Blade:1
一応これからは週一更新の予定です。
あれから、つまり俺が生まれ変わってから十年が経った。
結果的に云えばあの遺言?の願いは微妙に叶った。
幼さを残しながらも整っている顔立ちとそれなりに高い鼻、ピンッと伸びている背筋。
そしてなにより目立つ銀髪。
望み通りイケメン……というよりは男の娘に生まれ変わった俺だったが、髪の色から分かるとおりに生まれた場所は日本ではない。
てか、それ以前に日本どころか地球ですらなかった。
異世界。
モンスターが闊歩し、ドラゴンがワッサワッサ飛んでるというファンタジー全開なところに俺は生まれてしまったのだ。
ヤベえ、超怖えええええええ!!
オークとかのモンスターに会ったら俺即死じゃん!?
せっかくのイケメンフェイスで生まれたのに外出たら死亡フラグ満載とかこれではナンパにも行けやしない。
まあそんなこんなで幼少期の大半を町の中ですれ違うお姉様方を眺めて過ごしていたのだがそんなある日、好奇心に負けて街の外に出た俺はあろう事か恐れていたオークの上位種であるハイオークに遭遇した。
完全なデッドエンドフラグだった。
ブタ顔にムキムキな筋肉、そして目立つ巨大な牙を生やす厳ついモンスター、それに対峙する十歳児の俺。どっちが勝つかなんて火を見るより明らかだった。
大の大人の数十倍の腕力をもっているハイオークにただのガキンチョである俺が勝てる道理はこれっぽっちも無い。
「グオーー!!」
野太い咆哮が響き、数秒後に俺を粉砕するであろう棍棒が振り上げられる。
これで二度目となる死の予感。
一度目は前の世界で、そして二度目はまさに今この瞬間。
迫りつつある死の理不尽さに苛ついた。
一度目の時は俺の自業自得だった。それは認めよう。
だが今回はなんだ?
確かに調子に乗って街を出たのは悪かったと思う。
だけどそれだけで殺されなきゃいけないなんてオカシイだろ!
そう考えるとムカムカしてきた。
死ぬ前にこの豚野郎にはせめて痛い目を見せてやらなきゃこの怒りが収まることはない。
だから少しでもいい。
こいつをギャフンと言わせるような力を……、
「戦う力を、俺にくれーー!!」
棍棒が振り下ろされたその瞬間、俺の視界が黒一色に染まった。
ああ、また死んだのか。くそ、短いイケメン人生だった。こんなことならお姉さんにセクハラの一つや二つするんだった。ちょっと胸に触るくらいなら笑って許してくれると思うし。子供って便利。
「―――見つけた」
怒りのあまり(?)不純なことを考えていると不意に誰かの声が聞こえた。
目を見開くとそこには絶世の美少女が俺の顔を覗いていた。生まれ変わってからこの世界の女性は美人が多いなとは感じていたが、それを一線を画するほどに目の前の少女は美しかった。
艶のある黒髪に、凛とした佇まい。とても繊細で、触れたら壊れてしまいそうなほどその姿は幻想的だった。
「あなたね、私を呼んだのは?」
「え?あ?」
頭の中が真っ白になる。
呼んだ?誰が?誰を?
「……状況を理解出来ていないようね。だったら単刀直入に聞くわ、あなたは生きていたい?」
その質問にブンブンと頭を縦に振って肯定する。
何度も言うがせっかくイケメンで生まれたのだ。こんなところで死にたくはない。
少女はその返事に満足したのか、俺に向けて優しく微笑んだ。
第一印象の氷のような鋭さは既になく、彼女はとても暖かい微笑みを俺に向けた。彼女の華のような可憐な笑みに俺は自分でも分かるくらいに見惚れていた。
これがギャップ萌えというやつなのだろうか?
「なら、あなたの名前を聞かせて頂戴」
「カ、カイル。カイル=アルヴァルト」
少し吃りながらも名前を告げる。
カイル=アルヴァルト、それがこの世界での俺の名前だ。
カイルとは遥か昔に魔王を打ち倒した英雄の名でその勇者の話が好きだったこの世界での親父が同じ名前を俺に付けたらしい。
「カイル……英雄と同じ名ね」
「ああ、親父がその話が好きだったから……」
そんな親父も数年前に他界し、もうこの世にはいない。
豪快で少し要領の悪い人だったけど、男手一つで俺を育ててくれた。
結局、親孝行らしいことも出来なかったな……。
おっと、なんだかしみじみとしてしまった。
まあ、カイルという名前はそんな親父が遺してくれた数少ないものだからな。
感謝こそすれ、それを疎ましく思ったことは無い。
「ではカイル=アルヴァルト。貴方を私の主として認めます。では〈契約〉を」
「ほへ?」
間抜けな声が出た。
少女はその両腕で俺の顔を固定して、真っ直ぐ俺を見つめる。
そして……、
「ん……」
「―――ッ!?」
唇を奪われた。
え、なにこれ?なんでこんな状況に?
前世を含めても初めての経験。
軽く触れるようなキスに身体が痺れるように硬直する。
鼻腔を擽るような甘い香りと密着している女の子特有の柔らかい感触に頭がどうにかなってしまいそうだ。
このような形でファーストキスを経験することになるとは夢にも思っていなかった。
そして三秒ぐらいの時が経ち、触れていた唇が離れる。
そしてそれに代わるように左手の甲に焼けるような痛みが走り、赤い紋章が浮かび上がる。
「ぐっ、……これは?」
「〈契約〉の印よ。これで私は貴方のモノ……。これからよろしくね、カイル」
そう俺に告げると彼女の体は暗い闇に包まれた。
何処までも深い闇。それが収まった時、目の前から少女の姿が消えて変わりに鈍い光沢を放つ見事なまでの漆黒の剣が突き刺さっていた。
『これが私の本当の姿。魔を断つ闇の劫火〈黒焔の裁剣〉、貴方の剣よ。さあ、早く私を手にして』
脳に直接声が響く。
俺は混乱しながらもその言葉に従い、両手で柄を握って地面から抜き放つ。
瞬間、剣は黒き光を放ち俺を包み込んだ。
黒い光が迸る中、ただ彼女の声にだけに耳を傾ける。
『私を呼んで。カイル』
彼女からの要求の意味が分からなかった。
「呼ぶって……、〈黒焔の裁剣〉って呼べばいいのか?」
『違うわ、それは剣の名よ。私の名ではないわ』
「名前なんて聞いてないぞ」
教えられてもないのに呼べるわけがないじゃないか!
『大丈夫、あなたはもう知っている筈よ。私の名を……』
そんな、何を言って……!?
「シェ、オ…ル……?」
口が勝手に言葉を紡ぐ。
知らないはずなのに…脳が、心が、魂が、彼女の名前を叫ぶ。
『正解♩よくできました』
嬉しそうな彼女の声が響き、そして再び手の甲に焼けるような痛みが走る。
そこには新しく文字が浮かんでいた。
てかもうなにがなんだか分からないことだらけだ。誰か説明してくれ!!
『一通り〈契約〉も済んだことだし、結界を解くわよ。あの瞬間から外の時間は止まっているから解いたらさっさと動きなさい』
「え?俺って死んだんじゃないの?」
『まだ死んではいないわ。棍棒が振り下ろされる前に私がこの結界の中にあなたを引きずりこんだから』
……ということは俺はまだ生きてるってこと?
イヤッホーイ!やったね、俺の彼女を作るという夢はまだ潰えてないぞ!こんなに嬉しいことはないッ!!
『でも、結界を解くとその時間その場所に強制的に戻されるから一瞬でも気を緩めると即あの世行きよ』
うわあ、それは勘弁だ。
何が何でもあの攻撃を避けなくてはならない。俺の輝かしいリア充ライフの為にもだ。
『じゃあ、解くわよ。準備はいいわね?』
「応よ!バッチコーイ!」
『分かったわ。〈契約結界〉、解除!』
パキンッ、と空間にヒビが入り崩れていく。
そして再び、死と隣り合わせのあの場面へと戻される。
「グオオオオオ!!」
早速棍棒が迫り来る。
だが今の俺にはその動きがとてもスローに感じた。これも彼女……シェオルのお陰なのか?まあどっちにしろこれなら避けるのは容易い。
「遅えよ。豚野郎」
脚に力を入れて跳躍する。
棍棒は俺の横を通り過ぎて地面に衝突した。爆音が響き、その破壊力で地面にクレーターが出来る。
「うっひゃあ。すげーな、おい」
つい感嘆の言葉が出る。
さすが怪物。その名は伊達じゃない。
『感心してないで、また来るわよ!』
「おっと…!」
ブオンッ!
水平に棍棒が振られる。
それを首だけ動かして避けた。
危ねえええ!!当たってたら頭がトマトみたいにぐちゃぐちゃになっているところだったぞ!ハイオークの力ヤバ過ぎだろ。
さて、そろそろ後手に回るのもアレなんで反撃といきたいところなのだが……、
「ハイオークはどこが弱点なんだ?」
ハイオークががむしゃらに棍棒を振り回すので、それを避けながらシェオルに尋ねる。
返答はすぐ返ってきた。
『頭よ』
「その心は?」
『大抵の生き物は頭を吹き飛ばしたら死ぬわ』
「わーい、恐ろしいくらいに分かりやすいね☆」
頭が取れれば死ぬなんて赤ん坊でも分かるわ!
だが、それが効果的なのも事実。
よし、一丁頑張ってみますか!
「グオオオオ!!」
ハイオークが大きく棍棒を振り上げたのを確認して即座に〈黒焔の裁剣〉を振るう。
ハイオークの腕を切断した衝撃が伝わり、手が痺れる。
それでも刃を返して今度はハイオークの首に目掛けて剣を振るった。
ズバンッ!
ハイオークの首が赤い軌跡を描きながら宙を舞う。
生命を亡くした体はそれを支えていた力を失い、地に崩れ落ちた。
「倒した……?」
大人でも敵わないハイオークを子供の俺が倒した。
とても凄いことの筈なのに俺には敵を倒した高揚感よりも命を奪った罪悪感の方が大きかった。
「……やっぱり殺さなきゃいけなかったのか?」
今更なのは分かっているがそれでも殺すことはなかったのではないかと考えてしまう。
そしてその問に対するシェオルの返答はかなり辛辣だった。
『そうね、それが人とモンスターの関係。カイル、あなたが罪悪感を感じる必要はないわ。それに同情は敗者に対する冒涜よ、あなたはこの闘いに勝った勝者なのだから胸を張りなさい』
「……ああ、分かったよ」
ハイオークの亡骸をチラリと眺めてその場を後にする。
もうここは俺が暮らしていた世界とは違う。
敗者が死んで勝者が生きる世界。
今回のことを通して改めてこの世界で生きるということの過酷さを思い知った。
こうして、異世界での俺の初陣は誰にも知られることはなくひっそりとその幕を閉じた。