繋いだものと逃げ出せぬものと
どうも身体のあちこちが痛い。椅子で寝たのが堪えたか・・・・
静かに寝息を立てている孤児姉を見てその場から動けぬ私はずいぶんと甘くなったものだと思う。
甘ったれが甘ったれがなどと思っているが甘やかしているのは私ではないか。
こきりこきり
首を回すと音が鳴る、回した拍子に窓の外を見ると赤く染まった王都の景色が目に入る。
結構な時間眠っていたようだ。私の側には小卓が置かれ其処には水差しと杯が置いてあった。
侍女頭が手配してくれたのだろう、水差しの中身で喉を湿らせると微かに温くなった四季柑の香りがした。
私が身体を動かした事で刺激を受けたのか孤児姉はううっと声を挙げ瞼を動かす。
孤児姉が眼を開けた途端に移るものは私の姿というわけか、何の恋愛物の一説だ?
そう言うのは傷跡娘と酒盛男爵が受け持つべきだ。
つい変なツッコミが浮かんだが、その隙に孤児姉が目を覚ましてくる。
目覚めた孤児姉は私の姿を見てそして自分が掴んでいるものを見て顔を赤くする。
「御主人様申し訳ありませんずっと掴んでいたみたいで・・・・・・・」
赤くなりながら身を竦ませる孤児姉に私は頭を撫でてやりながら
「随分と寂しがらせてしまったようだな、この甘ったれに。」
くっくっくっ・・・・・・・・
と小さな笑いを流し私に更に赤くなるのだった。
とんとん
「末弟様、夕餉は如何致しましょうか?」
屋敷付きの召使が私達の起きた気配に気がついたのか部屋の外から問いかけをする。
部屋の外から問いかけるのは私達が事に及んでいるとか考えてであろう。
身支度の整っていない状態で相対するのもお互いに気まずい物であるからな。
戸を開き私は答える。
「うむ、皆は如何しているかな?」
「はい、皆様昼過ぎに目を覚まされまして軽食を取られました後、其々に過ごされております。」
「そうか、私は皆と共に夕餉を取ろうと思うが孤児姉はどうする。」
「私もご一緒させていただこうかと。」
長く眠っていたせいか喉が擦れた声で答える孤児姉、その声を聞いた召使は情事を連想したのか耳元を赤くして
「畏まりました、準備が整いましたら御呼び致します。後、何かご入用なものはありますでしょうか?」
ちらりと孤児姉を見て、
「飲み物を直ぐに持ってきてもらえないか?」
「畏まりました。」
その日は皆と夕餉を取ると寝床について終わる。
夕餉の席ではお互いの情報交換をする。
国境地帯では働き手を取り戻そうとする啓蟄の地主貴族と労働力を求める我が国の貴族達の間で取りあいがあったとか、更に其処に神殿勢力が入り混じって仲裁に苦労したとか・・・・・・
取り合いまでは予想がついたが、年端も行かない子供達を矢面に立たせるな。
そもそも仲裁するのが神殿側だろうがとか言いたい事は沢山在るのだが、事は収まっているようなので嫌味の一つで納めておくか。
「所で何処の神殿が人材獲得に一番熱心だったのか?」
「日々の業務で忙しい療養神殿とか、なり手の少ない冥界神殿とか・・・・・・・・・・・なぜか商業神とか契約神の教団も獲得に乗り出していたけど・・・・・・・・・・おいら達まで勧誘していたよ。」
「わたしたちは文芸神殿から詩人神の教団からも話を聞かせてくれと高位神職が訪ねてきたけど。」
「俺は恋愛神殿からかな。いきなり来て乙女心について説教された・・・・・・・」
「まぁ、補佐見習だし。」
「私達は荒野(馬族守護)神と風神教団から、一度遊びに来てくれと五月蝿かったから皆で祭りに参加する約束をした位かな。商業神の教団から経理の手伝いとか言って書類を思い切り持ち込まれたのは笑い話だけど・・・・・・・・・」
「あれは良い、臨時収入になったわ。」
「・・・・・・・・・・・皆金貨一枚づつになった。どれだけ仕事溜め込んでいたんだろう?」
なんか、神殿側が一番酷い気がする。
神への奉仕とかにしないところが好感に持てる、したら潰すけど。
しかし、恋愛神殿。補佐見習がヘタレであるのは認めるが急かすのは違うと思うぞ。人馬に蹴られて仕舞わぬうちに程ほどにすればよいのに。
いやぁ、助かったよ。また依頼して良いかな?(by商業神)
当事者の話というのは話に肉付けするのに良いわ。(by文芸神)
【傷跡娘の物語】・【黒髪孤児の戦語り】は最近流行りだからねぇ・・・・(by詩人神)
お前等、人が先に眼をつけている者を横取りするな。(by風の神)
我が子供達だぞ。(by荒野神)
同胞にして兄弟たる神々よ我が眷属に目を着ける慧眼は認めよう。だが、持っていくでない。(by性愛神)
一つ言おう。我が子供達への売約を蔑ろにする出ない。(by療養神)
だまれ!王室顧問と密約を交わして独占するなんて汚いぞ!(by商業神)
我が優しき弔い手に心からの感謝を与えてくれる子供達は貴様等には渡さん!(by冥界神)
紅玉の匙で買収されるなんて、汚い!流石療養神汚い!(by文芸神)
言い回しが異界染みてきているぞ。文芸神(by契約神)
五月蝿い神々だ。所で恋愛神様、補佐見習がヘタレなのは認めますけど他人の恋路を面白おかしく邪魔するのはどうかと思います。
だって、ヘタレでもどかしいから・・・・・・・・(by恋愛神)
うんうん、其れは理解できる。
でも無粋だと思うな。
このもどかしさも楽しんでいるのだから邪魔しないの。
もどかしいやり取りもいいネタなのに・・・・
以下、神々のやり取り。
節制神様一言お願いします。
お前等信者の取り合いやら酒盛卿の恋路まで色々と自重しやがれ!(by節制神)
ヘタレ発言されている補佐見習は額に青筋を立てて、神秘緋金属張扇を振りかぶると神々をドツキ始める。
多分神域に送り返されているのだろうか、食事中に暴れるのは礼儀に反するぞ。
そういう問題ではないのだがな。(by某王国地方担当地方神)
後日、私宛に神殿協会から苦情が着たがこのやり取りを教えたら・・・・・・・・・胃の辺りを押さえていた。
身体の調子が悪いのか、療養神殿に良い癒し手が居るから治療費込みの紹介状を書いてあげよう。
そういう問題ではないのだがな。(by某王国地方担当地方神)
夕餉を食べて、夜遅くまで語らった私達は床に着く。
明日は王宮に挨拶回りだな。
家令に明日王宮に向かう旨を伝え、馬車の用意を命ずる。
「末弟様、其れでしたら王宮の方から使いが来て『明日、迎えを寄越す。』と話がきております。」
「そうか、其れに合わせて準備を頼む。」
「畏まりました。」
王宮でも子供達の帰着を把握しているか、あれだけ騒ぎを起こせば仕方ないか。
王宮に呼んで即仕事だったら怒るけどな。
翌日、王宮からの使者殿が用意した馬車に乗り込み王宮に向かう。
「昨日の門衛からの報告で陛下も妃殿下も会いたいと申されましてな。急かせる様で悪いがお付き合いくだされ。」
「其れは構わぬが、こちらとしても本日か明日にでも挨拶に伺う予定でありましたし。仕事とかは押し付けないでしょうな。」
「そ、それは・・・・・・・・・」
使者殿は広くなった額を手巾で吹きながら答えに詰まっていた。
王宮に着く、入り口まで馬車で乗り入れる。貴賓扱いか、久方振りであるな。私男爵なのに・・・・・・・・
徒歩通勤が悪いのか?
執務室の方に通される。
普通応接室だろうと思いながらも、別に問題はないので向かうことにする。
そもそも執務室には国家機密だの重要書類がごろごろしているのだからぽっと出を通さないはずなのだが・・・・・・・・・・・・
我が眷属達は通されているなぁ・・・・・
子供達ははした金で機密を売るほど馬鹿じゃないからいいけど、嫉妬したり取り入ろうとするのが出てくるから勘弁願いたいのだが。
ああ、隠遁したい。
孤児姉と孤児娘達を侍らして、ついでに綺麗所を色々と集めて酒と美食と女でただれた生活を送るのだ。
俗物的だな。(by某王国地方担当地方神)
五月蝿い。
執務室に案内され、陛下と面会する。
「王室顧問の子供達よ。良くぞ参った、楽にするがよい。」
「「「「「「はっ!」」」」」」
執務室にある適当な椅子に座る。陛下付きの文官、事務官等用なのだが昼餉時なのかほとんどのものは側にいない。
部屋の外には近衛とか居るからいざというときの備えは十分なのだが。
宰相閣下もゆるりと部屋に入り
「久しいの、暫く見ない間に孤児弟は背も高くなっているようだし補佐見習は顔一端の顔になったようだの。娘達も花が零れる様だ、是だと王室顧問も心配で夜も眠れぬじゃろうって。」
自分の孫か親戚の子でも見るような顔つきで話し
「うむうむ、宰相の言は尤もだ。孤児弟と補佐見習は直臣と言っても問題なかろうが、孤児娘達は如何かな?王室顧問からワシに乗り換えぬか?」
陛下は陛下で誘うことを忘れない。
「陛下、流石に私達まで取り上げると賢者様を世話するものが居なくなるので・・・・・・・・」
「あの、官僚さん達の勤務環境をまともに受けたくないです。」
「私達を受け入れると陛下のほうが眠れなくなるのでは?」
「ぶははははっ!物怖じせぬの。手伝いくらいは定期的に来い、王命じゃ!」
此処はハイとしか答えようがないのだろうが、流石にあの環境に入れるわけにはいかないだろうしな。
手助けするか。
「陛下、私の子供達を勝手に引き抜いたり仕事させたりしないでください。」
「寄越してくれぬのか?」
「流石に、孤児院のチビ共を過労で潰しておいて反省も改善もせずに寄越すほど私も愚かではありませんし忠義の強制は出来ませんが!」
「えっ!チビ共が?」「その話聞いてない!」
子供達が騒いでいる。その件について簡単に話すと陛下と閣下に対する目が冷たいものとなる。
「ふむ、あれは可哀想なことをした。寮の方は寮母伯に命じて部屋を用意してあるし、見舞いとして幾許か用意して渡してある。仕事内容のほうは・・・・・・・・・・考慮はしよう。」
「考慮して、そのままとかはないですよ。」
「・・・・・・・・・・・・う、うむ。」
当てにはならないが暫くは私も後見すれば何とかなるだろう。
引退が遠のく・・・・・・・・
「啓蟄の方は王室顧問から報告が来て居るが、国境地帯はどうなって居るのか?」
宰相閣下の質問に孤児姉が答える。
「はい、国境地帯は多数の我が国由来の者達が其々の旅路の為に腰を落ち着けて静養しております。其処で私達は働ける者をそのままにする事は勿体無いと付近の街道整備新規開拓、水路・公共施設の整備などに雇い入れておきました。子供達に関しましても、近隣の子弟も巻き込み読み書き等の教育を行って国民の質を高めることを行っております。公共工事の方は整備が終わり次第、効果は出るでしょうが教育の方は十年単位経たないと効果が見込めないので現時点では無駄金かもしれませんが近隣の商会、貴族家等から誘いの声が出ております。」
「ふむ、公共工事は近隣の貴族諸家にも負担させたり物流の増加で税収が出るから良いとして、教育は金が掛かるものだな。とは言えどれ位費用かけて居るのだ?」
「はい、講師の人件費・教材は国境伯様や神殿からの教本や書籍を実習も兼ねて書写させておりますので材料費程度かと・・・・・・・・・・・あとは、教育中の食事代くらいでしょうか。一人頭銀貨10枚程度で合計して金貨20枚程度です。最後の方には国境伯様の事務処理や各種教団の経理・書写等の依頼がありまして実習と組み合わせて負担額はそれなりに軽減されております。問題点といえば講師を派遣された教団の方々が自身の教団に有能な子供達を引き抜きに掛かろうとするくらいでしょうか?」
「其処ではどのような教育を行って居るのだ?まさか聖域守護辺境伯方式でやっておらぬだろうな!」
そこかしこの貴族の子弟を犠牲にされている閣下は心配の声を挙げる。
「流石にそこまでは・・・・・・・・・・・補佐見習じゃあるまいし無事終了なんて出来ませんから。」
「ちょ!俺が其処まで酷い目にあっても無事でいる前提かよ!」
「まぁ、実際に軍事過程以外はほぼ、詰め込みで教え込んだからな。」
同情するような目で見る陛下以下王室府の面々。同情するならば、無茶な仕事を押し付けたりせねばよい物を・・・・・・・・
実際に便利重宝に使うには有能な人材だからな、奴は。
王侯貴族に物怖じせずに必要な事を言えるし、信頼も得ている。自陣に引き込もうとしている派閥もあるようだし・・・・・・・・・・
いきり立っている補佐見習を傷跡娘は背中を叩いて落ち着かせようとしている。
その様子を眺めながら私が話を引き継ぐ。
「私が居たときの教育を踏襲しているならば、読み書き計算を基本として大人達にも希望者に教えており応用として経理・土木計算・薬学・医学・神学等々を教えております。講師の中に療養神・冥界神・性愛神の教団が居りますからそちら方面での講義が多いのは仕方ないことですが。近隣の子供達にも周辺との衝突緩和の一環として同等の教育を人数制限はありますが行っておりました。近隣の子達は教材を土産に故郷に戻って兄弟分にも教えるのだと息巻いておりました。後で現地の王国神殿の神職にも依頼して定期的に教育をお願いするのも悪くないかと・・・・・・・・・・・」
「ふむ、現地では問題はあったかな?」
「戦争が起こっておりましたが、啓蟄側にも協力してくれる勢力がありまして攻め込まれるといったことはありませんでしたが、王国由来以外の農奴達も保護してもらおうと大挙する事が一つ。啓蟄諸王国側から待遇を改善するので戻ってきてもらいたいと言う依頼があり、人手を欲する我が国の貴族・各教団との調整が現在進行形で必要なのが二つ。逃亡農奴に見せしめとして害することがあり報復衝動に燃える各私兵団、元農奴達を抑える必要が出ているのが三つです。」
問題点を挙げる補佐見習は対応策も説明する。
「対応策としましては一つ目のはこちらで受け入れて一時保護、流民化したり盗賊となられても面倒ですので・・・・・・・・・・・教育を施した上で啓蟄王国側の協力者に斡旋しております。是により二つ目の調整が多少楽になりますがまだまだ必要人員が足りないのは現状です。啓蟄側を荒らす目的ではないので戻れる状況ならば戻って貰っております。このときに多少の費用も啓蟄側から貰っておりますので金銭面も楽できております。啓蟄側の受け入れが出来るならば我が国に流入することが少なく無秩序かつ大量の流民と相対することが少なくなるので一つ目の解決にも繋がります。三つ目ですけど・・・・・・・・・・・私兵団に対象貴族を公表して、他に飛び火しないように・・・・・・・・・・・・するのが手一杯です。これについては軍事の専門家、若しくは押さえの利く人材の派遣を願います。俺達では手に負えん。って、言うか一緒に参戦しそうになるのを押さえきれない。」
補佐見習は口の端をひくつかせて怒りを抑えようとしている。傷跡娘は後ろから抱きつくかのように押さえに回っているが彼女も剣があるのならば無体をした連中に一太刀浴びせたいと思っているようだ。
「ふむ、報告ご苦労。後程凱旋行進行うからその時にはお前達も参加するように。打ち合わせは式部官とするがよい。ああ、そうそう・・・・・・・・・・・・・・」
雑談に走る陛下、仕事の話は終わったようだ。
だがしかし、何故王妃様と次王子が書類の山に埋もれているのだろう。
あの二人には書類を持たせるのが怖いのだが。
この現場終わったら・・・・・・・・・・
と夢見たことがありました。
酒でも飲もう。