第164話 コスモス通りの異界人
「ここが……そなたのギフトか。報告では、これほど大規模ではなかったはずだが……」
コスモスに肩を借りながら『無限バスルーム』の中に足を踏み入れた聖王は、目の前の大きな建物を見上げてそう呟いた。
報告というのは旅立つ前、まだ小さなバスルームしか出せなかった頃のものだろう。
「旅の間に、他の女神様の祝福も授かって成長しました」
「では、これは?」
次に聖王が目を止めたのはソトバの剣。いざという時にすぐに持ち出せるよう、入り口脇に立てている。
「初代聖王が魔王を封印する際に使用したものを、剣にしました」
「ほう、これが……」
実際は間違えて魔王だけでなく闇の女神も封印。その結果、『空白地帯』が生まれた。
その事は聖王も知っているかもしれないが、わざわざ今彼の胃にダメージを与える必要は無いので伏せておくとしよう。
「コスモス、陛下を和室へ」
「オーケイ! フランチェリスを休ませた部屋だね!」
良い事を言ってくれた。王女も使った部屋と聞けば、聖王も安心して休めるだろう。
コスモスに支えられながら中に入っていく聖王。その背中が小さく見える。
目が覚めると、いつの間にか城外に拉致されていた。ずっと昏睡状態だった聖王の認識はそんなところだろうか。
それ以前の記憶はどうなのだろう? 彼は、自分の息子に毒を盛られた事を理解しているのだろうか? それとも気付いているからこそ、あんな様子なのだろうか?
そんな事を考えていると、春乃さんが近付いてきた。
「見た感じ、私達については半信半疑みたいですね」
「やっぱり、そうか。この状況だとなぁ……」
その分析には同意する。今の状況は王女がいてこそだろう。王女がいなければ、俺達は誘拐犯扱いだったかもしれない。
「あなた達は『女神の勇者』だからねぇ」
「その辺りの枠組みは、あまり気にしていないんだがなぁ……」
「そうもいかないわよ、当の聖王としては」
クレナも隣に来て、そう呟いた。そうか、もう片方は『聖王の勇者』なのだから。
聖王はこの後、食事と湯浴みをして身嗜みを整えるだろう。あまり時間は無いが、それぐらいしなければ人前には出られない。
その間に、こちらに敵対の意志は無いと分かってもらえれば良いのだが……。
「あ、ロニかメムが飲み物を運んで大丈夫かな?」
「今は止めておいた方が良いかと。お父様が二人を知らないという意味で、ですが」
そう答えたのはフランチェリス王女。なるほど、亜人だからという理由ではなく、か。
かくいう彼女は、聖王について行かずこちらに残っていた。これからの事の打ち合わせをするためだろう。
「あの、ここは私が」
自ら手を挙げてくれたので、飲み物を運ぶのはフォーリィに任せる事になった。彼女は旅立ち前から聖王とは顔見知りである。
その切っ掛けが例の「予言」である事については、触れずにそっとしておこう。
「それで、何を持っていきましょうか?」
「一通り持って行って選んでもらいたいところですが……」
王女はチラリとこちらを見てきた。
「構いませんよ。好きなのを選んでもらってください。お酒はありませんけど」
「あっても今は止めますよ」
そう言って王女は笑った。
なお、この後聖王は、美しい琥珀色と爽やかな味わいが素晴らしいとリンゴジュースを絶賛する事になる。
魔王も気に入っていたと知ればどんな顔をするか、気になるところだ。
それはともかく、コスモスだけに任せておくのも不安なので、飲み物について決まったところでフォーリィには早速行ってもらおう。
そしてこちらは料理の準備である。メニューについては王女も交えて話し合い、おかゆにする事に決まった。病み上がりである事を考えると、妥当なところだろう。
「オカユというのは、ゴハンとは違うのですか?」
「もっと柔らかく煮て消化しやすく……身体が弱っていても食べやすくした感じですね」
「なるほど。麦を使ったものなら、似たような料理がありますね」
王女が言っているのは、ポリッジみたいな料理だろうか。
おかゆは王女にとっても未知のものであったが、お米を知っている事と、似たような料理を知っているという事から、大丈夫だと判断したようだ。
お米は聖王にとって未知の物だろうが、それは飲み物も同じ事なので、その辺りの説明は王女に任せてしまう事にしよう。
なお、おかゆは王女が自ら運ぶそうだ。それでいいのかとも思ったが、父親の看病なので問題は無いとのこと。本人が言っているのだから良いのだろうか。
そこは気にしても仕方がないので、早く作ってしまおう。
ちなみに料理をするのは俺だ。久しぶりに作るが、おかゆは作り慣れている。
調理は一人で大丈夫だ。あまり時間は無いが潜入組だった春乃さん達には休んでいてもらおう。俺はラクティを呼び、王女を連れてキッチンに移動する。
「それじゃお姉さまの石臼でお米を……えっ、タマゴも使うんですか?」
「ああ、俺の得意メニューだ」
ところが、いざおかゆを作っていると、雪菜がふわふわとキッチンに入ってきていた。そのまま近付いてきて、背中に抱き着いてくる。
「この匂い……お兄ちゃんのたまごがゆ~……」
匂いに釣られたのか。好きだったもんな、このちょっと濃いめの味付けのおかゆ。
「もう少し待っててくれ。たくさん作ってるから、雪菜の分もあるぞ」
聖王がどれだけ食べるか分からないため、おかゆは結構多めに作っている。聖王がおかわりする事を考えても、雪菜の分は十分にあるだろう。
すると雪菜はえへへ~と嬉しそうな声を漏らしながら頬を擦り付けてきた。
「あらあら、良いお兄さんですね」
「……あ、すいません」
「……お気になさらずに」
そう言う彼女の表情は優れない。王女の兄はアレだからな。
安全な料理であると証明するために調理するところを見てもらっていたが、辛いものを見せてしまったかもしれない。
「むしろ、これで確信しましたわ。やはり、あの兄は……フ、フフフ……」
いきなり笑い出した。案外平気なのかもしれない。
雪菜は先程とは違い、おびえるようにひしっと抱き着いてきた。ラクティも同じように腰にしがみ付いてくる。
「あ、あの、俺達兄妹は、あまり参考にならないと思いますよ?」
一応そう忠告はしておいたが、聞いてくれたかどうかは定かではない。
その後は何事もなくおかゆは完成。王女もハッと我に返り、聖王の下へと急いだ。後は聖王の準備が整うまで向こうに任せておけばいい。
俺達も城に潜入して帰ってきたところなので、少し休んでおこう。
聖王がおかわりをする可能性もあるので、雪菜と、欲しそうにしていたラクティの分だけをお椀に入れて食べさせる。
俺は食べないのかと聞かれたが、二人の嬉しそうな顔だけでお腹いっぱいだ。
しばらく眺めていると、二人が食べ終わる頃に空の器を持った王女が戻ってきた。
「聞いてくださいっ!!」
かなり興奮した様子で。
「どうかしたんですか?」
「どうもこうもありません! オカユを持って行ったら、お父様ったら……!」
「お、落ち着いてくださ~い」
ラクティが宥めながら、なんとか話を聞き出していく。
「お父様ったら、コスモスと私の小さい頃の話で盛り上がってましたのよ!?」
なんと、王女がおかゆを持って行くと、既に二人が意気投合をして、リンゴジュースが入ったグラスを手に盛り上がっていたらしい。
「しかも、よりによってあの事まで喋るなんて……!!」
わなわなと震える王女。何を話したんだ、聖王。そして何を聞いたんだ、コスモス。
ちなみにフォーリィは呆然としつつも、リンゴジュースをお酌していたそうだ。どんな話かは知らないが、彼女がその事を覚えているかどうかは定かではない。
それにしてもコスモス、なんというコミュ力。
でも王女にしてみれば、自分が子供の頃の話で盛り上がられるのって居たたまれないよな。共通の話題がそれしか無かったにしても。
「それで、えっと、おかわりですか?」
「結構です! お父様は大浴場に行きましたわ! コスモスと肩を組みながら!」
話題を変えようとしたが失敗した。ホントに何やってるの、コスモス。
というか聖王……。いや、お風呂まで連れて行く訳にはいかないのは分かるけど。
興奮冷めやらぬ王女は、ラクティに泣きつき、愚痴をまくし立てた。コスモスが誘拐されてから今日まで、なんだかんだでストレスが溜まっていたのかもしれない。
光の女神信仰の総本山であるユピテルの王女が、闇の女神に泣きつく構図になっているが、今はそれを忘れよう。
それよりも慈愛に満ちた顔で王女を慰めるラクティの姿は、いつもより「お姉ちゃん」をしているような気がした。
もっとも本人にそれを言うと、またえへんと胸を張っていつもの彼女に戻ってしまいそうだ。ここは黙って見守っていた方がいいだろう。
今回のタイトルの元ネタは、うしろゆびさされ組の『コスモス通りの異星人』です。




