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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
23/38

彷徨う 【1】

 はっ はっ はっ はっ ……


 短く熱い息遣いで、苦しそうに唸るひめさまに、わたしはただ玉のように吹き出る汗を濡れた手ぬぐいで拭くことしかできなかった。



 土壁もボロボロに崩れ落ちた、清潔だけが売りの古い宿屋の狭い一室の、薄く硬くなった蒲団にひめさまを横たえたのは昨日のこと。

 あの襲撃の後、急いであの場所を離れなければいつまた襲われるかもしれないということで、意識を失って倒れたひめさまをなんとか馬に乗せ早々に離れた。

 けれど、向かう先は近い宿場町・崔居(さい)ではなく、その次の宿場町・珠洲(すず)で。

 もしまた襲撃があるとしても(あると考えるほうが、人相書きがあることからみて妥当だと日向が判断して)、すこしでも時間稼ぎになるようにと、宿場を二町先に決めたんだけれど……問題は、こう(・・)さん。

 

 馬には、意識のないひめさまと支える私、そして手綱を握る日向が騎乗したんだけど、三人すら無理やり乗っているのでもちろんこうさんの場所はなかった。 だからこうさんだけ珠洲(すず)まで歩いてもらい、宿が決まれば宿の軒先に私が使っている笠を目印としてかけておくと話しておいた……のだけれど。


 「大丈夫かな……」


 「何がだ?」


 崩れ落ちそうな土壁に凭れかかり、襲撃に備えて刀の手入れをしていた日向が、手を休めて私のほうを窺った。


 「こう(・・)さん。 ちゃんと笠を見つけられるかな? この宿、街道からちょっと奥まっているから見つけづらいかも」


 「そうだな。 でもこうだけではなく火焔もいるから、大丈夫じゃないか?」


 「う……ん、そうなんだけど」


 昨日初めて会ったばかりの人なんだけれど、どうもほっておけない感じがする、火の主人のこうさん。

 私や日向とあまり年齢的には大差がないし、体格的には十分大人だと思うのだけれど、どうも幼い感じが否めない。

 そのせいかどうしても気になってしまう。 ……ここまでたどり着けるのか。

 そんなことを日向に言ったら一笑されてしまいそう。

 

 だから日向には言えない。


 ただでさえ、昨日と今日の私は失敗ばかりしてみっともないところしか日向に見せることができなかったから。


 ひめさまの熱が早く引くまで、ここにいるけれど、それまでにこうさんはたどり着けるのかな。

 とても不安。







 ******



 瓦礫と化した茶屋の前で、日向が向かった方向をじっとみていたこうは、どうしたものかと思案していた。


 「珠洲(すず)って……こっちでいいんかな?」


 ぼりぼりと頭をかいて後ろにめぐらすと、そこにはこうの護人である火焔が立っていた。


 「いやぁ、どないしよ。 日向がやたら急いでたからわかったふりかましたけど……ほんまはわからんもんなぁ」


 『こう。 分ったふりをするのも時と場合による。 たしかに日向は急いでいたが、宿場の場所まで教えられないほど急いでいたわけではあるまい』


 「あー、ええやん? たまにはええ格好(かっこ)したかったんやって。 それにあっちは馬やで? 俺、どんなに頑張ったかて、よう追いつかんしな。 追いつくん、めっちゃ時間かかるやろうなぁ」


 困ったなあ、と言いながら笑っているこうを見て、火焔はため息をついた。


 「まあ、とりあえずこっち行こか。 火焔、珠になっといたほうがええんとちゃう? なんや知らんけど、ひめさん襲われたんかて護人がらみみたいやし。 誰にも見えへんゆうても用心や」


 『承知』


 そういってこうは右手を火焔の前に差し出すと、火焔はきらきらと粉のようにそのかたちを崩し、綺麗な紅玉になってこうの手のひらの上に落ちた。


 「珠になったかて俺とはしゃべれるんやし。 ちょっとの間辛抱しときや」


 紅玉となった火焔を労わるようにやさしく撫でてから、胸元の巾着に入れた。



 


 

「あ~、こっちとちゃうかったんかなー。 やばいなー。 まちごうてしもうたかなー」


 「あれ? これってなんて書いてんのやろ……。 あ、俺ってば字ぃ読まれへんのやったわ。 あかんやん」


 「結構この街道、人の行き来多いなぁ。 みんなそんなに急いでどこいくんや?」 


 大声でひとりぼけ突っ込みをしているこうをじろじろと無遠慮に眺めているすれ違う人たちに、さすがに珠になっているとはいえ恥ずかしくなってきた火焔は『こう! 一人でしゃべっているとおかしい人だと思われるぞ!』と諌めると、「え~、だって暇やん」とぶつくさと文句を言ってくる。


 『だいたい、宿場の方向はこちらで間違いはないのか? 字が読めないなら人に尋ねないといつまでたっても分からないぞ』


 ごもっとも。

 そんなことはわかってるんやけど、それが出来ひんねんからしゃーないやん。


 すっかり拗ねてしまった、こうだった。



 こうは、もともと人づきあいがとても苦手だった。

それは子どものころに起因しているのだが、そのことを考えても随分と明るく育っているし、また気に入った人には凄く人懐こい。

 ただそれは、『捨てられたくない』という気持ちがそうさせているのだろう。

 けれどなかなか自分から進んで他人に声をかけるということができない。 他人から言われる言葉が彼の胸にまるで刃物でもって突き刺しているように聞こえるのだ。

 そんなこうなのに、日向と話すときは初めから懐いていたから、本当に驚いた。

 日向について旅に出るということはこうにとって殻を破るいい機会になるだろう。


 こうの胸元にある袋の中で珠となっている火焔は、こうが日向に会ってからの行動に感慨深いものがあった。





 何か目線を感じて立ち止ったのは、街道を五里ほど歩いたころだった。


 でもその目線がどこから来るものか、あたりを見回してもさっぱりつかめない。

 

 その時、上着の裾を引っ張るものがあった。


 ――――え? 誰やこれ。


 後ろを振り返ってみると、こうの背丈半分よりも小さい女の子がこうの上着の裾をしっかりと握っていた。

 豊かな黒髪を持つその女の子は、前髪を眉の上できれいに切り揃え、着ているものも造りのしっかりしたもので、そこそこの生活をしているのだと一目でわかる、もしかしたら貴族かもしれないと思わせる雰囲気も持っていた。


 「お前……なんや?」


 いつまでたっても裾を話そうとしない女の子にしびれを切らして話しかけてみたら、こぼれおちそうなほど大きな瞳でじっと見つめ返してきた。

 

 「つれてって」


 「はあ? 何ゆうてんねん。 なんで俺がお前連れて行かなあかんねん。 人攫いとちゃうわ!」


 「つれてって」


 「何ゆうてんねんってゆうてるやろ! 人間違えてへんか?」


 じわ……


 女の子の大きな瞳からみるみると涙が溢れてきて、今にも泣き出しそうに顔をくしゃっと歪めた。 そしてそのまま下に向くと、大粒の涙が足元の地面にぼとっぼとっと落ちて土を潤していた。


 「あ~っ、なんや! 俺なんもしてへんやん! なんで泣くかなあ」


行き行く人たちがじろじろと、先ほどの比ではないほどのぶしつけな、非難を込めた目線でこうを見ていく。


 俺のせいとちゃうやん……


 頭を抱えたこうだった。





 




サブタイトルをかえました。

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