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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
32/38

古事記 【参】

 『闇』


 真の闇を知ると、人の言う『闇』とは異なるものだと理解する。


 闇の支配者の誕生により渦巻いた黒雲に飲み込まれていくように柊の国に闇が訪れた。

 ゆっくりと確実に進行していく不知の闇。

 緑の植物は死に絶えた。

 動くものはすべて、飢餓に苦しむ。

 ささくれ荒み、荒廃していく人間たち。

 水すら澱み、不浄となり。


 そうしてたった数年をもって、世界は闇に落ちた。


 何も生れない。

 ただ、死というもののみを受け入れる世界。


 その世界を以ってしても、闇の支配者にとっては不足。

 心の平常とはほど遠い、湧き出る憎悪、噴き上がり続ける血潮。

 繰り返される己が侮蔑と嘲笑と。

 内なる心である護人のもがき苦しむ様を見ることに蓋をして。

 吸収したことによる増幅された力を最大限に行使して。


 闇の支配者は狂乱する。




 


 世界から忘れ去られた場所で。

 ほのかに輝く光があった。

 世界で唯一の光。

 唯一の希望。

 わずかに生き残った人々は、その光を闇から隠すように暮らしていた。

 一筋の光も外の世界に漏れないように。

 一片の言葉も裏切りがないように。


 ゆっくりと着実に育まれた光は、美しい娘に育った。

 そうして同じく着実に育った光の護人。


 娘は世界に光を(もたら)す。

 忘れ去られた場所が息を吹き返す。

 ゆっくりだが確実に。


 ただ。


 均等なはずの護人の力。

 支配者となった闇の力は、均衡をうちやぶる。


 初々しい光は、禍々しい闇を覆い尽くすことはできず。

 それでも人が人として生きていく糧を手に入れるほどには輝いた。


 人々は生きる望みを手に入れる。

 心に光が差し込み始める。

 あやうい光とともに。






 蠢く闇の沼地のほとりに、佇む一つの闇があった。

 その闇の周りから、幾重にも幾重にも波紋のように更なる闇が辺りに広がる。

 誰ひとり彼の周りには留まることを許されず、何一つ彼に寄り添うことがかなわず。

 人間としての殻を脱ぎ捨て、唯一絶対の姿と成りえて。

 ただ人間としての心は捨て去ることを許されず、更なる闇を作っては波紋となって広げていく。

 

 その姿を枯れ果てた木々の影から覗く、一人の娘――光の主人の姿があった。

 

 もちろんその存在は闇の支配者にとっては簡単に見つけることが出来るもの。

 闇の支配者の内なる心である護人が主人とともにいる光の護人に反応して、その存在を知らしめたのだ。


 「何用だ?」


 その言葉は人間である光の主人の心に闇を落とす。

 その瞬間に主人の手の平から出てくる光の護人の珠が光り輝き、己が主人の心に入った闇を薙ぎ払う。

 光の珠が光の粒となって地面に落ちると同時に、そこには象牙色とも淡黄色(たんこういろ)ともとれる不思議な光り輝く長い髪をして、少し青味のかかった、けれどほとんど藍白に近い透き通った瞳の色を持つ、存在自体が光となる護人があった。


 「光の……。 久しぶりだな」

 

 同時期に生まれることのない護人と言う存在は、しかし太古にはお互いの力を持ち寄ってこの世界を作り上げた者たちでもあった。


 『久しぶりね。 元気だった?』

 「愚問だな」

 『そうね。 単なる社交辞令よ』


 軽口を叩きながらも、闇の支配者に近づこうとしても、力量の差がありすぎて近寄ることもかなわない。

 もとより、人間である光の主人にとっては、闇の支配者の存在自体が負担となって、その場に崩れ落ちようとする。

 けれど彼女の使命感がそれを押しとどめ、そこに留まり見極めようと努めていた。


 『どうして命様に願わなかったの』


 それは質問というのではなく、非難となって闇の支配者の心に突き刺さる。


 『大切な主人の心をどうして護れなかったの』


 なんのための護人だと、その光る瞳で攻め立てる。

 光の護人が放つ言葉の一言一言が、主人と護人とが融合している闇の支配者の心を砕く。

 砕かれた心が、闇の支配者に狂気を齎す。


 「護る……? 護っていた。 護っていた。 けれど人間の有り様がこのように変化させたのではないのか!?

 この世界すべてを愛しみ育て、そして愛し子に委ねたというのに。

 その子供たちがいったい何を私にした?

 私と私に一体何をしたというのだ?!」


 ぐわんっ


 闇の波紋が広がる。

 それとともに、光の主人の呼吸が苦しくなり、喉元に手を当てて倒れこむ。


 『りいっ!』


 手のひらに清浄な光を作りだし、りいと呼ばれた主人の身体に送り込む。

 光が主人の身体に浸透していくと、息が出来るようになった主人が青ざめた顔を護人に向け「だいじょうぶ」と呟いた。

 

 このままでは主人が持たない。

 けれど主人がいないと、護人は動けない。


 人間であれば、闇の支配者の気配に触れただけで死を選ぶ。

 護人を受け入れることが出来る主人だからこそ、ここまで闇の支配者に近づくことが出来たのだ。

 けれど闇の深さと力は、光のそれを以ってしても到底及ぶものではなく。

 光の護人は己よりも大切な主人と、闇に下るしかなかった主人と同じ魂を持つ護人を救うために、世界の創造主である(みこと)に願い乞うしか方法を思いつかなかった。


 『命様! 命様! お智慧をお貸しくださいませ。 不浄となってしまった闇を元の姿に戻すことがかなうのならば、私は今生と未来のすべてを命様にお返しいたします』


 『承知した』


 『命の庭』の池のほとりで、柊の葉を落とした場所から澱み続ける水をじっと見つめていた命だったが、柊の葉の世界を『造られたもの』に委ねたために自ら進んでは介入しようとはしなかった。


 だが、光の護人の永劫に亘る願いを創造主である命は聞き届け、ただ新たな力を授けるではなく、主人と護人がこの先もその世界に留まる事が出来るように智慧を授けることにした。






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