第9話 春乃の告白(上)
春乃さん達が神殿に来てから更に数日。準備期間も残すところあと一日となっていた。
この一週間はギフト、魔法の訓練は勿論のこと、戦闘訓練もルリトラだけでなく春乃さん達三人も交えて集団戦の訓練もした。
訓練ばかりではなく彼女達とは寝食を共にし、五人で街にも出掛けてこの世界の街に慣れるために散策したりもした。無論、寝室は別々ではあるが。
ちなみに資金源は、俺の『無限バスルーム』から出した水を売った金である。
おかげで彼女達とは更に強固な信頼関係を築けたと思う。
いや、ここは正直に言い直そう。彼女達の好感度を稼げたと思う。
春乃さんだけではない。この一週間で俺は、セーラさんとリウムちゃんとも親しげに言葉を交わす様になっていた。
あ、もちろんルリトラの事を忘れている訳ではない。仲間と言うよりも主従関係だが、彼とも仲良くなれたと思う。
そして職人達に頼んでいたホースも完成した。
ある程度遠くにも撒ける様に少し長めに作ってもらっている。
ゴム製の口でしっかりと蛇口に固定し、海獣の皮製のホースで水を撒く。漏れる事も破裂する事もない良い品だ。
だが、三人目の仲間だけは結局見付からなかった。
執事さんから連絡は無かったのだが、この一週間で何人も仲間候補が俺の下に訪ねて来ている。
しかし明らかに俺を捕食しようとする肉食獣の目をしており、また春乃さんやセーラさんと比べると見劣りしてしまい俺の方から断ったのだ。
俺の旅が勇者の旅かどうかはともかく、実力的にも旅が出来るかどうか微妙だったと言うのもあるので、表向きの理由はそちらにしておいた。
俺の本音が、混浴しか出来ない女性を仲間にした時に春乃さん達がどう言う反応をするかを考えるのが怖かったからなのは言うまでもない。
神殿の方はここ数日賑やかになっていた。『光の女神巡礼団』と呼ばれる者達が滞在しているらしい。
「光の女神が女神官の姿を借りて地上に現れる」と言う名目で各地の神殿を巡礼する女性のみで構成された集団だそうだ。
セーラさんの様な女神官を始めとして、神殿騎士と呼ばれる完全武装した女性の姿もある。
モンスターが蔓延る中を旅しているだけあって神殿の中ではトップクラスの実力派揃いだ。
巡礼団の団長が以前からセーラさんとの間には付き合いがあったらしく、ここ数日彼女達が俺達五人に話し掛けて来る事が度々あった。
セーラさんの髪がきれいになった事を驚いた様子で、春乃さんとリウムちゃんも交えて賑やかに話してたものだ。
俺としては群がってくる仲間候補達への牽制になったのが有難かった。
旅立ちの儀式を翌日に控え、ここ数日の間に他の勇者達も神殿を訪れステータスカードの更新を済ませていた。
その時に他の勇者達の仲間も見る事が出来たのだが、意外にも四人パーティを組んでいたのは自称コスモスこと西沢秋桜一人だけだった。
コスモスの仲間は魔法使いである王女と例のエルフ、それに王女の親衛隊長だったと言う女性騎士の三人である。
この女性騎士もなかなかの美人であり、ナルシストに着飾っているコスモス当人も含めて華やかなパーティになっていた。
彼女は王女の親衛隊だったから選ばれた訳ではない。
女性の仲間候補のほとんどが彼の下に集まったが、その中から見事勝ち残って仲間の座を手にしたのが彼女だったらしい。その実力は本物なのだろう。
しかも、パーティとは別に選ばれた八人の親衛隊員が旅に同行する事になっているらしい。王女の親衛隊員なので全て女性である。
そんな集団でも良いのかと疑問に思うが、表向きは四人パーティ三つが同行していると言う扱いになるそうだ。ある意味裏技である。
王女が旅立つと言う事で、それだけ厳重にしているのかも知れない。
コスモスの周りに彼女達が集まると、親衛隊員と言うよりチアガールの様に見えてしまうのは俺の主観の問題ではないと思う。多分。
女性ばかり三人どころか合計十一人を仲間にしてパーティを組んだコスモスを羨ましい、妬ましいと思うが、彼自身を憎たらしいと思う気持ちは不思議と湧かなかった。
なんだかんだと言って彼は善人だ。本気で勇者として魔王と戦おうと考えているのが伝わってくる。そう言う部分が憎めないのかも知れない。
もう一人の男勇者である神南夏輝の仲間は、意外にも老人の戦士が一人だけの二人パーティだった。
セーラさんから聞いた話によると、その老人はこのユピテル・ポリス最強の騎士であり、最高の将軍でもあると謳われる人物との事。
これを期に家督を息子に譲り、勇者の仲間になったそうだ。
五人の中でも特に肉体派である神南夏輝がその老将と並ぶと、歴戦の勇士の様な雰囲気を醸し出している。
彼の下には大勢の仲間候補が詰めかけたが、彼は皆と実際に戦ってみて、全員を実力不足だと切って捨てたそうだ。
詳しい事は分からないが、彼は元々何かの格闘技をやっていたのかも知れない。
女性勇者の一人である中花律のパーティは、コスモスとは別の意味で華やかだった。
と言うのも、女性しか仲間にしていないコスモス。全員実力不足と切って捨てた神南夏輝。
そして初代聖王と同じ立場を狙う男達の下心を察して拒んだ春乃さんと、男と一緒に風呂に入る気の無い俺。
結果として神南夏輝の仲間となった老将以外誰も勇者の仲間になれなかったため、それ以外の全ての男性が彼女の下に集う事になったのだ。
そしてその中から彼女が選び出したのが二人の仲間。どちらも実力者であるが、選考基準がそれだけではないのは二人の顔を見れば明らかである。
耽美なのだ、二人ともが。顔の良さでは俺ごときなどは言うに及ばず、三人の中では一番美形であろうコスモスにも負けていない。
おそらく選り取り見取りの状況になった中花律は、趣味に走って仲間を選んだのだろう。
美形三人ではなく実力者二人だけを選び、親衛隊員などは連れて行かない様なので、最低限の理性は残っていたのではないかと思いたい。
嫡男である王子を仲間にしようとした事といい、色々と突っ走っている女性である。
そして春乃さんの仲間は言うまでもなく女神官であるセーラさんと魔法使いのリウムちゃんの二人だ。
彼女の方にもこの一週間の内に色々と仲間候補として男の騎士が来ていたが、彼女も俺と同じく、あれから一人も仲間は増やしていなかった。
春乃さんは誰も通してくれるなと執事さんに言っていたのに、それでもあれだけ来るとは皆それだけ必死だったと言う事だろうか。
俺の方もそうなのだが、例の巡礼団がいなければ大騒ぎになっていただろう。
結果として春乃さんを助けてくれた巡礼団の皆には感謝である。
その日の晩、俺はベッドに寝転がりながら一人物思いに耽っていた。
俺自身が春乃さんの事をどう思っているかについてだ。
この数日、彼女とは色々な話をした。
彼女は元の世界ではとある女子高校の一年生。名前を聞いてみると俺でも知っているお嬢様学校だった。
中学生の頃から女子校で、男の子と話すのは久しぶりだと照れ臭そうに笑う彼女は、なんと政治家の家に生まれたそうだ。
彼女はそんな大した家じゃないと謙遜していたが、おそらく地元の名士と言う奴だったのではないだろうか。
元々そう言う雰囲気があったが、やはり彼女は正真正銘のお嬢様だったのだ。
お互いに話すと言う事だったので俺も家庭環境について春乃さんに話した。
しかし俺はサラリーマンの父とパートタイマーの母の間に生まれた、平々凡々な公立高校に通う二年生である。ハッキリ言って出身地が日本である以外は全く共通点が無い。
そんな二人がこの異世界で出会い、知り合った。運命――と言うのは、ちょっとロマンチスト過ぎるだろうか。
好き、なのだと思う。艶やかな長い黒髪の大和撫子と言う容姿、真面目なお嬢様であり、芯は強く、意外とお茶目な所もある性格も含めて。
彼女の黒髪が艶を取り戻した事に、俺の出したシャンプーが貢献したと思うと誇らしい気持ちになってくる。
一番身近な同郷人と言う事で親近感を感じていた事は否定しないが、この一週間彼女の存在が俺の癒しであった事は確かだった。
そして何より、彼女と混浴したいと心の底から思う。あの胴鎧とサーコートとマントによって厳重に隠されたものを湯船に浮かべたいと。
決してふざけている訳ではない。大真面目である。
彼女に『無限バスルーム』を見せたあの日から、混浴するために女性レイバーを買おうと言う気持ちは俺の中から完全に消え失せていた。
俺は彼女と、本気で混浴したいのだ。
「あ~~~~~ッ! 痛っ!」
そこまで考えた俺は、ベッドの上を転がって床に落ちた。
そのまま床に大の字になって俺は考える。俺は今悩んでいた。春乃さんの事について悩みまくっていた。
彼女の事が好き。それだけならば何も悩む事は無い。異世界に召喚されたと言うやけにファンタジーな出会いではあるが、単なるボーイ・ミーツ・ガールである。
「でも、セーラさんも良いよなぁ……」
問題は、俺が好きだと思うのが春乃さんだけではないと言う事だ。
春乃さんにギフトを目覚めさせる指導を担当した女性神官、セーラさん。
五人の勇者の担当に選ばれたと言う事は、ああ見えても彼女は神官の中でもエリートだと言う事だ。天然ではあるが。
ギリギリまでギフトに目覚めなかった春乃さんのために彼女がどれだけ努力をしていたかは当時神殿にいた俺は知っていた。
その後も春乃さんの事を放っておけずに案内担当も買って出て、更には旅の仲間に名乗りを上げた。
そのまま神殿に残っていればエリートとして出世が約束されているのにもかかわらず、その全てを投げ打ったのだ、彼女は。
責任感が強いと言うのもあるのだろうが、二人を見ているとそれだけではない様に思える。
春乃さんのギフトを目覚めさせるために二人三脚で頑張ってきた二人は、今や親友同士なのだ。
大事な友達を助けたい。実はセーラさんの中で一番強かったのはその気持ちだったのではないだろうか。
そんな心優しい彼女は、俺より一歳年上の十八歳のお姉さんだ。
暖かな日の光を思わせる金色の髪。軽やかにウェーブが掛かった髪は、俺のシャンプーを使い始めてから更に艶やかになり煌めいている。
肌も瑞々しくなり、元々若き美人神官として評判だったであろう彼女は、更にその美しさを増していた。
そして何よりゆったりとした神官のローブの中に隠された、春乃さんも上回るそれである。
一緒に混浴したい。湯船に浮かべたい。俺は彼女に対しても心の底からそう願っていた。
「しかし、リウムちゃんも捨てがたい!」
春乃さんのもう一人の仲間、リウムちゃんの事も忘れてはいない。
ココア色のストレートな髪を肩まで伸ばしたまだ十四歳の少女、俺の故郷日本で言えば中学二年生である。その小柄な体格は小学生の様にも見えるが。
何と言うか、彼女は愛でたい。可愛がりたいのだ。
一見無表情だが、それだけではない事を俺は知っている。
泡立てたシャンプーに喜び、年より幼げな表情を見せてくれたリウムちゃんに、もっと色々な事を教えてあげたい。
きっと彼女はまた好奇心に目を輝かせてくれるだろう。
春乃さんの手前実現しなかったが、彼女の望み通り一緒にお風呂に入っても良かったのではないかと思う。
あそこは格好付けずに受け容れるべきだったのではないかと言う後悔があったりする。今更言っても詮無きことではあるが。
春乃さん一人ならともかく春乃さんのパーティ三人全員が好きとは、我ながらなんて節操が無いんだと思う。
聞いた話によると、この国の嫡男である王子とコスモスの仲間になった王女は母親が異なるらしい。王族だからと言うのもあるだろうが、この世界では珍しい話ではないそうだ。
この世界では様々な理由があるらしいが、相応の権力なり財力なりの「力」があれば一夫多妻も一妻多夫も許される。
その話を聞いて、俺の中のたがが外れてしまったのだろうか。
俺がコスモスを憎めない理由は、実はそう言う部分が彼に似ているからかも知れない。もしそうだとすれば、勇者として戦う気のない俺は男としては彼以下だ。
そこまで考えて自己嫌悪に悶えていると、何者かが俺の部屋の扉をノックした。
「あの、春乃です。冬夜君、起きてますか?」
春乃さんだ。俺は慌てて飛び起きる。
扉を開けると、そこには春乃さんが一人で立っていた。
「ど、どうしたんだ? こんな時間に」
「ちょっとお話があるんですけど……今、構いませんか?」
「もちろん構わんぞ。さぁ、入って」
断るはずがない。俺は春乃さんを部屋に招き入れた。
「おじゃまします……」
小さく挨拶をして部屋に入る春乃さん。真っ白なパジャマの様な寝巻きの上に厚手のガウンを羽織っている。
この世界にもパジャマはあるが、デザインは限られていた。この神殿で使われているのは男女問わず同じパジャマだ。俺も今は同じ物を着ている。
春乃さんは両手を交差してガウンの襟を持ち、それを閉じている。胸元を隠すと言うのはもう彼女のクセになっているのかも知れない。
「冬夜君、目が」
「って、ゴメン! パジャマ姿は初めてだったから!」
慌てて視線を上げて、春乃さんの目を見て謝る。
「冬夜君って……エッチですよね」
「それは否定出来ない」
つい先程まで春乃さん達と混浴したいと考えていた。
「そこで否定されるよりかは良いんですけどね」
そう言ってため息をつく春乃さん。
どう言う訳か、彼女は相手の下心を見抜く事が出来る。本人曰く慣れらしい。そのためか胸を見る程度の下心は、隠すよりも堂々としている方がまだ好ましいそうだ。
無論、見るより見ない方が良いのは言うまでもない。つい見てしまった時、素直に謝る事が大切なのである。
「それで話の方なんですけど、冬夜君、光の精霊を召喚出来ましたよね?」
「ん? ああ、出来るぞ」
「それで私を攻撃してみてくれませんか?」
「…………はぁ?」
俺はきょとんとした顔で春乃さんを見た。
そのリアクションに春乃さんは慌て始める。
「あ、あの、大丈夫ですから」
「いやいやいやいや、俺練習中に自分で食らった事もあるけど結構痛いぞ」
「その、私を信じて下さい」
「信じてる。多分、今はこの世界で一番。でも、それとこれとは話は別だ。春乃さんを攻撃するとか出来る訳ないだろ」
俺がそう言うと、春乃さんは少しくすぐったそうな表情になった。
俺はそんなにおかしい事は言ってないと思うのだが。
「うぅ……いじわるです、冬夜君」
「攻撃する方がいじわるだろう」
「それは…………はい、そうですね、確かに」
しばし考えた春乃さんはようやく納得してくれた様だ。
「すいません。それでは『無限バスルーム』を開いていただけますか?」
「ん? 構わんが」
何が目的かは分からないが、俺は言われるまま部屋の中に『無限バスルーム』の扉を開く。
「それじゃ失礼しますね。あ、冬夜君も来てください。お湯を使いますから」
「分かった」
春乃さんは浴室に入ると、洗面器にお湯をすくい――それをそのまま頭から被った。
「ちょっ!?」
止める間もなかった。俺は慌ててタオルを渡そうとするが、彼女はそれを手で制してくる。
「えっ?」
その手を見て俺は気付いた。全然濡れていない。
「よく見てください、冬夜君。全然濡れていませんよ」
そう言って春乃さんは両手を広げて見せた。ガウンの襟も開き、隠されていた彼女の胸の大きさがハッキリと分かる。
「そこじゃないです!」
「ゴ、ゴメン!」
「もうっ……」
それはともかく彼女の言う通りだ。手だけではない。春乃さんの髪も、ガウンも、パジャマも、全く濡れていないのだ。
「一体、どうして?」
「『無限リフレクション』……MPに関する全ての影響を受けない能力。魔法や魔法で作られた道具はもちろん、ギフトで生み出された物も私には触れる事が出来ません」
聞き覚えのある単語が出て来た。俺が春乃さんの顔を見ると、彼女はコクンと頷く。
「これが私のギフトです」
真剣な眼差しで俺を見詰める春乃さん。
俺は凄い能力だと絶句したが、そこでふとある事に気付いた。
「って、ちょっと待て! と言う事は何か? 春乃さん、魔法が効かないって事は、魔法で怪我を治療する事が出来ないのか? ダメだろ、それは!」
「あ、大丈夫です。意識して受け容れようとすれば受けられますから。ほら」
そう言って春乃さんは袖を捲って湯船の中に手を入れた。湯船から出した彼女の腕は確かに濡れている。
「扉の開け閉めが出来る『無限バスルーム』と一緒ですよ。意識しないと全部弾きますけど」
どうやらオンオフが出来るらしい。俺はほっと胸を撫で下ろした。
「驚かせないでくれ。魔法で怪我が治せないとかだったら、力尽くでも旅立ちを止めてたぞ」
「すいません、ご心配をお掛けして」
そう言って謝る春乃さんだったが、その顔はほころんでいて嬉しそうだ。
春乃さん曰く、『無限バスルーム』から出した石鹸は一時間程で弾けなくなるそうだ。
『MPで作った物』が何らかの理由で『ただの物』となったためではないかと言うのが春乃さんの推論である。
ここ数日春乃さんに頼まれて何度か石鹸を出して渡していたが、実はこれを確認するために実験していたらしい。
「それは知らなかったな。でも、どうしてそれを俺に? ギフトの能力も」
「その……冬夜君は私を信じてギフトを教えてくれたのに、私は秘密にしたままって言うのがイヤだったんです」
俺が問い掛けると、春乃さんはもじもじしながら答えてくれた。
俺の事を信用してギフトの能力を明かしてくれたらしい。
俺としては隠すほどのものではないと思っていたのだが、彼女の方はそうは受け取らなかったようだ。好意的に受け取ってもらえたのは有難い話である。
「そっか。ありがとう、春乃さん」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございます、冬夜君」
互いにお礼を言い合った俺達は、互いに見詰め合い、そして笑い合った。