彷徨う 【5】
倒れた晃陽にすがりついたまま離れようとしない加月を、こうとなゆたで無理やり引き離すことができたのは晃陽が倒れてから数十分経ったころだった。
加月はやっと会えたばかりの晃陽とどうして離れなければならないのか全く分からず、引き剥がされたこうとなゆたに喰ってかかった。
「どうして? どうしてせっかくあきひに会えたのに。 ずっとずっと探していたのに。 どうして
あきひと一緒にいたら駄目なの? こうもその人もひどい!」
「いや……酷いゆうたかて。 加月見て、ひめさん気ぃ失ったみやいやで? それわかってるんか?」
「加月のせいじゃないもん。 どうしてあきひが加月見て驚いたかわからないけど、でもぜったい加月のせいじゃない!」
「それ、信じれたらいいねんけどなぁ」
自分が連れてきた小さな女の子がまさかひめさまをよく知っている子だったなんて、こうでなくても誰も思わないし、その子をみてひめさまが気を失うほど、それも恐怖におびえたような声を出して逃げようとしたことなんて、どうしてか誰もわからない。
でも……。
なゆたは先ほどから何度も加月と晃陽を見比べて、そして気が付いてしまった。
――――――顔が似ている。 加月の顔は、ひめさまが幼かったらまさにこの顔だろう、ということを。
「ひ……日向」
「どうした」
「この子の顔って……ひめさまとそっくりじゃない?」
「え?」
先ほどから加月をみたときに感じる違和感が、まさか「そっくりな顔」だったとは気付かなかった。 けれど、王さまの子は一の姫であるひめさまと亡くなった二の姫、そして唯一の王子である冬焚さまだということは城で働いている以上当然知っているべき情報で。
まさか、外に子が……?
だけど加月のいう「ずっといっしょにいた」というのであれば、加月はひめさまと同じ場所、つまり城で生活をしていなければならないけれど、そんな事実は全くないし。
どういうこと?
「あたりまえじゃない! だって加月はあきひと双子なんだから!」
えっへんと、妙なところで胸を張って、堂々と年が違いすぎる双子発言をした加月に、日向やなゆた、こうまで噴き出してしまった。
言うに事欠いて「双子」だなんて!
ひめさまの双子の二の姫はすでに亡くなっているし、だいたいひめさまとこの子では年齢が違いすぎるのに。
「なんで? なんで笑うのよ! 加月はあきひとずっと一緒にいたんだよ? 生まれる前からずっと一緒で、生まれてからもずっとずっと一緒なのに! どうして誰も信じてくれないの……」
ふえーん……
迷子になっているときも気丈にしていた加月がまさかこんなことで泣くとは思わなかったこうが「信じてないわけやないんやけど」と宥めようとしたけれど、加月の泣き声はこうの慰めの分だけどんどん大きくなっていった。
「本当だもん……本当にずっと一緒にいたのに」
小さな子の言うことを笑ってしまって傷つけてしまったと反省していたなゆたは、自分の腕の中で泣き喚いて暴れている加月の頭にそっと口づけをして、驚いて固まった加月を強く抱きしめた。 そして加月の小さな頭をゆっくりと撫でて手で涙を拭ってやり、そのまま包み込むようにやさしく加月の身体を抱きしめなおして、小さな声で落ちつかすように子守唄を歌いだした。
その歌声は、まるで母親が産んだばかりのわが子にはじめて歌う子守唄のように、たどたどしくて純粋で、聴く者に単純で明快な愛を伝えてくれるような、そんな声だった。
だんだんと柔らかくなる歌声に安心したのか、それとも泣き疲れてしまったのか、加月はいつの間にか寝入ってしまっていた。 眠ったことで体重がかかり、重たくなった加月をそれでもまだやさしく髪を撫でてなゆたは歌っていた。 そのままずっと寝ついてしまうように。
「しーっ。 泣き疲れて寝てしまったみたいね。 このまま寝かせてあげましょう。 日向、お蒲団を敷いてくれる?」
「あ……ああ」
晃陽と反対の場所に敷かれた蒲団の上にゆっくりと揺らしながらそおっと置いたら「うー……ん」と軽く唸ってそのまま寝入ったようだった。
こうして寝顔を見ると、本当によく姫様に似ている。 同じ年だったら「双子」といわれてもそうなんだろうと思うほどに。
「やっぱり血族……なのかな?」
「いや。 俺の知る限り、近親者にこのように小さい子供はいない。 ……こう。 一体この子をどこで拾ってきた?」
「ん? いやぁ、拾ったというか……くっつきむしみたいにくっついて離れてくれへんかったっていうか……」
「なんだそれは? まさか、身元も確かめず連れてきたのか?」
「身元……? あ!聞いてない……ってか、あれやん。 とりあえず拾ったときに保護者おれへんか大声で叫んでみたけど? 加月は加月でずーっとひとりやゆうてたし。 しゃーないから日向にどうにかしてもらおう思て連れてきてん。」
自分にできる精一杯の努力をしたつもりだったこうは、まさか日向がそのことに対して呆れ、軽いいらだちを覚えてるなんて思ってもみなくて、何が悪いのか理解できずにどうしていいのかわからなくなっていた。
頭が痛くなった日向は、こうと一緒に行動した火焔に詳しく聞こうと火焔を呼んでもらうことにした。
「でも火焔かて、加月連れてくることには何も言わんかったで? ――――――【火焔】」
胸元にあった袋から取り出した紅い珠がこうの呼びかけにより四方に輝り、光の粒となって形を変え、人となって現れた。
『申し訳ない』
火の護人は形をとるやいなや、日向に向かって頭を下げた。
「なんやそれ。 なんでいきなり日向にあやまるんや! 俺、別に悪いことしてへんで? 火焔が日向にあやまること、なんもないやん」
『こう。 日向に迷惑をかけていることは理解しているのか? 初めて会った、身元もわからない子供を一国の姫に引き合わせるということがどんなに危険なことかわかっているのか』
真っ赤に燃えるような瞳に見据えられ、その言葉で自分がしでかした事の大きさを初めて理解したこうは、自分がどれだけそういったことに疎いのかと情けなくなって俯いてしまった。
「ごめん。 俺、そんなことよう考えつかんかった。 どこの子かわからんかったから、日向に調べてもらったらええわくらいにしか思わんかった……どうしよ……」
「まあ、今はこの子にそういった意味での不信さはないからいいんだが。 ただ、この子がどういった出自の子で、姫とどういう関わりがあるのか確かめないと」
どちらにしてもこの『旅』には連れてはいけない。
髪をゆっくり撫でながら、ひめさまに似た加月の無防備な寝顔を見てため息をついた。