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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
お風呂場の勇者
11/206

第10話 春乃の告白(下)

 二人で『無限バスルーム』を出た俺は、扉を閉めて消す。

 春乃さんは自分の部屋には帰らず、俺の部屋にある椅子に腰掛けた。

 この部屋には椅子は一つしかないので、俺はベッドの上に腰掛ける。

「冬夜君、ひとつ聞いても良いですか?」

「何だ?」

「その、冬夜君の仲間がなかなか見付からなかったのって……もしかして、ギフトのせいですか?」

 図星である。

「いや、まぁ、あのサイズだろ? 流石に男と入る気にはならなくてな。能力確認するために神官長さん達と入ったりしたが、やっぱり嬉しいものじゃなかったぞ」

「それでルリトラさんを」

「ああ、一人だけ入るのも気が咎めるからな。ルリトラの場合、種族的に湿気自体が苦手で風呂には入れないから、良心が痛まないんだよ」

「なるほど……」

 俺の言葉に納得し、そして俯き加減に何やら考えている春乃さん。

 彼女は頭が良いので分析されるのは怖い様な気もするが、そこまで考えてもらえるのが嬉しい気持ちもあった。

 やがて彼女は少し上目遣いで問い掛けてくる。

「……やっぱり、女の子が良いんですか?」

 またまた図星である。これは少し考えれば分かる事であろう。好きな子にハッキリと言われてしまうと恥ずかしいが。

 だが、ここで隠し事をするのはいけない事を俺は知っていた。

 だから俺は、その件については包み隠さず正直に答える。

「そりゃまぁ、俺も男だからな。一緒に入らないといけないなら、やっぱり女の子が良い」

「その、やっぱりレイバーを買いに行ったのも」

「……最初は女のレイバーを買おうと思ってた。でも、今は考えてない。多分混浴のためだけにレイバーを買おうなんて真似はもうしないと思う」

「どうしてですか?」

「それやっちゃったら春乃さんに顔向け出来ないと思ったから」

「…………」

「…………」

 自分で言ってて恥ずかしい。顔がほてって真っ赤になっているのが自分でも分かった。

 春乃さんの方も赤面した可憐極まる表情になっている。

 良かった。ここで「何言ってるの、こいつ?」みたいな呆れた顔をされたら、本気で立ち直れないところだった。

「……このタイミングはズルいですよ」

「いや、これマジな話だって!」

 小さく唇を尖らせてすねた様な声を出す春乃さんに対し、俺は信じてもらおうと必死に言い募る。これは紛れもない本音なのだ。

 春乃さんはますます顔を真っ赤にして俯いてしまったが、一応信じてはくれたようだ。

 彼女は顔を上げないままぽつりぽつりと話し始める。

「実は最初、冬夜君の事怖いって思ったんですよね。ほら、王城に連れて行かれる時に一緒に馬車に乗ったじゃないですか」

「ああ、あの時……って怖いって思われてたのか、俺」

「あ、単に知らない男の人と一緒だったからですよ! 冬夜君が悪いんじゃなくて!」

 俺の声からショックを受けている事を察してくれたのか、春乃さんは顔を上げて両手を振りながら慌てて否定してくれた。

「その後執事さんと買い物に行く時、私達も誘ってくれましたよね? あれで怖い人じゃないんだなぁって思って」

「あの時は心配してた。春乃さんがギリギリまでギフトに目覚めなかったのもあるし、セーラさんも頼りなく見えたからなぁ」

「セーラさん、あまり神殿の外に出た事なかったって話でしたから……今は大丈夫ですよ? 私も練習しましたし、リウムちゃんもしっかりしてますから」

 それでもセーラさんが頼りになるとは言わない春乃さん。

 彼女も否定出来ない様だ。あの時のセーラさんが頼りなさそうだった件については。

 街に慣れるために五人で出掛けて買い物したりしたのが、春乃さん達にとってプラスになったのならば幸いである。

 彼女は照れ臭そうに話を戻す。

「神殿に戻ってきてからも、冬夜君は私達のこと何かと気に掛けてくれましたよね」

「そりゃまぁ、放っとけないし」

 つい視線を逸らす俺。今度は俺が照れ臭くなる番だった。

 それでもチラチラと春乃さんの方を見ていると、彼女はにっこりと微笑みながら俺の事を見詰めている。

「この一週間、本当に楽しかったです。ありがとうございました。石鹸も嬉しかったです」

「いや、俺の方こそ……きれいな髪に戻って良かったじゃないか、うん」

 頭を下げる春乃さん。こう丁寧にお礼を言われると俺の方が戸惑ってしまう。

 そんな俺を見て彼女は微笑み、そして真剣な表情になった。

「冬夜君、大切なお話があります」

 今度は雰囲気の変化に戸惑いながら、俺は居住まいを正して彼女の話を聞く態勢に入った。やはり日本人と言うか、ベッドの上に正座である。

 春乃さんは真っ直ぐに俺を見詰めている。俺は緊張しながら彼女の次の言葉を待った。


「私と……混浴したいんですか?」


 そしてずっこけた。

「真剣な顔してそれかよ!?」

「大事な話じゃないですか! すっごく大事ですよ、私にとっては!」

「いや、そーかも知れないけど、雰囲気ってものが!」

「私にとっては、こう言う雰囲気で聞くべき話なんです!」

「うっ……」

 思わずたじろいてしまう俺。俺の方が彼女に好意を持っている事は、彼女には既に伝わっているだろう。ハッキリとは言っていないものの俺も隠していない。

 春乃さんの方はどう考えているかは分からないが、俺のギフト『無限バスルーム』の事を考えると他人事ではいられないだろう。

 つまり、彼女の言う事は正論である。

 俺は再び居住まいを正して、正直に答える事する。

「俺は、春乃さんと混浴したいと思っている」

「……!」

 俺の答えを聞いた春乃さんの顔は、はにかみながら俯いた途端、みるみる真っ赤にして燃えるように上気していく。

 文字通り裸の付き合いをしたいと言っているのだから当然の反応である。

 ただでさえ彼女は自分の大きな胸を隠すのがクセになってしまうぐらいに下心がある視線には敏感なのだから尚更だ。

 この先を言えば嫌われるかも知れない。だが、彼女に対しては全て正直に話すと決めた。何より鋭い彼女に隠し事をし続けるのは無理だろう。

 そう判断した俺は、覚悟を決めて更に言葉を続ける。

「俺は、セーラさんと、リウムちゃんとも混浴したい」

「…………」

 驚きか呆れか、俺の言葉を聞いた春乃さんは目を丸くして言葉を失った。

 やはりこれは不味かったかと思うが、次の瞬間春乃さんはプッと噴き出して笑い始めた。

「……多分、ここは怒るところなんでしょうね」

「いや、自分で言っててなんだけど、怒って良いと思うぞ? 俺の方も隠しても隠しきれないと思ったから話したけど」

 その言葉を聞いた途端に春乃さんがむすっとした表情になった。セーラさん達の話をした時よりも反応が悪い気がする。

 何が気に入らなかったのだろうか。そんな事を考えていると、彼女が咎める様な口調で俺に尋ねてきた。

「もしかして私、怖いですか?」

 どうやら俺が「春乃さんには隠し事が出来ない」と考えている事が、自分を恐れていると感じられたらしい。

 これだけ鋭いのだから、これまでの人間関係でも色々と苦労があったのかも知れない。

 だから俺は、ここでも正直に答える事にした。

「隠し事する事で、春乃さんに嫌われるのが怖い」

 相手が隠し事している事が分かれば春乃さんも良い気分はしないだろう。だから正直に全てを話すのだ。

 春乃さんに嫌われたくない。言っている内容は自分でもアレだと思うが、結局のところはこれが一番の理由だ。

 下心を無くしてしまえば良い様な気もするが、そんな簡単に煩悩を捨て去れる様ならば人間もっと簡単に悟りを啓けていると思う。

 春乃さんはため息をひとつつき、どこかばつが悪そうな様子で話し始めた。

「……すいません。冬夜君の事、試してました」

「やっぱり、分かってた?」

 俺が問い掛けると、彼女は小さくこくんと頷いた。

 多分彼女は俺の下心などとうに見抜いていたのだろう。

「混浴の話、隠すなら今後の付き合いは少し考えようと思ってました」

 春乃さんはその事を申し訳ないと思っている様だが、彼女の立場として確認したくなるのは当然だろう。

 俺もその程度の事でめくじらを立てるほど心は狭くない。

「正直に話してくれたら、今すぐは無理でも前向きに考えても良いと考えてました」

 そこまで言って、春乃さんは更にため息をついた。

「セーラさん達の事まで正直に話してくれるのは予想外でした」

「でも、気付いてたんだろ?」

「冬夜君の目、時々えっちですから」

 自覚はある。

 だからこそ春乃さんにはバレてるだろうと全てを打ち明けたのだ。

「こう言う場合、どうすれば良いんでしょうか?」

「いや、そこで俺に聞くなよ」

「混浴した方が良いですか?」

「…………」

 「今後の付き合いを考える」、「前向きに考える」の次と言う事なのだろうか。

 正直迷う。

 リウムちゃんの申し出の時と同じ様に、ここを見逃すと後で後悔する様な気もする。

 しかし、今この場での俺の答えは一つだった。

「春乃さんに迷いがある内は止めとく」

 へたれと言われるかも知れないが、それでも俺は彼女の気持ちを大切にしたい。

 この気持ちはしっかりと春乃さんにも通じたらしい。彼女の頬を羞恥に染めながらも悩ましいまでに柔らかい表情で俺を真っ直ぐに見詰めていた。

「……やっぱりずるいですよ、冬夜君」

 ぷいっと視線を逸らしつつ再びずるいと言う彼女の声には、先程の様なすねた様子は無い。


「自分でも同郷の人に依存してるところがあるなぁって思うんです」

 再び俺の方に顔を向けた春乃さんは、少し落ち着いた様子でそんな事を言い出した。

 俺に対する春乃さんの気持ちの話だろう。俺も彼女に対しては同郷人として思うところはある。もちろん、それだけではないが。

「それは俺も一緒だ。でも、それだけじゃないぞ。春乃さんを好きになったのは」

「それは私もです。冬夜君ってえっちですけど、優しいところ、頼りになるところを私は知ってますから」

「…………」

「…………」

 これは互いに告白し、しかも成功しているのではないだろうか。

 しかし、二の句を継げる雰囲気ではない。今彼女に近付くと何かが壊れてしまう様な気がして、俺はベッドの上で固まったまま身動き一つ出来なかった。

 春乃さんも顔を真っ赤にしてしおらしい態度になっている。

 しかし、やがて彼女は決意を秘めた瞳で顔を上げると、真剣な表情で俺に向き直った。

「私が怖いのは……このまま冬夜君に頼り切りになってしまう事です」

「いや、俺としてはそれは別に……」

「ダメですよ。今は聖王家とか神殿の庇護下にあるから生きていけるけど、もうすぐ私達は旅立たないといけないんですから」

 春さんは窘める様に俺に言った。

 確かに彼女の言う通りだ、今は生活費含めて全て聖王家と神殿が面倒を見てくれているので俺達は生きていられる。

 逆に言えば、それがなければ俺達は生きていけないのだ。

 いや、俺ならば水を売って生きていけるかも知れないが、それが分かっているからこそ春乃さんは頼り切りになってしまうと考えているのだろう。

「正直に言うと、旅立つ時は冬夜君と一緒に行くのも良いと思ってました」

「それは俺も考えてた。混浴の件があるからダメだとも思ってたけど」

「私は、ここで頼ったら冬夜君に迷惑を掛けるしか出来ないと思ったんです」

「…………」

 真面目な彼女の責任感は、セーラさんにも負けていないらしい。

「私は、強くなりたいんです。冬夜君に、仲間に頼り切りにならなくて済むくらいに」

「それは分かる。今の俺もルリトラがいてこそだし」

 今の俺達は勇者として召喚されたとは言え半人前だ。日々ルリトラ相手に訓練していると、それを否が応でも思い知らされてしまう。

「私達、明日の旅立ちの儀式が終わったらアテナ・ポリスに行こうと思っています」

「アテナ・ポリス?」

「リウムちゃんの故郷で、師匠の方がいるらしいんですよ」

「あの子、この国の子じゃなかったのか」

「勇者召喚の儀式を知って、興味を持って来たんだそうです。だからかも知れませんね。この国の偉い人達とは違う目で私の事を見ていたのは」

 春乃さんが仲間候補や推薦者から感じたと言う、初代聖王と同じ立場の彼女を狙う下心が他所の国から来たリウムちゃんには無かったのだろう。

「トウヤ君は、ルリトラさんの故郷に行くんですよね?」

「ああ、水がなくて困ってるらしいからな。おあつらえ向きだろ? 俺のギフト」

 そう言うと春乃さんは「そうですね」と言ってくすくすと笑った。

「トウヤ君、お互い強くなったらまた会いましょう」

「強くなったら、か。それは良いな」

 魔王との戦いは避ける。俺は『無限バスルーム』の能力を知ってからずっとそう考えてた。

 しかしこのまま旅立てば、それはただ逃げているだけだ。

 だが春乃さんに胸を張って会える様になるためと考えれば、少しは前向きな気持ちで旅立てるのではないだろうか。

 この世界で強くなる事を目指すのだ。

 立身出世も良いだろう。権力や財力の力があれば一夫多妻も可能だと言う話を思い出し、俺の頬が思わず緩む。

「またえっちな事考えてますね?」

 やはり春乃さんは鋭い。いや、それとも俺が顔に出やすいだけなのだろうか。

「強くなれば、春乃さんとセーラさんとリウムちゃんと一緒に混浴出来るかもって考えてた」

「もうっ……王子様と王女様のお母様の話は、私も聞いてますけど」

 例の話は春乃さんも聞いた事があったらしい。

「……私は、考えておきます。でも、セーラとリウムちゃんは知りませんからね!」

「えっ?」

 予想外の返事が返ってきた。思わず春乃さんの顔を見ると、彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。

 なんと春乃さんは俺達が強くなって再会した暁には、本当に混浴する事も考えてくれるらしい。これは益々やる気が湧いてくると言うものだ。

 こうなれば春乃さんのためにも強くなるべく邁進しなくてはなるまい。

「マジでいいのか?」

「女の子と混浴したがる冬夜君と、男の人と一緒にお風呂に入りたがる冬夜君。どっちが良いと言われたら前者なんです。と言うか後者は嫌です」

「それは俺も嫌だ」

 春乃さんのちょっと変な考えに、俺は引き攣った笑みを浮かべた。

 それでも、この天然の入ったところも魅力的だと思えてしまうあたり、俺も相当彼女にやられてしまっているのだろう。

「それと……」

 春乃さんは何か言い淀んでいる様子だ。

「どうした? 何かあるなら言ってくれ。力になりたい」

「いえ、実は私……男の人、苦手なんです」

「そうなのか?」

 俺とは割と普通に話していた様な気がする。いや、出会ってすぐの頃はそうでもなかったかも知れない。

「あ、冬夜君は別ですよ? 多分、お父様よりたくさん話してます、冬夜君とは」

「そ、そうなのか。苦手と言う割にはおどおどしてる感じじゃなかったけど」

「実は中学に入ってすぐの頃に痴漢に」

「遭ったのか!?」

 思わず身を乗り出した俺は、ベッドから落ち掛けてしまった。

「い、いえ、遭い掛けた事があるんです。その時は姉が撃退してくれましたが、遭っていたら冬夜君の言う様な態度になっていたかも知れませんね」

「そ、そうか」

「もしかしたら、えっちな事も許せなくなっていたかも知れません」

 俺はその姉に感謝するべきかも知れない。心の中でお義姉さんと呼ばせてもらった方が良いだろうか。

「姉はその時既に段持ちでした」

 いや、そんな呼び方をしたら折られるかも知れない。何かを。

 素直に春乃さんのお姉様と呼ばせてもらう事にしよう。心の中で。

 先日戦っている春乃さんの姿を見て格闘技の経験があるのではと思った事があった。

 弓道をしていたと言う話は事実であると確認していたが、実はその姉と一緒に他の格闘技もやってたんじゃないだろうか。

「それからはずっと、親に言われて車で通学してたんですよ。おかげで男の人との接点がほとんどなくなり、いつの間にか苦手に……」

「なるほど……でも、そうなると俺は良いのか? 自分で言うのも何だがスケベだぞ? 春乃さん達三人一緒に混浴したいと考えてるぞ? もしかしたら更に増えるかも知れないぞ?」

 俺が真面目な顔をしてそう言うと、彼女は優しい笑顔で俺を見た。怒ったり呆れたりしている訳ではなさそうだ。

「じゃあ、痴漢とかしますか?」

「する訳ないだろ」

 ムッとした声で答えると、春乃さんはよりいっそう笑顔を深くする。

「冬夜君、さっき言ってくれましたよね。私に顔向け出来ない様な事はしないって」

「ああ、それはウソじゃないつもりだ」

「私はその言葉を信じてます」

「そ、そうか……それは、俺もしっかりしないとな」

 彼女の視線に確かな信頼を感じた。

 もしかしたらそれは、単純に混浴は駄目だと拒絶されるよりも遥かに重い意味があるのかも知れない。

 だが今の俺には、それが異世界に召喚されて宙ぶらりん状態な俺の足を、しっかりと地面に付けて立たせてくれる重さの様に感じられた。

 彼女の信頼があれば、俺はしっかりと両足で立ってこの世界を歩んでいく事が出来る。

 そして同時に、俺も彼女にとっても同じぐらいの価値がある男になりたいと思うのだった。

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