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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
33/38

古事記 【肆】

 命の言葉と共に、光の護人の身体がきらきらと輝く粒子となり、光の主人の口から体内へと流れ込んだ。

 その瞬間、娘の体から強烈な光が爆発し、ゆっくりとだが確実に闇を侵食しだす。

 光によって闇が押し戻され、闇に侵された死の世界が顕わになっていく。

 むき出しの地表、今にも崩れ落ちそうな枯れ果てた樹々。

 色を失い、白と灰色が制する世界。


 ぐわぁんっ


 闇の支配者の狂気ともに発せられた波動が、鼓膜に響く重低音の音を立てて幾重にも広がりを見せ、闇を形成していく。

 他を圧倒する強力な光源がいくら闇に覆いかぶさるように闇を砕いていったとしても、闇の支配者を滅さないかぎり、永遠に闇が創造される。

また、光の支配が強大すぎたために影を生むこともできない。


 闇の支配だけでは、光の支配だけでは、『生』は存在しえない。


そのことに気付いた光の娘は、逡巡し、決断する。


主人たる光の娘は、護人を取り込むことにより闇の支配者と同等の光の支配者としての力を得た。

闇のもとへと訪れることの力。


その力を行使し、光の娘は己が身を狂った闇の支配者の前へと投げ出して、その黒く鈍く光る唇から闇を取りこむかのような口づけを交わす。

不意を突かれた支配者は、久しぶりの人間との接触に狂ったまま我を忘れ、吸いつくし、まさぐり、まぐわる。


光が闇に侵食される。

闇が光に侵食される。

まぐわるごとに、解けていく狂気。

まぐわるごとに、移行する力。


お互いの色を交換するかのように、染まりゆく髪と瞳。

混ざり合う光と闇が、また新たな生を世界へと生みだした。


 闇の支配者は、ただの人へと。

 光の支配者は、ただの人へと。


 護人の器としての主人の力を失い、ただの人となったものから排出された光と闇の珠は、晴れやかな青空へ、次代の主人のもとへと旅立つ。


 そうして、世界は再び命を与えられた。




**********



 「―――――とまあ、ここまでが今回の旅に関すること、かしら」


 「まあ、かなり砕いて話したけれど」と、乱れた髪をかきあげながらひめさまは呟いた。

 

 かなり長い話だったので、途中何回かこうさんが理解しているかどうか確認しながら話していたひめさまだったが、うんうんと頷くこうさんをちょっとほっとした顔をしていた。


 たしかに分かりやすく話していたけれど……。


 「あれ?こんな話だったっけ?」

 「ん? ああ、なゆたが読んでいたものは『新古事記』のほうだろう」


 そうかもしれない。

 私の知っている古事記では「まぐわう」ってあからさまには出てこなかったと思う。

 それに、新しい主人誕生まであったような気もするし。


 「普通は『新古事記』を読むようね。 けれど、城の書籍庫には『古事記』も置いていたから、そちらをわざと読んでいたのよ」


 新古事記のほうはやはり話の内容がところどころ置き換えられて一般に受け入れられるように作られているから。


 少し、悲しみを落としたような瞳の色に、光の主人としてひめさまがどれほど苦しんできたのかがわかってしまった。

 闇の支配者と対峙した時の光の支配者がどう対処するのかなんて、新古事記には記載されていなかった。

 でも……もし古事記をきちんと読んでいたとしたら?

 ひめさまが自分が光の主人であることを隠そうとした理由も少しはちゃんと理解したのかもしれない。

 私だって、見知らぬ人と、それも闇の支配者となって無の世界を作っていく人とまぐわうなんて考えるだけで寒気が走る。

 それをひめさまは理解している上で、世界のために闇の支配者に立ち向かおうとしているんだ……。


 「なあなあ。 ちょっと言葉わからへんねんけど?」


 しんみりしている雰囲気なんてお構いなしに、こうさんが私の裾を引っ張って尋ねてきた。


 「どの言葉? 難しいのはなかったと思うけど」

 「『まぐわう』って、なに?」


 ええっ! それを尋ねるの??

 思わず両手を顔に当てて、こうさんに真っ赤になった顔を見られない様にしたけれど、指の間からみた周りの反応も似たり寄ったりで、ひめさまは真っ赤になった顔を横に背けてるし、日向は片手を顔に当てて天井を向いている。 

 加月は……何か言いたげにひめさまをじっと見ていたけれど、どうしたのかな?


 「なあなあ! わからへんねんて! 教えてや」

 「こう! ……ちょっとこちらに来い!」


 日向に襟首を捕まえられて、こうさんは部屋の外に連れ出されていった。

 まあこの場合は当然の処置だよね、多分。


 「ねえ、なゆた。 こうさんにはもう少し噛み砕いて言えばよかったのかしら?」


 耳まで真っ赤になりながら言う言葉ですか!


 「大丈夫ですよ。 そのあたりはちゃんと日向がこうさんに言ってくれると思いますし」

 「そう? まさか男の人がその言葉を知らないなんて思わなかったから……」


 いつになく弱気のひめさまの手をそっと自分の手で包み込んで、もう一度「大丈夫ですよ」と付け加えた。

 そしてそのままひめさまのまっ白い手に頭を下げて自分の額を付けて、何度でも何度でも自分に、ひめさまに誓う。


 私の出来うる限りの助力を、ひめさまに。


 急に黙ってしまった私にひめさまは初めきょとんとしたけれど、それから少し(めずらしくも)はにかんで頷いたように見えた。



これにて古事記編は終了です。

次から本篇にもどります。

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