孤児諸々と春待祭
春待祭
枯野の季節を耐え忍ぶ、人達が一つの楽しみとしている行事。
枯野の季節が終わりに近付いている日に互いに寒さの中で元気でいることに感謝しつつ家族や親しい人達と酒食を共にする。
場所によっては集落挙げて神々に感謝の祈りを捧げて馬鹿騒ぎをするところもある。
この祭りは其々の地域によって違いがあるのだが、共通しているのは【わかち】である。
この季節に難儀している者に富める者は食べ物とかを【わかち】貧しき者は飢えを【わかち】あうのである。
この祭りの前身は枯野の季節、飢えた民に領主が施しをして餓死者を出さなかった故事に由来する。飢えた民は領主に感謝をして次の年の実りで借りを返そうとしたのだが。
「なれば、富み栄えた部分を他の者に【わかち】難儀を助けなさい。」
と断られた事から、ならば自分もと近くの貧しき寡婦親子に同じようにして・・・・・
何時しかこの季節に【わかち】をするのが慣習となってしまっている。
実際には親しい者に贈り物をしあうのだが、それでも一部の故事を知る者達は孤児や寡婦や乞食達に富を【わかち】飢えを【わかち】あうのである。
最初に【わかち】を行った領主は北方の雪鈴男爵とも雪割男爵とも言われているが両者ともにこの時期になると領民達に酒食を振る舞い盛大に【わかち】を行っている。
領民達も野山の鳥獣に食べ物を置いて【わかち】をしているのである。
特に振舞いの【わかち】の賑やかさも面白いが、鳥獣への【わかち】の風景を見てみると枯野が広がる中で所々に立っている雪や藁で作られた祠に供えられた食べ物。
寂しげな冬枯れの野に点々とする粗末な祠は素朴な民の優しさを見るようで一見の価値がある。
筆者も旅の途中路銀が尽きてこの祠の世話になったものだ。
後になって【わかち】を知って礼をいう機会を得たのだが、村人達に
「だったらあっしらは気持ちだけで十分だから・・・・・・・・・」
と品物を頑として受け取らないのである。前年に旱害があったのにも拘らずである。
厳しい地域でも素朴で優しい者が住まう北方の地、春待祭は彼らの善意から広まったのである。
某王国風土記 春待祭の一説より抜粋。
補佐見習の叙爵を終えて、ふと思った。
振る舞い酒を春待祭の【わかち】でやればよかったかなと。
季節的に丁度良いし、祭りの一環としてやっておけば費用も抑えられたのに・・・・・・・・
「賢者の旦那。今更じゃないのか?」
「だんなも抜けているところがあるな。」
今更だな……… 費用的にはこっちへの負担は大したことではないから別に良いけど。
しかし、補佐見習も孤児弟も男爵位を貰っても変わらないな。
「二人とも一つ言っておこう。お前ら二人は爵位を貰って私と身分的には同輩だ。いつまでも旦那、旦那と平民が上に対するような呼びかけをするんじゃないぞ。これからは王室顧問と呼び捨てでよい。」
旦那旦那と呼ばれてるのはこいつ等の為にもならない。平民臭いと文句を付けるのもいるだろうし、いつまでも私の下でいる積りでいてもらっても困る。
何かあれば助力はするが、一人の男として認められた身だから同輩にはきっちりとした呼び掛けをしてもらわないと・・・・・・・・・
「でも、だんな・・・じゃなかった王室顧問。師匠筋で養い親に対して呼び捨てはできないよ。」
「構わん、私が認めているんだ。」
「賢者様、一応目上になるから”様”付けでも良いんじゃない?」
「それでも構わんが、兎も角旦那はやめるように。配下の者であれば構わないが、お前らは一つの男として家を起こした身だ舐められんように気をつけろ。」
「「はいっ!」」
補佐見習も孤児弟も緊張しているなぁ・・・・・・
呼びかけが変わるのも暫くかかりそうだがオイオイ慣らしておけばよいか。
「賢者様、料理が冷めるから食べようよ。」「おなかすいた!」
「どんどん来ているから食べないと皿が並びきらないよ。」
「そうだな、子供達腹がはちきれるまで食べなさい。」
「「「「「「わーい!いただきまーす」」」」」」」
はぐはぐはぐはぐはぐはぐ・・・・・・・・
今いるのは馴染みになってきているのかな? 貴族を貴族と思わない無礼な女給のおばちゃんがいる酒場である。
女給の無礼な態度は頂けないが、料理人の腕は良いから見逃してやろう。
ありがたく平伏するが良い。
ふむ、干し野菜の煮込みは生の野菜を煮込んだ物と違う風味と歯ごたえがあって滋味だな。
枯野の季節の風物だな。
「ご主人様、他のも食べないと私の弟妹分に食い尽くされてしまいますよ。」
「まぁ、良いではないか。今日は補佐見習の祝いとお前の弟妹分への労いだ。存分に食わせておけ。」
孤児姉の危惧も判るが、足りなければ改めて注文すればよい。
「ところで貴族の旦那?いつも言っているんだけど、子供連れで夜の酒場というのはあまりいただけないのですけど………」
「並の客の倍くらいの金を落としているのだから良いだろう。」
「そりゃうちとしては旦那は上客だし歓迎するけど、そういうんじゃなくて・・・・・・夜は物騒だし酒場なんて子供の教育に悪いだろう!」
「なぁに、この子達は成人扱いだから・・・・・・・・王宮で官僚達と共に働いているぞ。」
「・・・・・・・・・貴族様、なんかこの子達が不憫に・・・・・・・官僚様達と共に働くなんて・・・・・・・・」
女給が目元を抑えて子供達に同情する。官僚共なにやりやがったんだ?
「おばちゃん、こっちおかわり!」「こっちは肉の煮込み4人前!」「酒をちょうだい!」
「はいはい、これこれあれこれと・・・・・・酒はまだ早い!」
「ちぇっ!」
「坊やには乳が似合いだよ。ほらっ!」
どんっ!
酒を注文したこの前には牛乳の入った杯が置かれる。
子供達の食欲は旺盛で大わらわだ。酒を頼んだ子供は残念そうに乳を啜っている。
こりこり・・・・・・
この干し野菜の煮物は癖になるな。
肉のぶつ切りを煮込んだ物で子供達が腹を満たしているのを尻目に私は酒を楽しむのであった。
こっちの香辛料をきかせた乾燥肉も酒がすすむな。
「そういえばご主人様、弟妹分の給金について話すのでは?」
ひとしきり食べて腹もくちくなった子供たちの様子を見て孤児姉が話を持ち出す。
そうであったな。
孤児院でお金の話をすると働きに出てない子供達との羨んでしまうからな。
出ていない子供達も市場で手伝いとか奴隷商人狩りとかして小遣い銭くらいは稼いでいるけど・・・・・・・・・・・って、孤児院の子は意外と稼いでないか?
まぁ、働き続けるならばどうするとか孤児院で話すには少し生々しいからここで飯食wせたんだよな。
「ほら、子供達。今までご苦労だったね。お前らの給金を預かっているから如何する?」
「はいっ!賢者様如何するって、どういうこと?」
「ふむ、今ここで配ってしまうのか、それとも私なり誰かに預けるか・・・・・・・後は、まだ働くかどうかだな・・・・・・・ちなみに給金は一人当たり銀貨五枚。」
「うわぁ!」「すごい!」「服が買える。」
じゃらじゃら
袋一杯の銀貨を見て目を丸くする子供達。孤児達にとって銀貨は………
結構目にしているなぁ・・・・ 誰だ!奴隷商人狩りなんて始めた馬鹿は。
奴隷戦士かあのへんだろうが・・・・・・
「で、どうする?ちなみに私に預けておくならば、私が投資しているところに預けるから利子がつくことがあるぞ。」
「うーん」
悩んでいる悩んでいる。はじめてのお小遣いの使い道に悩んでいる子供というのも可愛いものだな。
「賢者様、ぼくは銀貨一枚分だけ貰って、後は投資します。」「あたしは全部預けておく。」「おれは孤児院に入れたいから全部もらう。」「……」
口々に希望を言ってくる子供達。
メモメモ・・・・・・・・
一人の子供が
「ぼくは春待祭で【わかち】をしてくれたおばあちゃんにお礼を言いに行くから全部もらう。」
ほぅ、殊勝な心をした者もいたんだな。
「どうして、お礼をしたいと思ったんだい?【わかち】は別に礼をする必要ないだろう?」
「えっとね、賢者様・・・・・・・・ 賢者様が来る前に・・・・・・・・」
子供の話を聞くと
私が孤児院の手入れをする前の事。腹をすかせて、とぼとぼ歩いている子供に春待祭の【わかち】と言って食べ物をくれた老婦人がいたそうな、その老婦人は自分の食べる分であることを隠して御馳走を孤児達に振る舞って自分はすきっ腹を抱えて祭りの夜をすごしたと。孤児達が家を出たあと、老婦人の家族が帰ってくるのだが、空腹で寝ている老婦人を見て馬鹿な事をしたと口々に詰ったのを見て口惜しく思ったから。このお金でお礼をして老婦人を馬鹿にした家族を見返してやりたいと………
馬鹿な子供だよ。
それを聞いた子供達も
「僕も手伝う」「あの時の御馳走はおいしかったからお礼言わないとね。」
「しんだ弟分も泣いて喜んでいたしね。」・・・・・・・・・・・・・
「賢者様、私も弟妹分の手助けしていい?」
「どうせならば孤児弟の名前出して大々的に礼に行く?」「それいいねぇ!」
「どうしておいらの名を・・・・・・」「黙って名義貸す!あのとき一緒に食べたでしょう。」
孤児娘達も孤児達に同調して助力を申し出る。
本当に馬鹿な子だよ。
「仕方ないなぁ・・・・・・おいらも少し手伝うから派手にやろうか。」
「「「「「「うんっ!」」」」」」
子供達がいろいろどうするか話し合っている。
済まんが女給、今宵はこの店貸切でいいか?口止め料も含めて払うから・・・・・・
「貴族の旦那、少しこの子達に金の使い方を教えたほうが良いんじゃない?」
否定できないのがつらい。
でも、まぁ・・・・・・・ 恩を返すというのは悪いことではないだろう。
王宮だとどろどろとした人間模様だったし、奇麗な話で癒されるのも悪くない。
「・・・・・・・・賢者様、また祭りになりそうな気がする。」
「王室顧問様、おれたち部外者だな。」
「そうだな、子供達の話がまとまるまで一杯やるか?」
孤児姉も話に加わっているのを見ながら、補佐見習に杯を進めるのだった。
この話では補佐見習に酒を進めているが、王国法的に問題はないのです。
慣習として成人していないのには飲ませないという暗黙の了解があるのですが、祝いの席とかやらなにかで冗談半分に飲ませたり飲んだりしています。(公の場では飲まないけど)
お酒は大人になってから、楽しく飲んで迷惑をかけないように。
二十歳とは言わないよ。地域によって法律違うから。
さぁ、酒を飲みに行くか。