外伝 東雲春乃の旅
ユピテル・ポリスを旅立ってから一週間。私達はようやく国境付近の町まで到着しました。
私の名前は東雲春乃、十六歳の元・女子高生。
今は異世界に召喚されて『女神の勇者』をやっています。
私達が召喚されたこの大陸は『オリュンポス連合』と言う十二の都市国家からなる連合国家です。
しかし、「ポリス」と呼ばれる十二の都市国家しか無い訳ではありません。
この国境付近の町の様にポリス以外にも町や村、そして集落があり、ポリスを中心にいくつか集まったのが、この大陸における「国家」になります。
ユピテルが三年前に別の国と戦争をしたと言う話は、私も聞いた事があります。
村同士の争いが原因だったそうですが、あれも別々のポリスに属する国境付近の村同士の争いだったのでしょうね。
町の門を潜った私達は、町の人達に歓迎されながら神殿に入りました。相変わらず巡礼団はすごい人気です。
三十人以上の団体なので、私達は普通の宿には泊まる事が出来ません。
神殿があればそこに。神殿が小さければ一部だけが泊まって残りは周りにキャンプを張ります。そして神殿がなければ全員でキャンプをしていました。
この町の神殿は、少なくとも全員が屋根と壁のある所で寝られそうな大きさでした。巡礼団の皆もほっと一息ついています。
今のところ、懸念されていたユピテル・ポリスからの追っ手はありません。
実を言うと私は、私が『光の女神巡礼団』と共に目立ちながら旅をする事で、追っ手の目を冬夜君から逸らす事が出来ると思っていました。
そのため団長のルビアさんには警戒を怠らない様にしてくださいとお願いもしたのですが、彼女が言うには巡礼団に手を出す愚か者はいないと返されてしまったのです。
「聖王陛下の御意向を無視して、私達を狙う様な人達でもですか?」
「『光の女神巡礼団』に手を出せば、この大陸で生きていけません」
この世界の人達が私達の世界の人達よりも信心深い事は知っていましたが、これは私の想像以上でした。
「とは言え、警戒を怠らない件については了解です。元より油断する気はありません」
「あ、ありがとうございます」
そう言って笑うルビアさんの表情とは裏腹に、私の心はちくちくと胸を刺される様な不安を感じていました。
私達の方に追っ手が来ないと言う事は、それだけ冬夜君の身に危険が及ぶのではないでしょうか。
私は青ざめた顔で隣のセーラさんを見ました。
軽くウェーブの掛かったふわふわしたブロンドのロングヘアの女性。この世界に召喚されてからずっとお世話になっている、私より二歳年上のお姉さんです。
すごい美人さんで、身長は私より少し大きいです。あと安産型です。
彼女は時折天然っぷりを発揮しますが、普段はとても頼りになり私も色々と相談させてもらっていました。
そんな彼女は今、何やら考え込んでいます。
「セ、セーラさん。冬夜君、大丈夫かな?」
「そう言えば、トウヤ様から巡礼団の権威について色々と聞かれました……もしかしたらあの方は、ハルノ様の為に自ら囮になる心積もりなのでは……?」
「えっ!?」
セーラさんの口から漏れた言葉を聞き、私は思わず驚きの声を上げてしまいました。
「いえ、トウヤ様も巡礼団の権威については理解されていた様ですし、追っ手がこちらに近付かない事は分かっていたと思うのですが……」
「巡礼団の団員さんを仲間にするの断ってたのに」
「ええ、理解した上での判断だとすれば、やはり囮になるおつもりなのではないかと……」
「そ、そんな……」
考えが甘かった。巡礼団についてもう少し理解を深めておくべきだった。
私がわなわなと震えていると、リウムちゃんがくいっくいっと軽く私の袖を引っ張ってきました。彼女は何か用がある時はいつもこうしてきます。
ココア色の髪を肩まで伸ばした、小柄でとっても可愛らしい子です。
「どうしたの、リウムちゃん」
「トウヤなら大丈夫。仲間がいないからこそ出来る事がある」
その言葉の意味が理解出来ず、私は首を傾げました。彼女は少し言葉足らずな所があり、理解するのに時間が掛かったり、時には理解出来ない事があります。
「え~っと、どう言う事なのかな?」
「サンド・リザードマンの全力疾走はとても速い」
「ルリトラさんだね」
「サンド・リザードマンに人力車を曳かせれば、馬より速い。遥かに」
「あっ……」
そう言えば、冬夜君は人力車に乗って旅立っていました。
あれは大人数で乗れる様な物ではなく、旅の荷物を積み込めば一人くらいしか乗り込めなくなります。
「それじゃ、冬夜君は……」
「今頃は無事にトラノオ族の集落に到着しているはず。『空白地帯』に軍は進められない」
「良かったぁ……」
リウムちゃんの言葉を聞いた私は力が抜けてその場にへたり込み、セーラさんが慌てて助け起こしてくれました。
えへんと胸を張るリウムちゃん。彼女は魔法使いで、十四歳なのですが小柄で小学生ぐらいに見えます。
安心した私は手を伸ばし、リウムちゃんを抱き寄せて思い切りぎゅーっと抱き締めました。
末っ子の私にとっては初めて出来た妹の様な存在で、可愛くて仕方がないのです。
「それにしてもトウヤ様は、最初からそのおつもりだったのでしょうか?」
「『空白地帯』について調べてたし、それから人力車を用意していた」
セーラさんの疑問に、私に抱き締められたままのリウムちゃんが答えます。
つまり、冬夜君の頭の中には自分が囮になって敵を引き付け、私達は安全に国境まで辿り着くと言う、この状況の青写真があったと言う事なのでしょう。
冬夜君に頼り切りになりたくないと、強くなるために別々に旅立ったと言うのに、また冬夜君のお世話になってしまった様です。
かつて魔王を封印したと言う初代聖王陛下が四人パーティだった事から「四人組」と言う考え方が根付いているこのオリュンポス連合。
この国では宿の客室なども、ほとんどが四人部屋になっているそうです。
私達は、神殿の中にある巡礼者のための部屋に案内されました。
もちろん四人部屋で、今日はこの部屋を私とセーラさんとリウムちゃんと、あと一人巡礼団の誰かが加わって四人で使う事になります。
部屋数が限られているのですから四人部屋を三人で使う訳にはいきませんし、私達の安全を守るためと言う意味もあります。
ですが一番大きいのは、私が巡礼団の皆さんとも仲良くするためゆっくり話す時間が欲しいと言う理由でした。
セーラさんとお互いに手伝いながら防具を外した私は、ベッドに横たわりました。
天井を見上げながら思うのは、もちろん冬夜君の事です。
北條冬夜君。私と同じく異世界から召喚された高校二年生の男の子。
私の……好きな人、です。
一番最初の印象は怖い人でしたけど、すぐにそうじゃない事が分かりました。
えっちだけど、私達の事を気に掛けてくれる優しい人です。えっちだけど。
すぐに神殿に行ってしまった冬夜君と違って一週間ほど王城で過ごした私は、他の三人の勇者とも面識があります。
しかし、彼等とはあまり話が合いませんでした。私は西沢――コスモス君ほど楽観的にはなれず、神南君は怖い雰囲気で、中花さんは私になど興味が無い様子でした。
そして騎士隊長の人達と一週間程剣の訓練をした私は、ユピテルの貴族達ともそれなりに面識があります。
何と言うか、いやらしい目をした人達でした。下心だけでなく、私の『初代聖王陛下と同じ立場』を利用したいと言う欲望が透けて見えていました。
騎士隊長さん達から仲間候補を何人も紹介されましたが、旅の仲間を探すと言うよりもお見合いをさせられている様な気がしたのは、きっと気のせいではないでしょう。
私自身は経験がありませんでしたが、無理矢理お見合いさせられてはバッサリ断っていた姉も同じ様な気持ちだったのでしょうか。
だからかも知れません。えっちな下心はあっても、私の事を気遣ってくれている事が分かる冬夜君の事が好ましく思えたのは。
内心はどうあれ、基本的には私達が嫌がる様な事はしなかったのも好印象です。
セーラさんやリウムちゃんにもえっちな目を向けるのがたまにキズでしたけど。
私が彼に対して抱く好意の中に、比較的話が合う同郷の人に親近感を抱き、頼りにしているからこその面がある事は理解しています。
それでも私を利用しようとする人達から逃げ、神殿に避難して来た私達を暖かく迎えてくれた冬夜君は私の安らぎでした。
石鹸の質の差か艶がなくなっていく髪を見る度に、本当に異世界に来てしまったのだと思い知らされていた私。
冬夜君がシャンプーをくれた時、現金ではしたないとも思うのですが、実は内心泣きそうになっていました。
この世界の街に慣れるためだと買い物に行った時などは、デートってこんな感じなのかなって内心ドキドキしてたんですよ。
だから私は、あの日の晩彼の部屋を訪ねました。彼に告白するために。
あ、もちろん私のギフト『無限リフレクション』の事です。その時はまだ。
それから彼の気持ちを言葉にして欲しくて試すような事もしちゃったけど、冬夜君はそれも許してくれました。
それから冬夜君も私の事を想ってくれていた事がはっきりと分かり、結局告白めいた事も言ってしまった様な気がします。
流石に私達三人と混浴したいと言うのには面食らってしまいましたけど。
「ハルノ様、お風呂の準備が出来たみたいですよ」
「あ、はーい」
セーラさんに声を掛けられて身体を起こすと、隣にリウムちゃんがしゃがみ込んでじっと私の事を見ていました。
「どうしたの、リウムちゃん」
「トウヤの事、考えてた?」
「…………顔に出てた?」
「口元が、緩んでる」
「やだ、もうっ」
慌ててリウムちゃんに背を向けて、両手で頬を押さえてみる。そんなにだらしない顔をしてたのかしら……。
意識して表情を引き締めた私は、セーラさんとリウムちゃんと一緒に神殿に備え付けられた浴場へと向かいました。
この街はユピテルと隣のアテナを繋ぐ大きな町で、たくさんの人が集まっています。その分神殿も大きく、訪れる巡礼者の為の施設も整っているそうです。
大きな浴場もその一つですね。十人程で入れる大きさだそうなので、私達と巡礼団のみで四回に分けて入ります。
この世界には湯浴み着と言うのはないため、小さなタオルで前を隠して中に入ります。
浴場には既に何人かの巡礼団の皆さんがいました。
巡礼団の団員は、人間ばかりではなく亜人もいます。浴場の中にも一人いました。もちろん亜人だからどうこうと言う事はなく皆仲良しさんですよ。
ルビアさんの姿もありました。立場上よく話す事もあり、巡礼団の中で一番仲が良いのは彼女でしょう。
「ハルノ様、この石鹸は本当にすごいですね!」
首から下を真っ白な泡だらけにしたルビアさんが声を掛けてきました。
冬夜君からもらった石鹸やシャンプーは巡礼団の皆さんにとても好評です。
特にシャンプーは髪がきれいになるので、旅続きで髪を傷めてしまう皆さんに引っ張りだこになっていました。
ただ皆でお風呂に入れるだけの水を確保するのが難しくて、入浴出来るのは浴場のある場所に泊まった時のみで、あとは水辺でキャンプを張った時に水浴びするくらいですけど。
冬夜君は『無限バスルーム』の事を戦いに使えない能力だとぼやいていました。
私はこんなに便利な能力なのにと羨ましく感じてしまいますが、これはきっとないものねだりと言うものなのでしょうね。
ルビアさんの隣に座ると、彼女が声を掛けてきました。
「そう言えばハルノ様。ユピテルの神殿から連絡がありました」
「連絡、ですか? 一体どうやって……」
「ああ、神官魔法の中に神殿から神殿へとメッセージを飛ばすものがあるのです」
「なるほど。それで、どの様な連絡が?」
「何人かの貴族が大勢の戦闘レイバーを雇って『空白地帯』に向かったそうです」
「えっ、それって追っ手!?」
私は思わず腰を浮かせてしまいました。
それを見てルビアさんは笑っています。
「心配ありません。『空白地帯』に軍を進めるなど無謀も良いところです。すぐに暑さに耐えられなくなって戻って来るでしょう」
「……それでも我慢して進んだら?」
「サンド・リザードマンかモンスター、或いは照りつける日差しの餌食になるかと」
真剣な顔をしてそう言うルビアさん。
ひとまず冬夜君に危険はない様なので、私はほっと胸を撫で下ろして腰を下ろす。
「愛されているのですな」
「…………はい」
俯いてしまう私。きっと顔は真っ赤になっているでしょう。
私とトウヤ君の関係は、巡礼団の皆に知られていました。当然です。皆の前であんなに激しくキスをしたのですから。
私達の仲を知る巡礼団の皆さんは、私を応援してくれる味方でした。
お互いに強くなって再会した暁には、セーラさんとリウムちゃんも一緒に混浴すると言う話も彼女達は知っています。
実は、出発前にセーラさんとリウムちゃんも冬夜君とキスしていた場面を、巡礼団の誰かに目撃されていました。
その事が巡礼団の中で噂になって広まっていたので、先日その件については四人共合意している事を皆に説明しました。セーラさんがノリノリで。
ルビアさんが泡を流しながら話し掛けてきました。
泡が落ち、彼女の肢体が露わになります。女性にしてはがっしりした体格ですが、それを差し引いてもバランス良いスタイルです。
「しかし良かったのですか? 共に旅立たなくて。ハルノ様達五人に我々も同行すると言う手もあったのですよ?」
「いえ、これは私が望んだ事ですから……」
「ですが、旅を続けていればトウヤ様も知己が増え、新しい仲間も出来るでしょうし……」
心配そうな顔をしているルビアさん。彼女の言いたい事も分かります。
冬夜君には前向きに考えるとしか言っていませんが、実際のところ私は既に彼と混浴しても良いと考えていました。それくらい好きでした。
そもそも、その気が無ければ前向きに考えるとも言いません。
「それは良いんです。別々に旅立ったのは私のわがままですから」
それでも別々に旅立ったのは、冬夜君に頼り切るのではなく自分でも強くなりたいと言う私のわがままです。
冬夜君は私と一緒に旅がしたいと言っていました。セーラさんもリウムちゃんもそれを望んでいたでしょう。
それを私のわがままで待ってもらったのです。それなのに他の仲間を増やしたからと言って私が何かを言うのは間違っている様な気がします。
冬夜君だってこの先モンスターと戦い旅を続ける事を考えれば、仲間を増やさなければ危険なのですから。
実を言うと、あの時皆が見ているにもかかわらず冬夜君にキスをしたのは、別々に旅立つ前に私の事を冬夜君の心に焼き付けたいと言う思いがありました。
最初の混浴とかが他の子に取られてしまうのは仕方がありません。それが私の選択の結果です。
でも、だからと言って冬夜君の事を諦めるつもりもありません。好きなんですから。
だから私は、それならせめて……と思ってキスをしたのです。
お互いファーストキスと言う事で、印象には残ったんじゃないかと思います。残ってたら良いなと思います。
その後の事については……すいません、浮かれてました。
人目に付かない場所に移動した後とか、何回キスをしたのか自分でも覚えていません。
「フム……セーラ達はどうなのだ?」
ルビアさんはセーラさんとリウムちゃんにも声を掛けました。
「好き」
「そ、そうか……」
リウムちゃんは即答でした。
彼女の「好き」は私よりも子供っぽく興味や好奇心が大きい気もしますが、そこまで素直に言えるのはちょっと羨ましいです。
ストレートな言葉にたじろぐルビアさんは、気を取り直してセーラさんに声を掛けます。
「セーラはどうだ?」
「私ですか? 信じていますよ、ハルノ様の事もトウヤ様の事も」
「それだけか?」
「トウヤ様の事はもちろんお慕いしております。あの方は自分が勇者に相応しくないと仰ってましたが、その心根は勇者に相応しい優しい方ですから」
「ほぅ……それならやはり一緒に旅立つべきだったのではないか? 時間を掛けて準備をすれば『空白地帯』だって……」
「かも知れませんね」
セーラさんはくすっと微笑みました。
「でも、私は期待しているんです。あの方が大きくなって再び私達の前に現れるのを」
それは私も期待しています。冬夜君はやると言ったらやってくれる人だと思いますから。
「そうじゃないと混浴出来ませんからね♪」
そう言って悪戯っぽい微笑みを見せるセーラさん。
何と言うか、敵いませんね、この人には。
二人に続けて私も口を開きました。
「私としては、そうですね……新しい仲間が一人だけと言うのは、ちょっとイヤですね」
「その心は?」
ルビアさんが首を傾げて訪ねてました。セーラさんだけでなくリウムちゃんも理解出来ない様です。
周りを見てみると巡礼団の皆も話を止めてこちらを注視していました。それどころか脱衣場への扉が開いて、向こう側の何人かもこちらの様子を窺っています。
皆を見て私はため息を一つつきました。
きっと誰も理解出来ないでしょう。私自身も変な事を言っていると思っていますから。
しかし、この件についてはセーラさんとリウムちゃんは勿論のこと、私と冬夜君の仲を応援してくれる皆にも理解して欲しいので、私もしっかりと説明する事にします。
「この世界だと、偉い男の人は何人も奥さんがいるんですよね?」
「え? ええ、まぁ。子孫を残さねばなりませんし、養えるだけの力があれば」
私が質問を投げ掛けると、ルビアさんは戸惑いながらも答えてくれました。
この世界は回復魔法があるとは言え万能ではなく、また医療技術も特別発達している訳でもありません。
つまり子供が無事に育つかどうか、現代の日本に比べてとても不確かなのです。封印されているとは言え、魔王やモンスターの脅威があるのですから余計にです。
それ故に偉い人などは一夫多妻が認められている、いえ推奨されている。それがこの世界の常識なのです。
偉い人達にとっては婚姻関係や血縁の繋がりが重要だと言う面もあるのでしょうね。嫡男を手元に残し、母親が異なる娘は勇者の仲間にした聖王家の様に。
ちなみに一妻多夫と言うのもあるそうです。こちらは私も驚きました。
こちらは子孫を残す事よりも、女性に養えるだけの力があると言う事なのでしょうか。
女性でも加護の力があれば重い装備を身に着けて男性と同じ様に戦えるこの世界。こう言うところでも男女平等です。
それはともかく、ルビアさんが心配しているのは「冬夜君が浮気をするかも知れない」ではなく「私が冬夜君を他の女性に奪われてしまうかも知れない」事なのでしょう。
彼女達にとっては『女神の勇者』である時点で「様」を付けて呼ぶ立場になる訳ですから。
「私達の故郷にはそれが無いんですよ」
他の国にはあったと言う話は聞いた事がありますが。
「だから冬夜君の周りに一人しか女の子がいなかったら、私は元の世界の事を思い出して近付けなくなっちゃうと思うんです」
「そう言うもの……なのでしょうか?」
セーラさんも首を傾げている。一夫多妻が推奨されている世界で生まれ育った彼女には、理解出来ない感覚なのだろう。
「理屈は理解した。夫婦は一対一がハルノの常識」
「うん、そう言う事だね」
リウムちゃんの方は一応理解はしてくれたみたいです。
でも、それだけでは終わらず、彼女は続けざまにこんな疑問を投げ掛けてきた。
「それならどうして私達も受け容れるの?」
「う~ん、私の故郷でも昔はあったって話ですし、他の国には今でもあるって聞いた事があるので、全く未知のものじゃないって言うのはあるかも」
でも、理由はそれだけじゃない。
「一番は……それがこの世界らしい関係だから、でしょうか」
そう言って私はリウムちゃんに微笑み掛けました。
リウムちゃんは私の答えを聞いて何やら考え込み、そして顔を上げて私の目を真っ直ぐに見詰めて再び問い掛けて来ます。
「ハルノは……この世界に来て良かったと思う?」
「……うん、そうだね。リウムちゃんやセーラさん、それにルビアさん達ともお友達になれたし、何より冬夜君にも会えたから」
実際、この世界に召喚されなければ冬夜君とも出会うのは難しかったと思います。
そう言う意味では召喚された事に感謝したいくらいです。
実を言うと私は、元の世界への未練があまりありません。それだけにこの世界の文化を受け容れるのが早いのかも知れません。
ですから冬夜君にもこの世界を受け容れて欲しいと言う思いがありました。
セーラさんとリウムちゃんも一緒の混浴と言う話を受け容れたのも、他に女の子を仲間にすると言う話を受け容れたのも。
いつか元の世界に戻るか、この世界に残るかを選択する日が来たなら、私と一緒にこの世界に残って欲しいと言う思いが根底にあったのだと思います。
そして翌日、私達は特に妨害も受ける事なく町の人達に見送られながら町を出て、国境を越えてアテナの国に入る事が出来ました。
次の町までは、またしばらく旅の空です。
「ハルノ、何だか嬉しそう」
「そう?」
私の前に乗るリウムちゃんが顔を上げて声を掛けて来ました。今日のリウムちゃんは私と一緒に馬に乗っています。
「うん、そうかも知れません。冬夜君の石鹸で身体を洗ったからでしょうか?」
「有り得る。あれはトウヤのMPで作ってるから」
「えっ、そう言うのあるのですか!?」
「……精神的に?」
前を向いたリウムちゃんがくりんっと小首を傾げると、ココア色した彼女の髪がふわっと揺れました。
リウムちゃんシャンプーを嫌がるんですけど、元々の髪質なのか髪はふわふわしています。
それはともかく、どうやら彼女の冗談だった様です。ちょっと残念です。
「アテナに入ったら、もう追っ手は来ませんよね?」
「来ないと言うか、無理」
はっきりと断言するリウムちゃん。国同士の関係とか色々あるのでしょうか。
「それでは、私達の旅はここから本格的に始まるのですね」
アテナ・ポリスについてリウムちゃんに話を聞いてみたところ、拠点として使える場所に心当たりがあるそうです。
そこでルビアさん達も交えて話し合ったのですが、しばらくはアテナ・ポリスを拠点に『光の女神巡礼団』としての活動をして行こうと言う事になりました。
主にモンスターの脅威に晒された人達を助ける活動ですね。
「がんばろうね、リウムちゃん!」
「任せて」
振り向いて得意気な顔をするリウムちゃん。私はその頭をそっと抱き寄せて柔らかい髪を撫でました。
冬夜君は、再会する頃にはきっと強く、大きくなっているでしょう。
だから私も、それに負けない様に強くならなくてはいけません。冬夜君に頼り切りになってしまう事が無い様に。
私の名前は東雲春乃、十六歳の元・女子高生。
今は北條冬夜君に恋をして『恋する乙女』をやっています。