古事記 【弐】
残酷描写が含まれます。
苦手の方はここまで、ということでお願いいたします。
「ふう」
一呼吸ついて、ひめさまは水を水を所望された。
古事記といっても命様の話から始めるとはおもわなかったけれど、全く古事記をしらないこうさんや加月のことを考えると一番初めから語るほうがいいのかもしれない。
「しらんかった……。 命の庭を護人が作ったやなんて」
「そう言われているな。 それに命が創り給うた柊の国に知識を与えてくれたのも護人ということになる」
「へー。 火焔や朝陽ってすごいねんなー」
妙な所に感心していたこうさんだけど、ちゃんと護人が何人いるとか、そういうことを聞いていたんだろうか。
「さあ、今までは柊の国の初めまでだったから、今度はどうして闇の支配者が危険で回避しないといけないか、その辺りの話をするわね?」
そういって、ひめさまの語りが始まった。
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柊の葉で創られた国の中心を流れる川の畔に、『なだ』と呼ばれる美しい娘がいた。
歩くだけで辺りに百合の花の芳香を漂わせ、座るとその場から放射状に百花繚乱咲き乱れた。
ある時、闇の主人が水を求めになだの住む川の畔へとやってきた。
そこで彼が見たものは、川岸にある素晴らしい花々とそこに佇む美しい娘。
主人は早速、娘の父親に結婚を申し込んだ。
すると「なだにはすでに婚儀が決まっており、いくら主人の頼みといえど二人を引き離すことは出来かねる」と神に最も近い主人の願いを退けた。
主人もそれを了承したが、相手の男が婚約を解消して主人になだを献上する。
なだは許婚の突然の仕打ちに打ちひしがれ、無理やり夫となった主人に見向きもせずただ毎日泣いて暮らしていた。
主人も自分の力ではなだを救うことができず、護人に助けを求めた。
この時はじめてなだは護人を間近で見ることになった――――その神々しいまでの美しさと妖しさとを兼ね備えた闇の護人。 その眼窩にはまるで黒曜石のような瞳がはめ込まれ、長く緩くうねる黒髪は美しい絹のように光り輝いていた。
なだは自分よりも美しい人にあったことなどなく、この時初めて欲望というものを知ることになる。
それからのなだは、主人には心を開かず貝のように口を閉じ、また笑顔すら見せることもなく、ただ主人が呼ぶ護人の出現のみをひたすらに待ち望んだ。
護人は主人にしか姿を現さない。
それは古よりの決まりごと。
けれどそれは主人が望んだ場合のみ覆すころができる。
護人をたった一度見てしまったがために欲望の虜となり、護人と添い遂げることを望んだなだ。
夫である主人を蔑ろにし、それでも主人ありきの護人であることを重々承知していたがために主人からはなれることもできず、また主人に願うこともできず。
とうとうなだはある手段に出る。
主人がどうしても護人を出現させなければいけない状況を作ればいいのだ。
夫の主人の相談相手として護人が出現するのであれば、相談しなければいけない状況を作れば―――――。
まずは、初めに。
なだは自害を試みる――――――主人の目の前で。
自分は主人に相応しくないと言い残し。
やはり思惑通り闇の護人は現れ、なだを生還させた。
次に。
なだは、主人に仕える者たちを愚弄し、嘲笑し、鞭を与えた。
するとやはり思惑通り闇の護人は現れ、なだを主人とともに説き伏せる。
けれど回を重ねるごとに、なだの所業の業が深くなる。
そのことに主人は心を痛め、できるだけなだと離れるようにと努めたが、なだがそれを許さず主人にしがみつく。
そのうち、とうとう主人に変化が現れ始める。
護人を宿す主人というものは、本来負の感情を持ってはいけない。
護人も、主人の魂を選んでこの世に産まれ落ちる。
もし負の感情を持ったとしてもそれは護人が諫め、浄化していくもので、主人に負を溜めさせることを拒む。
それが、なだの所業のせいで主人の浄化が間に合わなくなったのだ。
だんだんと蝕まれる主人の心。
その心に合わせるように、身体にも変化が訪れる。
指先から、足の先から、黒く闇に染まる身体。
この状態になったものはいままでの主人達の中では例がなく、主人も護人も対処の仕方を模索する。
主人をなだから遠ざけなければ、いつか近いうちに主人は黒に染まるだろう。
なだが主人から離れないのならば、主人が動くしかなく、主人は長く居城であった場所に別れを告げ、護人とともに去った。
そのことを誰からも知らせられず、なだは怒り狂い、すぐに護人に会える最後の方法を実行する。
なだの行為は、闇の主人と護人が丹精込めて作り上げた世界を崩壊させていく。
この事態に当代唯一の主人が動かないわけがなく、護人を伴い、使役し、崩壊を食い止めようと努めたが、なだに悪びれた様子はなく、逆に護人に会えたそのことで恍惚とした様をみせた。
その姿を見た主人は怒りに震え、悶え、その美しいが浅ましい首と胴を己が剣をもって切り離した。
献上されたなだを殺したという罪が、主人の苦しみに拍車をかけ、護人をもってしてももう取り返しがつかないほど黒く蝕み、とうとう最後には真っ黒に身体を染め上げてしまう。
こうして闇の支配者が産まれた。
他の色を許さず、身体を黒一色に染め上げ、主人であったものは護人をも吸収して、闇に落ちた。
その瞬間、主人であったものの頭上にどす黒い雲が渦を巻いて沸き上がり、ゆっくりと、けれど確実に広がりを見せていった。
膨れ上がる黒い雲に国中が覆われ、そして主人と護人が愛して育んだ国を一片の光のない闇の世界へと変貌させた。
光がなければ、命は育まれない。
植物は育たず、動物は産まれるものの骨が育たず生長せず死んでいく。
『死』が世界を包み込んだ。
残酷描写が激しすぎたため、一部切り落としました。
時期をみて、完成品をお届けできればと思います。