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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
30/38

古事記 【壱】

 「……で? これはいったいどういうことなのかしら?」


 病床から起き上がったひめさまの身体にまとわりついて離れない加月を指して、うんざりしたような顔で私に尋ねた。


 「えーっと。 どういうことだと言われましても……」

 「いいの! 晃陽は加月のものだから!」

 「……だそうですが……」


 こうさんはくすくす笑いを止めれずにひめさまと加月のやり取りをのんきそうに眺めているし、日向は日向で素知らぬ顔。

 私だってどうやって説明していいか、わからないんですけど。


 「こうさん、笑ってないでひめさまに説明してください!」

 「えー。 だって俺かってようわからんもん」

 「日向?」

 「うーん。 まあ、いいんじゃないか?」


 いったい何がいいんですかあっ!

 がっくり。

 こういうときに逃げるのは、止めてください。


 ひめさまは加月を見下ろして、諦めたようにため息をつく。


 「この子の親御さんは?」

 「あー、わからへんねん」

 「……だそうですが……」


 また一息ため息をつく。


 「この子の素性は?」

 「あー、わからへんねん」

 「……だそうです……」


 はあ。

 そしてまた一息ため息をつく。


 情けないほど不甲斐ないです。


 「まあ、加月のことはおいおい何とかするしかないでしょうけど、問題はこの旅がどういう旅だということを把握しておかないと、大変なことになるということね?」


 綺麗な顔に皺を寄せて、ひめさまはこうさんと加月に向きなおった。

 

 「こうさんも加月も『古事記』って知っているのかしら?」

 「しらない」

 「それって貧乏人のこととちゃうよなあ?」


 ひめさまの冷たい刺すような視線を浴びて、こうさんの言葉はだんだんと小さくなっていった。


 「しらないのね?」

 「はあ。 それってなんです?」

 「姫。 平民の大抵は古事記については名前くらいしか知らないはずです」

 「それはそうなのでしょうけど。 一応、ね」


 「こうさんは私の朝陽を知っているわけだけど、こうさんの火焔のほかに何人護人がいるか、ご存知?」

 「……よう知らんねん。 見たら感じるからわかるけど、何人とかそういうのはさっぱりわからんねん。 ごめんな。 役に立てへんで」

 「別に謝ってもらうために言っているわけではないわよ? ではやはり、古事記を初めから教えたほうがいいかもしれないわね。ちょうどいい機会だから、お話するわ? なゆたも日向も、再確認してくれるかしら」


 そういって座りなおしたひめさまは、こうさんと加月を前に呼んで、まるで先生のごとくおもに二人に聞かせるために古事記の話をし始めた―――――。




 **********




 世界は初め、混沌としていた。


 そこに現れた初めのものは、その世界で一人であることを嘆き悲しみ、自分に似た姿のものを作り、力を分け与えた。


 混沌とした世界に光を与えるために、『光』を。

 混沌とした世界を表わすものとして、『闇』を。

 前後左右がない世界に方向を表わし豊穣を約束する、『土』を。

 世界に清浄な空気と生きる力を与えるための、『水』を。

 そして、知識である『火』を。


 その者たちは初めのものの分身として、世界を構築する。

 

 『土』がまず世界の土台を作り、『水』がそこに命を与え、『火』が知識を与えた。

 『光』は世界を照らし、『闇』が理を表わした。


 その者たちが造り出した世界を初めのものは大変気に入り、そこを安住の地と定めた。


 『(みこと)の庭』と呼ばれる地。


 命の庭で初めのものと造られた者たちは暮らしていたが、だんだんと造られた者たちの力が暴走し始め、造られた者たち自身にすら制御できなくなっていき、初めのものを脅かす存在になり始めた。


 そこで初めのものは庭に生えた一本の柊から葉を取って、庭の真ん中にある池に投げた。

 すると柊の葉は池の底のさらに奥の世界の果てに沈み込み、そこで円を描き始めた。

 円を書き終えたとき、そこには命の庭とそっくりな場所が出来上がったので、初めのものはその庭に自分と同じ姿だが力がないものを作り、住まわせることにした。


 自分に似た姿の力のないものを、初めのものは『人』と呼び、慈しんだ。

 言葉を与えた。 火を与えた。 そして生命を宿すことのできる身体も与えた。

『人』達は、自分たちを生みだした『初めのもの』を『私たちの命』と呼び、それが初めのものの呼び名になった―――――『(みこと)』と。


 『命』は『人』が十分に育ったことを見届けて、『人』の中に初めに『造られた者』を投げ入れた。

 すると、『造られた者』はするりと妊娠している『人』のなかに入り込んで、己が膨大な力を制御することが出来た。

 そして『造られた者』が入り込んだ赤子は『造られた者』と同じ髪と瞳に、そして右手に『造られた者』、左手に『造られた者を受け入れる心』を握って産まれ落ちることとなった。


 こうして『造られた者』は『命』に創造されて以来初めて安らぎを得られた。


 命の庭の池の中で、『造られた者』は己が知識を自分の宿主である『主人(ぬしびと)』を媒体として、命の庭に似た世界を命の庭以上にしようと構築しだす。

 それが自分たちを消去することなく素晴らしい環境を与えてくれた『命』に対するお礼だと勘違いをして―――――。


 『命』は『人』の世界に『造られた者』を投げ入れて暫く、温かい庭の木を背に微睡んでいたが、ふと庭の池が揺らいでいたのが気になって中を覗き込んで見た。

 するとそこには柊の葉でつくった世界がめまぐるしく変化していき、『人』に与えなかったはずの力の波動が『命』まで届いた。

 

 その力はまさしくこの世界を構築するためにつくった者たちの波動であった。


 柊の葉で造られた世界では、力と知識を得たために『人』達が諍い、殴り合い、滅ぼし合う光景が続く。

 飢餓で苦しむ母子、手足をなくした働き盛りの男。 役に立たぬと山に捨てられる老人。


 慈しみ育てた『人』の末路を見せつけられ、『命』は嘆き悲しみ、柊の葉の世界を滅ぼそうとした。


 すると『人』の中にいる『造られた者』達が創造主である『命』に願った。


 「吾等の不手際からこのような世界になり果ててしまいました。 この罪はすべて吾等のもの。 決して『人』が愚かなせいではございません。 『命』様には今一度、吾等に挽回すべく機会を与えては下さいませぬか。」


 その願いを『命』は聞き届けた。


 この時より、柊の葉の庭は『人』のものとなり、『造られた者』はその宿主である『主人』にのみ見えるようになったという。




古事記の話は、あと数回でてきます。

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