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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
激動の海底温泉
110/206

第101話 お互い色々ありました

 きらめくエメラルドのような瞳。その眼差しに見入っていると、クレナ達、セーラさん達が集まってくる。

「お久しぶりです、トウヤさん」

「セーラさんこそ、お元気そうで。安心しました」

 そのふんわりとした笑みに安心感を覚えた。彼女が落ち着いているという事は、春乃さんもそこまで危険な状態ではないのだろうか。

 続けてサンドラ達神殿騎士の三人もやってきて挨拶を交わす。いや、元・神殿騎士か。『光の女神巡礼団』を辞めて春乃さんについて来てくれたんだし。

 こちらも元気そうだ。怪我をしている気配もない。

 そして初めて見る顔のプラエとデイジィ、こちらの二人はサイズですぐに分かる。ルリトラよりも頭二つか三つ分ほど大きいのがプラエだな。

「闇の女神ちゃん、かわいい~~~っ!」

 驚いた事に、彼女はひと目でラクティが闇の女神だと見抜いた。

 かぶりつくように抱きつくのは女神の扱いとしてどうなのかと思うが、痛がっている様子は無いので、ああ見えてちゃんと加減はしているのだろう。

 というか、本当にメガサイズだな。抱きしめられるラクティがまるで人形のようだ。

 むしろ、そのメガサイズで俺も抱きしめられたいと思ったのは、ここだけの話である。

「へぇ~、こいつがハルノのねぇ……」

 そしてニヤニヤしながら顔の周りを飛び回るデイジィ。こちらは春乃さんから俺の事を聞いているようで、こちらに興味津々な様子だ。

 どういう風に言われていたのかが気になるが、確かめるのは止めておこう。

 そこに雪菜がふよふよとやってきて一緒になって飛び回り始めた。

 仲が良いのかと思いきや、俺の頭上で何やら火花が散っているような気がする。ライバルか、同じ小悪魔娘としてライバル意識が芽生えたのか。

 するとデイジィは、自分のサイズを活かして俺の頭の上に寝そべった。流石にこれは雪菜も真似できない。

「えっと、詳しい話は部屋の方でしたいんですけど……重くないですか?」

「これぐらい軽いもんだから、気にしないでくれ春乃さん」

「はいはい、甘やかさない。ユキナ、こっち来なさい」

「……はぁ~い」

 クレナが助け船を出してくれたおかげで、デイジィだけを頭に乗せて、春乃さん達に充てがわれている部屋まで移動する事になった。

 もっとも雪菜は俺のすぐ側で飛び回って、デイジィを羨ましそうに見ていたが。

「なんでお兄ちゃんにくっつくのよ」

「コイツ、なんか気持ちいい力を感じるんだよ」

 頭上から聞こえてくるデイジィの笑い声。俺が魔族化しかけているせいなのか、はたまた『無限バスルーム』のおかげなのかは定かではない。

 ちなみに、ここまで案内してくれた水の神官は黙ってついてきた。俺達をここで会わせるのは予定通りのようだ。


 春乃さんと並んで歩く廊下は、なんとも不思議な光景だった。

 床はきめ細やかな砂、思いの外高い天井は苔むしていて、それが淡い光を放っていた。

 なめらかな岩壁は外と違って淡い水色。自然の洞窟ではない、明らかに整えられた人工物である。

 春乃さんによると、天井の苔が照明であると同時に酸素も生み出しているとか。よくできているものだ。

 このような岩棚は水の都外縁部にいくつか存在し、エラ呼吸できない信徒達のための宿泊施設として使われているらしい。

 そして春乃さん達は、この岩棚一つを丸々借りているそうだ。

「大き過ぎじゃないか? 小さいのが無いのかも知れないけど」

「それについては、こちらに来ていただければ……」

 そう言って春乃さんは、俺達を大きな広間の前に案内した。

 扉は無いので廊下から中を覗き込むと、そこには数十人の人影があり、一斉にこちらに視線を向けてきた。

 それは水の都に似つかわしくない姿だった。

 身長は俺達の肩ほど。横幅は結構ありそうだが、全身が羽毛に覆われているため実際はどの程度なのかが分かりにくい。

 平面的な顔にはギョロっと大きな目が二つ。そして口元は鋭く尖ったくちばしだった。

 明らかに鳥類である、魚類ではない。

「フクロウ? もしかして彼等は……」

「はい、彼等がかつてアテナから追い出されたグラウピスです」

 翼を持った亜人と聞いていたが、フクロウだったのか。

 広間をざっと見渡した感じ、数十人はいるな。身長から推察するに年齢層は大人から子供まで様々だ。

 前面に立っている十人ほどの大人が槍と胸当てで武装している。一見翼のように見えるが、羽毛に覆われた手のようだ。

 更に奥には数人キュクロプスらしき大きな影が見える。皆プラエと同じ青い肌だ。

 いや、グラウピスの陰に隠れて見えにくいが、小さいキュクロプスもいるな。子供なのだろうか。頭がひょこひょこ動いているのが見える。

 ……ちょっと待て、よく見るとキュクロプスの方は女子供、特に大人は女性ばかりだ。もしかしたら彼女達は小さいお子さんがいる若奥様なのだろうか。

 風の神殿は攻め落とされたという話だし、彼女達だけが脱出できた、いや、彼女達を優先して脱出させたのかも知れない。

「冬夜君、こちらへ。奥の部屋で話しますから」

 俺達一行に加えて槍を持ったグラウピスが一人、水の神官も引き続きついてくる。

 しかし、通された奥の部屋が殺風景過ぎた。家具が無く、一面砂の床が広がっている。

「なんだここは?」

「どの部屋もこんな感じなんです」

 そう言われて、はたと思い出した。ギルマン達と一緒にやった宴会、皆立食か砂浜に直接座って、椅子などは使わなかった。

 言われてみれば、椅子に座るギルマンというのがイメージできない。

「ギルマンの家ってこんな感じだよ。あって槍を立てかける所くらい?」

 一時期ギルマンと協力関係にあった雪菜の方を見てみると、あっさりこれが普通だと肯定されてしまった。そうか、彼等には椅子を使う風習が無かったのか。多分机も。

 部屋は広いのだが、それがかえって落ち着かない。

「春乃さん、『無限バスルーム』を使おう」

「えっ? 大丈夫ですか? 広くなったとは聞いてますけど」

「まったく問題無い」

 春乃さんとはお互い強くなって再会したら混浴しようと約束していたが、あの時はこんな場所で再会する事になるとは思わなかったな。

 そんな感慨を抱きつつ部屋の外に出て、壁に扉を出現させて勢い良く開く。

 外に出たのは、プラエ達キュクロプスが部屋に入れないためである。

「さぁ、入ってくれ! これが成長した無限バスルームだ!!」

 これは家に女子を招待するような感じだな。胸を張って宣言したはいいものの、なんというか気恥ずかしい。

 それは彼女も同じだったようで、微かに頬を染めながら、小声で「おじゃましま~す」と言って扉を潜る。

「わぁ……」

 そして目を丸くして感嘆の声を漏らした。ここの成長は俺自身の成長の結果でもあるので、この反応は嬉しい。

「すっげ~!」

 そして頭の上に乗っていたデイジィもパタパタと飛び立っていった。

 放っておくと天井に頭をぶつけそうだったので、念の為に雪菜について行ってもらう。

「さぁ、皆も入ってくれ」

 続けてセーラさん達も招き入れると、ユニットバスの頃を知る面々はあの頃とは比べ物にならない広さに驚いていた。


「……そういえば、ここって水はどうしてるんだ?」

「ちゃんと手に入りますよ、量に限りはありますが」

「そうか……ここの水道から出るのは真水だ。必要なら皆に配ってやってくれ」

「それなら私が」

「私も手伝います!」

 セーラさんとルミスが手を挙げてくれたので二人に任せるとしよう。

 セーラさんは蛇口の使い方なども分かっているはずだが、位置関係が変わっているのでリウムちゃんにサポートしてもらう。

「食事の方はどうだ?」

「ちゃんと用意していますよ!」

 続けて問い掛けると、黙って見ていた水の神官が口を挟んできた。しかし、問題はそこではないのだ。

「いや、そこは疑ってない。だが、地上と同じようなものを用意できるのか? ここは火を使うだけでもかなり制限がありそうだが」

「そ、それは……」

「冬夜君、それは仕方がないですよ。ここは火を通す食文化自体が無いようですから」

 苦笑しつつ神官をフォローしたのは春乃さん。刺し身とか海藻サラダみたいなものばかり食べていたのだろうか。栄養の偏りが心配だな。

「ロニ、頼む。必要なら釣り堀も使っていい」

「分かりましたっ!」

 春乃さん達だけを連れて帰る事を想定していたので無制限という訳にはいかないが、その辺りはロニがうまく調整してくれるだろう。

 魚だって調理されていれば随分と違うはずだ。

「サンドラさん、リンさん、手伝ってあげてください」

「分かりました。彼女の指示に従います」

「りょうか~い♪ いやぁ、久しぶりに温かい食事にありつけそうだねぇ」

 春乃さんの指示でサンドラとリンも離れ、残ってるのは俺、クレナ、ラクティ、春乃さん、それに水の神官とグラウピスの二人だ。

 中央のこの部屋は、これから慌ただしくなりそうなので、六人を連れて普段寝室に使っている和室に入る。この人数だと少し手狭かも知れないが、お風呂に入る訳にはいかないのでここしか無い。

 和室に入り窓を開くと、そこにはルリトラと彼に案内されたプラエちゃんの姿が。これで彼女も会話に参加できる。

「さて……それじゃ何があったか教えてくれるかな?」

 上座に座り、胡座をかいて問い掛ける。

「分かりました。まずは風の神殿で何があったのかから」

 すると春乃さんも腰を下ろし、ピンと背筋を伸ばし正座の姿勢で答えた。

 それを見た俺は思わず姿勢を正し、同じく背筋を伸ばして正座する。

 いや、雰囲気変わったんだよ。和室に入った瞬間から。こういう和の佇まいこそが彼女のホームグランドなのかも知れない。

 隣のクレナとラクティも戸惑った表情で俺達二人を交互に見ながら、真似して座ろうとしている。

「そこのギルマンとグラウピスは無理するな、楽にしていいから」

 正座しようと四苦八苦している二人、それにクレナ達にも楽にしていいぞと声を掛けてから、春乃さんに続きを促す。

 すると彼女はエメラルドの瞳で真っ直ぐにこちらを見据えて話し始めた。


「冬夜君も気になっていると思いますので先に結論から言いますが、風の神殿に攻め寄せてきたのは魔王軍ではありません……ユピテルです」

「聖王家が?」

「おそらくは……聖王と王子、どちらの命かは分かりませんが」

「……ネプトゥヌスで勇者コスモスの一行と会ってな、フランチェリス王女から王子が亜人排斥派だと教えてもらった」

「信用できそうですか?」

「聖王よりはよっぽど」

 そこまで悪印象も無いけど、良い印象も無いんだよな、今の聖王。

 逆にフランチェリス王女はネプトゥヌスで会って大きく印象が変わった。

 最初はコスモスと同じノリの能天気な人だと思っていたが、あれは演技だ。実際はかなり頭がキレる人である。

 しかし、コスモスを大事にしているのは本当のようなので、俺達と彼が対立しない限りは信用しても大丈夫だと思う。

 もしかしたらあの演技は、コスモスが一番魔王退治にやる気を見せていたからかも知れない。そう考えると、結構苦労人である。

「私も、利害で対立しない内は信用していいと思うわ」

「クレナさん、でしたか。それなら王子が命じた可能性が高まりますが……やっぱり断言はできませんね」

「ああ、今はそれでいいと思う」

 むしろ問題は魔族の軍勢でなかった事だ。亜人排斥の風潮は収まったと聞いていたが、ここにきて再燃したのだろうか。

 聖王家が魔王復活の情報を得て俺達を勇者召喚した事を考えると、魔王復活を恐れて魔族を、ひいては亜人全体を敵視するようになったと考えると理解できなくもない。


「それともうひとつ気になるのは、女神というのはそう簡単に倒せるものなのか? 封印されて力を失ったラクティならともかく」

 そこまで話したところで水の神官がおずおずと口を挟んできた。

「あの……」

「何だ?」

「そちらのラクティという方は、まさか……」

「うん、闇の女神」

 俺がそう言うと、水の神官があんぐりとあごを落とし、グラウピスがぶわっと羽毛を膨らませた。まさか、ここに闇の女神本人がいるとは思わなかったのだろう。

「め、女神様に報せてまいります」

「行かんでいいぞ、もう知ってるだろうから」

 ちなみにあっさりとこの情報を出したのは、どうせ水の女神がいればバレると思ったからである。

 グラン・ノーチラス号で待機しているパルドー達には、春乃さん達を紹介する時一緒にラクティの正体を教えるとしよう。

「あの、トウヤさん。私達には二つの身体があるんです。女神としての本来の身体と、この世界で活動するための現身と」

「そ、そういうものなのか……」

「いつも夢で会ってるのが本来の身体ですよ」

 マジか。もしかして、他の女神達もあれが本来の身体なのか。

「ん? それじゃあ、光の女神様もユピテルの神殿にいたのか?」

「いえ、光のお姉様の現身はもう無くなっています。力を授けるために、現身を何かに同化させるという魔法があるんですよ。今も残っているのは私と水と風のお姉様……」

 そこまで言ったところでラクティは言葉を詰まらせ俯いた。

 今回風の女神の現身が倒された事で、残っているのはラクティと水の女神だけになったという事か。

「それじゃ、春乃さんは……」

「完全に同化した訳ではありませんが、力を授かりました」

「あのお方の現身は、アテナを去ってからずっと弱っていたのです。そしてユピテルの襲撃を知るや、残った力の一部をハルノ様に託し、我らも脱出するようにと……」

 なるほど、そういう経緯で女神の力を得たのか。

「残った力でユピテルと戦ったのか? 風の女神様は」

「いえ、それが……」

 春乃さんが言い淀んでいると、突如グラウピスが拳を畳に叩きつけながら、慟哭するような声を出す。

「あのお方は! 残された力を使って、我らをここまで送ってくださったのです! 残された現身は、おそらく抜け殻のようなものに……!」

「だから倒されたのか……!」

 風の女神はユピテル軍を撃退するよりも春乃さん達を脱出させる事を優先したという事だろう。その結果、自分の現身が倒されるとしても。

「しかし、風の女神様はワープみたいな事ができるのか」

「『神域』というらしいです。風の女神様は、そこを通って世界中のどこにでも行く事ができたとか」

「本来は……主である女神しか入れないんです、神域は。お姉様はハルノさんに力の一部を同化させる事で、入れるようにしたんだと思います。そして残された力で皆さんを水のお姉様の下に送ったのでしょう」

「現身が残った姉妹がいるここが、一番安全だと思ったのか……」

 そう呟くと、ラクティはコクリと頷いた。

 ラクティもいた訳だが、実際この人数に来られたら俺も困っていた。やはりここしか選択肢は無かったのだろう。

「……多分、あちらにいる人数が、お姉様に残された力の限界だったんだと思います。風のお姉様の神域は、ものすごく力を使うと聞いてますから……」

「あぁっ、女神様……!」

 ラクティの言葉を聞いてグラウピスが泣き崩れた。

 女子供しかいないキュクロプスを見た時からもしやと思っていたが、おそらく脱出できたのは神殿にいた内の極一部だと思われる。

 武装した彼等は皆を守るために脱出させられたのだろうが、それが分かっていてもなおショックが大きいのだろう。


「でも、こうなると向こうに残った人達が気になるわね」

「それなら聞けばいいよ~」

「えっ?」

 クレナの呟きに答えたのは、窓からニコニコ顔を覗かせているプラエ。

 春乃さんによると、彼女はこう見えて風の女神に仕える神官らしい。風の神殿では、基本的にキュクロプスが神官であり、グラウピスが神殿騎士だったそうだ。

 それだけに、こう見えても彼女は神官としての知識がある。でたらめを言っている訳ではないだろう。

「プラエちゃんだったね、どういう事なのかな?」

 それでも子供に話しかけるようになってしまうのは、彼女の無邪気さ故だろうか。

 すると彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて答えてくれた。

「えっとね、ハルノちゃんは~、一部女神さまだから祝福を授けられるんだよ~」

「……ああ、俺が授かればいいのか」

 そうすれば、いつもの女神の夢で風の女神にも会う事ができるだろう。現身は倒されたかも知れないが、ラクティの言う「女神本来の身体」はそのままなのだから。

「そうですね。トウヤさんが風の祝福を授かれば、私の神域で風のお姉様から話を聞く事ができます。きっと、向こうに残った人の事も分かりますよ!」

「なるほど、そういう事なら……ん?」

 ちょっと待て、今ラクティが気になる事を言ったぞ。

「……神域? ラクティの?」

「そうですよ? いつも使ってるじゃないですか」

「えっ?」

「えっ?」

「もしかして……いつも見てる女神の夢って、ラクティの神域だったのか?」

「はいっ! どうしてお姉様達やトウヤさんも入っているのかは分かりませんが、あれは私の神域だと思います!」

「そこは分からないのか……」

「でも、大丈夫です! だって私は夜と安らぎを司る闇の女神ですから!」

 何がどう大丈夫なのかも分からないが、そう言って笑う彼女に対し俺は驚き言葉を失うばかりだった。

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