繋いだものと繋がれたものと
軍列が王宮前に着き兵士達はそこで待機をする。我等師弟を始めとして私兵団の代表格や各神殿の顔役等々が王宮内に招かれる。
王宮前では軍列にいた者達に飲物と軽食が振舞われる、流石に酒精分の入ったものがないのだが・・・・・・・・・・文句を言うわけにはいかぬだろう。
「・・・・・・・・・うーむ、茶か。出来れば酒がよかったんだが。」
背後で聞こえる顔馴染みの奴隷戦士の声、まだ、帰りの部分があるのだから酔っ払う訳いかぬだろうが!
王宮の謁見室、左右を固める文武百官、その後ろには王侯貴族達。
儀礼官が事を進め、王より感謝の言葉と褒章が手渡される。
裸鎖を頭とする奴隷戦士団には百振りの大剣、鈍く光る鋼の色は削り出しの一品。
装飾過剰な美術品まがいとも言える王侯貴族の懐剣とは違い、常に戦場にいる者が切れ味が鈍っても戦えるようにと頑丈さを重視して作り出された戦仕様の無骨な品。
王国最後の奴隷にふさわしい品であろう。
逆立つ髪の騎馬戦士が率いる荒野の民達には十三の果物が入った籠。実際には荒野の全ての一族に行き渡るだけの果物が送られているのだが、目録代わりと言った所だろう。
水場が限られ、背の高い植物が育ちづらい彼の地において果物は貴重品だ。輸送するだけでも労力がかかる果物を大量に送るということは王国が荒野の民が一丸となって支えてくれた事への感謝の印である。
そして、新たに見出された荒野の一族に祝儀として金貨の袋と槍が送られる。
狼頭の獣人が元に集いし人外達には王都近隣の地を自治区として与えられる。
人外領が手狭になったのと王都で一旗あげようとしている(若しくは挙げている)者達に本性を現しても互いの軋轢にならない地があるだけでも助かるだろう。特に人化の法を常に心がけている竜族や衣服を苦手としていても脱げるのが自宅だけという一部の異族達にとって朗報だろう。
使い込まれた旅装である自由戦士には爵位と金貨が与えられる。
だが彼は金貨のみ受け取り爵位は返上する。馬鹿な男はいつか世界に愚かしい事をする者が居たとき爵位が邪魔して殴り飛ばせないと嫌だからという。国内外を旅をして色々見聞きしている放浪者には王都に来たときは飯でも食べに来いと【客人格】を与える。
【客人格】等とは古臭い称号を与えるものだ、別名を【王の友人】とも言い爵位・境遇に関わらず王と語らい共に飯を食らい苦言を言うことが許される。下手な爵位よりも彼らしいと言うべきだろう。
会計女史を始めとする商会公の面々には最高級の酒が下賜される。
皆で飲むもよし、転売するもよし、更に熟成させて機を見るのもよい。
これをどう扱うのかは見物である。
赤毛の壮年が差配した農園公とその眷属達には諸々の遠因で廃村となった地を賜ることとなる。
そして、帰還した者達を差配して新たな村落を築けと命が下る。
農園公家は何時もそうだ、戦の後始末に奔走する。
盾持つ白銀の鎧纏し聖域守護辺境伯家私兵団には金貨が振舞われる。
皆に臨時収入があってもよかろう。
帰還者達の代表には
「我等王国の力が足りぬばかりに苦労をかけた。」
と詫びの言葉が送られ、一人立ちするまでの間の援助を確約される。
帰還者の代表は
「何処とも知れぬ地に囚われた我等を同胞と呼び、繋がれた鎖を解き放ってくれた全ての者達に王妃様の歳ほどのか・・・・・・・・・ぐはっ!」
・・・・・・・・・・・・・・えっと、王妃様。そこで気合込めて睨まないでください、帰還者の代表が本気で倒れているのですから・・・・・・・・・・・・
しかし、誰だ王妃の年齢等と危険な語彙を教えたものは?
そして私が教えたわけではないからこっち睨まないでください。
周りに支えられながら帰還者の代表、自らの失言に気がついたのか
「全ての者達に常に若く麗しい王妃様に注がれる世界中の女性の羨望の眼差しの数だけの感謝を!」
王妃様も機嫌を直したのか治した振りをしたのか?
「代表よそなたの感謝はここに居た全ての者には届きませんわよ。わたくしに注がれる羨望の眼差しなど極僅か、なれど貴方方の感謝は此処に居る全て・・・・・・・・・・・いえ、ことに関わった全ての者が受け取っておりますから大丈夫ですわよ。そしてその感謝は貴方方一人一人の生き様にて『貴方を助けてよかった。』と助けた者達が誇れるような生き方をすることで示しなさい。」
場に居る、百官、王侯貴族からも
「おおっ!」だの「流石王妃様。」「国母たるに相応しい。」「見事な差配だ。婆だの年増だ・・・・・・・ぐはっ!」「侍従官副長ぉぉぉぉっ!」
侍従官副長・・・・・・・・・・・無茶しやがって。これから誰が侍従官達を統率するのだ?
貴族達のざわめきの中、代表ははっきりと
「我等一度は囚われ終わった身。なれば、【幸いなる民】となり剣となり盾となり散っていった者達に恥じぬ生き方をすることを誓いましょう。」
と決意を表す。
その決意の程に今日は王妃付に任じられている護衛官が抜剣し剣礼を以って敬意を表す。
護衛官の剣礼に場に居る近衛兵達は剣礼を以って同調し、貴族達も戸惑いながらも胸に手を当てる略礼で敬意を表す。
私もまた彼の傍らに立ち敬意を表す。
王が立ち、片手を上げ我等一堂の敬意を収めると
「我もまた、何時に敬意を示そう。」
と代表のそばにより跪く。それに代表は目を白黒させる、そりゃそうだろう。雲の上の人ともいえるのが行き成り傍まで来て敬意を示すのだから。
陛下は其の侭座に戻ると私に向かい言う。
「王室顧問よ、汝もまたよく取りまとめ事を図ってくれた。汝と汝が子供達がなければ今此処に祝宴を開く事適わぬであったろう。」
「陛下に申し上げます。願わくば民草が囚われる理不尽がなきよう助力を願います。」
「うむ、良く沁みた。我が治世において弱く脆い民の中に居る種を見過ごすことのなきよう心がけよう。」
そこで陛下は区切って、
「ところで王室顧問、お前に与える褒賞が思いつかぬ。爵位も役職も要らぬというし、金銀財宝の類も進んで受け取ろうとせぬ。仕事を辞めさせてくれという願いを常々申して居るがそれは叶える訳いかん!何か望みはないか?申すだけ申してみよ!」
「では、仕事をやめ・・・・・・・・『ならぬ!』」
「いん『しつこい!』」
「し『こりぬのか!』」
しつこい陛下だ・・・・・・
「王室顧問、流石に辞職の願いは受け入れがたいぞ。国政が滞る!」
「望みを申せといったのは陛下ではありませぬか。私は酒と女と美食と書物の爛れた生活を送りたいというささやかな願いしか持ち合わせておりませんので。」
「どこがささやかだ!」
「図々しい。」「わしだって送りたいわ!」「・・・・・・・・ぶれないな。」
「賢者様無理なことを・・・・・・」「絶対嫌がらせ代わりに言ってるね。」「ご主人様・・・・・・・・」
「ねーちゃん、あれがだんなだって。」「・・・・・・・・・わたしも少し休みが欲しい。」「そうだな、二人きりになる暇もないからな。」「・・・・・・・・・・・補佐見習。」
周り、うるさい。あと、酒盛男爵夫妻いちゃこらするな!
「陛下、我が願いはと言うか我が一族の願いは存じ上げていると思いますが?」
「お前等の一族の願い聞き入れたら本気で国が傾くわ!この怠け者ドモ!」
「では、我が願いは我等一族の代わりとなるような者を早急に教育して取り立ててください!そして、我等を解き放ってください!」
「無理だ!先の王宮伯家を見ても耐えられるものが殆ど居ない。他のはないのか?」
「では、拒否権を使うので受け入れてください。」
「なんだ?」
「『孤児姉との婚姻命令』これを撤回していただきたく。」
「「「なっ!」」」
「おっ王室顧問!貴方何を言っているの?あんなに可愛がっていた子を!!」
「「「「「賢者様!」」」」」
「だんな!」
「ご主人様・・・・・・・・・・」
泣きそうな目で見る孤児姉、私の事を敵対と非難の目で見る王侯貴族、剣に手をかける近衛達。
我が家族達も殺しかねない勢いで睨みつける。孤児姉のことを気に入っていたからな。
うんうん、良い事だ。短い間に彼女の事を受け入れてくれるものが多数居る、それは私にはこの上なく嬉しい。
「真意を聞こう。」
陛下は下手なことを言ったら殺すぞ的な視線で睨みつける。
「簡単なことです。王家にお膳立てされた婚姻は真っ平御免だからです。少なくとも私には拒否権を賜っておりますがそれを反故になさりますか?場に居る方々もご存知なはずですよね。私が持つ拒否権を反故にするとなれば王家に対する信用がなくなりますよ。我を通されますか陛下?」
「ふ、ふむ・・・・・・・・・・・王家の真を示すに娘を故なく理不尽にさせるとは・・・・・・・・・少なくとも手付きな筈だろう!その辺の責を取れ!」
「いえ、私は一切手を出してませんよ。神々に誓って!必要ならば彼女の持参金もこちらで用意しても良いですよ。」
「ご主人様・・・・・・・・・」
涙を浮かべている孤児姉。
ごすっ!
陛下は私を殴りつける。
「ふんっ!王室顧問!貴様の言い分は法に適う。故に断れぬ。良かろう認めよう。だがな!ワシは軽蔑するぞ!このような者に王国の責を与えることにも反吐が出る!この場が終わったら顔も見せる出ないぞ!」
「有難く存じます陛下、では・・・・・・・・・」
私は回り全てが敵視している中、発言する。
「この時を以って孤児弟と孤児姉に対する貴人聖域法の保護を終了する。お前達は自らの思うが侭に行きなさい!そのための力も与えたし、歩みを進める足もあるだろう。縛られぬ立場を用意するのが私が送る最後の保護だと受け取るが良い。」
剣持つ者が私に向いたくても儀礼の場を血で汚すのはどうかと躊躇している間に私はもう一言。
「孤児姉、お前は私と言う止まり木から飛び立つ身。なれど、お前が居ないと言うことはとても寂しく切なく思う。出来れば共に居て欲しい、婚姻を断った者が言うセリフではないのだがな。」
孤児姉が飛び込んでくる。慌てて受け止め更に続ける。
「もしお前が望むならば、私の全てを与えよう。更に望むならば今此処でこの腐れ王族を皆殺しにして玉座を与えよう。世界の女王たる位も手に入れて見せよう。お前は何を望む?」
「玉座も世界も必要在りません。ただ、傍に居て私を受け止め続けて欲しいだけです。」
涙顔を見せるのが恥ずかしいのか私の胸に顔をうずめて答える孤児姉。愛い奴だ。
「ならば共に行こうか孤児姉、ここには無粋な者が多すぎる。」
「はい!」
涙の跡を見せながら孤児姉は笑う。
「では陛下永らくお世話になりました。」
私は陛下に一礼をし、出口へと向う。勝手知ったるなんとやら、顔も見せるなとも言われたし出て行くとしますか。
私の後を居って孤児姉も陛下に一礼をして私の後を歩む。その後ろを孤児娘達も
「ちょ!賢者様!」「まってよ!」「私達を忘れないで!」
と陛下と王妃様に一礼をしてから追いかける。
謁見の間を抜け、一目散に王宮を出、出てきた私達を見て吃驚した目でみる私兵団達やら帰還者達を尻目に王城を抜けようとする。そこで見知った顔の聖域守護辺境伯私兵団の一人が。
「末弟様どうして逃げるように進むので?」
私は笑顔で言った。
「陛下の不興を買ったので可愛い娘達と共に逃げ出すのさ!」
「おやおや、何をしでかしたので?」
ニマニマした顔で問いかける私兵に
「そりゃぁ!王命による婚姻を蹴飛ばしただけだ。大した事ではないだろう。」
「そりゃぁ、相手の娘さんの面子が可愛そうなことになりますなぁ・・・・って、そこの孤児姉のお嬢さんじゃないですか!なんて酷い事を!!おいっ!皆この馬鹿貴族取り押さえるぞ!」
主筋に向って馬鹿とか言うねぇ・・・・
「私兵よ、お前誰に向っていっているのか?私が断ったのは【王命】による婚姻だ。孤児姉の望みとしての婚姻ならば喜んで。」
「ご主人様!!」
顔を赤くする孤児姉。くっくっくっ!可愛いものだ。
あっけに取られる私兵達、こんな楽しい時は何時以来だろう。
「ほら、私達は逃げるのだから邪魔しないでくれ。早くしないと王家の理不尽が私を捕まえに来るではないか!」
「わぁはっはっはっ!!末弟様、これからお楽しみですね。そいつは野暮でした。おい!お前等、王室顧問男爵を祝って送り出してやれ!」
私兵の怒声に各家の私兵達は冷やかしやら祝福やらの声をかけて私達を送り出す。
武具を鳴らし胸甲を鳴らし、欠けるから控えておいて欲しいものだが・・・・・・・・
私達は堂々と王城を出るのである。
「賢者様、これからどうするの?」
孤児娘の一人の問いかけに、ふと思案する。
「そうだな、とりあえず身支度を整えて旅にでも出るか。孤児娘達もまとめて来い!皆で楽しむとしよう。」
「はーい!」「どこいく?どこいく?」「海というのが見たいです。」
はしゃぐ孤児娘達に
「二人きりが良かったのに・・・・・・・・・・・・・」
と拗ねた様に言う孤児姉、でも一息あきらめたのか。
「ご主人様、何処までもお供します。」
良い笑顔で答えるのであった。
さて、此処で疑問だ。私が孤児姉を繋いでいるのか?私が孤児姉に繋がれているのか?
取り敢えず言えるのは私も甘ったれで孤児姉に依存している部分が在ったと言うことだ。
さてと、これで一区切りついたかな。
酒でも飲もう。今日は、厚岸沖のほっけを刺身で・・・・・・・・・・・
和ガラシで食べるかショウガにするか悩むところだな。