第11話 聖王の勇者・女神の勇者
春乃さんと話し決意を新たにした翌朝。妙な事が発覚した。
旅立ちの儀式当日だと言うのに、俺達が王城に行くと言う話が全く出て来ないのだ。
儀式はどうするのかと思っていると、神官長さんがやって来て旅立ちの儀式は神殿で行うと言って来た。
「どう言う事です?」
「君達は『光の女神の神殿の勇者』として旅立ってもらう事になった」
「長いです」
「ならば『女神の勇者』で」
名目は割と融通が利くらしい。
完全武装の俺とルリトラが神官長さんとそんな話をしていると、春乃さん、セーラさん、リウムちゃんの三人も同じく完全武装、いつでも旅立てる状態で神官長室に入って来た。
「あの、『光の女神の神殿の勇者』のお話、伺いました」
「あ、それ長いから『女神の勇者』って事になったぞ」
「あ、そうなんですか? 良かった」
春乃さんも言いにくいと思っていたらしい。
それはともかくとして、俺は神官長さんに向き直る。
実は急に予定が変わった理由について一つ心当たりがあった。
「もしかしてアレですか? 俺と春乃さんが王城から離れてたから?」
「それもある」
神官長さんは重々しく頷いた。
「それも? もう一つ思い付かなくもないけど、俺はともかく春乃さんの方は……」
「あ、いえ、私も同じ事を考えてるかも知れません」
「え? 春乃さんも?」
「神官長さん。ユピテル・ポリスの関係者を仲間にしなかった私達は、『ユピテルの勇者』として相応しくないと判断されたのではないですか?」
「……名目以外はその通りだ。君達は『聖王の勇者』として相応しくないと判断された」
神官長さんは大きなため息をついて、春乃さんの言葉を肯定した。
「ちょっと待ってくれ、セーラさんはどうしたんだ? この国の人なんだろう?」
俺の疑問にはセーラさんが自ら答えてくれた。
「トウヤ様。『光の女神の神殿』は、国家に属するものではないのです。当然、神官として神殿に仕える私もそうなります」
「そう言う事か……」
セーラさんの話を聞いて俺は納得した。
ルリトラは国に属さない亜人。リウムちゃんはアテナ・ポリスと言う別の国の出身者だ。
そして国家に属さない神殿の関係者であるセーラさん。俺と春乃さんの仲間は誰一人として聖王都ユピテル・ポリスの関係者ではない。
「もし私達が勇者として活躍しても、ユピテル・ポリスの威信を高める事には繋がらない、或いは効果が薄いと言う事ですね」
「むしろ高まるのはアテナ・ポリスか?」
「無理。私は、そこまで高い地位じゃない」
俺が問い掛けるとリウムちゃんは小さく首を横に振った。貴族の類ではない彼女では、もう少し有名にならないと国の威信を高めるのには繋がらないらしい。
「魔王復活の話はどうしたんだよ、まったく」
「慈善事業じゃないと言う事でしょうね」
「国益にならない。他の三人に比べて俺達は期待出来ないって事か」
聖王家の王女を仲間にしたコスモス。
ユピテル・ポリス最強の騎士にして最高の将軍と謳われる老将を仲間にした神南夏輝。
中花律の耽美な仲間達も、この国の貴族としてそれなりの地位にいる者達らしい。
『聖王の勇者』は、彼等三人で十分だと判断したのだろう。
「国益が目的だったら最初から一人宛がうか、懐柔策でも採れよ」
「執事さんはそれをやろうとしてたんじゃないですか?」
「あの候補者達はそれか……」
もしそうだとすれば逆効果だと言わざるを得ない。
しかし男性が苦手な春乃さんや、その春乃さんに良い格好がしたいからと候補の女性を拒む俺を、予測して対処しろと言うのも酷な様な気がするが。
「ん?」
ここで俺はふとある事に気付いた。
自分で言っておいて何だが、この国でそれなりの地位にいる者を最初に仲間として付ければ良かったのだ。現に候補者だけならばいくらでもいたではないか。
男女数人ずつ用意し、一人選んで連れて行けと言われれば、男性が苦手だと言う春乃さんもその中から女性の仲間を一人選んでいたのではないだろうか。
執事さんの様な案内役を付けるのならば、そう言う事も可能だったはずである。
にもかかわらず聖王家はそれをやらなかった。何故か。
「もしかして神殿が牽制してました?」
執事さんは候補者を宛がって俺達をユピテル側に引き寄せようとしていた。
その前提で見てみると、ここ数日『光の女神巡礼団』が俺達の周りにいたのも牽制の意味があったのではないかと思えてきた。
俺達の知らない所で、聖王家と神殿が牽制し合っていた。そう考えると色々と納得が行く気がするのだ。
「なるほど。ユピテルだけの利益にならない様にしていたのですね。召喚の儀式には神殿も関わっていましたし、その権利はあると思います」
俺の一言で春乃さんの方もすぐに理解した様だ。
俺達の話を聞き、神官長さんは深い深いため息をついた。
「本当に理解が早い……それだけに頼もしいわい」
どうやら図星だった様だ。
「仲間選びは勇者達の自由意志に任せ、その結果によって『聖王の勇者』と『女神の勇者』に分ける。それが聖王陛下と私の間で交わされた取り決めだ」
俺達五人の仲間選びによってはどちらかがゼロになる可能性もあった、賭けの様な取り決めだったらしい。
「まさかセーラさんが仲間になったのも神官長さんの差し金じゃ」
「それはない。セーラが案内役になったのは、十日経ってもギフトに目覚めなかった場合、引き続き指導を続けさせるためだった」
ギリギリ直前までギフトに目覚めなかった春乃さん。そのためかあの時点で彼女の期待値は低かったらしい。
だから神殿は、自ら立候補したセーラを案内役に付けられる様に後押ししたそうだ。
俺が春乃さんの方を見ると、彼女は小さく首を横に振った。
「神官長さん。ここは正直に」
「そうだな……セーラの責任感の強さを考えれば、仲間になりたいと申し出るかも知れない。そう言う下心があったのは否定せんよ」
俺が問い詰めると、神官長は再びため息をついて答えた。
あの時点で既にコスモスには王女が迫っていたらしい。その事もあって神殿は説明役に指導を続けさせると言う理由があるセーラさんを押し込む事が出来たそうだ。
「俺に魔法を教えると言ったのも」
「うむ、君をこちらに引き込む意志があった」
春乃さんは小さく頷いている。正直に答えてくれている様だ。
組織としては当然の思考と言ったところだろうか。
昨日までの俺ならば裏の意図があった事に怒っていたかも知れないが、昨晩春乃さんと話して強くなると決意した俺は、これぐらいでは怒らなかった。
むしろ冷静に、ビジネスライクに対応してやろうと開き直る事が出来る。
「でも巡礼団の人達も、執事さんが送ってきた候補者への牽制でしょ? あれ」
「いや、あれは本当に偶然だ。彼女達には別の意図があった。結果としてそうなったのは否定せんが」
春乃さんは小さく頷いている。この件に関しては本当に下心は無かったらしい。
「そもそも不公平だとは思わんか? 聖王家は貴族達がこぞって仲間候補を紹介しておると言うのにこちらは何もせず、結果集まった仲間によってどちらの勇者になるか決めると言うのは」
「それはまぁ……ああ、そう言う事か」
そこまで言われて俺は理解した。神官長さんが俺達のために用意した仲間候補、それが巡礼団の団員達なのだ。
「また随分出遅れた……。神殿にいる人じゃ駄目だったんですか?」
「魔王との戦いを想定しているのだぞ? 相応の実力者を用意するのは当然だろう」
「……貴族達はそうでもなかったみたいですけど?」
「何を考えているのだろうな、本当に」
そう呟く神官長は、どこか遠い目をしていた。
「実際、巡礼団が到着した時点で君達には既に仲間を増やす意図は無かっただろう? 送られてきた候補者達も全て断っておったし」
「まぁ、積極的に増やしたいとは思ってなかったかな」
「私の方も無かったですね、確かに。巡礼団の皆さんとは話が合いましたが」
「トウヤ君。君が女性の戦闘レイバーを仲間にしないと決めた時点で、私もそうだが、彼も為す術が無くなったのだよ」
そう言って神官長さんは笑った。彼と言うのは執事さんの事であろう。
「その割には、ここ数日は結構……」
「抑えきれなくなった……いや、彼を通さないで来ていたのではないかな。彼は君達の意向を知っていたからね。聖王陛下に任された仕事を疎かにするとも思えん」
「なるほど」
ここ数日俺の下を訪れて仲間入りを求めて来ていた女性達は、執事さんを無視して来た可能性が高いようだ。
確かに、あの人がやるならもっと巧妙な手を使った気がする。
心当たりはいくつかある。彼女達は明らかに色仕掛けが目的だった。ああ言うのをハニートラップと言うのだろうか。
正直なところ、春乃さんの事が無ければ負けていたかも知れない。
「それじゃあ、巡礼団は何で俺達の周りにいたんです?」
「我々が今一番危惧しているのは、仲間入りを断られた者達が君達にちょっかいを出して来ないかどうかだ」
「金返せ……じゃないですよね?」
「君達二人のパーティの準備に掛かった金は、『女神の勇者』になった時点で我々の方で支払う事になるから安心しなさい。その件で聖王家が何かを言ってくる事はない」
それも聖王と神官長さんの間で取り決められた諸条件の一環らしい。
しかしそうなると「害する」の意味はもっと物騒なものと言う事になる。
「……そこまでやるんですか?」
「聖王陛下は愚かではないし、あの三人の勇者で満足しているはずだ。だが貴族の方はあの三人と繋がりを作れなかった者がほとんどなのだ」
「私達が断った仲間候補の人達も、ですね」
春乃さんの言葉に神官長さんは重々しく頷いた。
「ルリトラ君が付いているトウヤ君はともかく、ハルノ君は心配だ。そこでハルノ君の当面の護衛として巡礼団を使ってはどうかと考えている」
「俺はどうでも良いのか……いや、良いや。春乃さんを守ってもらえるなら文句はない」
俺がそう言うと、春乃さんは決まりが悪そうな顔になった。
巡礼団は女性のみで構成されると言う話なので、女性のみのパーティである春乃さんには丁度良いだろう。
「ご安心ください。トウヤ様はこの俺がお守りいたします」
そう言って厚い胸板を叩いてみせるルリトラ。まるで分厚いタイヤを叩いたかの様な音だ。
俺の方には彼がいる。実に頼もしい限りだ。
「要するに神殿の方でも旅立ちの儀式を行うのは、俺達の存在をアピールして下手に手出しが出来ない様にするためですか」
三人の勇者と繋がりを持てなかった貴族の一部が、何か手を打ってくるかも知れない。
それを防ぐために儀式で俺達の知名度を上げて、俺達に何かあればすぐに分かる様にして牽制すると言う防衛策である。
それは同時に神殿の威信を高める事にも繋がるだろう。
「そう言う事だ。先程言った通り、ハルノ君には更に巡礼団を護衛に付ける訳だな」
「そっちは本来の仕事は?」
「巡礼団は他にいくつもある。その内一つをハルノ君の直属にするのだ」
「コスモスについて行く王女の親衛隊みたいなものですか」
「うむ」
神官長さんは鷹揚に頷いた。
俺と春乃さんは顔を見合わせる。
「結局のところ、後ろ盾がどっちになるかってだけの話の様な気もするが……」
「ですが、どちらも拒んで生きていけるほど今の私達は強くありませんし、誰かと繋がりを持つ事を拒むのは、世界そのものを拒む事になる様な気がします」
「……まぁ、何となく分かる」
この世界で生きていくために、この世界での関係を構築していく。
そう言う意味では、俺達にとって仲間を選んで『聖王の勇者』、『女神の勇者』のどちらかになると言う話は、最初の大きな選択肢だと言えるのではないだろうか。
「私はユピテル・ポリスと言う一つの国家に縛られるよりも、光の女神の神殿と言う国と言う枠組みに縛られない方が好ましいと思うのですが、冬夜君はどうですか?」
「そこまで信心深い訳じゃないんだが、一つの国家に縛られるよりは良いと言うのは分かる」
「比較論ですね」
春乃さんは笑った。俺もつられて笑ってしまう。
この国との関係を深めようとしなかったからこそ、今の状況がある。
そう言う意味では、『女神の勇者』になるのは執事さんが聖王家側に引き寄せようとしてきた誘導を尽く断って来た結果だ。つまりこれは俺達の自由意志の結果とも言える。
「そう言えば光の女神の教義とか知らなかったけど、亜人は殺せとか言わないでしょうね?」
「おぬしは光の女神様を何だと思っておるのだ。そんな訳なかろう」
「いや、念のために確認を」
亜人の中にも光の女神を信仰する者は少なくないらしい。
各国に神殿がある割にはそこまでの権威は無いらしいが、その分手広いので後ろ盾とするには十分ではないだろうか。
俺と春乃さんは顔を見合わせ、そして頷き、神官長さんの方へと向き直った。
「分かりました。私、やります」
「俺達、『女神の勇者』になるよ」
実際のところは拒否権など無いと思うが、俺達はあえて自分達から『女神の勇者』になると宣言した。
自分の意志で選ぶ。この世界での関係を構築するために。
そのための最初の大きな選択肢は、強制的に選ばされるのではなく自分の意志で選択したかったのだ。
自己満足ではあるが、俺達にとっては大切な事である。
「ありがとう。感謝するよ二人とも」
神官長さんも俺達の気持ちは分かってくれているようだ。彼は俺達に礼を言い、深々と頭を下げた。
その後、俺達はステータスカードを更新した。顔写真の方はそのまま使えるので、ステータスだけを更新する。
すると俺のカードが綺麗な青色に変わっていた。レベル12。ステータスも全体的に伸び、特にMPが大きく伸びている。
ちなみにレベルとステータスは余り連動していないらしい。
レベルの高さはあくまで加護の強さを表すもので、そこまで強くなれる素質があると言う事を表している。ステータスを上げるのとはまた別問題なのだそうだ。
現に神官長さんのレベルはここ数年変化していないが、年齢により肉体の衰えに合わせてステータスは下がっているらしい。
俺のMPが大きく伸びているのは、毎日の水出しと石鹸出しの成果と言う事だ。
春乃さんのカードも同じく青色に変わっていた。彼女のレベルは10だ。
セーラさんとリウムちゃんのカードも青で、レベルはそれぞれ15と14。俺のレベルも5から一気に上がったが、それでも二人には届いていない様だ。
特にセーラさんのステータスはMP、VIT、MENが高く、俺をそのままパワーアップした様な感じになっている。
俺もまだまだ未熟と言う事だろう。もっともっと強くならなくてはならない。
そしてルリトラはレベルもステータスもほとんど変わっていなかった。カードの色は薄いパープルのままだ。
レベルは上がれば上がるほど上がりにくくなるものらしいので、俺達にとってはレベルが上がる程度の訓練も、彼にとってはそれ程では無かったと言う事なのだろう。
続いて俺達は神殿の主催する旅立ちの儀式に出席した。
王城で行われている儀式がこの国の貴族達が祝うパーティーならば、こちらは民衆達が祝ってくれる祭りである。
ここ数日五人で街に出て散策していたおかげか、俺達の顔を知っている者達がそれなりにいた様だ。
ジャイアントスコーピオンの甲殻を使った刺々しい鎧を身に纏うルリトラが少し恐れられていた様だが、慣れている人は気にせず声を掛けてくれていた。
神殿に招かれた何人もの人達が声を掛けて来たが、当然招待客は男性も多い。
春乃さんは男の人が苦手だと言う。こう言う時こそ俺の出番だ。
そして俺は彼女を庇う様に立ち、メインとなって招待客相手に応対する事になる。
「す、すいません。冬夜君」
「春乃さんのためなら、これぐらい軽い軽い」
頬を染めた春乃さんに、俺は笑顔で応えた。