傷跡娘と婚約者
金貨六枚あればどれだけの事が出来るのだろう?
街角の食堂で食べても銅貨数枚で腹いっぱい食べることが出来て、泊りのみの安宿に泊まっても銅貨十数枚程度である。
親子4人で喰らうだけならば一月銀貨10枚あれば事足りるし、少し贅沢した暮らしてもその倍もあれば時々外食して小奇麗な格好をさせることが出来るだろう。
実際、熟練の職人で銀貨20枚以上貰えるとなればその者は腕が良いと見て構わない。商人でも月に銀貨50枚売り上げるのが一人前として自活できる目安とされている。
商人の場合は稼いでも経費とか仕入れを除けば銀貨20枚残るかどうかなのだが・・・・・・・
そういう時代に金貨6枚というのは平民の収入数年分と考えてもらえればよいだろう。因みに領地・役職なしの下級貴族が貰う貴族年金で年に金貨2枚程度。約3年分である。(実際には王宮や地方で官吏として仕えているため役料を得て収入はもっとあるのだが)
これだけの大金を一月あまりで稼ぐとなれば、本人の能力が余程優秀でないと無理であろう。補佐見習準爵は惚れた娘の為に用意しようと奮闘したのが良く判る。
彼が取った方法は有力諸侯に自らの持つ経理技術を売るということであった。
いうなれば経理の傭兵とでも言ったものであろうか?
その費用対効果は高額であったにも拘らず、雇い入れた緒家の財務環境が格段に上がったととある貴族の日記に記されていた。
でも、彼が成したのは経理の矛盾点を探して横領を探したり、明らかに市場価格から違っているものを指摘しただけだと言われている。
どれだけ横領が横行していたんだと諸賢は思われるかもしれないが、当時は横領も程度をわきまえて業務に支障が出なければ見ぬ振りをするという暗黙の了解があったからである。実際の話、部下の飲み代とか祝い金を用意するために一部溜め込んでいたりするのは上としても黙認していたのである。溜め込んだのを掠め取る上役もいたらしいが・・・・・・・
補佐見習準爵が目に付けたのはその部分である。
正式に部下の福利厚生のために貯めていると認められたもの以外は全て問題部分として提出したのである。目端の利くものは事前に上に申請して正式な権利として認めさせたのだが、丼勘定で日頃の食事代にも使い込んでいたものはたまらない。
まぁ、上の方でも次は無いと釘を刺した程度なのだが・・・・・・・・・
それでも長期的に見て補佐見習準爵の行動は有力領主緒家の利益となるものであり祝い金とかを領主家で用意しておき、折々に下賜する形を取る事で忠誠心を上げる効果もあったと記している貴族もいた。
目端が利いて正当な権利と認めさせた者とそれ以外の者との格差に軋轢があったが、それなんかも其々の諸侯家においてここまでは良しとかと言う基準が決められていくことによって解消されるのであった。
この件が知れ渡るにつれ、諸侯の間から補佐見習準爵に依頼するのが流行となったのは良くある話である。
そうして、金を稼いだ補佐見習準爵は愛しい娘の顔に最高の笑みを与えるべく温泉町の療養神殿に向かうのであった。そこでも神殿とか当地の貴族緒家の会計上の矛盾点を調べ上げて生活費だの治療費の一部だのを稼いだのは笑い話と言うか彼の仕事中毒ぶりを示す面白い逸話である。
とある学園で提出された論文【『傷跡娘の物語』の時代での貨幣価値への考察】から一部抜粋。
補佐見習夫妻が帰ってきてから数日。王宮雀が見た傷跡娘は非常に印象的だったらしく、私の元に養女にしたいとか嫁にしたいとか愛人にしたいなどという話が出てきている。
養女とか嫁ならば良いが愛人? ふざけるな!
これらの話は丁重にお断りさせて貰っている。孤児娘達や孤児姉にも同様の話が出ているのだが、傷跡娘に対する話が頭一つ出ている。
今話題となっている純愛物語の女主人公みたいな者だから知名度が上がっているのは否定しないが・・・・・・・・嫁とか愛人とかは・・・・・・・・それは悪役志願か?
流石にそんな社会的自殺の手伝いなんかしたくないぞ。そもそも、そんな事したら娘さんとか嫁さんとか母親にドツキ回されてしまうぞ・・・・・・・・・・
実際、ドツキ回された事例が(一例として某国王陛下とか)幾つかあるだけに私は緒家の家庭平和のために丁重にお断りしている。養女の件だったら、名義だけ貸して欲しいと思っているので考えなくも無いのだが・・・・・・・・・・
本当に可愛い娘をもつ親というのはいらぬ騒動を抱え込むものだな。
「可愛い娘じゃなくて、お手つきにして欲しいんだけど・・・・・・・・・」「実際養女扱いなんだよねぇ・・・・性奴隷でも良いのだけど。」「賢者様以外の男なんて考えられないし・・・・・・・・・」
「御主人様、私お手つき扱いなのですが・・・・・・・・・・」
孤児娘達は率直だし、孤児姉は・・・・・・・・・・・・うん、悪評は口にするものを全て潰しにかからないと・・・・・・・・
「普通にお手つきだと公言したほうが良いんじゃない?」「そのほうが私達に粉かける馬鹿も減るだろうし・・・・・・」「お手つきにして貰っても嬉しいし・・・・・・・・」
「御主人様・・・・・・・・・・・・・・」
うん、なんか私が追い詰められていない?
「王室顧問、貴様の実家の方からも孤児姉とは何時くっつくのかと問い合わせが来ているのだが・・・・・・・」
宰相閣下・・・・・・・・・・私の拒否権は・・・・・・
「貴様個人の意見など聞いておらん。孤児姉は平民で孤児ながら性根がしっかりとした良き娘だ。わしが養女に迎えてよい男を見繕いたいくらいだ。本当にこんな怠け者を選ぶなんて・・・・・・・・ブツクサ」
私の件は放置して・・・・・・・・・・
補佐見習と傷跡娘をどうするかだな・・・・・・・・
爵位を得ているといっても、五月蝿い王宮雀共に可愛い傷跡娘に手を出そうとする糞貴族。
手を出そうとしたのは丁重に説得して・・・・・・・・ついでに勧誘もして・・・・・・・・
所で其処の某諸侯家の何で贈り物を?
息子が非礼なことをした?いえいえ、可愛い娘を見てモノにしたいと思うのは当然ですよ。
少々強引で腹が立ったのは否定しませんがね。ご子息本人には少し躾を施すのは年長者としての役割と思っていますが貴家には何も致すつもりは・・・・・・・・・
えっ、本人にはきつく言っておくから解放してくれ?
まさか、傷跡娘争奪戦に立つまでの力量を付けて貰う為に協力しているのに?
「御主人様、流石にそれは非道というものでは・・・・・・・・・・」
「いや、棒諸侯家の御子息には恋敵と同等の力量をつけて貰うために助力しているのだが・・・・・」
「だからって補佐見習と同等の教育なんて・・・・・・・・・・・見ていられないのですが。」
「まだ、其処までやっていないよ。」
「なら、如何して御子息様が空ろな目をしているのですか?」
「さぁね、根性が足りないのであろう。」
「悪かった、息子にはきつく言っておくから本当に返してくれ!」
「いえいえ、貴族の嗜みと能力を仕込むだけですから・・・・・・・・・・ご心配なく。ちゃんと宰相程度ならば狙える程度に仕込むか、さもなくば・・・・・・・・・・・・」
「うわぁぁっぁぁ!! むすこぉぉぉぉぉ!!」
その後国王陛下の勅命で返すことになった。
ちっ! 上手くすれば私の代わりに王国を切り回すのが出来るかと思ったのに・・・・・・・・・
「御主人様、無能貴族を当てにするのは・・・・・・・・・・」
確かに私の失策だが、一人くらいはまともな貴族が欲しいと思うのだけどね。
「だからって、貴族資質法案を上奏するのは・・・・・・・・・・・・」
「陛下・・・・・・・・・王妃様の折檻から生還したのですね。」
「酷いものだった・・・・・・・・・・ 何度死ぬかと・・・・・・・・・太陽が黄色いし・・・・・・・・」
「陛下おいたわしや・・・・・・・・・・」
「王室顧問、ワシを王妃に売るなんて・・・・・・・・・・お陰でもう一人王族が増えそうではないか。」
「それはおめでたい事で・・・・・・・・・・・それに王妃様に対して失礼というものでしょう。我が娘達を手に入れようなんて・・・・・・・・・養女とするならばまだしも・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・まさか、愛人とするという冗談がここまで酷い目にあうなんて・・・・・・・」
「それは冗談でも私は許しませんけど・・・・・・・」
「王室顧問目が怖いのだが・・・・・・・・・・」
「当たり前でしょう、陛下の有害な冗談で可愛い娘達を辱めたばかりではなく国政を滞らせて私にまで仕事を押し付けたんですから・・・・・・・・・・・滞った分に執務で陛下の確認が必要な部分がありますからじっくり付き合ってもらいますよ。」
「まて、まてまてまてまてまてまて・・・・・・・・・王室顧問!わしが悪かった・・・・」
「聞こえませんなぁ・・・・・・・・・・」
その日陛下の執務室からはすすり泣く声が聞こえて来たという。
宰相閣下酷い事を・・・・・・・・・・
「御主人様、流石にそれは・・・・・・・・・・・」
「王室顧問、人のせいにするのはよろしくないぞ。」
「賢者様に独占欲発揮するならば囲ってください。」「陛下かわいそう(棒読み」「浮気は良くないよね。浮気は・・・・・・・・・・」
「王室顧問、こっちにも口添えしてくれという声が五月蝿くて何とかしてくれない?」
ある日官僚部屋からそんな声が聞こえてくる。
私と官僚達は仲が良いから仲立ちを頼まれるのであろうな。
本当に傷跡娘は大変だ・・・・・・・・・
当の本人は聖域守護辺境伯家王都屋敷に連れ込まれて、我が母上の着せ替え人形と化しているのだが・・・・・・・・・補佐見習は生活費を稼ぐために官僚部屋にいるが
で、馬鹿弟子よ。うかうかしていると傷跡娘を攫われてしまうぞ・・・・・・・・・
「御主人様、公然の事実なのですから、婚約したとでも言い切ったほうが・・・・・・・」
「その手が一番か・・・・・・・・なると立会人に・・・・・・・・法務副長か宰相閣下か・・・・・・・・民部長や財務長だと・・・・・・・・そのまま養子に持っていかれそうだな・・・・・・・・・」
「王室顧問、私が行いましょうか?」
「王妃様仕事は?」
「そんなもの可愛い子の為に大した事じゃないでしょう・・・・・・・・」
仕事サボりか・・・・・・・・・
「えっと、其処の近衛兵君。王妃様を丁重に執務室に御案内してあげて!」
王妃様は国を思う忠義の士に連れて行かれて仕事させられるのであった?
まぁ、二人を婚約させていったほうが楽か・・・・・・・
立会いは兄上に頼むか・・・・・・・・・・
兄上に頼んだら二つ返事で手伝ってくれることになった。
って、言うか母上!傷跡娘の為に何針子の群れを用意しているんだ!
そして、王妃!張り合うな!どこから聞きつけた!
「そりゃぁねぇ・・・・そんな面白い事を・・・・・・・」
えっと、聖域守護辺境伯私兵団諸君。この仕事サボっている王妃様を丁重に王宮までお送りしてください。
「待って、私は純粋に祝いたいのよぉぉぉぉぉぉ!!仕事なんてイヤァァァァァ!!」
「賢者様、王妃様にその扱い大丈夫なの?」
「傷跡娘大丈夫だ。最近仕事サボって困ると陛下に閣下がぼやいていたから・・・・・困ったものだ。」
「息子、お前が言う科白ではないと思うのだがね。」
「母上、私は自分の担当は終えておりますからサボっても文句言われる筋合いはないですよ。」
「宰相閣下がぼやいてたよ。仕事嫌がるから引退できないって。」
「だから私は暮らす分の仕事しているし文句言われる筋合いはないですが、爵位も返還したいのに・・・・・・・・・・・・」
「御主人様、仕事したほうが楽だと思いますが・・・・・・・・」
「上に立つと身を整えよとか、酒飲み過ぎる名とか五月蝿いし・・・・・・・・性愛神殿に入り浸りたいのに・・・・・・・」
「御主人様のいい所を見ていたいのに・・・・・・・・・」
「ほら孤児姉ちゃんも言っているのだから良い所見せないさい!」
母上、ルビが間違ってます。
「息子、一応孤児姉はお前の嫁扱いだと周囲も認知しているのですけどね。」
なんて酷い事を・・・・・・・
十日ほどドタバタした後、補佐見習と傷跡娘の婚約が発表された。
そのときに国王夫妻とか宰相閣下とか官僚共とかが乱入したのは笑い話。
って、いうか貴族諸氏、君達呼んでいないのになぜ来るのだ!
「そりゃ、噂の純愛を見るために。」
「補佐見習と縁を得るために・・・・・・・」「娘の付き合いだ。」「嫁の付き合いだ。」「母の付き合いだ。」
女性陣の人気が高いな・・・・・・・・・・・(苦笑
酒が切れたので買出しに行って来る。