聖域の詩と自由戦士
「爺さん婆さん、久しぶりで悪いんだけど飯を食わせてくれないか?どうも、この街はよそ者に手厳しくなったんだけど何かあったんか?」
開け放たれた礼拝堂の扉、追手かと驚く一同に笑顔を向ける男を見て胸をなでおろす。
「自由戦士じゃねぇか。久しぶりだったがどこをぶらぶらしておったんだ!」
「どこをぶらぶらって・・・・・・・・・・某王国の青麦侯動乱で黒髪孤児側について色々やったり諸国を気ままにぶらついてみたりしていたんだが、これ土産な。」
男は背負った袋から異国の香り漂う干し果物を取り出し老夫婦の前に出す。
男の出した食べ物に一同の目が釘付けになる、仕方なしに老婆はそれを切り分けて逃亡農奴達に振る舞い自由戦士と呼ばれた男には茶と粥を出す。
男は流し込むかのように粥を食べると一息ついたのか周りを見渡す。
そこにいるのは不安げな顔を隠しきれない逃亡農奴達。
見慣れぬ顔ぶれを見て何事があったのかと男は老夫婦に問いかける。
見慣れぬ異国の干し果物を恐る恐る手をつける農奴達。一番最初に手をつけたのは子供だったのだが恐れ多いと親に手をはたかれてしまうが老婆はいいよ食べなと取成したので一口齧って、美味という声をあげる。
子供の声につられたのか最初に娘さん達が次に男衆が、最後に子供の母親が男に頭を下げながら然程多くない干し果物を口に入れる。
その間に事の経緯を説明する老爺に表情をゆがめる男。
「処で黒髪孤児側についていたというけど彼等に伝手があるんかい?」
老婆の問いに男は
「王都で宿賃がない時に黒髪孤児のいた孤児院を宿代わりにしているんだ。ついでに孤児院がらみの依頼を受けたりしている縁であの少年とは面識もあるし多少の頼み事ならば聞いてもらえるはずだ………聞いてくれるといいなぁ?」
「宿賃が無いって・・・・・・・どんだけ考えなしの行動をしているのやら、前々から口を酸っぱくして言っていたと思うけどもう少し考えて・・・・・・・・・・・・」
身を縮こませて小言を聞き流している男に老爺は取りなしながら男にここにいる農奴達を某王国側に送り届けてくれないかと依頼する。
「向こうに黒髪孤児とか王室顧問様がいるのだったらつてはありますから受け入れ先とか何とかなりますよ。爺さん達も一緒に行くか?」
男の問いに老夫婦は拒絶の意を示す。
「わし等はここを守るのが仕事だ。」
「でも、追手が来た時爺さん婆さんだけだとすぐに・・・・・・・・・・」
「なぁに、わし等だけだったら無体する価値もないだろう。ここは小さくとも神々の神域、馬鹿をしでかす奴等には神罰が落ちるだろうって。」
かんらかんらと笑う老婆に男は無茶だけはしないでくれよと釘を刺し、逃亡農奴達の顔ぶれを見て移動の準備をする。
とは言え男は荷物を背負い直して農奴達の準備が整うのを待つだけなのだが。
逃亡農奴達も着の身着のままに手荷物程度なので準備がすぐに整うのだが・・・・・・・
男は準備ができたと判断したのか
「皆の者、某王国に王室顧問様がいるからそこに向かっていこう!もし逸れても向こうの性愛神殿に助けを求めれば受け入れてくれるぞ!なんといってもあの国には奴隷も農奴も認めていない!働けば食っていける国だぞ。」
「奴隷も農奴もいないって・・・・・・・・・どうやって国を成り立たせて・・・・・」
「おらたちも受け入れてくれるのかのぅ。」
「追手もいるのに?」
不安げな声を上げる農奴達に一言。
「大丈夫だ。黒髪孤児が動くということは彼の後援である荒野の民の一隊が背後を固めているあろうし、解放奴隷戦士団が号令を待っている。更には白銀の鎧に身を固めた聖域守護辺境伯私兵団が聖域の詩を謳いながら手ぐすね引いて待っているはずだ。案じる事はない、いくぞ!少なくとも、捕まったらただでは済まないのだろう?」
「行きなさい、この男は自由戦士と言って金勘定に弱いダメ男だけど荒事には強いから国越え位造作もなくやってくれるよ。」
老婆の一言に農奴達は決意が固まったようだ。
「婆さん、ダメ男って・・・・・・・・」
男はあまりに低い評価に涙目であるのだが。
平原を分けるかのようにある隊商道。
そこにみすぼらしい一団と見覚えのあるダメ男の姿を見かけたのは国境伯の事務仕事を片手間で終えてから子供達を仕込んでいる途中の事である。
「けんじゃさま、どれいせんしのおじちゃんたちが『王妃の年だけ祝福を!』とか言って乾杯しているけど如何して王妃様の年が乾杯になるの?」
「・・・・・・・・・・・・チビ助、世の中には知らないほうがいい知識とかあるんだよ・・・・・・・・・・・」
「あっ!おれ知ってる。王妃様の年齢が(国家機密)歳で父上も『王妃の婆』とか言っていたし、数の多い…………ひぎゃ!」
「うわぁ!国境伯の従兄弟甥さぁんん!」
国境伯の従兄弟甥・・・・・・・・無茶しやがって・・・・・・・・・・
王妃の呪を知る大人達は少年の冥福とその父親(王都北方地区軍団街道管理部隊隊長)の無事を祈る。
世界に散らばる神々よ、かの愚かな魂の安息を守りたまえ・・・・・・・・
無理無理(by某王国地方担当地方神)
死んでないから。こっち来ていないし(by冥界神)
そもそも、ここまで呪いが・・・・・・・・・・・・来ているわけないじゃないか!(by平原神)
おや?従兄弟甥の指に見慣れた・・・・・・・・・・指輪が・・・・・・・・
お前もか!
思わず少年の頭を神秘緋金属張扇でどつくと少年はしぶしぶ起き上がり
「いやぁ、賢者様、父上から王都で特殊効果の指輪(売価:銀貨二枚)を使って王妃様の呪いにかかったふりするのが流行りだと聞いたもので。」
「それは違うぞ!実際に呪いはあるんだ!私だって何度ひどい目に会ったことか・・・・・・・・」
「賢者様のは自業自得だと思うんだけど。」
「孤児娘の言う通りだな。いくら王妃様の年が・・・・・ぐはっ!」
「孤児弟!あんた護符もなしに・・・・・・・・・・・・・・・・・だれか療養神殿の者を!」
ちなみに王妃が認識している人物は距離関係ないね。(by森林神)
そんな平穏な一時も終わる時が来たのだろう。
我等王国の者達が自国民の保護に乗り出したときから予測のついたこと、国境地帯に軍団を置いている理由の一つ。
逃亡農奴の流入である。
地主や領主の側からすれば抜けた労働力を今いるもので賄おうとするだろうし、残された農奴達にしてみればとんでもないと逃げ出したくなる。その向う先に助けるために力をふるった我が国を選ぶというのは考えられることだ。
他領だと領主同士のいさかいを恐れて差し出されるだろうし、他の国では良くて密入国扱いで送還、下手すれば奴隷にされてしまうからな。
とはいえ、助けを求めるものを無碍にするのは美しくない。
遠目に見える逃亡農奴達を保護するべく、号令を発するか!
「王国より・・・・・・」
って、私が命令を発する前に行動始めているよ。
愛馬の世話をしていた荒野の民が、その背に飛び乗り逃亡農奴達の傍に駆け寄り女子供を中心に馬に乗せる。そこの騎馬戦士、どさくさにまぎれて娘の尻をなでるな!
次にその身一つで駆け出す奴隷戦士達。すぐさまその身を農奴達の殿において警戒をする。
足元がおぼつかない娘さんを介抱するふりして胸を触るなそこの奴隷戦士!
人外戦士達は解放農奴達の仮集落を守るためにそれぞれの武具を構える。
って、言うか竜が雄叫びをあげている様はどっちが襲っているのかと突っ込みたくなるな。
そして出遅れるのが我等が聖域守護辺境伯私兵団。軽鎧と方形盾をもって押し進めるのが基本戦術だから速度重視の戦いには向かないのだよな。
幸いにも追手は私達の姿を見るなり諦めたのか、それともまだこちらに気が付いていないのか見当たらないようだ。
保護された逃亡農奴達も足をくじいただの疲れただのとかあるが大したことはない。
数日の休養で元気を取り戻すだろう。
先に集落を構えている農奴達に彼等の世話を命じながら、対応を考える。
とはいえ、侵略するつもりはないのだから亡命者を受け入れて守るくらいしかすることはないのだが・・・・・・・・
さて、そこの自由戦士話を聞こうか・・・・・・・・
「王室顧問様、私のルビに住所不定無職と振るのはやめてください。」
「でも、住所は定まっていないし職業と言えるものがあるのか?」
「住所は王都王宮西方庭園付けで・・・・・・・・・・・職業は自由戦士。」
「収入もないのに職業名乗るな!」
私の突っ込みに崩れ落ちる自由戦士。ちなみに王宮を住所にするのも問題だぞ。
これは酷い・・・・・・・・・・・・助けを求める声に応じたら味方から住所不定無職扱い。(by性愛神)
さすがに同情する。(by河川神)
今回は住所不定無職だから助けられたんだし・・・・・・・・・・(by厨房神)
そこは突っ込み入れてはだめだと思うんだな。(by演芸神)
警戒する戦士達に不安の色を隠せない逃亡農奴達。
心配するな、お前たちはちゃんと保護してやるから。
「自由戦士さん、どうぞ。」
「孤児姉ちゃん、丁寧にどうも・・・・・・」
精神的打撃から復活した自由戦士は孤児姉が入れた茶を喫しながら、隣国での事を語り始める。
残された農奴達が過酷に扱われ、一部は奴隷として売られる。何とか逃げだせた物の逃亡先がなく仕方なく頼った性愛神の礼拝堂。偶々立ち寄った自由戦士が手引きをして亡命への道を開く。多数の農奴達が居るのだが今助けられたのがほんの一部にすぎないと・・・・・・・・・・・
子供達の眼は怒りに満ち始め、騎馬戦士達の表情は静かに消え始め、奴隷戦士達は無言で武具の手入れを始める。人外戦士達は亡命してきた者達の瘦せ衰えた様に世の理不尽と怒り、神に仕える者達は夫々の神に祈りをささげるのである。
しかし、小さな礼拝堂だけで逃亡する者たちを賄いきれないだろう。
手助けをするにしても何か良い方法はないのかな?
洗うが如しの貧乏礼拝堂。守人である老夫婦だけでは無力だし・・・・・・・・・・・・・・
「王室顧問様、私が往復をして礼拝堂目指してくる者達を保護したいと思います。」
「ふむ、自由戦士。任せてよいか?」
「はい!お任せあれ!」
その場で駆け出そうとする自由戦士に
「まて、馬車を持って行け!」
と私が声をかけると、自由戦士は立ち止り駆け戻る。
本当に考えなしだ、身一つで行くのも悪くないが怪我人とかもいるだろう。
暫し経って
「だんな、馬車と食糧を用意しました。」
孤児弟が荒野の民に頼んで手配してもらった馬車に飛び乗り隣国へと向かう自由戦士。
私はその手に銀貨の入った袋を渡し。
「これをもって行け。どうせお前は考えなしの一文無だろう!向こうで必要な物があるだろうから購入するなり協力者に旨い物でも食べさせてやれ!」
「誰が考えなしの一文無ですかちゃんとありますよ!銀貨数枚くらい。でも、ありがとうございます。」
自由戦士は馬車を巧み操って暗がりに沈む隊商道を進むのであった。
「賢者様、向こうの国の農奴達もなんとかしたいですよね。」
孤児娘の願いももっともだな。
逃亡農奴達も解放農奴達も私に対して救いを求める眼で見てくる。
何か良い方法はないのかな?