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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
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旅立ち 【4】

 部屋が凍りついたような空気に包まれた。

 いったいあの書面にはなんて書いてあったんだろう。

 どうしてひめさまは急に「お別れ」なんていうんだろう。

 そういわれた当の王妃さまといえば、ひめさまを凝視され、口元に震える手をそえて何かをこらえているように見えた。


 「晃陽、そなた何をいうておるのじゃ……」


 消えるような細い声をひめさまにかけながら、王妃さまはひめさまの頬をなでようと震える手を差し出そうとした時、


 「お母様、わかっていらっしゃるのでしょう。 どうして今日に限ってお母様が前もっての連絡もなしにこちらに御渡りになられたと? わたくしがそれをわからないとでも?」


 そういってひめさまは差し出された手からすっと逃げるようにかわされ、目線を外されました。


 「晃陽っ……」


 しゅっ


 激しい衣擦れの音とともに王妃さまはひめさまを包み込まれ、ぎゅっとできる限りのお力で抱きしめられました。


 「分かっている、分かっていたのじゃ。けれど、そなたがどう思っていようが、そなたは妾のかわいい子。そのことを忘れるでない」


 「お母様……」


 その言葉にまるで驚いたように瞳を大きく見開き、そしてゆっくりと言葉を味わうように瞼を閉じたひめさま。

 王妃さまと仲睦まじいとまではいかなくとも、いつもお互いを気にかけて文のやりとりや草花の贈り物をされていたのに、本当は違っていたのだろうか?見せかけていただけ……?

 わからない。

 お茶屋に現れたひめさまを見てから、分からないことが多すぎる。


 「王妃さま」


 言い出しにくそうに母が、声をかけた。


 「一の姫様には国王さまからのお声がかかっておりますゆえ、お支度をせねばなりません。それに、王妃さまにも書状が届いてるかと。ここはひとまずお部屋に戻られてはいかがでしょうか?」


 「……そうじゃ、そうじゃったな。」


 王妃さまはひめさまのその色彩のないお顔をじっとご覧になってから、もう一度きつく抱きしめられました。もう二度と胸に抱くことはないという風に。


 「では、晃陽。また、の」


 その言葉に込められた本当の意味を知るのは、もっともっと後になってからだった。





 「ひめさま、お支度を」


 王妃さまと母が退出してもなお、ひめさまはその場から動こうとなさらず、きっちりと丁寧に閉められた戸をご覧になっていました。


 「そうね。支度しなきゃ、ね」 

 

今にも崩れ落ちそうに、ふらついて立ち上がったひめさまを、衣裳部屋にお連れして、冬柊の正装に着替えさせた。

 冬柊の正装は、成人前であれば袖振りの長い色無地の着物に袴、そこに表着を着て裳をつける。その上にさらに唐衣を着付ける。成人であれば袖振りが短くなり、表着の後にさら(うちき)を重ねる。そして髪はすべておろしておく。髪につやをだし、まとまりをもたすために椿油をつけておくのは貴人としての身だしなみに入る。

 ひめさまはもともと王妃さまを迎えるために表着までは着付けていたので、それを丁寧に着付け直し、裳をつけ、唐衣をはおり、そして静電気が起きるまでひめさまの柔らかい髪を櫛でとかしつけてから椿油をたっぷりとぬりこんだ。

 色の薄いひめさまなので、本当に淡い色合いがお似合いになる。まだ肌寒い春の入りなので、少しだけ季節を先取りして桜と鶯色を取り入れた。扇子の柄もそれに合わせて桜色。


 「お支度、整いました」


 「なゆた、お前も正装をしておいで」


 はい?どうして私が正装をする必要があるんですか、ひめさま!


 「お前も呼ばれることになると思うから、ね」

 

 ええっ!なんで普通の女官のわたしが、会見の間に呼ばれるんですか!


 「ひめさま。お言葉ですが、それはないかと思います。それに女官の私の正装は今着ている衣裳になりますので、このままひめさまに付き添わせていただいて、控えの間でひめさまのお戻りをお待ちしております」


 だいたい正装なんて貴族さまがするもので、女官で平民のわたしが持っているわけないじゃないですかぁぁ!

 心の中で叫んでみる。


 「あら、そういえばそうね?うーん、仕方がない。じゃあ、行事用の女官衣裳はあるでしょう?それを着てもらおうかしら。」


 どうしてそこまでわたしの見栄えをきになさるのか、さーっぱりわからないんですけど。


 「ほら早く。会見の間にすぐ行くと日向に伝えてもらっているのよ?」

 

 そうでした!急がなくっちゃ。

 なんとなく、ひめさまに乗せられた感があるけれど、とりあえず女官衣裳をひっぱりだしてさっさと着替えなきゃ!

 といっても、いつもの女官衣裳に一枚羽織って、髪飾りをつけるだけなんですけどね。

 そんなわけで支度もさっさと終わって、ひめさまに付き添って会見の間に急いだ。




 「一の姫の、おなり」



 会見の間に響き渡る声とともに、ひめさまが上座に座る王さまの、ななめ後ろの席に座られた。

 私は会見の間の続きにある控えの間の入り口で、待機。まあ、女官ですしね?

 ここから見える王さまの顔は昨日拝見したときとは別人のようで、苦悩に打ちひしがれた者が見せる、疲れ切って一気に十は衰えた顔をされていました。

 いったい、この会見はなんなんだろう。

 会場には百はいるだろう人の群れ。

 その誰もが一言も話すことなく、うなだれて肩を落として、中には途方に暮れたような呆けた顔をしている者すらいて。

 なにかとてつもないことが、起こったんだ。

 そうとしか考えられなかった。


 「姫も参ったことだし、始めるとしよう」


 王さまのその一言で、しんと静まった会場に一瞬ざわめきが生まれた。それもよくないほうのざわめきが。

 「皆のもの、よく聞くがよい。今わが国は大変な危機を迎えるであろう予兆を見た。先ほどから東の空に現れたあの雲。あれは……あれは闇の支配者が出現した証である。」


 ざわっ


 闇の……支配者?

 でも今の世に、闇の護人をもつ主人(ぬしびと)はいないはず。

 だいたい闇の支配者なんて冬柊の国の始祖時代の話で、ほとんど夢物語じゃない!


 「この場にいるものすべてが「古事記」を熟読することを基本としているだろうが、今まさに同じことが起きようとしている。以前より、こちらに控える術師より、闇の護人が生まれたことを示唆されていたが、まさかこのような早くに支配者として覚醒するとは予想の範疇を超えたものである。

 あの東の雲が現れたと同時に闇の波動を受けた術師がすぐ登城し、報告。それを受けて国境警備隊を一部隊差し向けたが、あれから数刻たっても連絡がつかぬ。そのことがどういうことを表わすのか、あまりにも明白である。闇に食われたとしか言いようがない。

 いまここに集まってもらったのはほかでもない。

 古事記に倣い、闇の支配者を消滅させるべく、光の護人を探し出し、その者と同行して闇に挑むものを募りたい。

 急なことで驚いたかと思うが、これは一刻を争うこと。

 誰か、光の護人を見つけ護ってくれぬか?」


 それは会見というよりも、死に向かって歩く勇気ある人を探すための儀式のようなものだった。

 ……なぜこの場にひめさまが必要なのか?

 ひめさまは確かに、光の護人が主人としてあるような色彩をまとっているけれど、本当は単に色が抜けているだけの普通の人。

 生まれたときに色があまりにも薄いので、心配した王妃さまが術師に確認をとった時に「護人はおりませぬ」ときっぱりと言われたと母が言っていたし。

 

 「今この国で、光の護人を授かる色彩をまとっているのは、ここにいる一の姫、晃陽しか私は知らぬ。ただ、晃陽には護人がついておらなんだ。けれど、一行の中には晃陽を同行させる。それは、本来の光の護人とその主人が見つかるまでの、めくらましになろう」

 

  ざわっざわっざわっ

 

 国王唯一の娘である、一の姫、晃陽を、王さまは目くらましのために闇の支配者に向かわせるというのか?

 なに?それ!

 ひめさまには何の力もないのに、そんな、そんな過酷でむごいことをさせるなんて!

 当のひめさまはというと、今の言葉がまるで分かっていたように両手を前について、

 

 「国王さま、承りました」


 そう畏まって頭を御下げになられました。


 「そうか」


 その一言に込められた王さまの苦痛が、控えの間まで伝わってきたけれど、それでも私には親として子どもに死に行くような命令を下す王さまに、不信感が否めなった。


 「その代りお願いがございます」


 「申してみよ」


 「人選を、わたくしにお任せ願えないでしょうか?」


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