第169話 恥の多い生涯を送っています
「『無限リフレクション』ッ!!」
春乃さんの放った掌底が、王子の顎を捉えた。
一瞬王子の身体が浮き上がり、糸が切れたマリオネットのようにドサリと倒れた。
「お、おい! 頭打ってないか!? 確認を!!」
俺が声を張り上げると、呆然としていた側近の三人が、慌てた様子でルリトラに背を向けて王子に駆け寄る。……掛かったな。
「えいっ!」
すかさず春乃さんが、無防備になった三つの後頭部にチョップを叩き込んだ。
それで三人は正気に戻ったようで、戸惑った様子で辺りを見回している。
これで王子達は無力化する事ができた。後は泡のシャワーでまともに動けない騎士と弓兵達。こうなれば、後はこちらのものである。
抵抗する気は無くしていないだろうが、それを警戒しながら取り押さえていけばいい。
「弓兵は押さえているから、まずは騎士達から!」
弓兵を泡で牽制しつつ、騎士達から取り押さえてもらう。
投げて武器を失った騎士も最後まで素手で抵抗しようとしていたが、もはやどうにもならなかったようで、次々に取り押さえられていく。
続いて弓兵を取り押さえる間に、聖王は王女とセーラさん達を連れて王子に近付く。
セーラさんが王子の容態を確認。特に問題は無かったようで、最後の弓兵が取り押さえられる頃には、王子も目を覚ましていた。
直後に落ちていた剣を拾って自害しようとしたが、聖王と王女、それに三人の側近に慌てて止められていた。さては、ここまでの記憶が残っていたか……。
きっちり止められたようだし、外聞の良いものでも無さそうだから、ここは見なかった事にしておこう。
それから春乃さんが取り押さえられた騎士達、弓兵達にぺちっとチョップ。彼等からギフトの影響が消えて、謁見の間の戦いは終わりとなる。
やはり記憶が残っているようで、頭を抱える者、天を仰いで叫ぶ者と反応は様々だ。
だが、それは後にしてほしい。城内の戦いはまだ終わっていないのだから。
彼等を宥めるのは先に正気に戻った八人に任せ、リコットは数人の親衛隊員を連れて王子が降伏し戦いが終わった事を報せに走る。
城内には他にも中花さんのギフトの影響を受けた者がいる。俺も春乃さんと一緒にそちらに向かう。セーラさん達は謁見の間の怪我人を治療するために残ってもらおう。
王子に関しては……家族に任せる。あれは部外者が口出ししない方が良いだろう。
謁見の間を出た俺達は、まず先程大地の『精霊召喚』で捕らえた騎士達を正気に戻してから解放。真っ青な顔をしていたので謁見の間に放り込んでから中庭に向かった。
すると戦いは既に終わっており、光の神官達が来て、怪我人の治療も始まっていた。
神南さんは、アキレス達と共にまだ暴れる騎士達を取り押さえている。おそらくギフトの影響が残っていて、本人はまだ戦う気なのだろう。
春乃さんが近付き、ギフトの影響を消す。すると騎士はすぐに呆然とした表情になっておとなしくなった。そのままおとなしく治療されてくれ。
コスモスも見かけたが、忙しそうに怪我人を運んでいたので声は掛けないでおく。
しかし怪我人が多いな。相当激しい戦いが繰り広げられたようだ。
「ドクトラ達、大丈夫かな……」
「冬夜君、行ってあげてください。私の方は大丈夫ですから」
「いや、あいつら今でも抵抗する気満々みたいだし、春乃さんも危ないだろ」
「ハルノ殿には我々が」
「私もいるよ~」
ルリトラとトラノオ族の戦士達、それにプラエちゃんが、春乃さんの護衛を買って出てくれた。風の神官であるプラエちゃんは、怪我人の治療も手伝ってくれるらしい。
「……分かった、頼む」
春乃さんの事はルリトラ達に任せ、雪菜とデイジィに空から探してもらう。
すると雪菜が、すぐに中庭の一角に集まっているドクトラ達を見つけ出してくれた。
近付いてみると、ドクトラ達も皆負傷していた。サンド・リザードマンの強靭な肉体のおかげか、戦死者までは出さずに済んだようなのは不幸中の幸いか。
「神官は?」
「怪我が重い者が優先のようだな」
もっとも、そのため治療が後回しにされているようなので良し悪しではあるが。
とはいえ神官達も余裕が無いのだろう。彼等の傷は、俺の神官魔法で治すとしよう。
しかし、中庭で戦っていたためか土汚れも酷いな。『無限バスルーム』の扉を開き、傷口を洗ってから治療を開始する。
当然注目され、周りでも水が必要だったのか神官達が水が欲しいと言ってきた。よく見ると光の神殿にいた頃の顔見知りだ。
MPにはまだ余裕があるので、治療に必要なら遠慮なく持って行ってくれ。
「ラクティ、頼む。俺はドクトラ達の治療をするから」
「分かりましたっ!」
蛇口とホースはラクティに預け、俺はドクトラ達の治療に専念しよう。
その後、ラクティの所には神官達がひっきりなしに来ていたが、今水を出してくれているのが闇の女神と知ればどんな顔をするのか、ちょっと気になるところである。
だが、今はそれどころではない。またいずれという事にしておこう。
中庭での治療がひと段落ついた頃、抜け道の方に行っていたクレナ達が戻って来た。
縄で縛り、猿ぐつわを噛ませた状態の二人を連れてきている。
「その二人は?」
「城を脱出しようとしていたの」
見たところ一人は武装した騎士、兜は被っていない。もう一人の方は非武装の豪華な装いの人物だ。どちらも若い。王子と同年代ぐらいだろうか。
「一応聞いておくが……言動は?」
「例のギフトの影響を受けているわね」
この二人は城が襲撃された事を中花さん達に報せに行こうとしていたらしい。
なるほど、王子達は謁見の間で待ち構えていたが、密かに中花さんへ連絡しようとしていたのか。クレナが抜け道を押さえてくれていて良かった。
「それより、ブラムスの治療を頼めるかしら?」
そちらでも負傷者が出たか。応急処置は既にしているようだが、腕に巻かれた布が赤く染まっている。浅い傷ではなさそうだ。
「すぐに治療しよう。他は?」
「大丈夫よ。ブラムスが守ってくれたからだけど」
「そうか……それじゃ、その二人は春乃さんの所に。ギフトの影響を消してくれるから」
「分かったわ。ユキナ、手伝ってくれる? こいつら抵抗して動こうとしないから」
「引きずるのね、オッケー」
二人はそのまま、春乃さんの所へ連行されて行く。
ブラムスの怪我は、軽くはなかったが俺の魔法ですぐに治療できた。
俺達はそのまま謁見の間には戻らず、神官達と共に他の怪我人達の治療を手伝った。
怪我人を放っておけなかったというのもあるが、聖王家の問題に巻き込まれたくなかったのは秘密である。
なんというか戦闘よりも、その後始末の方が大変な気がする。
だが、クレナが例の二人を捕まえてくれたおかげで、中花さん側に知られる事なく聖王を解放し、聖王都を取り戻す事ができた。
念のため正気に戻った騎士に確認してみたが、他に連絡員などもいないようだ。
しかし、MPを大量消費した事もあって流石に疲れた。今日ぐらいは一息ついて休みたいところである。
リコットが通りかかったので話を聞いてみたところ、今回の戦いは表向きは何もなかったようにするとの事だ。
なお、聖王家は家族会議に突入しているらしい。
王子がどうなるかは分からないが、そこは聖王家の問題なので放っておこう。
リコットが通り掛かったのも、コスモスを探しに来たそうだ。
「……お役に立てますか? コスモス」
「フランチェリス様の御側にいていただければ……」
心の支えにいて欲しいといったところだろうか。
しかし、何事も無かったようにしたいというならば、トラノオ族が大勢城内に入り込んでいるのもまずそうだ。
「俺達は一度、光の神殿の方に顔を出してきます」
「……分かりました。また、こちらからお呼びします」
リコットは察してくれたようだ。
呼ばれるタイミングは家族会議が終わってから、かな。
「ほどほどのところで呼んでください」
「勿論です」
そう言ってリコットは、力強く頷いた。
俺はすぐに皆を集め、下手にこそこそせず、普通に城を出る。この時、町の人達に見られてしまうが、そこは勘弁してほしい。
城外に出たところで空を見上げる。先程まで城内で激戦が繰り広げられていたとは信じられないような澄んだ青空だ。
今も中花さん率いる遠征軍が、この空の下をユピテルに向けて帰国してきている。
そう、戦いはまだ終わった訳ではない。むしろ、ここからが本番だ。
だが今は、少し休ませてもらうとしよう。
今回のタイトルの元ネタは太宰治先生の『人間失格』の冒頭部分です。




