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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
35/38

黒珠 【壱】

 それは、突然のこと過ぎた。


 前触れらしきものは、何一つなく。

 

 ひめさまと一緒に笑っていた加月が私たちの目の前でなすすべなく漆黒の闇に包みこまれてしまった―――――




 



 二つ先の宿場町を目指して歩き始めたのは、まだ朝もやが立ちこめる早朝のこと。

 こうさんが先頭を立ち、ひめさまと加月を載せた馬を曳いていた。そして日向と私はその後ろを荷物を持ちながら歩いていた。

 馬上ではひめさまを独り占めして幸せいっぱいの加月がはしゃぎながら、一生懸命に何かをみせようとしていたのがほほえましい。


 「ほらっ。きれいなたまでしょう?」


 きれいない珠?

 不思議に思って歩みを速めて前を進むひめさまと加月のほうを見てみると、ひめさまに差しだされた加月の手のひらに、毬のように丸くて闇のように真っ黒な何かが手を離れて空中に浮いていた。

 先ほどまで加月の五月蠅いまでのしつこさにうんざりぎみではいはいと生返事していたひめさまは、その真っ黒い珠を加月の手のひらに見たとたんに表情が固まり、まるで壊れた人形のようにぴくりとも動かなくなってしまった。

 

 「あ……あ……ひゅっ日向っ!」


 あまりの衝撃に声が裏返ってしまったけれど、なんとか後ろを歩く日向を振り返り、加月に向かって指を差すことができた。

 動きがおかしい私を不審に思って、指差した方向に顔を向けた日向は、その瞬間、こうさんに馬の歩みを止めるように指示を出してそひめさまと加月の間に入り込むようにひらりと馬に飛び乗った。そうして無情にも言葉通り、加月を黒い珠ごと投げ捨てた。

 日向が自分と姫様の間に入ったかと思うと気がついたらはたかれるように床にたたきつけられて、加月は茫然と馬の上にいる大好きなひめさまを見上げていたけれど、打ち付けたお尻と手のひらに感じる土と痛みが襲ってきてわんわんと泣き始めてしまった。

 その足元にはコロコロと転がっても壊れることのない黒い珠。

 その珠を見せられたひめさまの衝動は凄まじく、馬の立てがみを震える手で握りしめていた。

 

 「いったいどないしたんや?」


 日向や私の焦りなどお構いなしに、のんきに話しかけてきたこうさんにちょっとだけ殺意を覚えてしまった。


 「どうにもこうにも!こう。お前は感じなかったのか?」


 眉間にしわを寄せた日向の低い声が、こうさんを脅かす。

 けれどこうさんには何のことかさっぱり分からなかったようで、きょとんと日向を見て、そのまま加月を抱き上げてよしよしとあやしている。


 「あんなあ。ちょっと酷いんとちゃう?相手はちぃさい女の子やで?何があったかわからんけど、放り投げるやなんて、えげつないことしぃなや」

 「その娘はたった今、闇色の珠を手のひらに出していたんだぞ?それを何もないだと?刃を向けないだけでもありがたいと思え!」

 「はあ?なんやそら。日向にしたらちょっと芝居がかってへんか。それに加月が闇色の珠を出せるやなんて、そら当たり前とちゃうん?」


 こうさんは髪の毛のない頭を撫でながら、泣きやまない加月の背中をぽんぽんとあやすように叩いている。

 そうしてとんでもないことをさらっと言ってのけた。


 「加月は闇やねんから、しゃーないやん」 


 ……なんですって?

 加月が『闇』だといっているように聞こえたけれど。

 でも、もし闇なら東の空に広がる闇は加月が出しているってことになるのに。

 闇の支配者が、加月?


 そんな馬鹿なことがあるはずがない。


 日向を見るとこうの言ったことを逡巡しているようで、ひめさまを加月から隠すように馬を数歩下げていた。

 ひめさまはひめさまで、加月を恐ろしいものを見るような眼で日向の陰からじっと見ているし。


 加月の汚れを払いながら立たせたこうは、今さら何をいっているんだとばかりに呆れたように見回して、盛大にため息をついていた。


 「いったいそれはどういうことだ?説明しろ」

 「説明って言われても。そんなん俺かてようわからんけど。せやけど加月は闇やで?もちろん護人である火焔はそんなことわかってるし、ひめさんの朝陽かてわかってるんとちゃうん?逆になんでひめさんがそのことわかってないんか、そっちのほうが気になるわ」

 

 「なあ、火焔」と、首からかけた袋に収めてある袋をこうさんが優しく触ると、ぽうと淡い色の光が漏れた。

 火の護人である火焔さんは、珠の姿をとっていつもその胸の袋に入っていてこうさんを護っている。


 『たしかに。朝陽はわかっていただろう。晃陽はどうかはわからないが』

 「なんで?朝陽がわかってるんやったらもちろんひめさんかてわかるやろ」

 『一概にはそうとは言えない。主人は人間であって護人ではない。気配を感じることができるのは我らであって主人本人ではないだろう?主人とわかる要素はその人間が護人と同じ容貌であることと、そばに護人がいること。ただそれだけなのだから』

 「それは主人になにも力がないといっているのと同じではないか」

 『そうだ。主人本人には何一つ力などない。ただ、護人の器に慣れるほどの純粋で穢れを知らぬ魂だというだけだ』


 わかっていたようで全く理解していなかった事実が襲ってきた。

 主人には何一つ力がないなんて。

 ただ、護人をその言葉で使役できるのは唯一、主人でしかなくて。

 だから全く力がないというのは、いくら護人がいう言葉でも、違うような気がする。


 加月はこうさんにあやされて落ち着きを取り戻したようで、足元に落ちた黒い珠をそっと持ち上げて大事そうに抱きしめた。

 まがまがしいはずの黒い珠。

 けれど加月が抱きしめるその珠からは優しくて温かくて全てを慈しむような、そんな気持ちにさせられる何かが流れ出ているように思った。



 


 『みぃつけた』

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