第95話 いっつぁとろぴかる
それから五日は、休みつつ文献調査に魔法の練習と充実した時間を過ごす事ができた。
毎晩春乃さんに手紙を送っているが返事は無い。水の都で保護されているだけなら返事ぐらいできると思うのだが、何か問題があるのだろうか。
女神の夢は毎晩見ているが、水の女神はあれから一度も姿を現さないため確認する事もできない。他の女神達も理由は分からないらしく、首を横に振るばかりだった。
何かあったのか気になるが、グラン・ノーチラス号のスピードは上げられない。俺にできるのは、予定を遅らせずに進む事だけだ。
逸る気持ちを抑えるべくソトバの剣で素振りをしたり、雪菜達と一緒に水の釣り堀で魚を取ったりしながら進む事更に四日。俺達は目的の島付近まで到着した。
船体を浮上させ、海面から顔を覗かせたキャノピー越しに望遠鏡を覗き込む。
するとイメージしていたより少し大きめの、ほとんどが深い森に覆われた島が見えた。
「あれが話に聞いてた島か……『補給島』だっけ?」
「皆が補給に立ち寄るから、そう呼ばれてるみたいね」
そんなに頻繁に利用しているなら、港町でも作ってもう少しちゃんとした名前を付ければいいのにと思うのは素人考えだろうか。
それはともかく、島までは半日も掛からないだろう。
「パルドー、船が入れる入り江があるそうだから、そっちに向かってくれ」
「分かったにゃ!」
皆が利用している入り江の話を聞いているので、まずはそちらに向かう事にしよう。
さて、この島での目的は大きく分けて二つある。
まずは操舵を任せているパルドー達の休息。
ここからは海底にある水の都を探す事になるので、上陸して休むのが難しくなる。ここでしっかり休ませておきたい。
もう一つは食料の補給だ。
航海中の食料は、保存食を用意しても乾物が中心になってしまうので、皆この補給島に立ち寄って新鮮な果物を補給するのだ。これは航海中の病気を防ぐ意味もある。
色々と便利になった『無限バスルーム』でも、冷蔵庫はまだ無いので乾物ばかりという事情は変わらないのだが、その代わりに水の女神蛇口から出るオレンジジュースがある。
そのため俺達には必須という訳ではないが、せっかくなのでパルドー達を休ませている間に果物を手に入れるとしよう。
「他に船は無いな」
「休むには丁度良いわね」
小高い丘に囲まれた入り江に入ってみると、他に船の姿は無く白い砂浜が見えてきた。それなりの広さがあり、グラン・ノーチラス号も悠々と砂浜に近付く事ができた。
そして砂浜に降り立った俺達は、ルリトラに日除けのタープを立ててもらいつつ、ケトルト達の荷物を出して探索の準備をする。
「祭壇使えにゃいからやる事にゃいにゃ~」
「いや、休めよ」
「ふっふっふっ、細工物にゃら祭壇は必要にゃいにゃ」
「やるにゃ、シャコバ」
「だから休めって」
結局パルドーも鎧を出して磨く事になった。流石、鍛冶仕事のために王の座を人間に押し付けたケトルト鍛冶師……でいいのだろうか。
まぁ、本人達が満足なら好きにさせておこう。気分転換だって立派な休憩だ。
マークは念のため武装したまま待機しているそうだが、クリッサが遊びたがっていたので遠からず屈するだろう。
という訳で、グラン・ノーチラス号というか皆の見張りはクリッサに任せ、俺達は森に果物を探しに行く事にする。
マーク? クリッサの水着姿が気になって仕方がない彼に任せるのは危険だろう。
とりあえず一声掛けておこうと、近付いてポンと肩に手を置く。
「マーク、こっちはこっそり見てるつもりでも、向こうは意外と気付いているらしいぞ」
「にゃにゃにゃ、にゃにを言ってるにゃ!?」
せっかくなので年長者としてアドバイスしているのである。
「ちなみに俺は、もうこっそりするのは諦めた。諦めて、堂々と見る事にした」
「それはそれでどうにゃの……?」
なお入浴時は、クレナとロニの方がこっそり見ているのは内緒である。こちらも意外と気付けるものである。単に二人が分かりやすいだけかも知れないが。
それはともかく、俺達は森に足を踏み入れる。
ロニが先頭を進み、その後ろに俺、クレナ、ラクティと続き、雪菜とリウムちゃんは俺の周りで浮いている。そして最後尾は、ルリトラに守ってもらおう。
俺が二つ、クレナが一つ、カゴを持っている。
「この島の木、ネプトゥヌスのと違うな」
森の中は蒸し暑く、苔生した木に太く長い蔦が巻き付いており、草葉はネプトゥヌスのそれとは異なる形をしていた。
その風景は「森」より「ジャングル」という言葉が似合う気がする。南国のフルーツが期待できそうだ。
「お兄ちゃん、ここってモンスターもいるんだよね?」
「ああ、だから肉も補給しようと思えばできる」
俺が言うのも何だけど、たくましいよな船乗り達って。
「ただ、奥に行くとヤバいのがいるらしいわ」
「……ヤバいの?」
「船乗り達も近付かないそうだから詳しくは知らないけどね」
クレナとリウムちゃんの会話を聞いて、ラクティがひしっとしがみついてきた。
宥めながら進んでいくと、柔らかで優しい香りが漂ってきて、ちらほらと色とりどりの果物が姿を見せてくる。
森に入って大して歩いてないのにこの調子なのだ。船乗り達が島の奥の危険を排除するよりも近付かない方を選ぶのも当然だろう。
「見た事ない果物だけど、毒があったりしないか?」
「そういうのも、この辺りにはもう残ってないみたいですよ。奥に行かないと」
「危険なものは、皆島の奥なのですな」
「そういう風に調整したんだろうな」
町こそ作っていないが、その辺りには手を入れているという事か。
「そこまでするなら、町作っちゃえばいいのにね~」
これは俺の右隣でパタパタと飛んでいる雪菜の言葉、やはり同じ事を考えたようだ。
ここですいーっと左隣りに戻ってきたリウムちゃんが呟く。
「……住むには不便」
結局のところ、それが全てなのだろう。
確かにこの島は自然の実り豊かかも知れないが、逆に言えば他に何も無いのだ。俺もここに住みたいかと言われれば、やっぱり嫌だと思う。
「まぁ、奥に行かなければ大丈夫だろう。ロニ、周りにモンスターはいるか?」
「それらしい匂いはしませんねぇ、あと、向こうに甘い匂いが集まってます」
「じゃあ、そっちに行ってみるか」
ロニを先頭に進んでいくと、頭上からバサバサッと羽音が聞こえてきた。すぐに見上げてみるが、そこにそれらしい姿は無い。
先程からこのようにモンスターの気配がそこかしこから感じられるのだが、肝心の姿がまったく見えなかった。
度々船乗り達が訪れるので、モンスターの方が人間を警戒しているのだろうか。
それからも羽音や茂みを揺らす音ばかりでモンスターと遭遇する事は無く、少し開けた場所に辿りついた。周りを見るといくつかの種類の果物が見える。
「よし、ここで採取していく事にしよう」
「それでは警戒は私にお任せください。トウヤ様は、皆と共に果実の採取を」
「そうだな、ルリトラに頼もうか。その方が早く終わらせられそうだ」
「ハッ!」
モンスターの襲撃があるかも知れないので、クレナ、ロニ、ラクティと、俺、雪菜、リウムちゃんの三人ずつに分かれて採取しよう。
クレナ達の方を見ると、あちらは背の低い木の果物を採取しているようなので、こちらは雪菜達が空を飛んで木に生った果物を採り、俺が下でカゴを構えて受け取る。
一つ目のカゴが一杯になったところで、雪菜が疲れたのか背後から抱きついてきた。
「お兄ちゃん、肩車して~♪」
「あなたは飛べる……私はMPを使う」
「いやいや、私もMP使って飛んでるから」
人間を飛ばすには小さい羽だと思っていたが、やはり魔法だったのか。
「分かった分かった、次はあっちの木を狙うぞ」
まぁ、疲れるというのであれば、二つ目のカゴはもう少し低い木の果物を採ろう。そちらならば俺が肩車をすれば十分届くはずだ。
二人同時にはできないので、まずは雪菜を肩車してリウムちゃんは休憩させておく。
「……私から頼んでおいてなんだけど、大丈夫? 私、もう小さくないし」
「思いのほか楽だな」
俺も思っていた以上に力が強くなっていたらしい。
返事を聞いた雪菜は楽しそうに「右! 右! あ、左!」と指示を出してきた。その度に身をよじらせるのでふとももに挟まれ変な顔になりつつ、果物を採っていく。
そのままカゴ半分ほど採ったところでリウムちゃんと交代。
こちらはおとなしいのだが、少し遠くても何も言わずに手を伸ばすのでバランスが崩れないよう注意しなければならなかった。
「よっ、ほっ」
「…………」
「手を伸ばす前に言ってくれ、バランスが……!」
どうやら夢中になっているらしく、彼女は黙々と果物を採っていた。下から見上げると真剣にやっている様子が伝わってくる。
邪魔をしてはいけない、そう感じた俺は彼女の動きを見ながらバランスを取り続けた。
その間雪菜は何をしていたかというと、何かに気付いてふよふよと飛んでいったかと思うと、あるものを持って戻ってきた。
「お兄ちゃん、見て見ておそろい~♪」
無邪気な笑みを浮かべる妹が両手で持っていたのは翼長が1ストゥートほどありそうな巨大コウモリ。両翼を雪菜にホールドされてジタバタともがいてる。
というか、お揃いというのは羽の事か。確かに形は似ているが。
呆気に取られて目を丸くしていると、頭上からリウムちゃんの呟きが聞こえてくる。
「……トロピカルバット」
「ああ、こいつがか……」
その名を聞いてネプトゥヌスで船乗り達から聞いた話を思い出した。
この黒い羽に黄金色の毛に覆われた胴体を持つ大コウモリ、犬に似た顔付きでつぶらな瞳をしているが、れっきとしたモンスターだ。
果物を主食にしており、おとなしい性質で自分から人を襲う事はほとんど無いそうだ。森に入ってから度々聞こえていた羽音の主はこいつらだろう。
「この島で……船乗り達が補給してる肉……」
「食肉!?」
雪菜が驚きの声を上げた。実はそうなのだ。果物ばかり食べているこのモンスターの肉は、とても美味だとか。
もっとも、なかなか見つからないので、船乗り達にとっては見つけたらラッキーな臨時ボーナス扱いらしいが。
「お兄ちゃん……」
涙目でこちらを見てくる雪菜。そのまま手を離して逃げられても怒ったりはしないのだが、そこまでは考えが及んでいないようだ。トロピカルバットはジタバタしている。
「……うん、まぁ、肉には困ってないし、魚も取れるし、一匹だけ捕まえてもな」
「ホントっ!?」
目を輝かせた雪菜が両手を放すと、すかさずトロピカルバットは逃げ出した。雪菜は急な動きに驚きつつも、飛び去るその姿を手を振って見送っていた。
「リウムちゃん、私も手伝うね~♪」
「そう……」
そして上機嫌に空を飛んで果物を採るのを手伝い始める。カゴの空きスペースはあと少しなので、すぐにでも一杯にできるだろう。
クレナの方を見てみると、果物一杯のカゴを地面に置き、こちらを見てクスクス笑っていたので、こちらが終われば砂浜に戻る事ができそうだ。
しかし、そんな考えをルリトラの声が遮った。
「トウヤ様、お気を付けください。何者かが近付いてきます」
「何?」
すぐに採取の手を止めて、リウムちゃんを下ろす。クレナ達もカゴを抱えてこちらに駆け寄ってきた。
『三日月』を手にしたところでガサガサと音がして、そちらに刃先を向ける。
「なんだ、人間か……」
そう言って茂みをかき分け現れたのは、槍の束を入れたカゴを背負った、全身小さな傷だらけのギルマンだった。
トロピカルバットは、フルーツバット(オオコウモリ)がモデルです。




