聖域の詩と逃亡農奴
とある王国の国境に隣する他国の街、旅人達が集まる所には宿屋が在り持成す女達がいる。
幸薄く春を売るしか術のない女達の祈りを束ねる場所として小さな礼拝堂がある。
其処を守るのは一組の老夫婦。
小さな礼拝堂を守りながら女達の悩みを聞き愚痴を聞き、神に彼女達の幸いを祈る日々を過ごすのである。
そんな礼拝堂に一人の逃亡者が訪れる。
「娘さん、大丈夫ですよ。性愛神の礼拝堂は聖域ですから、世俗の者が無闇矢鱈と押し入ることは無いのですから。」
性愛神殿の礼拝堂を守る老婆は在所から逃げ出した娘さんを落ち着けるかのように香草茶を振舞う。
寒い中、己が身に降りかかる理不尽から逃れるために暗き道を隠れるように此処まで来た娘さんは香草茶の暖かさに解きほぐされる。
それでも、不安からかまだ震えが収まっていない。
老婆はこんなときに神術が使えればと思うのだが、彼等の神は助けを求める声が多すぎて此処まで手が回らないのだろう。老婆の祈りを聞き届けてくれるのは稀である。
人の子で出来る事は出来るだけするのが筋なのだよ。それに、娘さんは怯えているだけだ老婆よ、そなたの誠心が一番の善き事なのだよ。(by性愛神)
老婆はゆっくりと娘さんが口を開くのを待つのである。
両の手で香草茶の入った器を包む様に持っている娘さんはその暖かさが両の手から体に沁み込み、凍りついたかのような口を開く。
その語りはたどたどしかったがこのような話であった。
娘さんは少々離れた所に住む農奴の娘で家族と共に住んでいたのであるが、隣国である某王国出身の奴隷とか農奴が王国に帰国するとその分の負担を残された農奴達に課せられることとなったのだ。
そこまではここら辺の地主達がよくやっていることなので、王国出身の者達への恨み言を言いつつもこなすのだが、娘さんの居るところの地主は払えないならば娘達を売り飛ばす・・・・・・・・
その前に味見をして見るのも良いだろうと手下の男達を遣わして娘さん達を連れ去ろうとしたのだった。
その企みを知った近隣の農奴達は娘さん達に逃げろと僅かばかりの食料と小銭をかき集めて娘さん達に託したという。
道中足を挫いた者がいて途中の廃屋に身を隠しているという。
その話を聞いた老爺は娘さん達が隠れている場所に向かい、老婆は娘さん達が戻ってきたときのために暖かいものをと暖炉に向かう。
何事もなく済めば数刻で戻ってくるだろう。
娘さん達を見つけ出したら、如何したものかと考えつつも暖炉に掛けられた鍋をかき混ぜる。
娘さんのほうも所在なさげに香草茶を啜り、遺された家族や近隣の者達の事、はぐれた娘や隠れた娘の事を案じるのであった。
一刻はとても長く、数刻は数日にも感じられたが時は過ぎ去る。
老婆と娘は先に食事を済まし、娘さんを床に追いやって老婆は一人老爺を待つ。
暫し過ぎて老爺は娘さん達を連れて礼拝堂に戻ってくる。
娘さん達に暖かいものを振舞い、手当ての必要なものには手当てをして床へと追いやる。
疲れた彼女達に必要なのは休息と滋養、満ちていないと悲観になる。
死ぬにしても、不幸になると決まるにしても腹減りのままよりはましだろう。
「爺さんや如何したものかねぇ?」
「娘さん達の身の振り方かね?遠くの町に送る伝は何とかなるが身を立てる術は本人次第というと娼婦か奴隷か・・・・・・・・・何かの技があれば良いのだがそこらの娘さんだしなぁ。」
「ですな、それに娘さんを送り出した在所の衆も何事もなければ良いのだが・・・・・・・・」
「それと言うのも隣国の王室顧問が要らんことを・・・・・・」
「それをいいなさんな、あの助平貴族も助けたくてやったことだろうに。実際に助けられた者も多数いるではないか。」
「ならば全て助けろというのだ。助けられた後の残りかすが更に苦汁を舐める羽目になるのは・・・・・・・・・・・・」
老夫婦はその場にいる事もない王室顧問をこき下ろす。
娘さん達は床にて粗末な夜具に包まってお互いの無事を噛み締めている。
明日はどうなるかという不安を抱えたままで・・・・・・・・・・
追っ手が来るまで多分数日と無いだろうし、如何したものか?
一夜明けて死屍累々。
宴席の跡を片付けるものは無く、食べ物の残骸がそこらに散らばってそれを狙う小鳥やら小動物やら・・・・・・・・・・・
朝早く起きてきたのが子供達であるのはある意味当然か。
勿論私は飲み過ぎる事というのは飲み始めて加減の判らない頃ならば兎も角今は殆ど無い。
朝日を浴びてそろそろ目を覚まして蠢いている者達を見ていると酒の飲み方が出来ていないのに由々しきものだと思う。
傍らの孤児姉も慣れないからなのか少し不快気な目覚め方をしているが水差しから一口が行きと同じ冷たい水を含ませると完全に目を覚ます。
「御主人様おはよう御座います。」
「うむ、食事にでも行くか。」
「はい、支度をしますので少々お待ちを。」
何故か孤児姉と同室なのが疑問だが気にしたらいけないのだろう。
寮でも同室であるのだし今更と言われればそれまでだ。
婚約扱いされているのは事実であるし、それ以前にお手付き扱いだったしな。
待つ事暫し、身支度を整えた孤児姉を従えて朝食を取りに行く。
王都から来た者達に食事を振舞う食堂では孤児弟が相も変わらず旺盛な食欲を見せているし、傷跡娘夫妻(未来形)はお互いの世界を造って食事をし、それを見ている孤児娘達は甘いものを食べ過ぎた顔をしている。
何時もの何時もの光景である。
窓の外を眺めると炊き出しの煙に毒々しい湯気の沸き立つ鍋が傍にある。
昨日呑み過ぎた農奴達が食事と共に二日酔いの薬を配られているのだろう。
見ているだけでも苦い物がこみ上げて来そうな毒々しい臭いに私は目を背ける。
渡された農奴達も隠れて捨てるということが出来ず飲み干す羽目になる。
ふふふっ!療養神殿謹製、二日酔い用胃腸薬その他混合液である。(by療養神)
酒を飲むより、胃腸への打撃がありそうなのは気のせいだろうか?
その鍋から注がれた冒涜的な何かを見てみぬ振りをしている昨夜の参加者達に無理やりに飲ませようとしている癒し手達。
酒を飲んでいない子供達は鍋から立ち上がる禍々しき気配を飲まずに済む事を安堵して離れて食事を取っている。それ以前に目が沁みる様な刺激物の傍で食事などしたくないものだろう。
見ているだけでこっちまで飯が不味くなりそうだ。
私達のところにもそれを配りに来ないよな。
私は何時もの晩酌程度しか飲んでおらぬし、二日酔いなどは患っておらん。
酒は適量を飲んでいるだけだ、民部官のようにデブ兎を枕に野宿などということはしておらんしな。
枕にされたデブ兎のこちらに訴えかけるような顔というのは哀れであったな。
無表情な兎が困ったような顔をするなんて中々見れるものではない。
彼の力が緩んだのを見て文字通り脱兎の勢いで離れていったのだが。その後私がこの酔いつぶれた物体を引きずって広間に放り込んだのだが、風邪は引いておらんだろう。馬鹿だし。
それは俗説であるから、民部官ほどの馬鹿でも不養生をすれば風邪を引くぞ。(by療養神)
その民部官であるが、一眠りして酒が抜けたのか酒精神を相手に朝酒と洒落込んでいる。
朝酒は良いねぇ、酒飲みの夢のあり方だよー(by酒精神)
うむ、でも良いつまみが欲しいぞ。(by厨房神)
俺は酢漬けの胡瓜があれば呑めるぞ。(by極北神)
「王室顧問?あそこに居られるのは・・・・・・・・・」
神々の気配に気がついた美乳の女神官、神々が顕現されている光景に呆れている。
「女神官、考えたら負けだぞ。あれらは酔っ払いだと思っていれば全て納得できる。」
「ええ、神々も飲みたくなるときもあるでしょうし・・・・・・・・・・」
「どうも昨今、無闇矢鱈と神々が顕現されることが多くて・・・・・・・・・先の酒合戦のときも、神々が解説だの見物だの来て五月蝿かったし・・・・・・・・・・」
「そういえばそういうことが在りましたわね。」
頭を抱える女神官、神々というものに対する敬意が粉みじんになってしまいそうな雰囲気である。
真面目に仕えるのが馬鹿らしくなって棄教しないか心配だ。
おおっ!我が誇るべき女神官ではないか!こっちで一緒にやらんかね?(by性愛神)
ああっ、女神官が崩れ落ちた。敬愛する性愛神が気安く朝酒に乱入している事実を目の当たりにして彼女の心の中にある偶像が崩れてしまったのだろう。
彼女の神が導きの手を寄越さないのに酒盛には来ている事実に愕然としてしまったようだ。
元々性愛神は楽しみの神なのだから酒盛りには歓び勇んで参加しそうなものなのに・・・・・・・・・・・・・・・
だけどあえて言いたい、性愛神様空気読んでください。
「この辺で来るんじゃないのか?」
「補佐見習何が??」
「自重しろ!といってくる煩方が。」
「ああ、節制神様ね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あの神様他に台詞あるのだろうか?」
傷跡娘よ、それは我でも傷つくぞ。そして補佐見習我が言うべき事を取るな!
兎にも角にも其処の神々よ!朝から酒盛とは自重しろ自重!(by節制神)
まぁまぁ、堅い事言わないでさー、一緒に飲もうよ酒酒。(by酒精神)
うるさい!人の子の領域に入り浸っているんじゃない!そして、特定の者ばかり贔屓にしない!自重しろ!(by節制神)
「女神官様、神々は放置しておいて食事にしましょう。」
「孤児姉、暫くの間に図太くなりましたね。」
「あまり相手にしすぎたら精神が持ちませんので・・・・・・・・・・・・御主人様と出会ってから常識というものが削れて行くような気がして・・・・・・・・・・・」
「苦労しているのね。」
「いえ、御主人様の傍にありたいと私自身望んでいますから。」
こんな年端も行かない娘の常識観を壊すなんて王室顧問自重しろ!(by節制神)
少なくとも直ぐ顕現する神々に言われたくないな。
如何考えても、道楽貴族である私はまだ一般的な常識観を持ち合わせているし神々がそこかしこにうろついているなんて言う現実は驚きに満ちているだろう。
一部慣れすぎている者達がいるのは否定しないが、主に官僚とか孤児院のチビ共とか・・・・・・・・・・・
神職やなんかが見たら今更ながら驚いて信仰の危機に立ってしまうだろうな。
所で女神官は立ち直れるのだろうか?
「ふっ、色々あったけど神様が酒盛りしているくらい・・・・・・・・・って、神々が集団で顕現されるなんて百年に一度あるかないかだし・・・・・・」
この場合は一杯飲ませたら受け入れてしまうんじゃないのー(by酒精神)
「酒精神様なんでも酒で解決なんて・・・・・・・・・・」
王室顧問ものむのはすきでしょー(by酒精神)
駄目だこの神様、体の芯から酒精に浸ってやがる。
それが酒精神だ。(by極北神)
所でなんで極北神様がここにいるのだろうか?極北の地で巫女達と戯れて極光神様にしばかれていれば良いものを。
ふむ、酒精神に誘われたからだ。言い忘れていたが、我が戦士達が干草郷の場所を見つけたぞ。そのうちに其処の可愛い娘を手篭めにしようとした馬鹿者に報いを与えてくれるだろう(by極北神)
「本当か!極北神様!」
何時もはそっけないくせに娘のこととなると目の色を変えるな【神をしばく者】の少年よ。是は真だ。ゆるりと待て、我が涙脆き戦士達がお前らへの祝いの品として、友愛の印として愚か者の首を携えてくるだろう。(by極北神)
補佐見習の食いつきは良いようだ。その場で極北神に帰依しそうな勢いだな。
でも、【神をしばく者】という称号はどうかと思うぞ。
傷跡娘はというと・・・・・・・・ほっとしたような、醒めたような複雑な顔をしている。ここで私のかける言葉はないしするべきことはないな。本人が乗り越えるべきことだ。
しかしなぁ・・・・・・・・・・
「極北神様、極北戦士達にその愚か者を生かしたままこっちに寄越してくれと頼むことは出来ませんかね?」
どうしてかね?王室顧問よ。(by極北神)
「斧の一振りで済ませるのはあまりにも慈悲が過ぎるものでしょう。私の可愛い弟子に無体を強いたのだ、じっくりと後悔する時間を与えないと。最低でも半年は許しを請いながら苦しんでもらわないと。」
ふむ、それは正しい復讐のあり方だ。この愚かなほどに優しい娘が受けたことを思えばそれですら生ぬるいな。伝えておこう。(by極北神)
「有難う御座います。」
私は極北の神に感謝の意を示し、食事を取り始める。
なんだかんだと子供達も女神官も先に始めているし・・・・・・
人は待たせても食事を待たせるな。(by厨房神)
そりゃそうだけどさ、少し寂しい。
そんなこんなで食事が終わる頃、食堂の扉が開いて、療養神殿の癒し手達が手に提げた鍋に例の毒々しい液体を満載にして入ってくる。
「さぁ、皆様方。二日酔いのお薬ですよぉぉぉぉ!!」
そんな、毒みたいなもの飲めるか!
そんな私の思いも気にする癒し手達ではない。
彼等が二日酔いの薬と自称する物を次々に口に流し込む。
上手い飯の味をかき消すかのような冒涜的な味わいに目やら鼻やらを潰すかのような刺激臭に悲鳴がそこかしこから沸き起こる。
なんか神々の声が聞こえたような。
うっ!うぐっ!さ、酒酒さけさけがぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・!
あっ!馬鹿っ!それ酒精神!
内なる酒を消されて存在まで消されそうになる酒精神。
その日療養神殿の癒し手達に【神殺し】属性が備わったのは療養神殿の機密事項である。
自重しろ!(by節制神)
ふむ、この話を書いていたら酒が抜けてしまった。
煮干チョコでも食べてから寝るとしよう。