第151話 攻めて必ず取るものは其の守らざる所を攻むればなり
グラン・ノーチラス号を出港させ、海中から軍船が停泊中の港に移動して様子を窺う。
船の上はもちろんのこと、港の方にも兵の姿が多い。アキレス曰く「兵が目的も無く他国の町を歩いていると、住民を刺激するので控えないといけない」との事。
「そういえば酒場でもピリピリしてるらしくて、漁師達からの評判が悪いみたいですね」
「彼等にとって、酒と食事が数少ない楽しみだろうからな……」
理解できなくもない。同情はしないけど。
とにかく、そういう事ならば今の内に『潮騒の乙女』亭の方へと回り、密かに王女達を降ろそう。俺が港で騒ぎを起こすのに合わせてコスモスを救出してもらうのだ。
もちろんその後は王女達を回収して離脱。ロンダランの隠し実験場に急行である。
という訳で、かつて雪菜達が襲撃してきた海の見える岩風呂の方から『潮騒の乙女』亭に近付いていく。
流石に岩風呂には無理だが、そこから少し離れた場所に接岸する事はできた。段差はあるが、乗り降りするには十分な場所だ。
そこで王女達を降ろした後、グラン・ノーチラス号を再び港に戻し、海中に潜む。
動きがあったのは日が暮れてからだった。船で待機していたであろう兵士達が次々に船を降りてきて、いそいそと町へと消えていく。
船に残っているのは見張りの兵だけ。降りた兵達は夕食を終えたら一部が戻ってくる。残りの兵は、そのまま酒を飲んで盛り上がるそうだ。
ならばその一部の兵が戻ってくる前、そして酒場に行った兵が酒を飲んで盛り上がり始めるぐらいの時間を見計らって行動を開始しよう。
「それじゃ、作戦開始だ。リウムちゃん」
彼女はコクッと頷き、グラン・ノーチラス号を海底に接地させる。
「で、で、何をするんじゃ!? 船底に『銀の槍』を撃ち込むか!」
楽しそうだな、ロンダラン。確かにあれは撃ち込んだ後粉になって消えるので、一気に浸水させる事もできる。しかし、それは使わない。
とりあえず集中したいのでルリトラに目配せすると、彼はすぐさまロンダランの口を押さえて黙らせてくれた。
「よし、行くぞ……!」
海底に接地した事で、船体の魔法の発動体が触れる。海底に対し使用する魔法は大地の『精霊召喚』だ。
海底から鋭い角のような岩が無数に伸び、まずは軍船を挟むように捕らえる。そうやって船体を固定したところで、本命の角を船底に突き刺すのだ。
船上では何が起きているか理解するのに時間を要するだろう。その間に簡単に修理できないよう、軍船それぞれに複数の角を突き刺していく。
海中の船内なので声は聞こえてこないが、今頃船上は阿鼻叫喚の大騒ぎだろう。
船は浸水はしているだろうが、岩の角が支えになって船は海上に留まっている。モズのはやにえ状態とでもいったところか。
アキレスから聞いたところ、夕食時船に残る兵の内、見張りは全員甲板、責任者は甲板より上の船室にいるとの事なので、それでも兵の被害は一人も出ていないはずだ。
「そろそろ兵が戻ってきた頃かな?」
雪菜の言う通り、港での騒ぎに気付いていれば、酒場に行った兵が食事を切り上げて戻り始める頃だろう。
もっとも、既に酒が入っている兵は機敏には動けないだろうから、すぐに戻ってこられるのは半数程度だと考えられる。
だが、その半数が戻ってきたとしても遅い。彼等の軍船は、大半が既に船底を岩の角で貫かれている。もはや彼等にはどうしようもないのだ。
「冬夜君、今ので最後です!」
そして最後の一隻も串刺しになった。春乃さんの声を聞いて魔法の発動を止める。
大規模にやったのでMPの消費が激しい。集中して意識していなかったが、一気に呼吸も激しくなっていた。
だが、これで軍船全てに岩の角が突き刺さり、船底はズタボロ。岩が支えになって沈みはしないだろうが、動かす事はおろか修理する事もままならないだろう。船団は壊滅だ。
これでユピテル軍は海を渡れない。アレスへの遠征は阻止できただろう。
角の先端が海上に飛び出しているはずなので、混乱が収まれば海底から攻撃を受けた事は理解できるはずだ。誰かが飛び込んでくる前に、この場を離れよう。
「リウムちゃん」
名前を呼ぶと、彼女はコクリと頷き、グラン・ノーチラス号は『潮騒の乙女』亭に向けて動き出す。
そして王女達を降ろした場所で浮上させ、彼女達が戻ってくるのを待った。
『潮騒の乙女』亭の灯りが夜空を照らしているが、この辺りは岩風呂の壁の陰になっており、おかげで見つかりにくくなっている。
キャノピーを開けてみると、喧噪の声が聞こえてきた。どうやら隠密にコスモスを救出する事はできなかったようだ。
「援軍を出した方が良さそうね。ロニ、ブラムス、メム、行ってきてくれる?」
「分かりました」
クレナの言葉に、ロニが即座に答える。一拍遅れてブラムスとメムもコクリと頷いた。
ロニは『潮騒の乙女』亭の中の構造を知っており、ブラムス達は『闇の王子』に仕えていた忍者、つまりは隠密行動のプロだ。援軍に出すなら、この三人が最適だろう。
「ルリトラ、上陸して待機していてくれ。王女達が追われていた時は、撤退を掩護だ」
「サンドラ、リン、ルミス、プラエちゃん。あなた達もお願い」
ルリトラ達五人に見張りに立ってもらう。グラン・ノーチラス号を動かさない間ならばと、マークも自らハンマーを担いでこれに参加した。
「春乃さんとクレナは、ここを頼む。俺は屋内露天風呂で中の様子を見てくる」
そして俺は、一旦中に引っ込む事にした。何か見つけた時の連絡役として、雪菜とデイジィも一緒だ。『無限バスルーム』にいるラクティとクリッサにも手伝ってもらおう。
甲板には春乃さんとクレナ、グラン・ノーチラス号を動かすリウムちゃん、パルドー、シャコバ、ロンダラン。そしていざという時の治療役としてセーラさんを残す事にした。
駆け足で屋内露天風呂に移動し、『潮騒の乙女』亭の中を見てみる。
まず見たのは王女が泊まっていた部屋。あそこがここの一番良い部屋のはずなので、中花さんが泊まっているのも、おそらくそこだろう。
「うわっ、なにこれ……」
雪菜がそうつぶやくのも無理はない。壁に映された部屋は、かつて見た豪華さは見る影もなく、壁も床も傷付き無残な姿になっていたのだから。
今は誰もいないが、ここで戦闘が行われたようだ。
「ん……?」
よく見ると、壁の傷の中に小さな穴がいくつも混じっていた。これは弾痕か?
おそらくコスモスのギフト『無限弾丸』だ。彼もここで戦ったという事か。無事に救出できたという事だろうか。
映す場所を変えてコスモス達を探す。まず廊下を見てみると、まばらにだが慌ただしく駆け回る兵達の姿があった。
上に逃げる事は無いと判断し、一階ずつ下の階の廊下を映して探していく。すると二階の廊下で戦闘中のコスモスを発見する事ができた。
「……あれ?」
ただし、彼が戦っている相手は王女一行だ。
「にゃ、にゃにしてるんですか、あの人!?」
クリッサが悲鳴のような声をあげて、隣のラクティに抱き着く。
確かに信じられない。あのコスモスが王女に銃を向けるなんて。あのコスモスだぞ?
神南さんと『百獣将軍』が前に出て戦い、アキレスが王女を庇うように立っている。
『百獣将軍』がコスモスの攻撃を弾き、隙を突いて神南さんが攻撃を仕掛ける形だ。
対するコスモスは二丁拳銃で対抗しているが……妙だな。
「あの……動きが鈍くないですか?」
ラクティの言う通り、彼の動きが変だ。あの無駄に洗練された無駄な動きが無い。
おかげで余計に手強くなっているのか、神南さん達も手こずっている様子だ。
「おっ、ロニが来たぞ」
デイジィの言葉を聞き廊下の奥に目を向けてみると、背後から忍び寄ったロニがコスモスの首目掛けて奇襲を仕掛けるところだった。
攻撃は見事成功したが、それでもコスモスはまだ倒れない。振り返ってロニに銃口を向けるが、そこで彼の動きが止まってしまった。
「何やってるんでしょう……?」
頭を抱えて何やら悶え始めるコスモス。その姿を見てラクティも首を傾げる。
「コスモスの事だから、女の子は攻撃できないとか言ってるんじゃないか?」
「ああ、なるほど……」
映像だけでは何を言っているのかまでは分からないが、多分間違っていないと思う。
そして、その隙を見逃す神南さんではなかった。背後から組み付いて羽交い締めにし、そのまま力任せにコスモスを取り押さえようとする。
男には遠慮は無いのかコスモスはなんとか背後の神南さんに銃口を向けようとするが、それに気付いたロニが彼の両手から拳銃を叩き落す。
すると落ちた拳銃は床に落ちるよりも早く霧散して消えた。しかし、直後コスモスの両手には新しい二丁拳銃が現れた。あれも『無限弾丸』の能力か。
対する神南さんは、必死に狙いを付けられないよう身体をよじらせながらも羽交い絞めを続けるが、これでは切りが無い。
そこにフォーリィが飛び出し、何かの魔法を掛けた。コスモスの顔付近に白い霧が発生し、彼は力を失って神南さんの腕の中でくたっと崩れ落ちた。
羽交い絞めにしていた神南さんもバランスを崩しかけるが、なんとか耐えていた。
魔法でコスモスを眠らせたようだ。意識を失わせるしか止められなかったのだろう。
近くの部屋にあったシーツでコスモスを後ろ手に縛ると、『百獣将軍』がそれを担ぎ上げて一行は移動を開始。このまま『潮騒の乙女』亭を脱出してくるのだろう。
映像はここで切って甲板に戻ると、丁度王女一行が戻ってきたところだった。コスモスはまだ目覚めていないようで、ルリトラに預けられている。
「急げ、あいつが暴れたせいで中花がどこに行ったか分からん」
中花さんはあの部屋に残っていなかったが、やはり兵を呼びに行ったのだろうか。
「すぐに兵を集めて戻ってきそうだな」
全員がグラン・ノーチラス号に乗り込むと、すぐにキャノピーを閉じて海に潜る。
目指すはロンダランの隠し実験場。一旦そこに身を隠して、様子を窺うとしよう。
今回のタイトルも、孫子の兵法の一節です。




