道楽貴族と農村孤児
ざくっ ざくっ・・・・・・・・・
一振り毎に大地が耕されていく。
思ったより土が固くなっていない・・・・・・・・・
石ころがないからか・・・・・・・・・
木の根草の根・・・・・・・・・・・まとめて干して・・・・・・・・薪の代わりにしよう。
掘り返してみれば父母達が懸命に耕していた土地、森に行って腐葉土の下に眠っている黒土を漉き込んで・・・・・・・・
この大地は本当に豊穣の芽を隠している。
あの時の洪水が齎した川底の土も土を肥やしている。
耕して均した小さな畑・・・・・・・・村全部とは行かないが、まずは家の野菜畑から・・・・・・・・・
師父である賢者様は、おらには王宮暮らしは合わないとこの土地に遣わしてくれた。
誰もいない故郷・・・・・・・・・・・おらが一粒の種となり、再び蘇らせてみせる。
賢者様がくれた種を一粒一粒、大地に蒔く。
その一粒ごとに思い出が蘇って辛い・・・・・・・・・
幸せだったその時の事を思い出して、自分の時間から置いていった人達の事を思い出して、やっとたどり着いたこの時に誰もいないことを自覚して・・・・・・・・・・
傍にいて欲しかったなと思う人達の事を思い出す・・・・・・・・・・
青菜は十日もすれば芽が出るから、間引き菜が喰えるか・・・・・・・・
小蕪は一月、芋は二月・・・・・・・・・冬麦は時期が過ぎたから来年か・・・・・・・・・・・
冬枯れの野だから、野焼きをして漉き込むのも良いか。
春には畔に花が咲き乱れる。野路菫に地縛りに水路の跡には辛味芹等も生えるのだろう。それを摘んで雑穀と共に粥にしても楽しそうだ・・・・・・・・
あれ?目の前がかすんで・・・・・・・・・・・・
そうか、おらは泣いているんだな・・・・・・・・・・・・・
ヤギが二番い、鶏が10羽・・・・・・・・・後は牛とかいればよいが、独りきりだからあまり多くしても良くないだろう。
それとも雌山羊だけにして置けばよかったかな?
「御主人様、何を考えていらっしゃるのですか?」
「いやなに、我が荘園を開拓させている農村孤児に何を贈ろうかと思ってな。」
「雌山羊だけって・・・・・・・」
「何を考えているのかな孤児姉、山羊と言うのは粗食に耐えて良い乳を出してくれるのだよ。そして、放牧すれば潅木や雑草を食べて糞を出す。これが良く大地を肥やすじゃないか・・・・・・・・・肉や毛を取る事も出来る種類があるが、そこまでは手が回らないだろうしな・・・・・・・・・所で、何を考えたんだ?孤児姉?」
「・・・・・・・・・・・・・///」
くっくっくっ・・・・・・・・・・あの時の森林神殿の事が記憶に残っているんだな。
可愛いものだ。
「御主人様、意地悪です。」
おやおや、機嫌を損ねてしまったようだね。
市場に行けば、農家の産物があるから山羊を分けてもらえるかな?
ついでに鶏も数羽あると卵が食えるし楽しいだろう。
さて、市場に行ってみるかね・・・・・・・・・・
「それよりも農園公様のところで頼んだほうが・・・・・・・・」
「その手もあったか。でも、市場で見て選ぶというのも捨てがたい。」
「それで良ければ構わないのですが・・・・・・・・・」
寮から市場へと向かう、生きた山羊とかは見られないだろうが山羊の乳酪を扱っている所から譲り受けてもらうのも宜しかろう。
「御主人様無駄遣いは・・・・・・・・・・・ただでさえ暗黒神殿を建てるとかで出費をされているのですから・・・・・・・」
「ああ、暗黒神殿か・・・・・・・・王国内の暗黒神の信徒達からの浄財が集まっているし、魔王国からも暗黒神の信徒達が寄付してくれているから私自体は金貨百枚くらいしか出していないぞ。孤児院の子供達も『真っ黒の神様は見た目悪いけど他の神様より優しいからそれを教えないと。』と稼いだ金を寄付しているなぁ・・・・・・」
「暗黒神様も孤児院に住み着いているみたいですからねぇ・・・・・そのまま孤児院に祠でも建てたほうが・・・・・・・・」
「それは別に建てているみたいだけど、孤児院内をうろちょろして共に生活しているみたいだからなぁ・・・・・・(苦笑」
暗黒神様もそんなに人の世に入り浸っていると、来るべき別れのときが辛くなるのに・・・・・・・・・
私達は先に逝くと言うのに。
それでも、暗闇の中でも自分を見失うことなく一歩進もうと足掻く子供達は愛おしいのだよ。涎塗れにされたりするのは勘弁願いたいが。(by暗黒神)
そういえば孤児院に顕現された時、子供達の遊び道具にされたんだよなぁ・・・・・
子供達の無邪気さと言うか剛毅さに私も呆れるしかない。
そんな、適当な会話を交わしつつ私達主従は寮から市場へとつくのである。
しかし、相も変わらず雑多な市場だな。活きた動物も普通に販売しているし・・・・・・・・
犬、猫、鳥、兎・・・・・・・・・蜥蜴に蛇に亀・・・・・・・・・羊に驢馬に・・・・・・・・・山羊はいるかな?
注文を受けてから〆ているのか・・・・・・・・・・
ふむふむ、蛇でも買っておくかな。蛇酒を拵えて貰って・・・・・・・・孤児姉、何青い顔をしているのだ?
「蛇はちょっと苦手なもので・・・・・・・」
「蛇も可愛いものじゃないか、無駄に鳴かないし満ち足りていればまどろみ続けて貪らない。食べても旨いし良い出汁が出るぞ。」
「食べるんですか!!」
「脂っ気は薄いけど、しまった身はおつなものだぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・なんか、食べる気がしないのですが・・・・・・・・・」
「嬢ちゃん、貴族の旦那に食わしたら駄目だぞ。嬢ちゃんの細っこい体じゃ壊れるほど可愛がられてしまうからな。がははははっ!」
混ざってくるな蛇売り。そして、話題が下品だ。
壊れるほど可愛がるなんてするわけないだろう。掌中の珠なのだから。
籠の中で蠢いている蛇を見ながら、蛇売りの頭を軽く叩いて。
「今更蛇程度で精が付いたと言うほど、か弱くないさ。それにこれ以上精をつけたら性愛神殿で女神官に絞られるだけだしな。」
「はははははっ!賢者様だと性愛神殿で無双しているだろうしな。」
正体を知っていて、暇つぶしに絡んでいるのだな。仕方がない輩だ。
「ふむ、そういえば王宮で精をつけたほうが良いのを数名ほど知っているからそいつ宛に送っといてくれ!」
「まいど!」
「御主人様嫌がらせでは・・・・・・・・・・」
「いや、官僚共とか陛下とか宰相とか・・・・・・・・・仕事で体力消耗しているから陣中見舞いだよ。」
「賢者様、嫌がらせに巻き込むのは勘弁してもらえませんか?あっしはまっとうな蛇売りなんですから・・・・・・・・」
「生きたままだと問題だから、蛇酒にしておくとか開いて串焼きとか・・・・・・・下処理だけして置けばよかろう・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・持って行ったらあっしが酷い目にあいそうですが・・・・・・・・・・」
何だ、根性がないなぁ・・・・・
「御主人様、流石にからかいが過ぎますが・・・・・・」
「本気なんだが、悪いかな?」
「余計性質が悪いですよ。」
うにょうにょうにゅにゅ・・・・・・
籠の中の蛇は絡まりあいながら蠢いている・・・・・・・・・
大半は蛇酒になるのだろうな。
蛇売りを冷やかした我等二人は山羊なんかないかなと歩いている。
こういうときだと孤児弟とかだと買い食いしながらなのだろうが、私はそこまで健啖家ではないし貴族たるもの歩き食いは宜しくない。末王女辺りだと市場でそういうことをよくやっているのを見かけるが後で侍従官に叱られているからな。改める様子はないが・・・・・・
山羊が置いてある露店を見る。
ふむ、茶褐色の毛並みにちょこんとした角。あごひげを編みこんでいるのは売主の拘りか・・・・
他の店ではタレ耳で黒い山羊がいるし・・・・・・・・白だの斑だの・・・・・・・・・・いろいろな種類がいるな。
どんな山羊が良いのだろう?
めー
荒野の民か農園公の所の小作人でも連れて来れば良かったかな。
奴等だとそのまま自分の所の山羊だの何だのを持ち込みそうだが・・・・・・
買うのは別に後ほどでも良いのだが、どんなのがいるのかな?
めーめー
「御主人様、流石に私達だけでは手に負えないですね。」
「ふむ、基本的に私達は貴族と従者だからその手の知識がない。どうしたものか・・・・・・」
「そこの貴族様、田園趣味にでも目覚めたかい?」
「はははっ、田園趣味に目覚めるには俗っ気が強すぎるだろうよ私は。」
「違いなぇや。で、今日は山羊を見てどうしたんだい?」
そう、はっきりと人の事を俗物扱いされるのは気に食わないが所詮は平民だ、貴族に対する礼節を弁えていないのは無知ゆえであるから寛大な心で許してやろう。
それよりも用件をと・・・・・・・・・・・
「うむ、後見している者が独り立ちして土地を開拓する事になってな、山羊の一つでも見繕ってやろうかと・・・・・・・・・・」
「成程、となると毛や肉よりも乳が取れるのが宜しいでしょうかね。番いで用意しておけば増えるでしょうし・・・・・・・子供がいるときのほうが乳の出も良いですからな。」
「ふむふむ・・・・・・・・・・」
無礼な農民は茶色の小柄な山羊とか黒白斑の角のない山羊を連れてくる。
「この子達なんかどうだい?この近辺でよく育てられている血統の仔だよ。後二月もすれば仔を成せるから乳も直ぐに出るだろうよ。肉の味はそれなりだが乳の味は良いからお勧めだね。」
「馬鹿言っちゃなんないよ、若いのだからこの山羊の方が良いだろう。乳の出はぴか一である程度成長しきっているから丈夫だ。なにより、あそこの具合が・・・・・・・・・ぐえっ!」
途中で乱入してきた山羊売りは細君と思われる女性に思い切りぶん殴られて気絶した。
「うちの馬鹿が余計な事を・・・・・・・・・・申し訳御座いませんでした。」
細君は山羊売りを引きづり市場を去っていく・・・・・・・・・・
さようなら山羊売り、君の勇姿は忘れないぞ。少しの間だけど・・・・・・・・・・・
「しかし、あそこの具合とか・・・・・・・・・そんなに良いものなのか?」
「あっしに聞かないでください。後ろで細っこい嬢ちゃんがにらんでますぜ。」
「御主人様、流石に公の場で聞く事ではないかと思いますが・・・・・・・・・・・」
私が試すとでも思ったのだろうか?面白そうだが・・・・・・・・
「悪いですけど良識派として通っているんでこの話は・・・・・・・」
「「「嘘だ!」」」
周りの農家の面々が・・・・・・・・・・声を合わせて叫ぶ。
無礼な農民よ信用がないのだな・・・・・・・
「おめぇら!貴族様に聞かせる話じゃないだろうが!」
「兄弟!生まれる雌山羊全てに種付けしまくっているのはわかっているんだぞ!」
「おらとこの山羊の仔がおまぇに似ているだろうが!」
「兄弟、一緒に山羊の味見した仲じゃねぇか・・・・・・・・・」
えっと、この辺の山羊売りの農民達って・・・・・・・・・・
うん、考えるのはよそう・・・・・・・・・・
「御主人様、場所を変えませんか?」
「そうするか、どうも農園公に頼んで融通してもらったほうがよさそうだ・・・・・・・・・」
めーめー めーめー
兄弟って・・・・・・・・・もしかして、穴兄弟?
あまりにも馬鹿な話をしている山羊売りたちを放置して・・・・・・・・・・・
この山羊売りは森林神の兄弟分じゃないのかと・・・・・・・・・
ぎくっ!(by森林神)
少し離れた所で山羊売りたちの騒ぎを眺める。一緒にいたら同類と思われてしまう。
あー、そこの衛士君。あそこで下品な会話しているのがいるから止めてくれ。
「畏まりました。王室顧問様。」
「おらおら!お前ら!何往来で猥談しているんだ!周りが引いているぞ!」
喧々囂々・・・・・・・
因みにこの日、山羊売り達の売り上げはなかったそうな。
味見済みの山羊なんか買うのいるのだろうか?
めーめー めーめー
山羊とかは農園公配下に見繕ってもらいました。(銀貨6枚。)
がだごとがたごと・・・・・・・・がらがらら・・・・・・・・
おや、来客か・・・・・・・・・
何々、賢者様からだって?
『畑だけだと稼ぎにならないだろうから、鳥と山羊を送る。冬枯れの季節に暖を取るにはもってこいだ。』
めーめー こけこっこ
鶏と山羊が送られてきた。
運んできてくれた御者さんはにやにやして
「賢者様は気が利いているなぁ・・・・・・一人暮らしだから丁度良かろうと思って寄越したのだろう。」
動物がいれば賑やかになるけど、何が言いたいのだろう?
まぁ、いいや。
山羊がいれば乳が飲めるし、鶏がいれば卵が手に入る。
増やせば時折肉も食べられるだろうし・・・・・・・・
御者さんに礼を言って・・・・・・・・・・
めーめー こけっここけっこ
まだまだ子供な 農村孤児。
御者さんの言った意味がわかるのは、他の入植者が来てからである。
こけっこけこけっこ めー