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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
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彷徨う 【4】

 まだ日も開けやらぬ薄暗い街道を、こうは眠たげな加月を急かして先を急いだ。 

 日向たちは、昨日のうちに珠洲についているだろう。 そう思うと、人と話すことに恐怖を感じて道を尋ねることもできなかった昨日までの自分が馬鹿みたいに思えた。


 でもなぁ、加月まだちぃさいしなあ。 俺一人やったら速足や走ったりしたら今日中に珠洲に着けるやろうけど、加月の歩幅ちぃさいし、ええとこの子がそんな距離一度に歩けるとは思えんしなあ。


 人通りがほとんどない街道の、朝のもやのなかで、前のほうで声はほとんどしないものの人のせわしなく動きまわる気配がしてきた。

 朝早く商品を出荷するために、荷台に樽を括りつけている人足達だった。

 

 どっちの方向にあの樽、運ぶんかなぁ。 珠洲のほうやったら荷台の後ろに乗せてもらわれへんやろか?


 荷台の近くを通ったときに、帳面を見ながら人足達を指図している人がいたので、こうは頼んでみることにした。


 「すいません。 この荷物、どっち方向に運びはります? もし珠洲の方向やったら、後ろにちょっと乗せてもらえませんやろか?」


 急に声をかけてきた見るからに怪しい男と、その横にちょこんといる、こちらは見るからに上流階級の女の子を見て、一瞥しただけでこれは関わり合いにならないほうがいいと判断したその男はこうを無視することにした。 そしてまた、人足達に指示を出し三台ある荷台にすべての樽を積み残すことなく荷造り終わり、馬をつなげるように馬丁に指示した。

 そんな男の態度をみて、こうはこのままでは乗せてもらえなくなると焦って、人にものを頼みこむにはちょっと失礼なほど大声でもう一度話しかけてみた。


 「すいませんけど! この子だけでも荷の後ろに乗せてやってもらえませんか? 俺ら珠洲まで行くんやけど、この子の足ではまだよう行かんよって、お願いしたいんです」


 こうの妙な迫力が、その男の視線を加月に向けさせた。

 

 ――――――たしかにこの子ぉでは、珠洲までは大変やな。


 男にも加月くらいの子供がいるので小さい子がどのくらい歩けるか想像はつくし、また上流階級の子がいかに運動能力がないかも知っていたので、胡散臭い男やけども子供のことは気ぃ使ってるな、と考えを改めた。


 「ふん。 その子ぉだけやったらまだ軽いから馬の負担にもならんし、荷台の後ろに座らすんも問題ないけど、……あんたはあかんで? この荷台は珠洲の向こうの世登(せと)まで行くよって、珠洲までやったらええわ。 けどな? もちろん無料(ただ)やない。 珠洲まで荷が落ちんよう、ちゃんと見はることと、この荷ぃは途中でなんぼかおろすよって、その時の運びもしてや? ああ、もちろんあんたは早歩きであるいてもらわなあかんけどな」


 「あっ……ありがとうございます!」


 深々と何度も頭を下げるこうに、「悪いやっちゃないみたいやな」とさらに考えを改めたが、横にいる女の子も自分にきちんと礼をしてくるので、男はかなり驚いた。自分が知っている子供、特に上流階級や貴族階級の子ともなると……まあ子供だけではないのだが……自分より格下だと思われる人間に「礼」をするということはないからだ。


 ―――――うちの娘がこの子みたいにちゃんとお礼できるんかな。今日帰ったら一回させてみよ。


 男は、加月の丁寧な礼をもらって、照れくさかった。


 

 こうと加月はこうして目的地である珠洲を目指した。




 **********



 ひめさまの容体が落ち着き始めたのは、日が暮れ出したころだった。

 息遣いもすうすうとやさしく響くようになり、顔色も随分と赤味もひき、熱に浮かれてうわごとをかなり言っていたのも、今ではすっかり言わなくなった。


 「もう大丈夫」


 ひめさまの穏やかな顔に手ぬぐいで最後の汗をそおっと拭ってあげると、ほっと息をついて窓を見ると真っ暗で、かなりの時間ひめさまにかかりきりだったということに驚いてしまった。


 「日向? ……こうさんは?」


 「まだ、のようだな。 ちょっと時間がかかりすぎか………うん?」


 部屋の出入り口である襖にもたれかかり、外の人の気配を探っていた日向は、「しっ」と口に立てた指をあてて、静かにするようになゆたに身振りで伝えると、ゆっくりと脇に置いてあった刀を引き寄せ柄を握り締めた。


 「夜分に恐れ入ります。おかみです。 お連れ様が来られました」


 たしかにおかみの声だが……おかしい。気配が多い。 


 「どうぞ」


 「失礼します」


 すっとあいた襖から顔を見せたのはやはり待ち人のこう(・・)だった……のだが、だれか後ろに一人隠れている。


 「ごめんごめん。 めっちゃおそなってもうた! ……あれ? ひめさんまだ気絶したまんま?」


 「……こう。その前に、お前の衣服の裾を握りしめているその子は一体何者だ?」


 「あ~。 この子なあ、加月ゆうねん! ほら、加月。 挨拶せな。 こっちの男前のにいちゃんが日向、そんであっちで寝てるんがひめさん、その前に座ってるんがなゆたや。」


 ちょうどその時、うつらうつらしていた晃陽は、なぜか急に騒がしくなった周りに引っ張られるように意識を取り戻し、騒ぎの方向に目線を向けた。 


 ……え? あ……あれは………!


 「きゃああああああああああああああぁぁ!!」


 眼をこれでもかと開き、真っ蒼な顔色で布団から身を起こして後ずさりしている晃陽を、何事が起ったのか理解できないなゆたや日向が、晃陽の見ているものを確かめようと目線をおってみるとそこには、こうが連れてきた子供がいた。

 その子は、布団にいるのが晃陽だとわかると、花が咲いたように鮮やかに笑って、晃陽に向かって駆け出した。


 「あきひ! あきひ!! あきひ!!!」


 近づく加月を少しでも寄せ付けないようにと、震える手で枕を探し、それを前に押し出して逃げようとした晃陽は、その行為もむなしくあっけなく加月に抱きつかれた。


 「あきひ! あきひ! あきひ! ほんもののあきひね?!」


 ぎゅっ


 幼い子供の力いっぱいの飛び込みは、それでなくても熱で体力を奪われた晃陽にさらなる打撃を加えたようで、晃陽は人生の中で二度目の気絶をしてしまったのだった。

 

 

 

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