第116話 女神に最も近い場所
前話で、神殿に行く雪菜達の服装をセーラー服に変更しました。
「あ、寄進用の果物カゴは門の前で売ってるかな?」
「そこの店でも売ってますよ。というかちゃんとやるんですね、そういうの……」
挨拶は大事なのである。
店で話を聞いたところ、アレスでは果物のカゴよりも『虹閃石』という宝石を寄進する人が多いようだ。
虹閃石というのは、アレスで採掘される宝石だ。高級なものは一つの石の中で虹のようにキラキラと輝く彩りが見られるためその名が付いたと言われている。
「『遊色効果』というものですね」
春乃さんによると、それは俺達の世界の宝石でも見られるもののようだ。
石自体はアレスでは家の壁から出てくる事もあるぐらいにありふれたものであり、虹の輝きが無ければ価値はガクンと落ちるそうだ。
なるほど、立場によって寄進する虹閃石を変えるのか。
店員も「若旦那ほどの方ならば……」と大粒の虹閃石を勧めてきている。
言われるまでもない。大地の女神にはずっと世話になっているのだから。
だが、店員が勧めてきた金の鎖のペンダントは断固として断る。そんなに長い鎖の物を大地の女神が着けると、肝心の虹閃石が谷間の奥深くに隠れてしまいそうだから。
いや、それはそれで地下洞窟都市であるアレスを表しているのか?
……深く考えるのは止めておこう。夢の中でも考えてしまうと、心を読まれて優しく窘められそうだ。それはそれで嬉しいが、同時にいたたまれない気持ちになる。
「というか、寄進するのにアクセサリーってどうなんだ?」
「よくは無いでしょうけど、そんなにうるさくないですからねぇ大地の女神信仰って」
なお『魔犬』は、今まで付き合ってきた宗教勢力の中では大地の神殿が一番マシだったとしっぽをフリフリしながら言っていた。
ラクティが涙目になっていたが、『魔犬』の抱く闇の神殿のイメージは『仮面の神官』キンギョのイメージだと思うぞ。
とにかく、郷に入れば郷に従え。今回は大粒の虹閃石を寄進するとしよう。
もちろんアクセサリーではない。それは神殿への寄進物としては相応しくない気がするからだ。夢の中で本人に贈るならばともかくとして。
「冬夜君、これなんてどうですか?」
春乃さんが勧めてきたのは、サボテンを模した宝石細工を中に飾った額縁だった。一つ一つに虹の輝きを持つ虹閃石が使われている。「あら、いいじゃない!」と、クレナ達にも好評のようだ。
「良さそうだが……なんでサボテン? この辺ってサボテンが多いのか?」
「地上に畑がありますよ」
この辺りではよく食べられているらしい。そういえば『空白地帯』にもサボテンがあったが、あれも元を辿ればアレスから来たものだったのかも知れない。
とにかくこれは良さそうだ。買って神殿へと向かう。
入り口の神殿騎士に声を掛けると、こちらの人数の多さとキュクロプスの存在に当初は警戒されていたが、『魔犬』が出てくるとすぐに態度を一変させて通してくれた。
「あなた達、慕われているのね」
「ずっとここで暮らしてますからねぇ」
ハデスから落ち延びてきてからだから五百年か。それだけいれば馴染みもするだろう。
ちなみに神殿騎士は左右に二人ずついたが、全員が闇エルフだった。
水の都で戦ったばかりなので警戒していたが、その態度に気付いたのか「この国では闇エルフは珍しくありません。森に引きこもる光エルフと違って我々は社交的です」と、どこか自慢気に教えてくれた。エルフ同士対抗心があるのだろうか。
挨拶を終えて神殿に入ると、まず壁の違いに気付いた。ならされ、整えられたここまでの通路と違い、神殿内は明らかに天然の岩肌のままだ。
入り口の神殿騎士に聞いたところによると、天然の洞窟は『恵みの地』であり、魔法で整えられた人工の洞窟よりも格が高いものとして扱われるそうだ。
この地下都市も最初は大地の神殿だけだったのだが、ここを中心に拡張を始めて現在の形になったとの事だ。
天然洞窟なのでプラエちゃん達が通れる場所と通れない場所があるようだが、狭いルートを使わなければ大丈夫そうだ。
「元々は虹閃石を採掘する鉱山だったそうです。それがいつしか、廃坑になった部分に人が住み着くようになったとか。外より過ごしやすかったのでしょうね」
「暑そうですものね、この辺りは」
「ええ、暑いですよ。皆様も、地上に出る時はお気を付けください」
春乃さん達の話を聞いて、クレナが露骨に嫌そうな顔をしていた。『空白地帯』を思い出しているのかも知れない。
その顔を見て彼女の火傷を治療した時の事を思い出していると、見透かされたのかジト目で見られた。
コホン、気を取り直していこう。
案内の神官はリュカオンだった。態度が親しげなのは『魔犬』と同じ種族というのもあるのかも知れないが、おそらく一番は『魔犬』がこの国で尊敬されているからだろう。
これは『魔犬』個人よりも、魔王軍そのものが慕われていると判断するべきだろうか。
そのまま神官の案内で聖堂に到着、やはりここも広々とした天然洞窟だ。壁全体がぼんやりと光り、暖かな雰囲気を醸し出している。
それにしても広い自然の洞窟にキッチリ均等に並べられた長椅子が、妙にチグハグに感じられるな。アレスでは、これが自然なのかも知れない。
奥には大地の女神と思しき像があった。純白の見目麗しい女神像だ。各地の神殿で見た女神姉妹のレリーフより、こちらの方が似ていると思う。
まずはここで大地の女神に祈りを捧げる。夢で会えるが、それはそれとして真剣にだ。
それを終えると祝福の儀式を申し込む。ステータスカードの更新もしたかったが、あのカード自体、光の神殿が発行しているものなのでここではできなかった。
儀式の方はこれで全ての女神姉妹の祝福を授かる事になると告げると、神官側から是非にと身を乗り出してきて、すぐに執り行ってくれる事になった。
どうもケレスの神殿から話が回ってきていたようだ。あちらの神殿長が気を利かせてくれたのだろう。おかげで待たずに儀式を受けられるのでありがたい話である。
「デイジィは、ここで留守番な」
「ちぇっ!」
肩に乗ったままのデイジィがしれっと付いてこようとしたので、雪菜に預けて行く。
聖堂は広いので、プラエちゃん達が待つのも問題無い。
儀式の間に、クレナ達には宿泊の手続きをしてもらうとしよう。
こちらの人数が多いが、『魔犬』に知られている以上、ここでは『無限バスルーム』を隠す意味が無いので、扉を出す場所だけ借りればいいのだ。
ここでの『魔犬』の慕われぶりを考えるに、闇の和室に軟禁でなく神殿のVIPルームを借りた方がいいかも知れない。その辺りもクレナに頼んでおこう。
何にせよ儀式を終えて戻ってくれば、更なる進化を遂げた『無限バスルーム』をお披露目する事ができるだろう。
神官に連れられて聖堂を出た俺は、横道に入って曲がりくねった洞窟を進んでいく。
説明によると、儀式は『女神に最も近い場所』で行われるらしい。
なるほど、緩やかだが下り坂になっているな。おそらく『女神に最も近い場所』というのは、この神殿で最も地下深い場所を指すのだろう。
そのまましばらく歩くと、俺達は小さな袋小路に到着した。錫杖を持ちローブを身にまとった闇エルフがいなければ、道を間違えたのかと思っていただろう。
彼はここの神殿長らしく、小柄ながらもガッシリした体格をしていた。
正直その姿を見て炎の神殿のような儀式も警戒していたが、流石にそれは無さそうだ。ここには踊れるだけのスペースが無い。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、神殿長は何事も無かったかのように話を進める。
「では、こちらにお座りください」
冷静になってみると、こんな狭いところで儀式をするのかとも思ったが、大地の女神信仰的には地下深くの大地に囲まれたこの場所こそが、最も神聖な場所なのだろう。
案内の神官が去り、俺は神殿長の指示に従って袋小路を背に腰を下ろす。
そして神殿長は俺の前に立ち、俺の身体に虹閃石を砕いたものだという粉をふりかけ、そして錫杖を掲げて祝詞を唱え始める。
すると背後から虹色の光が溢れ出してきた。光が岩壁に魔法陣を描いている。これはケレスで儀式を受けた時は、床に描かれていた魔法陣か。
これは壁に背を押し付けていた方がご利益があるかも知れない。そんな気がした俺は、背筋を伸ばして壁に背を付け、目を閉じた。
それからつつがなく儀式は終了。俺は無言でぐっと拳を握り込む。
「どうされましたか?」
「いえ、いつもと違う手応えというか……」
なんというか、身体の中が充実している感覚だ。
しかし、何が充実しているのかと問われると上手く答えられない。
HP、MP、STR……ステータスカードの項目をひとつひとつ順に思い浮かべていくが、どれもしっくりとこない。別の何かが身体中を駆け巡っている、ような気がする。
ひとつハッキリと言えるのは、それは悪いものなどではないという事だ。身体は不調どころか好調になっている。
早く皆のところに戻るとしよう。神殿長と共に緩やかな坂を登り、途中で待っていた神官三人と合流。そして聖堂に戻ると、真っ先に雪菜が飛びついてきた。
「おかえりなさ~い♪」
続けざまにラクティ、リウムちゃんと飛び込んでくるが、倒れず受け止める。こちらの世界に来てから鍛えているのだ、これぐらい容易い。
「はいはい、人前では止めましょうね~」
そして三人はクレナに引きはがされた。それを神殿長達は微笑ましそうに見ている。
そして『魔犬』はニヤニヤと俺達を見ていた。どうも彼的には、俺とクレナが仲睦まじいのは良い事のようだ。
クレナが魔王の孫なら、勇者を引き込めるとか考えているのだろうか。クレナはそんなに甘くないと思うのだが。
「……で、何やってんのよ、ハルノ」
「ちょ、ちょっと……」
そして春乃さんは、何故か真っ赤な顔で両手をわきわきさせていた。
さては飛び込もうかどうしようか迷っていたな。俺はいつでも大歓迎なのに。
しかし神殿長達が見ているのに、いつまでもそうしている訳にはいかない。居住まいを正し、改めて皆で神殿長にお礼を言った。
「いえいえ、それよりも……」
「それよりも?」
「女神より授かりし『ギフト』……我々にも見せていただけないでしょうか?」
「…………はい?」
ここに戻ってくる途中に神殿長が神官達と何やら話していたのは見ていたが、この事を話していたのか。
クレナの方で宿泊の話をする時に『無限バスルーム』の事を話していただろうし、興味を持つのは当然なのかも知れない。
こう言われると断るのもアレなので「誰にでも見せる訳ではありませんよ」と断りを入れた上で承諾する事にする。
神殿が提供してくれた場所は庭園のように使われている場所だった。庭園といっても緑がある訳ではなく、噴水と水路、そして彫刻で飾られた空間だ。
広く、高さもあるため扉を出すには十分だ。「こちらの壁を使わせていただきます」と告げてから『無限バスルーム』の扉を出現させる。
するとそこに現れたのは、この神殿の門と同じぐらいの大きさの扉、いや門だった。瓦葺きの屋根こそ無いが、大きなお寺や古い道場などにありそうな大きい木製の門だ。
そういえばケレスで祝福の儀式を受けた時、お風呂が檜風呂に変化した。大地の女神信仰の総本山で改めて祝福を授かった事により、あれと同じような変化が起きたようだ。
「おおっ! これは見事な!」
感嘆の声をあげたのは『魔犬』、その気持ちも理解できる。彼にとっては懐かしさを感じるものだろう。
驚いたのは皆も同じのようで、背後からざわめきが聞こえてくる。
背中に視線を感じて緊張を覚えるが、このまま門を眺めている訳にはいかない。俺は気合を入れ直し、両腕に力を込め……ようとした。
ところがその手は空を切る。なんと目の前でひとりでに門が開いてしまったのだ。その動きは全く重さが無いかのようにスムーズだ。
自動で開く門、どうやらこれも新しい機能のひとつらしい。
気を取り直して門を潜り、中の建物を見上げる。
「……こう来たか」
整然とした石畳の向こうに大きな木造建築があった。今まであった白い壁の建物が変化したようだ。
こちらはしっかり瓦葺きの屋根があり、窓を見たところ一階増えて三階建てになっている。その窓も元々は何も無かったが、今は格子枠の障子に変化していた。
隣に春乃さんが来て、建物を見上げながらしみじみと呟く。
「これ……旅館みたいですね、歴史のある」
そう、これは旅館だ。しかも、かなり歴史のある。
これまで俺の成長と共に、女神達の祝福の助けも借りて大きく、便利になってきた『無限バスルーム』は、とうとう温泉宿にまで劇的成長を遂げたようだ。




