聖域の詩と奴隷商人
啓蟄地方のある地方都市。
そこの酒場の一室では密談が行われていた。
紫煙と酒精の香りが立ち込める中、並べられた豪勢な料理にも目もくれず愚痴という名の密談が繰り広げられる。
「我が領地の農奴が粗方攫われた。これから作付けの季節だというのに・・・・・・・・」
「こっちもだ、しかも少し農奴で遊んだだけなのに悪党扱いで交易路からはずしてきやがる。おかげで大損だ!」
「卿の所もか、こっちも性愛神殿から破門回状が届いておる。別にあそこくらいならば破門されても問題ないのだが・・・・・・・・・」
「それ、うちにも来ていたぞ。療養神殿だから少し面倒だが弱小神殿組織なんかに破門されても問題は少ない。」
人族連合系統では性愛神殿は春を売る者達の互助組織扱い、所属人員も金銭的な面でも吹けば飛ぶような規模である。因みに某王国でも違いはないのだが奴隷公や王室顧問が後ろについているのでそこそこの勢力がある。
「そうは言っても遊び女共が落とす金銭も馬鹿にならんぞ。」
「そんなの神殿毎接収してこっちで事業を行えばよいのだ。女なんかそこらに掃いて捨てるほどいるだろう、農奴なんかは冬にやることないから子作りばかりしているしほって置いても増えるだろう。」
「違いない。」
笑いあう場の一同。
一度話が途切れ、杯を傾けるのである。
紫煙に加えて、阿片の煙がたゆたっている。
下座にいた灯し係が阿片を焦がさぬように炙るのである。
彼はこの場の事を語れぬように喉に傷がつけられていて声をつぶされている。
場の会話に関わる事が出来ない代わりそのやり取りを記憶せぬようにしようとしている。
彼も奴隷としてこの酒場に囚われの身であるから、同じ境遇の者が受ける胸糞の悪い話を好き好んで聞きたくないからである。
少なくともこの場で不満げな顔をして不興を買って不利益を得るというのもばかばかしい話である。汚いとか正義はとか言うものがあろう,それは力があってこそである、無力な彼に期待するほうが無理である。
場の会話が農奴の娘をどのように甚振って楽しんだかとか下のほうになってくる。
殴りながらやるとしまるとか・・・・・・・・・・・
首を絞めながらというのも悪くないとか・・・・・・・・
あまりに聴いていて気分が悪い話に阿片の煙を調節する振りをして背中を向けるのである。
「でもなぁ、奴隷達がいないと仕事にならんぞ。」
「今いる奴等を倍働かせればよいだろう、単純な話だ。」
「卿の所はそれでよいかもしれないが、当方は人数がいないと成り立たないぞ。」
「そう言えばお主の所は開墾する地域が多くあったな、確かに人がどれだけいても足りないわけだ。畑の肥料する生贄がな。くっくっくっ・・・・・」
一人が笑いながら言うと他の者が更に言葉を重ねる。
「なぁに、奴隷ならば手に入るではないか。国境地帯に一度農奴共を集めているという話だからそこから奪えばよかろう。ちょうど治療だの教育だのしているという話だから質の良いのが手に入るぞ。」
「某王国と事を構えて大丈夫か?」
「なぁに、我等だとばれなければ良い。それに我等が売った後だから、そこで奴隷共が奪われても我等の責ではないしな。」
「おおっ!悪どいな、でも悪くない。」
「元手は奪い去る傭兵を雇う代金くらいか、余った奴等を奴隷商人に下げ渡せばわれらも潤う良い案だ。」
「良い掘り出し物があれば嬉しいが・・・・・・・・」
「あれだけの数がいるのだ食指にそそる者が一人や二人いるだろう。卿は好き者だな。」
「貴公には言われたくないな。」
「違いない・・・・・・・・」
笑いあう場の一同、阿片の灯し係は己の耳に栓をするのであった。
ふむ、芽吹きの季節か。枯野に青い物が見え始めている。
開放農奴共に言わせれば枯れ草の布団で時期を待つ物だと笑っていたが。
出て行く者がいて新たに入るものがいる。
平原ではデブ兎を追いかける子供達がいて・・・・・・・
なんか、子供以外の者が追いかけているし。
「ご主人様、人外兵団の者達が野性に還っているようですが?」
「すごい!本気で逃げる兎を素手で捕まえたよ。」
「叫びが聞こえてきそうなくらいはしゃいでるね。」
とったどーーー!!
野生化しているのは人外兵団達だけではないか、奴隷戦士達もデブ兎を追い掛け回しているのだな。
今夜の彼らの夕餉は兎鍋かな?
兎おいしいかの山(by演芸神)
無理やりなボケはいいから・・・・・
奴隷戦士は捕まえた兎を子供達に渡している。成る程、あの馬鹿共らしい。
子供達は捕まえた兎をもふもふと弄り回している。
おっ!うまいことすり抜けて逃げ出したな。
それを追いかける子供達、さすがに二度はないらしく奴隷戦士達も座り込んで皮袋からなにやら飲み物を飲んでいる。たぶん酒だろうな。うん、酒に違いない。
人外戦士達(主に獣人中心)はまだ追い掛け回している。
長耳族やら妖精系はのんびりと眺めているし、お前ら仕事はどうした!
「たぶん非番なんだろ。そういうこと言っているとこっちまで仕事しろととばっちりがきそうだし。」
「それはまずいな。」
相も変わらず生意気な口調な補佐見習だが言っていることは正しい。
仕事というものは無闇矢鱈にやるものではない。
そんな事をしてみろ他の者の仕事を奪うことになるだろう、貴族たる者下々の仕事を奪うなんて事をしてはいけないのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・補佐見習とのんびり出来る時間があるのは嬉しい。」
「傷跡娘、本音を言えば二人きりのほうがもっと良いのだろう。」
顔を赤くして頷く傷跡娘、正直者め!
釣られて耳まで赤くなっている補佐見習は顔を背けている。
「暑いねぇ・・・・」
「他いこっか?」「そうね。」
気を利かせたのか孤児娘達は適当に散策に出る。
私も無粋ではないからこの場でなければ得られぬであろうゆるりとした時間を二人きりにしてあげるべく腰を上げる。さすがに遮る物がない平原で不埒な事はしないだろうが・・・・・・・
「ふむ、我等はお邪魔なようだな。王都に戻れば忙しくなるから二人で楽しんでおくが良い。」
「・・・・・・・・・・・そ、そんなつもりじゃ・・・・・・・・・」
「この腐れ賢者!要らん気の使いすぎだ!」
「はっはっはっ!照れるな照れるな。なんだったら、天幕を用意しておくぞ!」
「ご主人様、それはからかいすぎかと・・・・・・・」
「初々しい二人を見ているとからかいたくなるものだ。我等も二人でゆるりとするかね孤児姉?」
こくりと頷く孤児姉。自分の要求をあまりだそうとしないからな。
不器用な娘だ。
私は手をひらひらさせて傷跡娘夫妻の元から立ち去ると孤児姉を連れて適当にぶらつくのであった。
ところでデブ兎共、なぜお前等が着いて来る?
すぴすぴ・・・・・・・・・
どうも私の周りが安全地帯と勘違いしているようだな。
「ご主人様の周りが聖域となっているのでしょう。」
ついてくるデブ兎共をなでながら孤児姉が私に体を預けてくる。
この甘ったれが。私はデブ兎を愛で様とした手を孤児姉の頭に置いて撫でる。
私が孤児姉を撫でて孤児姉がデブ兎を撫でる妙な構図が出来上がった。
たんたん!
あふれたデブ兎達が前足を叩いて不満げにしていたのは愛嬌だ。
って、言うかお前ら野生動物だろうが!
人に馴染み過ぎてどうする。
デブ兎の額を擽りながら酒瓶を用意すると酒精の匂いを嗅ぎ付けた連中が集まってくるのであった。
所で宴席の準備が即座に出来るのかね?
「そりゃ、貴族様が酒を飲むときは宴の用意をするようにと伯爵様から申し付けられてますし・・・・・・・・」
「貴族様のご相伴となればカカアに遠慮せずに飲めるからでさぁ。」
「良いではないか王室顧問、酒もつまみも用意しているのだから文句はあるまい。」
「つまみはそこの兎で・・・・・・・・・ぐえっ!」
デブ兎をつまみにと言った奴はデブ兎の体当たりを鳩尾に受けて悶絶している。
こいつらは意外と人語を解するから反撃されるのだよ。
すぴすぴ
無骨な戦士達やら解放農奴の男衆だの・・・・・・・・・・
色気があるのは孤児姉だけかよ。
それはそれで良いけど、ゆるりと二人でいるつもりだったんだがなぁ・・・・・
不満げな孤児姉を宥める様に撫でると仕方ないなという顔で私に酌をするのだった。
男衆が戻ってこないことに女衆が探しに来て、男衆の耳を抓ったり頭を叩いたりしながら連れ出そうとするのだが無理だと判ると夕餉を持ち寄って宴に乱入したり、性愛神殿やら療養神殿の者が騒ぎを聞いて手に手に酒だのを持ち寄って入ってくる。
出来上がっている民部官。
「いやぁ、孤児娘ちゃん達。私に酌をしておくれ。」
「はぁーい。」
蜜を滴らせたかのような返事に鼻の下を伸ばしているけどやらんぞ。
しかし、いつの間に戻ってきたのやら?
「おおっ!我が友王室顧問、私が諸国を駆け回っている中で酒盛りとは羨ましい身分だな!」
「ふっ!悔しかったら私と立場を変わってみるが良い。」
「ふむ、それは断る。どう考えても宰相か少なくとも長関連に任命されてしまいそうだからな。そんな面倒ごとは遠慮申し上げたい。」
「心配するな。私が宰相になったらお前は民部長に任命してやる。」
「ひでぇ!お前が宰相になったら腹を抱えて笑って下野するつもりだったのに。」
「そんなことされてたまるか!道連れにしてやる!」
私達のやり取りを見て開放農奴達は呆れているのか乾いた笑いしか出ていない。
神殿の者達はいつもの事かと気にもしていない。
戦士達は酒合戦に余興の力比べ・・・・・・・・・自分の世界に入っているな。
力比べを見ている農奴の子供達は上手い事くすねて来た私のつまみやら夕餉やらをモグモグとしながら囃している。そのうちに戦士達が手招きしてからかうかのように子供達を持ち上げたり投げ飛ばしたりしている。子供達も面白がって纏わりついたりむきになって掛かってきている。
そんな子供達の様子に農奴共も やれー だの 負けるな だのと囃し立てて酒の肴にしている。
良い光景だな。
民も戦士も貴族も何もかも乱雑に酒を酌み交わし笑いあう。
傍らの孤児姉を酔いに任せて抱き寄せて頬に口付けながら宴を楽しむ。
「酒臭いです。ご主人様。」
「ふむ、そんな飲んだ覚えはないのだがな。」
「二本は空けているはずですが?」
「そんなものか。」
デブ兎達は空き瓶とかをなめて酒を求めているし・・・・・・・・・
お前ら野生動物だろう。
ふざけて酒を飲ませる奴も出てくる。餌付けか?
「ここの兎は人懐っこいねぇ・・・・・王宮に送ってみたらどうだい?」
「それがな民部官、数番い送ったのだが晩餐会の主菜に変わったんだよ。」
「・・・・・・・・・・」
「そう言えば王宮から文が届いてまして『あの兎は美味しかったのでまた送ってくれ。』だそうです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
官僚達ならば仕方がないが、他にも兎とか可愛がりそうな者がいただろうに。
末王女とか御令嬢の皆様方とか・・・・・・・・・・庭園公とか・・・・・・・
狐耳の小姓君とかその又従兄弟の近衛兵君だと別な意味で可愛がりそうだが。
「届けられた先が厨房だったそうで・・・・・・・・・・」
「えっと、兎達に悪いことしたかな?」
「ちゃんと愛玩用と言付けたよなぁ?」
「あっ!」
私の失策だ。
周りのデブ兎達の見る目が冷たい気がするが気のせいだろう。
因みに孤児院の方にも送ったがこっちはこっちで暖炉の主と化していると孤児院のチビ共から文が届いている。
たんたん たんたん たんたん たんたん
心なしかデブ兎達の距離が遠くなっている。
こいつら本当に人語を解しているな。
そんな我等を眺めているのが国境警備隊の諸君。
「畜生!俺だって飲みたいんだぁ!」
「兵隊のにーちゃん、一杯位ならばれないだろう!」
「あっ!そんなつもりじゃ・・・・・・・・・でも頂きます。」
ぐびぐびぐびぐび・・・・・・・・・・・
「悪いねぇ、親父さん。」
「うむうむ、良い飲みっぷりだねぇ」
「いやぁ、うちの伯爵様はけちでさぁ、酒蔵に鍵をかけて飲めないようにするんだよ・・・・・・・・・」
「そうそう、食事のときに一杯くらい欲しくなるだろう、それだって駄目と言い張るし。」
伯爵の悪口で盛り上がる警備隊の諸君。
愚痴に付き合う農奴の親父。
「・・・・・・・・・でさ、あの伯爵の野郎。デブ兎を捕まえようとして・・・・・・・」
「わははははっ!あれか?あれは傑作だったなぁ・・・・・・・」
警備隊の諸君、このやり取りは・・・・・・・・・・
自爆行為だと・・・・・・・・・・・
警備隊員達に近づく身形の良い男、雰囲気に気がついた農奴の親父はそそくさと別の輪に紛れ込む。
「お前ら、楽しそうな話をしているな。ワシにも聞かせてもらえないだろうか?」
「それがあのはくしゃ・・・・・・・・・・・・・げぇ!伯爵様」
西部国境地帯伯の姿を認めた警備隊員達は慌てて敬礼して取り繕うとするが、すでに遅し。
彼等は平原に正座して伯の説教を受ける羽目になるのだった。
哀れな・・・・・・・・・・・・・
さて、ニシンの刺身でいっぱいやるか。
酒が飲みたい。