聖域の詩と馬鹿者
馬車の音がして覚悟を決めた老夫婦、其処にいたのは自由戦士だった。
「爺さん婆さん、王室顧問様から差し入れだ。」
馬車の中には老夫婦二人では食べきれないほどの食べ物が詰め込まれ、毛布だの薬だのも詰め込まれていた。
最も贅沢品が入っていないのは件の王室顧問様が要らない気を使わせたくないと配慮したからであろうか?
「そして、王室顧問様から旨い物でも食ってくれと。」
銀貨の詰まった袋を渡された。
その重さからするに金貨数枚分もあるのだろうか?
それを無造作に渡す王室顧問と呼ばれるものの器量に老夫婦は恐縮する。
「気にすることはないんじゃない?王室顧問様は稼いでいる方だ、寧ろ老夫婦に負担をかけたことを恐縮しているから・・・・・・・・・」
それでも、是だけの金額は老夫婦は見た事がないからおっかなびっくりである。
「王室顧問様から言われたんだが・・・・・・・・・・」
金感情に明るくなくお人好しで定職についていない駄目人間な自由戦士曰く
「この国の法に従わず良心に従った老夫婦を守ってくれと真剣な目で依頼された。」
そうしている間にも国越えをしようとする逃亡農奴達が集ってくる。
馬車の中の食料は十分とまでは言わないまでも助けになったし、齎された銀貨はここにくるまでに朽ち果てんばかりだった者を助けるには十分だった。
それでも、是で賄えるのは数日。
齎された食料も尽きる頃、更なる援軍が来た。
腰布を巻いた、粗末な装備の異教の奴隷戦士達、馬を駆る異郷の蛮族、ヒトならぬ形をした異形の魔族達。
彼等は地の果てをも埋め尽くす勢いで集い、小さな礼拝堂に集まり其処に保護されている逃亡農奴達の痩せこけた姿を見て憤怒の叫びを挙げ、老夫婦を見るなり其々の敬意の顕し方を示す。
奴隷戦士達は武具を構えつつ胸に手を当て、騎馬戦士達は馬上より一糸乱れぬ動きにて乗馬の頭に己が頭を触れる動きを見せ、異形の者達はあるものは武具を打ち鳴らし、またある者は武具を手放して合掌し、誇り高く人族に従わぬとされた竜に至っては頭を垂れて詩を歌っている。
驚く老夫婦に筋骨隆々の体に鎖を巻いた男が進み出て
「性愛神の同道の朋とお見受けする。我等一同、自由戦士の願いを聞いて此処に集う。聖域の詩を高らかに謳い、世界の片隅で幸いなきを憂う大馬鹿者に助力するために。」
頭髪を逆立てた騎馬戦士が進み出る。
「狭間の民より謝罪申し上げる。我等が失政により、難儀する者が現れたことに。それを繕う為に立ち上がる汝等に。願わくば助力願いたい、小さな小さな聖域を守り続けていただけるよう。」
異形の種族達からは狼の頭をした男が進み出る。その口からは似つかわしくない流暢な言葉が流れ出る。
「性愛神様の朋に挨拶申し上げる。力無き者達の為への援助に感謝と敬意を申し上げる。為れどその身を贄とすることを厭わぬ行いは許しがたく、故に汝等にその必要が無い事を示すために推して参る。」
自由戦士は友が来ることに感激し
「この大馬鹿者共が!お前等世界を相手に戦争する心算か!」
と、叫びを挙げれば。答えるは奴隷戦士。
「無論、世界相手の戦争ならば我等は腕の振るいようがあろう!」
騎馬戦士は馬を駆って、遠くに見える逃亡農奴を追っ手から保護しようと駆け出し、竜は力強き翼を持ってそれを援護する。その竜の背には赤き髪をした娘が乗っており羽ばたきに負けぬ力強い声で戯言を発する。
「各々方、逃亡農奴の一隊とそれを阻まんとする追っ手がいる。我が先駆けて楽しみを奪ってしまうぞ。地を這う君達は其処で指を銜えて見ているが良い!」
竜とその背に乗る娘は風よりも早く幸いを求め逃亡をする者を助けんが為に蒼空を駆けるのである。
悔しそうに見ている地上の戦士達。
そんな彼等にも別の方角から隣国の追っ手達が一隊となって押し寄せてくるのが確認できた。
騎馬戦士達と竜に先陣を奪われた戦士達は良い憂さ晴らしが出来たとばかりに我先に襲い掛かる。
その様子を見て戦士達の中で一人残った軽装の若者が
「まだ悲鳴が聞こえる。」
と別の方向に向かって駆け出す。その方向にも理不尽に耐えかねた逃亡農奴と領主側の追っ手がいたのであった。
公爵領の私兵達が国境越えをした知らせを聞いて私は頭が痛くなった。
一軍となって事を行うからには先走りや独断や怠慢は許されざることであるのに、何をしているのやら・・・・・・・・・・・・
そんな様子を見て解放農奴達の中で血気に逸る男達が
「貴族様、あっしらだけいいおもいして、だちがひでぇめにあっているのはみてらんねぇですだ!」
と其々の獲物を構えて集っているし・・・・・・・・・・・・
「この大馬鹿者!戦いとは剣の身分の楽しみである。それを犯そうとは不遜にも程があるな!お前等愚民共は黙って守られて幸いの道筋を得ていれば良いのだ!」
「でも、でも・・・・・・・・・・・・・隣の家の娘っ子があの助兵衛地主に(なろう検閲削除)な目にあってるかと思うと」
「義理の従兄弟が・・・・・・奴隷に売られるなんて・・・・・・・・あいつの所生まれたばかりの餓鬼がいるってのに・・・・・・・・」
「貴族様・・・・・・・・・」「王室顧問の旦那・・・・・・・・・」
「お前等頭ひやせ!」
詰め寄ってくる農奴達を引き剥がそうとする国境地帯伯の私兵達を引き下がらせ私は冷酷に言葉を紡ぐ。
「お前らが行っても邪魔だ!そんな暇があったら、これから来る逃亡農奴を迎え入れる用意をしろ!今先走った早漏野郎共は王国内でも有数の戦士団だ。お前等如き素人が出ても邪魔でしかない。判るか?判ったら、お前らのなすべき仕事をしろ!」
「納得できるか!」
「私より弱いお前に戦場に出て役に立つとは思わぬがな!」
「やってみないとわからねぇじゃないか!」
勇気の意味を履き違えているなぁ・・・・・
あの時の神に逆らった若者もそうだが教育が出来ていないと自らの力量も理解できないものだろうか?
「だんな、逆なでしているだけだって。」
五月蝿いな孤児弟。
身の程を知らしめるのは悪くないかな。
「其処の若者、お前の相手をしてやろう。勝てたら私の配下として戦列に加えてやろう。負けたら大人しく引き下がれ。」
「王室顧問様!おやめください。どうせ若者が勝っても貴族様に逆らったとか言って投獄したり家族に色々無体したりするのでしょう・・・・・・・・・・・」
おいっ!
止めに入った伯爵領私兵(国境警備担当)を殴り黙らせて解放農奴の若者に向き合う。
この馬鹿兵士、人の事をどのように判断していたか良く判った。後で伯爵に抗議しないと・・・・・・・
「えっと、貴族様・・・・・・・・・・ 兵士さんを殴っていいんですかい?」
「問題ない、ただの無礼打ちだ。後で伯と話してこの兵士を一生出世出来ぬようにするだけだし。」
「・・・・・・・・・・・・・・・もしかして、俺勝負関係無しに詰んだ?」
青褪める若者。
今更判ったか・・・・・・・・・・・でも遅いな。
「若者よ、お前が戦場に出たいという気持ちは良く判ったから存分に戦場で通用するか試してやろう。」
私はにやりと笑うと若者に近寄って一撃を喰らわせる。
不意を喰らって蹲る若者。
「情けないな。お前には戦場は向かん。少し頭を冷やせ。」
蹲る若者の手当てを命ずる。
私の侍従の真似をする子供達が若者に駆け寄り傷薬を塗る。
勿論、例のよく沁みる薬である。
嗚呼、いい悲鳴だ。
怯える農奴の若者達、私が近寄ると一歩引き下がる。
根性なし共が・・・・・・・・・・・・
「御主人様、戦い慣れぬものにそれを求めるのは無理というものでしょう。」
孤児姉は当然の忠告をする。
「孤児姉、それでも私を越えて刃を届かせようとする気迫を持つ者がいるから油断はしてはならないのだがな。」
「そんなものですか御主人様?」
疑問符を浮かべる孤児姉の頭を撫でながら
「戦いというものは気迫だけで勝てぬものだが、劣勢を越える気迫を持つものも稀にいる。油断禁物だよ。」
判ったようなわからぬような表情をする孤児姉。愛いものだ。
さて、私は王室に届ける報告書を綴らねば・・・・・・・・・・・・
我が国に逃亡農奴の流入あり、その様筆舌に語り難し。
返還されし我が国由来の農奴の分までの負担に耐えかね流民と化す。
残るものは重役の苦難に遭い、従えぬ者、能無き者隷属の道を歩まされる。
その語りを聞き、各公爵私兵団義憤に駆られ血涙を流し戦端を開かんと歩みを進める。
我もまた、彼等の悲嘆の声を聞き、国境より響き渡る声泣き叫びに応じるべく行動の許しを願う。
王都からの返事が来るかどうかわからぬな。
出来るだけ先走った早漏野郎の負担を抑えるべく行動せねば・・・・・・・・・・・・
面倒事である。