第166話 敵は謁見の間にあり
城側の攻撃から始まった攻城戦。俺達はルリトラを先頭に着実に城内を進んで行く。
「中花さんのギフト……全ての兵に影響を及ぼしているという訳でもなさそうだな」
向かってくる兵を『星切』の峰打ちで叩き伏せながら、そう呟いた。
庭の方に目を向けると、神南さんが騎士らしき四人に囲まれて激戦を繰り広げている。
彼等は明らかに他の兵とは動きが違う。おそらく中花さんのギフト『無限の愛』の影響を受けているのだろう。
四人掛かりとはいえ、魔将『百獣将軍』にも勝った神南さんと戦えている。あの騎士達相当強くなっているぞ。
だが、神南さんも負けていない。『無限エンジン』の轟音を響かせながら、一人で四人を押している。
見るとアキレスさんと『百獣将軍』も騎士達に囲まれていた。亜人だから警戒されているのか、『百獣将軍』の方は兵も合わせると数十人はいるんじゃないだろうか。
しかし、『無限の愛』の影響を受けている者達があれだけとは思えない。
あれだけなら、神南さんの方ではなく、今謁見の間に近付いている俺達の方に来るはずだ。他にもいると考えた方が良いだろう。
「……ルリトラ」
「分かっております」
皆まで言う必要は無さそうだ。慎重に扉を開け、不意打ちしようとしてた兵を返り討ちにしながら奥へと進むと、二階に続く階段を見つけた。
かつて謁見した時の記憶をたどる。ここを昇り、真っ直ぐ廊下を抜ければ、謁見の間直前の控室だったはずだ。あそこは敵が待ち構えている可能性が高い。
だが、その前に……。
「『精霊召喚』……」
小声で詠唱し、光の精霊を呼び出す。
皆にこちらを見ないよう伝えた後、精霊に指で行き先を指示。五つの光球がすーっと階段を通って二階に向かっていく。
そして俺が後ろに振り向いた瞬間、全ての光球が同時に強烈な光を放った。
「ぐあっ!?」
「目が! 目があぁぁぁ!!」
「よし、突入だ!」
悲鳴が聞こえてきたと同時に先陣を駆け上がる。転げ落ちてきた兵を弾き飛ばして二階に上がると、目を押さえて転げまわる十人程の兵がいた。やはり待ち構えていたか。
ルリトラと四人の戦士達が後に続き、瞬く間に取り押さえて制圧する。
「油断するな!」
すぐさま声を上げて警戒を促す。ルリトラ達も顔を上げて身構えると、奥の扉が開いて兵達が雪崩れ込んで来た。案の定だ。
先程の大声、向こうにも聞こえているだろうから動くと思っていた。
飛び出してきたのは先頭に騎士らしきものが二人、兵が十数人。
騎士は全身鎧だが、どちらも兜は被っていない。両方若い男、二十歳と少しといったところか。整った顔立ちを歪めてこちらに向かってくる。
兵達とは明らかに違う顔、俺達への敵意か。騎士二人が『無限の愛』の影響下と見た。
「ルリトラ! 右は任せた!」
そう言うやいなや、返事を待たずに騎士に突撃。盾で殴り掛かる。
しかし、騎士は素早い動きでそれを避け、ガラ空きの脇腹を斬り付けてきた。だが、効かない。その攻撃は『魔力喰い』で無効化だ。
ルリトラももう一人に斬り掛かっていた。空いた隙間に兵士達が雪崩れ込むが、そこは四人の戦士にプラエちゃんが加わって押さえてくれている。
大丈夫だ。あちらは任せておけばいい。こちらは、こちらに集中する。
騎士は金属鎧相手でも斬れる自信があるのか、更に連撃を繰り出してくる。その剣は速く、俺の腕ではまともに切り結ぶ事もできない。
元々の腕……ならば、旅立ち前の神南さんにも勝っていそうだ。そういう人がいたとは聞いていないし、やはり『無限の愛』による教導の効果か。
だが、負けはしない。いかに鋭い攻撃を繰り出そうとも『魔力喰い』の前には無力だ。
技で勝てないのならば力尽くだ。盾を投げつけ、相手がそれを弾いた隙を突いて前進。相手はすぐさま攻撃を再開するが、それを無視して更に距離を詰める。
相手は気絶を狙っているのか執拗に頭を攻撃してくるが、無駄だ。こちらはMPが続く限り、中に衝撃も伝わらない。音は煩いが。
そのまま押し切り、相手の左腕を捕まえると、そのまま壁に押し付ける。
「この反逆者が……!」
腹に蹴りを入れて来たが、それも無駄だ。こちらが揺らぎもしない。そのまま壁に手を当てて大地の精霊召喚を発動、騎士の左腕を変形させた壁で問答無用に拘束する。
「なっ……!? こ、これは……!?」
空いている手を壁に当て、大地の『精霊召喚』を発動。騎士が態勢を立て直さない内に捕まえた左腕を変形させた壁でガチガチに拘束する。
流石に予想外だったであろう現象に相手も目を白黒させている。その隙に両足も拘束。残った剣を持った右腕も拘束し、最後に剣を落とさせた。
いかに剣技を磨こうとも、石による枷を抜ける事はできないだろう。壁が一部壊れてしまったが、そこは勘弁してもらいたい。
ルリトラ達の方を見ると、既に他の騎士、兵士達を片付けていた。
若い戦士の内、二人が腕と肩から派手に出血していた。他の小さな傷はともかく、それだけは治しておいた方が良さそうだ。すぐに『癒しの光』で治療を開始する。
クレナの火傷を治療した頃と比べれば、見違えるような速さで癒えていく傷。よし、完全に傷は塞がった。他もひとまず大丈夫そうだな。
階下の聖王達に大丈夫だと声を掛け、俺達は先に進むとしよう。
「冬夜君!」
控室の手前、左右に分かれ道があるところで春乃さん達が合流した。櫓の方に『無限の愛』の影響を受けたような者はいなかったらしく、すぐに制圧できたそうだ。
「城全体に配置できる程多くは無いのか」
「主力は、中花さんと一緒にいる軍の中にいるんでしょうね」
数少ない『無限の愛』を受けた騎士を、謁見の間の守りと、神南さんの対処に割いたといったところか。的確な判断だと思う。
謁見の間の扉の前には兵が四人残っていたが、そちらは既に戦意を失っていたようで、ルリトラがグレイブを突き付けると、我先にと武器を捨てて投降してきた。
ナイフぐらいは隠し持っているかもと警戒していたが、そういう事も無かった。先程の騎士と同じように壁に……とも思ったが、余裕があったのでロープで縛っておく。
そうこうしている内に聖王達も追いついてきた。後を追ってきた兵達に何度か襲撃されたそうだが、王女親衛隊のおかげで大した被害は出ていないようだ。
いや、一人だけ腕に巻いた布が真っ赤に染まっている子がいる。
「そっちの子は、治療していないのか?」
「その、神官魔法が使える子はコスモス様の方に……」
「ああ、そういう事か。見せてみろ」
血に染まった布を取り、『癒しの光』で治療する。
他に大きな怪我をしている者はいないかと確認したところ、三人ほどいたのでそちらもセーラさんと手分けをしてすぐに治療しておいた。
この間、ルリトラ達に警戒させておいたが、謁見の間からの動きは無い。
「……逃げたか?」
「いえ、気配はあります」
中で待ち構えている、か。治療は数分も掛からずに済んだが、中ではいつ入ってくるかと焦れているかもしれない。
もう少し焦らしたい気がしないでもないが、ここで聖王と王子が決着を付ければ城内で起きている戦闘も終わるはず。ここはすぐに踏み込もう。
「まずは自分が」
扉は両開きだ。いきなり両方を開け放とうとはせず、右側だけ開けて中に入る。
同時に聞こえてくる弓弦の鳴る音。俺は咄嗟に盾を持った左腕で顔をガードすると、直後に無数の矢が俺に降り注いだ。
やはりか。待ち構えているという事は、それぐらい用意していると思っていた。
盾の陰から見ると、四人の弓兵が次の矢を番えようとしていた。
「『精霊召喚』! ……今だ、ルリトラ!」
すかさず風の『精霊召喚』。中の者達が急な突風に顔を庇ったタイミングを逃さずルリトラ達を突入させる。
弓兵達が改めて矢を射ようとするが、遅い。左側の扉を蹴破り突入したルリトラがグレイブを一閃すると、四人をまとめて弾き飛ばし、壁に、柱に激突させた。
四人の戦士がすぐにルリトラの周りを固め、俺は春乃さんとセーラさん達を連れて中に入っていく。
改めて謁見の間の中を確認すると、正面の弓兵だけでなく入ってすぐの左右に四人ずつの騎士が控えていた。なるほど、矢の後に挟み撃ちする手はずだったのか。
だが、ルリトラの突入に反応できず、俺の方もすぐにサンドラ達が周りを固めたため、攻撃するタイミングを掴めないようだ。
「リコット、左右に騎士が四人ずつ。左側を頼む」
「承知した!」
するとリコットは三人の親衛隊員を連れて入ってきたので、俺達は右側の騎士達に意識を向ける。
そして、俺達とリコット達の間を通り、堂々と入室するのは聖王その人。傍らに王女を控えさせ、周りは親衛隊員達が固めている。
それに対するは奥の玉座に座る王子と、その周りを固める三人の側近であろう騎士達。
王子は苛立たしげに立ち上がり、聖王を見下ろした。騎士達が剣を抜き、それを見た王女が親衛隊員に身構えさせる。
しかし当の聖王は微動だにせず、ただ真っ直ぐに王子を見据えているようだった。
聖王と王子、因縁の親子がここに顔を合わせたのである。
今回のタイトルの元ネタは、本能寺の変における明智光秀の有名な言葉です。




