く離れて行く様な気がするのだ。

 おそらく今までは理解出来なかったルリトラの強さの一端を、俺自身が感じ取れる様になってきたのだろう。

 本物の強者が隣にいる状態で増長できる程、俺は愚か者ではなかった。

「では参りましょう」

 ルリトラは俺が仕留めたゲムボリックを軽々と担ぎ上げた。

 今日はそれで三匹目のゲムボリックだったが、ルリトラは軽々と全てを担いでいる。

 ちなみにスイープドッグの方はそのまま放置だ。ゲムボリックの肉は食べられるが、こちらは臭みがあって食べられたものではないらしい。食べている物の差だろう。

 放っておけばこのまま他の肉食モンスターの餌になるはずだ。



 俺達が集落に戻ると、入り口の所に何故か人だかりが出来ていた。

「おお! トウヤ殿が戻られたぞ!」

「トウヤ殿、こちらです!」

 俺の姿に気付いたリザードマン達が声を張り上げて呼んで来る。

「行くぞ、ルリトラ!」

「ハッ!」

 俺とルリトラは顔を見合わせて頷き合うと、走ってその人だかりに近付いた。

 人だかりの真ん中にいたのは、やはり怪我人だった。怪我人は二人いて一人は肩から、もう一人は太股から血を流している。

 俺は傷口に手を当て、最近覚えたばかりの回復魔法を使って二人の怪我を治してやった。

 これも半月の訓練の成果だ。毎日の水出しの間、魔法の本をじっくりと読み込み。まず基本的な回復魔法と解毒魔法の二つだけを必死に覚えたのだ。

 毎日ギリギリまでMPを使っては回復するのを繰り返しているおかげか、俺の魔法の力はかなり上がっているらしい。

 おかげで最初の十日で回復魔法を習得。そして一昨日になって解毒魔法も使える様になっていた。

「それにしてもどうした、油断したのか?」

「油断してません!」

「ちゃんと仕留めてきましたよ!」

 怪我を治し終えた後、俺が血の付いた手を洗いながら声を掛けると、若いリザードマンの戦士二人はむきになって反論してくる。

 この集落に滞在して半月、最近はリザードマンの表情も分かる様になってきた。

 若い戦士の指差す先には、彼が仕留めたであろうゴールドオックスの姿がある。

 ゴールドオックスと言うのは、その名の通り金色の毛皮を持つ野牛型モンスターだ。今の俺でも戦うのは避ける強いモンスターである。

「褒めてやってくれ、トウヤ殿! こいつらは三人でゴールドオックスを仕留めたんだ!」

「へぇ、すごいじゃないか!」

 隣の戦士の肩を叩きながら豪快に笑うのはドクトラ。怪我をしていた二人と肩を叩かれている一人が、彼の部隊の隊員らしい。

 サンドウォームとの戦いを生き残った十人の戦士一人一人が、若者三人を指導すると言う方法は概ね成功と言える結果を出していた。

 ベテランにフォローしてもらいながら戦いの経験を積んだ若者達。この半月で俺と同じ様に彼等もまた成長している。

 これには部族の行く末を心配していた戦士長のドクトラもご満悦であった。

 四人での狩りを通じて彼等は連携して戦う事を覚え、部隊と言う考え方は既に彼等の中に浸透してきている。最近はあえて部隊のメンバーを変えて様々な連携を試しているそうだ。

「ああ、トウヤ殿。こいつの毛皮は後ほど届けさせてもらうぞ」

 隊員の怪我が治ったのを見届けると、ドクトラはゴールドオックスを担いで去って行った。

 あの金色の毛皮、実は砂漠や荒野の土の色――すなわち保護色なのだが、人間の街では金色の毛皮として珍重されている。

 こんな暑い土地に住むトラノオ族にとって、肉はともかく毛皮はあまり価値が無いので、ゴールドオックスの毛皮は水のお礼と言う事で全て俺がもらえる様になっていた。


 その後昼食を終えた俺とルリトラは、ため池の方に移動して『無限バスルーム』から出した水を勢い良くため池に流し込んでいた。

 ルリトラは水を出してる間の俺の護衛だ。防具を身に着けたまま立ちん坊では暑いため、ジャイアントスコーピオンの鎧はテントに置いてきてある。

 ちなみに俺は暑いので防具を全て外して薄着になり、今日も魔法の本を読んでいた。

 ため池と言ってもただ穴を掘っただけの物ではなく、きれいなすり鉢状の穴だ。粘土を固めて作られているらしく、一見コンクリートの様にも見える。

 思いの外大きく、最初に水が一切入っていない状態のため池を見た時は、俺も思わず驚きの声を上げてしまったものだ。

 わざわざ粘土を持ってきた訳ではなく、トラノオ族は粘土質の土がある所を選んでため池を作っているらしい。

 俺のMPが成長したおかげか水を出せる時間は長くなり、当初の予定よりも早いペースで水が溜まっていっている。

 おかげで今ではため池の半分ほど水が貯まっており、水際ではリザードマンの子供達が水遊びをしている。

 それを見て、俺はふと思った疑問をルリトラに投げ掛けてみた。

「ルリトラ達ってさ、水浴びはするんだな」

「暑さを凌げますからな」

 実際彼等は風呂には入らないが、水浴びをして身体の汚れを落としている。

「なんで風呂は駄目なんだ?」

「湯気、でしたか? どうもアレが駄目なのです。目を開けていられなくなり、身体に纏わり付くような不快感があります」

「け、結構キツいんだな……」

 サンド・リザードマン達は、俺が想像している以上に風呂が駄目な様だ。


「ここまで貯まればもう大丈夫でしょうな」

 ため池の水量を見ながらルリトラが言った。

「良いのか? まだ半分だぞ?」

「あと一月と少しで雨季になりますので、これで十分だと思います」

「ああ、雨季が迫っているのか」

 次の雨季まで生きていくための水を。元々そう言う話だった。

 ため池はまだ一杯にはなっていないが、確かにこの大きなため池半分の水があれば一ヶ月、いや二ヶ月は余裕で保つだろう。

「それじゃ、今日一日出して終わりにするか」

「そうですな。後ほど、長老に報告に行きましょう」

 この集落に滞在し始めて半月。向こうが俺を勇者として扱っていると言うのもあるが、トラノオ族のリザードマン達との関係は良好だった。

 正直なところ旅立つのは名残惜しい気もするが、いつまでも彼等の面倒を見ている訳にはいかないだろう。

 あと気候の問題もある。あと一ヶ月と少しで雨季と言う話だが、雨季が終われば夏なのだ。

 今でさえ厳しい暑さだ。おそらく夏になれば耐えられない暑さになってしまうだろう。

「それに、そろそろ人肌恋しいと言うか、人間に会いたいからなぁ……」

 何よりこの半月リザードマンばかり見ていたせいか、人間に会いたいと言う思いが俺の中で募っていた。

 今春乃さんに会えば、その場で抱き着き、頬ずりし、キスの雨を降らせ、小脇に抱えて『無限バスルーム』に飛び込む自信がある。割と本気で。

 またトラノオ族の方も「部隊」を取り入れた新しい狩りで、減っていた戦士の数を四十名まで増やして態勢を立て直している。

 ルリトラは、サンドウォームとの戦いで多くの戦士を失った仲間達の事を心配していたが、こちらももう心配はいらないだろう。

「しかし、そうなると次はどこに行くかが問題だよなぁ」

「ユピテル・ポリスに引き返すのは」

「無い無い」

「ですよね」

 ここから旅立つとなると、次の目的地を決めなければならない。ユピテル・ポリス以外の。

 ちなみにユピテルから旅立った日に俺達を追跡していた連中だが、実はこの半月の間に一度北の山を越えてこの『空白地帯』に足を踏み入れていた。

 しかし、荒野の環境に耐えかねて一日で撤退してしまったらしい。ドクトラ達が狩りの途中で見付けて、撤退まで見張っていたそうだ。

 この件に関しては、彼等を根性無しと責めるのは酷であろう。『無限バスルーム』無しにこの荒野を旅するのは無謀である。

 そのおかげで時間を稼ぐ事も出来た。春乃さん達もそろそろ国境を越えて隣のポリスに移動しているはずだ。

 追っ手の方も、失敗したとは言え実際に行動を起こしたので、後は聖王家の方で何か手を打つだろう。

「ルリトラは、ここから他のポリスへの行き方は知ってるか?」

「東と西、どちらに行っても人里があったはずですが、詳しい事は……」

「南は?」

「砂漠ですよ」

「ああ、そっか」

 俺は無限バスルームから顔を覗かせて南側を見てみる。

 一面に広がる大砂漠が見える。ここよりもずっと暑そうだ。

「そう言えば、砂漠の真ん中に滅んだ王国が在ったのは本当なのか?」

「どうでしょう? 我々も砂漠には足を踏み入れませんので」

「この辺より暑いのか?」

「それに加えてジャイアントスコーピオンやサンドウォームが」

「……無理っぽいな」

 トラノオ族も行った事が無い場所ならば、もし王国の遺跡があれば財宝なども期待出来そうな気がするが、そもそも辿り着けるかどうかの問題がある様だ。

 多少モンスターと戦える様になったとは言え、ルリトラ達が苦戦し、何人もの戦士を犠牲にしたと言うサンドウォームが棲息する砂漠に行く気にはなれない。

「東西の人里については、長老ならばもう少し詳しい事を知っているでしょう」

「それじゃ報告ついでに話を聞きに行くか」

 次にどこに行くかは、今後の旅を左右する大事な選択だ。まずは出来る限り情報を集めるべきだろう。

 俺達は今日の分の水を出し終えたら、話を聞くために長老に会いに行ってみる事にした。



 そのまま何事もなく水を流し続けて夕方となった。

 MPにはまだ余裕があるが、水量の方はもう大丈夫だろうと言う事で、俺達は子供達と一緒に戻る事にする。

 すると、また集落の入り口に人だかりが出来ていた。

 また怪我人が出たのだろうか。そんな事を考えながら人だかりに近付き覗き込んだ俺は、そこにいたものを見て驚きに目を丸くする。

「トウヤ殿、見て下さい。行き倒れです」

「それも人間ですよ」

 なんと、人だかりの真ん中にいたのは人間の行き倒れだったのだ。狩りに出ていた部隊の一つが拾ってきたらしい。

 人数は二人。どちらも女性、いや少女だ。年の頃は俺より少し下ぐらいだろうか。

 片方の少女の方は身なりが良い感じで、もう片方の少女はレザーアーマーを装備している護衛風だ。

 荷物はあるが、肝心のあれが見当たらない。どうやら彼女達は荒野・砂漠用の外套を身に着けていなかったらしい。

 あれ無しで『空白地帯』に足を踏み入れるのは無謀としか言い様がない。

「って、生きてるのかこれ!? 水、水! 今出すから!」

 俺はすぐさま周りの人を離れさせて『無限バスルーム』の扉を開いた。周りに人が居る状態で扉を開くと、周りの人を押しのけてしまうので注意が必要である。

「ほら、水だ!」

「うぅ……み、みず……!」

 まず身なりが良い少女を助け起こして洗面器に入れた水を飲ませようとすると、少女は俺の手から洗面器を引ったくって必死な様子で水を飲み干した。

 自分で水を飲むだけの元気はある様だが、意識は朦朧としている様で、こちらに意識を割く余裕も無さそうだ。

 彼女が水を飲んでいる間に、俺はもう一人の護衛風の少女にも手桶を使ってゆっくりと少しずつ水を飲ませてやる。

 こちらは自分で水を飲める程の元気は無い様だが、反応はある。自分でしっかり水を飲み込んでいるのでむせる事は無いだろう。

「その子、大丈夫?」

 空の洗面器を持った少女が、四つん這いで身を乗り出し尋ねて来た。

 余程護衛風の少女が心配なのだろう、手足はふらふらで無理をしているのが見て取れる。

「自分で水を飲んでいるから大丈夫だと思う」

「そう……良かった……」

 安心したのか、少女はその場でぺたんとへたり込む。

 彼女達二人が何者なのかは気になるが、とにかく今は休ませた方が良さそうだ。ここは人間同士と言う事で俺の家に運ぶ事にする。

「それじゃ、俺の家に運んで――」

「ちょっと待って、自分で歩けるわ」

「その状態で言われても説得力無いから」

 少女は強がるが、その手足はぷるぷると震えている。とてもじゃないが立ち上がれそうになかった。強がってはいるが、かなり無理をしている様だ。

「ルリトラ、こっちの子と荷物を頼む。揺らさない様にな」

「分かりました」

 護衛風の少女の方をルリトラに任せると、俺は身なりの良い少女をひょいと抱き上げた。

「ちょっ! リザードマンに任せて大丈夫なの!?」

「安心しろ。ルリトラは俺のレイバーだ」

 自分が抱き上げられる事よりも、もう一人の少女をリザードマンに任せる事の方が心配なのか大声を上げた。

 俺のレイバーだと聞くとひとまず安心してくれた様で、おとなしく運ばれてくれる。

 それにしても見た目以上に重い。身なりが良くドレスを着ている様にも見える彼女だが、おそらくそれはサーコートの様な物なのだろう。

 華やかに見せるためかゆったりとした古代ギリシャの装束の様な着こなしなので分からなかったが、下には防具を身に着けていると思われる。

 おそらく金属鎧だ。結構熱くなっている。

 加護の力のおかげか、軽々とは言わないが顔に出さずに運ぶ事が出来た。


 俺達は、家として使っている白いテントに二人を運び込んだ。

 中は地面が剥き出しなので布を敷いてその上に寝かせる。身なりの良い少女は大丈夫だと主張するが、それについては無視である。明らかに大丈夫ではない。

 テントの外には野次馬のリザードマン達が集まっている。長老の方へはその内の一人に頼んで連絡してもらった。

「私の名前はクレナ。この子はロニよ。助けてくれて感謝するわ」

 水を飲んで少し回復したのか、寝かせられながら少女は自己紹介してくれた。身なりの良い少女の名前はクレナ、護衛風の少女はロニと言うらしい。

 二人とも俺より二歳年下の十五歳だそうだ。

 俺は改めて二人の少女を見てみる。

 クレナの方はナチュラルでふんわりとした内巻きのボブヘア。銀色のきれいな髪をしているのだが、残念ながらその髪は今艶を失っている。

 ひらひらした長いスカートのドレスを着ている様に見えるが、その下に金属鎧の防具を身に着けている事は先程抱き上げた時に分かっている。

 腰に差す細身の剣は、柄部分に見事な細工が施されている。その身なりの良さは、少女が上流階級の生まれである事を示していた。

 左腕には持つのではなくベルトで固定して装着するタイプの小さな盾、バックラーを身に着けているが、こちらも見事な装飾が施された物だった。

「そっちの子は……亜人か?」

「……ええ、リュカオンよ」

 そう言ってクレナはロニのカスタードクリームの様な色をした前髪を掻き上げ、その額を俺達に見せる。

 そこに犯罪者レイバーの証である誓約紋は無い。彼女が亜人レイバーだが潔白である事を俺達に知らせたかったのだろう。

 俺にとっては初耳の言葉だった。それを察したルリトラがそれとなく説明してくれた話によると、リュカオンと言うのは狼型の亜人らしい。

 人間と同じ位置にある耳も、お尻から生えた尻尾も狼の物だ。

 ただしその顔付きはほとんど人間そのものである。犬歯が少し鋭いらしいが、今は口を閉じているので見えない。

 トカゲの顔をしたルリトラの様に、リュカオンも昔は狼の顔をしていたそうだ。

 しかし、人間に混じって暮らす様になって光の女神を信仰する様になると、いつしか顔付きが人間に近いものになったとか。

 人間と関わらずに暮らしているリュカオンは今でも狼の顔をしているらしく、「人間の血が混じった」、「光の女神の加護が影響している」と言う二つが一般的な説だ。

「髪がもっさりしてるのって」

「……それはリュカオンの特徴ではないと思うわよ」

 クレナと違い、彼女の髪は腰ぐらいまでの長さだ。全体的にぼさぼさとして、もっさりとボリュームがあった。

 彼女はレザーアーマーの胴鎧に同じく革製の小手と臑当を身に着け、その下も動きやすそうな軽装でまとめている。下に穿いているのも長いズボンだ。

 こちらは腰にシミターと呼ばれる反った片刃の曲刀を差し、肩にはスモールシールドを背負っている。

 実用的に見えるが、クレナの装備に比べて全体的に簡素な作りの物ばかりだ。

 

 彼女達の名前を知ったところで、まずは俺達の方も自己紹介をする。

「俺はトウヤ」

「ルリトラだ」

「でだ、意識があるから一応聞いておくが、二人の防具を脱がせても良いか? 結構熱くなってるだろう、その下の鎧」

 念のために言っておくが、これは下心で言っているのではない。二人を助けるために必要な措置だ。

「…………仕方ないわね。本当ならロニにお願いするところなんだけど」

 クレナもそれが分かっているのだろう。躊躇しながらも俺の提案に承諾した。

 その言葉にロニが反応して苦しそうな表情で起き上がろうとするが、力が入らない様だ。

 俺は彼女を押さえて寝かしつけようとするが、ロニは弱々しい力でそれに抵抗する。

「いいのよ、ロニ! 無理しないで!」

 クレナが声を上げると、ロニはようやく抵抗を止めて横たわった。クレナには忠実な様だ。従者か何かだろうか。

 まずは金属鎧が熱くなっているであろうクレナの方から脱がせていく。

 ドレス型のサーコートは背中側で紐を使って括っている様だ。自分では出来ない。おそらく普段からロニが手伝っていたのだろう。

 サーコートの下の金属鎧は、ハーフプレートと呼ばれるタイプと胸と肩を覆う金属製の胴鎧だった。それにガントレットとグリーブを身に着けていた。

 どれも熱くなっている様なので、俺の方も作業用の厚手のグローブを身に着ける。『空白地帯』は熱いと聞いていたので、熱せられた金属鎧等熱い物に触るための耐熱グローブだ。

 グローブのせいで作業がしにくいが、俺は黙々とそれらの装備を外していく。下手に喋りまくるのも変に意識していると思われそうな気がしたのだ。

 少女の方も流石に男性に防具を外されるのは慣れていないのか、頬を紅潮させて黙り込んでいた。

 鎧の下に身に着けていたのはロニと同じく動きやすそうな衣服だったが、クレナの方が品が良く高級感が溢れている。やはり彼女はどこかのお嬢様なのかも知れない。

「痛っ!」

「えっ、どこか当たったか?」

「そ、そうじゃないわ、大丈夫よ」

 そう口では言っているが、クレナは涙目になっておりとても大丈夫そうには見えない。

「……鎧の熱でやられたのでは?」

 もしもの時――クレナ達が刺客か何かで襲い掛かってきた時などに備えて控えていたルリトラが口を開いた。

 クレナの顔を見ると、視線を逸らして目を伏せている。どうやら当たっている様だ。

 熱くなった金属鎧をずっと身に着けていたため火傷した様な状態になってしまっているのだろう。彼女達には俺と違って『無限バスルーム』で冷やすと言う手段が使えないのだ。

「言いたがらないのも分からなくもないが、そう言うのは黙ってちゃ駄目だろ」

「言ってもどうしようも……」

「俺、回復魔法使えるから」

「~~~~っ!」

 俺がそう言うと、クレナの顔が燃え上がる様に真っ赤になっていく。

 回復魔法が使えるからこそ、彼女がこう言う反応をする理由も分かった。

 回復魔法を使用する際には手に治療の魔力を込めて、患部に触れるか触れないかまで近付ける必要があるのだ。

 触れた直後は痛む事になるが、効率良く回復するため問題が無い場合は触れる事が多い。

 そのため回復魔法の効果は外傷に限られており、骨折や内臓の問題には別の離れた距離からでも回復させる事が出来る高位の魔法を使用する必要がある。

「先に断っておくが、俺は神官魔法を勉強し始めて一ヶ月と少しだ。精霊召喚以外だと基本的な回復魔法と解毒魔法しか使えない」

 つまり、火傷を治療するためには服を脱いで患部を俺に見せる必要があると言う事だ。

 だからこそ、彼女の同意を得ておかねばならない。

「先にロニって子の防具を外すから、それが終わるまでに魔法の治療を受けるか決めておいてくれ。受けなくてもきれいな水も用意してやれるから」

「……分かったわ」

 MPにはまだ余裕があるので魔法で治療するのも、『無限バスルーム』を使って身体を冷やす水を用意するのも容易い。クレナがどちらを選んでも問題は無いだろう。

 そんな事を考えながら、俺は真っ赤な顔のまま考え込むクレナを横目に、ロニの防具を外しに掛かった。

 ゲムボリックはオリックス(別名ゲムズボック、ケープオリックス)

 スイープドッグはハイエナがモデルとなっております。

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