傷跡娘と補佐見習
これはやさしい物語
貴人聖域法使い自らの腕を弱者の盾とする
愚かな愚かな物語
今は昔の盾の王 その血を継し男あり
男は娘をわが子とす 奴隷となりし傷跡娘
親は無力な今際の身
娘に無体の手がなきように
涙ながらに傷つける
鈍き刃の引き攣れと 熱き置き火の焼け爛れ
麗し顔今はなく
何と無残な傷跡よ 何と悲しき親の愛
嗚呼 非情なるこの世界
せめて小さきこの娘 幸いなれと願う親
些細な願い 今際の願い
誰も叶えるものはなく
娘は傷を気に病んで 見る者なきと涙する
ただ幸は傷を見て 誰も娘に見向きもせずに
無体に花を散らされず 乙女の徴守られる
何時か出会える者あらば 娘の内は美しき
いつかその愛受けるなら 若者誠に羨まし
傷跡だけで捨てる者 傷跡だけ見て見えぬ者
汝に誠に出会う術なし
とある劇作家が記した『傷跡娘の物語より』
そろそろ補佐見習に傷跡娘は帰ってくるのか。
ついつい王都の門に足を運んでしまう私も愚かしいことだな。
「ご主人様、彼らは何時頃帰ってくるのでしょうか?」
「予定ではこの数日中であるらしいが日時通りに辿り着くのは中々難しいだろう。旅と言うものはままならないものだからな。」
「とは言っても早く来ないものでしょうか?」
「案じているのか?」
「はい、彼等もまた私の弟妹分ですから。」
「弟妹を案じぬ姉はなく、子を案じぬ親はなしってところか我等は………」
少々風が寒いのか外套を着ていても身を寄せる孤児姉に風よけに成らんと風上のほうに身を動かす。
しかし、待つ身と言うものは何時になっても不安に襲われるものだな。
馬鹿弟子と可愛い傷跡娘に限って言えば大抵の苦難なら簡単に乗り越えられるだろうし、帰りも商会公の隊商に便乗しているから危険は少ないはず。
この国で商会公に楯ついたら日干しにされるからな。
ひゅるりらひゅるる・・・・
風も強くなってきた。散策もこれくらいとして戻るとしよう。
ガタガタガタガタ・・・・・・
「おーい、隊商が来たぞー!」
門衛が叫びを挙げる。臨検の者が荷改めをして、通行税を受け取る。
基本的に無荷の者は銅貨一枚、商売する荷物を持つものは荷馬車一台に対して銀貨一枚程度(商品にもよる、野菜とか生鮮品の場合は安くなる)の税を納める事となっているのだが、貴族が商売をする場合は通行税が荷馬車一台に対して銅貨数枚程度だったりする。ある程度の規模の商人だと貴族を代表に据えたりすることも多く、貴族も名義貸しで副収入を得ている場合が多い。無論領地持ちの貴族だと自分で自領の産物を売り込むことも多いのだが。
隊商の先頭に掲げられている竿に括り付けられたのは古びた金貨袋。
商会公の隊商か………
私は隊商に近づき、我が馬鹿弟子達が居ないかどうかを尋ねる。
「賢者の旦那!」
「賢者様!」
隊商の中から私の姿を見つけたのか二つの声が響き渡る。
やっと帰ってきたか・・・・・・・・・・
待ち侘びたぞ。
傷跡娘、その顔を見せておくれ。うん、愛らしい顔じゃないか。補佐見習に呉れてやるのが勿体ないくらいだ。補佐見習も旅路を経て一皮むけたようだな。私は門衛と隊商の長に断りを入れ二人を連れ帰る。
「かーちゃんに顔見せて置きたいな。心配しているだろうし・・・・・」
「では、市場に向かいましょうか?」
「・・・・・・・・・・・・そうだね。お義母さんに挨拶しないと。」
今の時間帯ならばまだ市場にいるだろう。酔っ払いの大使や官僚達と共に・・・・・・・
「旦那、俺が酒盛り部分作ってから市場が酒場になっていると聞いたのだが。」
「否定はせぬよ。市場の収益も上がって税収もいい感じに増えているから良いではないか・・・・・・・」
「…………俺間違えたかな?そんなに大げさにならないで弁当とか食事するくらいできる場所があればよいかなと思っていたんだが・・・・」
「まぁ、結果が良ければ問題ない。悪いのは大使達や官僚達だ。」
「・・・・・・・・・・何ヶ月振りだろう、長い間旅をしていた気分。それでも半分くらいは傷跡を消す施術で眠りの間にいたから夢の旅路なんだけど。」
「そうだな、俺も書類仕事していたからすぐに月日が去っていた感じなんだが・・・・・・・」
やっぱりやっていたか………書類仕事。
「王宮でも書類の山を用意しているから覚悟しておけ。」
「うわぁ・・・・・・・・・・・」
旅の疲れが出たようだな・・・・・・・・
崩れかけた補佐見習と傷跡娘を見て、王都から空荷で帰ろうとする農家らしい荷馬車を見つけると御者をしている親爺に心付けを渡して乗り込むのだった。
「旦那方、市場でよいんかい?」「悪いな、帰りに・・・・・・・・」
「なぁに、全裸賢者様の頼みだ。無碍にはできまいよ。心付けももらったし・・・・家にいる餓鬼どもに土産の一つでも買うとしますよ。」
農家の荷馬車でガタゴトと市場に向かうのであった。
市場の外周部分につきこれ以上は馬車を乗り入れするのは通行の邪魔になるので、農家の親爺と別れて小売婦人を探す。まだ店を開いている面々を訪ねながら探す事暫し、親子の再開となるのである。
「おかえり。ちゃんと無事に帰ってきたね。」「かーちゃんただいま。」
「………唯今戻りました。」
「どれどれ傷跡娘はどうなったのかな? うん、見立て通り美人さんだね。傷跡があってもちゃんと可愛い子だったのに是だと男たちがほっとかないね?息子よ!ちゃんと捕まえておくんだよ!」
「ちゃんとってなんだよ! ちゃんとって!」
「お前はどうせ甲斐性無なんだから、こんな可愛い子をモノにする機会なんてまずないだろうし逃がしたら一生独り身だよ。」
「ひでーよ、かーちゃん。久しぶりに戻ってきた息子に対する言いぐさか?」
「…………義母さん大丈夫。私が逃がさないから…………」
「嬉しい事を言ってくれるね。息子を頼むよ。」
「・・・・・・・・はい。」
親子の久しぶりの会話は補佐見習が一方的にやられているようだ。傷跡娘の方が実の娘みたいな感じだしな………
その光景を眩しそうな眼をしてみている孤児姉。無いもの強請りだと頭では分かっているんだろうが羨ましいのだろうな。そっと抱き寄せて頭をなでてやる。抵抗する事もなく身を寄せてくる。
「良い光景ですわね。」
「そうだな、夫人もつれて寮に行くか?孤児娘達や寮母あたりも案じていただろうから。」
「孤児院の方でも院長先生や弟妹達が心待ちにしていますから明日にでも寄りたいですわね。」
「では、明日は王宮に通っているチビ共も引き連れて孤児院に押し掛けるか。」
「戻って来た事を官僚の皆さん達に内緒にしておかないと明日一番に連行されそうですね。」
「あははははっ、流石に其処まで情報は速くないだろう。」
「よぅ、補佐見習ではないか!その様子だと傷跡娘の件は無事に済んだようだな!」
「そこにいる美人ちゃんは傷跡娘か?補佐見習を捨てておじちゃんところ来ないか?」
「補佐見習、仕事が待っているぞ!
」
そうだった、ここは酒盛り市場。官僚もたむろしているんだったな。
とりあえず釘を刺しておくか・・・・・・・・・・
「親子水入らずを邪魔するんじゃない、王宮への挨拶は孤児達の雇用期限切れに合わせていくし、二人も旅の疲れをいやす時間がいるだろう?」
「そうだな、王室顧問。閣下と法務副長にはそう伝えておく。」
「悪いな・・・・・・」
「となると明々後日か、多分王妃あたりが煩そうだから覚悟しておけよ。」
「違いない、明後日あたりは私も手伝いに行く。明々後日は仕事にならんだろうからな。」
「助かる。」
私は渋る小売婦人を連れに加えて寮に向うのであった。
遠慮すること無い。息子は爵位持ちだし、その母となれば寮に入る資格は十分ある。
一夜くらい私の客人としたってよいのだ。
親子水入らずを存分に楽しめばよいさ。
寮に戻ると孤児娘達に孤児達も戻って来たところで私等の顔を見るなり駆け寄ってくる。
どうだったとか、奇麗になったねとか・・・・・・・・・・・
口付位したのとか・・・・・・・・それは親の前で答えられないだろ!
もみくちゃにされる二人、それをほほえましそうに見る小売婦人。
寮に入ってからも寮母には強く抱きしめられ二人して目を白黒させたり、戻って来たならば先触れをだしなと私が怒られたり・・・・・・・
寮の食堂はにぎやかであった。寮にいる面々も久方ぶりの再会を祝って、王妃の年ほど(慣用表現)の乾杯を繰り返したり・・・・・
補佐見習が旅路にて書類仕事をしていた話を聞くと何旅に出てまで仕事しているんだとからかわれたり、温泉町の様子に行ってみたいねぇ等と女衆が羨ましがっていたり・・・・・・・・
夜も更け始めて、二人は疲れているんだから休ませてやりなと寮母が釘を刺して来るまでワイワイやっていた。
そして親子三人は一つの部屋で遅くまで語らうのだった。
よたかが ほーほー
誰かの夜が穏やかでありますように
では、酒が切れたのでこれまで。三崎のエボダイは白身でうまいぞ。
お勧めは煮つけだね。味醂を入れず酒と塩だけで仕立てるのが私の好みだ。