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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
37/38

黒珠 【参】

 「なゆた。それはいったいどういう意味だ?」

 「たしかに今、闇の中に引きずられて行って……しまったけれど、囚われたとは一体どういうこと?」


 優しく私を包んでくれいた日向の腕が、少しだけ強張った。

 ひめさまも不安そうに私を覗き込む。


 「闇が……。あのどす黒い闇が加月を取りこんでしまったの」


 言いながらぽろぽろと涙を落とす。

 だって、何もできなかったから。

 目の前で加月が闇の手に捕まって取りこまれて行っているというのに、私は闇の声を聞くだけでも身体が震え強張り、恐怖に涙してしまったから。


 「もう加月はいないの。ごめんね、ごめんね……加月。助けられなくて……っ!」


 涙が終わることなく流れ出る。

 さっきとは違う嗚咽が、加月を無くして心が軋む嗚咽が、何度も何度も喉を襲う。

 そんな私をぎゅっと抱きしめて私にしか聞こえない声で優しい言葉を何度も紡いでくれる日向の温もりが、今の私には少しの慰みになった。


 「加月が……もういない?なんでや?なんでそんなこと、なゆたがわかんねんっ!」

 「こう」

 「なんでや?なんでなゆたがわかるんや?主人でもなんでもないなゆたが、なんでそんなことわかるんやっ!」


 両の手を力いっぱい握りしめて今にも襲いそうな勢いで、こうさんは私に向かって泣き叫んだ。

 悲痛な叫びが辺り一面に反響する。

 その叫びが他の皆の心に突き刺さる。

 迷子の加月をここに連れてきたのはこうさんだから。

 誰よりも加月を可愛がっていたのはこうさんだから。


 「なんでやぁっ!!」


 『それはなゆたが主人に相応しいほどの純粋な魂を持っているから』


 光の護人である朝陽さんが、私の中を見透かすように見つめて言った。

 けれどいきなり突拍子もない話を振られて、唖然とするほかなかった。

 光の護人の言葉を信用しないわけじゃなくって、私がそんな魂を持っているということがにわかに信じられなかったから。

 それは誰もが同じように思っていたらしく、皆が……こうさんですら朝陽さんを注目して次の言葉を待っていた。


 「朝陽?それはどういうことなの?」

 『言葉通りよ?なゆたの魂は主人のそれと匹敵するわ』

 「……ちょっとまって。そんなに主人になれるような魂の人間って存在するものなの?」

 『いいえ。滅多にいない。というよりも、同じ世代に生まれることがないの。それは命様がさきの闇の支配者が生まれたときにお決めになられたのよ』

 

 同じ時間に護人同士が存在しないということは、護人にとって分かち合える存在がいないということになる。

 それはどんなにつらい一生なのだろう。

 だけども、今この場に光と火の護人、そして東の彼方に闇の支配者が存在している。

 それって朝陽さんが言っていることと矛盾しているように思える。


 『そう。矛盾しているわね。どうしてこの時代に何人も主人が現れることができたのかは、命様しかわからないわ。ただ、光と闇だけは対で生まれるの。今回はたまたま晃陽と月城の魂がそれに準じていたから、母親のお腹にいた赤子のあなたの了解をもらって一緒に生まれて出たのよ?』


 ふわりと笑ってひめさまに寄り添う朝陽さんは、愛しい妹を優しく見守る姉のようだった。


 「こうさんも……そうなのね?」

 『そうだ。私もこうが母親の腹の中にいるときに、こうの了解をもらって一緒に生まれ出た。護人にはたしかに純粋な魂を持つ赤子に宿るが、それは無理矢理宿るのではなく、かならずその赤子本人に了解を得る。たとえ産まれおちたその子が約束を覚えていなくても、我らの教えた名を覚えていなくても、たしかに我らは赤子と契約を結び、我らの名を与えるのだ』

 「せやから……俺が火焔の名ぁ呼ぶまで、俺の前に現れへんかったんか」

 『そうだ。名を呼ばれない限り、最低限のことしかできない。どんなに幼いころのこうを助けたかったか……』

 

 こうさんの辛すぎる過去を思い出させてしまったことを後悔したように、火焔さんはこうさんに寄り添いつつも歪ませた顔を背けていた。


 「そんなん、済んだことやん?今思ってもしゃーないんやから、気にすんな。それに今ここにこうしていてくれるだけで俺には十分なんやで?火焔」



 大きく腕を振り上げて火焔さんの肩から優しく抱きしめたこうさんは「火焔、ありがとな」とそれはそれは温かい言葉をかけていた。


 でも。

 朝陽さんがいうように、同じ世代に主人になるような魂が存在しないのなら、私という存在が珍しいというよりも、こうさんのほうがよほど異端になると思う。

 だって私は主人ではないけれど、こうさんは火の主人なんだから。


 「なゆたが純粋な魂を持っているのはわかった。でもだからといって主人であるひめさまやこうよりも先に闇を感知できるというのが理解できない」

 「……あのっ!」 


 急に大きな声を出した私を訝しんで「どうした」と頭の上で日向が驚いていたけれど、日向の言葉を途中で遮ったとしてもこれだけは先に行ったほうがいいと思う。

 

 「私、さっき聞いたんです。頭の中で誰かが話しているのを」


 頭の中をいじくり回された不愉快さがもう一度襲ってきたけれど、それでもこのことを皆に伝えないとという思いで無理やり記憶を引きずりだした。


 「言葉を上手に紡げないような小さい女の子が、あの黒い珠から腕が現れるまでずっとずっと私の頭の中で私に話しかけていたんです。『みぃつけた』って。それで私……その子の声がどうしても受け付けなくて、気持ち悪くて、頭の中をのぞかれているようで、気持ち悪くなってたんです」

 「それっていつからなの?なゆた」

 「……ちょうど加月がこうさんに慰められて落ちついた頃だったと思います。初めは聞き間違えかと思ったんです。だってそんな話し方をするような子なんて加月以外いないし、でも加月は泣きやむか泣きやまないかのころでそんな声なんてだせないはずで。でもだんだんと耳に聞こえているんじゃなくて頭の中で誰かが直接しゃべっているような、そんな気持ち悪い感覚になっていって……。堪え切れなくなって叫んでしまったんです」

 「その『声』は他になんて……?」

 「『おまえもみつけた』とか『とりもどすの』とも。でも言葉にはしていませんでしたが加月を取り戻すってずっと思っていたみたいです。それでかんぺきになるんだって」


 そう。あの苦行の間、ずっとあの声は思っていた。

 加月を取り戻して完璧になるんだって。

 だから白い腕が珠の中から生えたときに後ろにいた光の主人であるひめさまを捕えるんじゃなくて、加月を迷わず掴んでいた。

 そしてゆっくりと加月の意識を取りこんでいくのを、頭の中で喜んでいた。

 嬉しさのあまり、狂った意識が震えていた。

 それは闇の珠が目の前でなくなるまでずっと私の頭の中に感じていた出来事だった。


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