道程 【7】
護人の力がこんなに異端のものだとは考えたことが無かった。
闇の支配者が世界を死滅させるといわれていても、それがどういうふうに死滅させるのかは古事記の文字からは理解ができていたけれども、現実としてまったく解っていなかった。 ……物語は物語でしかないから。
けれど、今、ひめさまが振るわれた力は、現実のもので。
たった一言護人に願うだけで、飛んでいる剣を一瞬で溶かしてなくすなんて!
この目で見ても信じられないし、何が起こったのかも理解できない。
どうしよう。
ひめさまに仕えなければならないのに、ひめさまは力(護人)を持つ主人だったんだ……。
粉砕された瓦礫の中で唯一そこだけが何事もなかったように畳が見える場所で、がくがくと足を震えさせながらも無意識にひめさまから離れようとして、結果足がもつれてこけてしまい座り込んで動けなくなってしまった。
その間にも日向は紀伊とよばれた間者を動けないように縛り上げていた。
「紀伊、おまえはたしか近衛であったはず。 その近衛がどうして私の命を狙うのかしら? 王さまの命令でしか近衛は動かないはずでしょう?」
「……殺せ」
ひめさまを見ようともせず、縛り上げた日向にそう言って、紀伊は奥歯を噛んだ。
かはっ
唐突に紀伊の口から吹き出す鮮血が、紀伊の生命の色をみるみる奪っていく。
びくっびくっと小刻みに震えていた身体は、気がつけば重みを増して、こときれていた。
それは、たった数秒の出来事。
「……なぜ……? 紀伊」
日向は握っていた紐をだらんと手放したその瞬間、紀伊だったその抜け殻の身体は血の海にびちゃっと倒れこんだ。
ひめさまに刃を向けた紀伊ではあったけど、日向にとっては同僚で。 昨日の夕刻、光の主人探しを命ぜられた仲間でもあるのに。
でもその「仲間」が、ひめさまを「闇の支配者」だと確かに言った。 本当は「光の主人」だったなんて知る由もなく。
こわい。
光の主人探しが、まさかこんなに死に近いなんて。……わかっていなかった。単に人探しの旅にでるだけだとばかり思っていた自分の馬鹿さ加減が今よくわかる。
わたしが自分の感情に負けようとしていたとき、日向は紀伊の身体をくまなく調べ、懐に入っていた人相書を取り出した。 日向はその人相書と紀伊の躯を見て、ひめさまに手渡した。
「……ひめ、これを」
ひめさまは手渡された人相書をみて愕然とし、そして無意識にその紙を握りつぶした。 その握りつぶした人相書がころころと私の目の前に転がってきたので広げて見てみると、それには髪を黒に染めたひめさまと瓜二つの顔が描かれていた。
「これは……これは、わたし?」
震える声でそうつぶやいたひめさまは、力が入りすぎて赤くなった指をもう一度握りしめ、まるで祈るように身体を折って、そのまま倒た。
「ひめさま!」
ひめさまに対する恐怖の感情より大切に思う気持ちのほうが勝って、ひめさまに駆け寄って首の動脈にさわり、ひめさまの具合を素早く確かめた。
ひめさまは自分そっくりの絵姿を見て驚きのあまり意識を失ったようで、ぐったりとした身体からは脂汗がにじみ出ていた。 青白い顔に湧きでる脂汗を手ぬぐいで拭ってすこしでも楽になるように腰紐をゆるめた。
「どうしよう……。ここは瓦礫になってるし、次の宿場までは遠いし」
「紀伊の一行はたしか4人ほどいたはず。 残りの3人もこの絵姿をもっているとしたら、また姫様を狙ってくるやもしれない。 さきほどの爆発は一行にいる術者が行ったものだと思う。 このままここにとどまるのは得策ではないな。 馬は逃げ出してはいないようだから、馬にひめをくくりつけて次の宿場まで急ごう」
「ここのおっちゃん、どこにもおらんで? 瓦礫の下敷きになってるとは思えんし。 どっか逃げたんとちゃう? ここ、どないするん?」
そういいながら、こうさんは馬を裏から連れてきて、意識のないひめさまをどう載せようかと鞍をいじっていた。
「そうか……主人には不可抗力とはいえ大変申し訳ないことをしたな。 今は早急にここを発たないとまた襲われる可能性があるから、主人に申し開きもできないが、また落ちついたらここにきて主人に便宜を図ろう。 さ、これでいい。 なゆた、先に馬に乗ってひめを支えてくれ」
そうして私たちは、茶屋の主人に陳謝することもできずにそのままそこを離れ、ひめさまを休ませる場所を求めてにそうそうに旅だったのでした。