旅立ち 【2】
ん?
お城がちょっと騒がしいな。
そう思って姫様のほうを見ると、ひめさまも城のほうに顔を向けてめずらしく少し怖い顔をされていたけど、私の視線に気がついたようでちょっと困った顔をされた。
「なゆた、何か城内が騒がしいから先に帰るね。なゆたも早く戻っておいで。」
そういって、さっさと席を立ちお城とは反対方向に向かって駆けていった一の姫。なんでお城と違う方向なんだろう?
…って! やぱりお勘定はわたしかあ!
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いつもの道を通りこっそり城内にもどると、そこはいつもと違い人が溢れていた。
王にお会いする会見の間に入りきれずに廊下や庭に溢れる人、人、人。
そこを回廊越しに見ながら、王のご家族が住まう宮に行こうとしたら、
どんっ
人とぶつかってしまった。もっと前を向いて歩こうね、私。
「相変わらずそそっかしいな。」
そう笑いながら倒れこもうとする私の腕を持ち上げてくれたのは、幼馴染の日向だった。
「! 日向! ごめんね、ぶつかって。 でもぶつかった人が日向でよかった。」
「おやめずらしい。 なゆたが素直に謝るなんて。 どうした?俺でよかったというのは何だ?」
日向は名前の通り貴族なんだけど、生まれたときに占い師が野で育てるようにと占ったためにうちの隣の家に預けられていたのでずっと一緒に育ってきた。ちいさかったころは日向をよくおいかけまわして野に山に探検の旅にでたなあ。 でも成長するにつれて男女差がはっきりしだして、いくら田舎でも10歳を過ぎた男女が遊ぶというのは恥だったので一緒に遊べなくなってしまった。 そのころから日向はだんだんと身長も高くなり、肩幅も広くなって本当に男らしくなってしまって、そして15歳の成人の儀を境に本家に呼び戻されてしまい、本当に遠い存在になってしまった。
そんな日向が武人になってお城に上がったということを知ったのは、私自身がひめさまの世話をするために城に上がってからで、その時も回廊を歩いていてぶつかったひとが日向だったというオチなんだけど。
「ん? どうした?」
長く考え込んでしまった私に、日向が顔を近づけて尋ねてきた。
やめてーっ。 人がいる前で男が女にそういう風にするのはご法度でしょうがぁ。
「ちょっと顔をあげてくれる? 人が見てるから!」
もちろん小声でいいましたとも。
「あ、すまん。」
にやにや笑っているのは、ぜったいわざとっていうことで。 日向はよくても、女官である私にはすぐ噂となってしまうのに!
「あのね? どうして今日はこんなに人が集まってるの? 今日は謁見も公式的な行事も何もない日だったはずなんだけど。」
私だって女官のはしくれなので、その日城内で行われる行事ぐらいはさすがに知っている。 けれど、今日の予定はめずらしくなにもなくて。 だからちょっとだけ息抜きにと思って城外にでたのに。
「なゆたのところには伝令がまだ行っていないのか?…一の姫付きだからか?」
最後の言葉は誰に行っているのでもなく、自分に言い聞かせて考え込むようになってしまった日向に、さっきまで城外にいたためにまったく話が見えない私はいら立ってしまった。
「日向! どういうことなの? …ひめさまにかかわることなの?」
「いや、正確には俺にもわからん。 ただ、至急登城できるものはみな登城しろという伝令がきたのであがってきたんだが…。おまえ、東の空をみたか?」
東の空?
「見てないけれど、それがどうかした?」
「あれを見たら、どうして召集がかかったのかわかるような気がする。」
そういって日向が指差したその方向の空。
普通なら青い空が広がっているはずのその空には、青と墨をまぜて巻いたような雲が一面に広がり、その大きさがゆっくりと広がっているように見えた。
「き…気持ち悪い。 初めて…あんな雲…。」
おどろおどろしいというのは、こういう感じなんだろう。 見ているだけで吐き気がしてくるような、まがまがしい感じ。
「いったいいつからあんな空に!」
「一刻ほど前からかな。 正確にはわからんのだが。 ただ、あの雲が出始めただろうに鳥たちが一斉に東の森から逃げてきたのがちょうど一刻前だ。」
一刻前。私がお茶屋さんに入ったころ。
そして、ひめさまも。
ひめさまは遅れて入ってきたはず。 もしかして東の空をご覧になられたのではないだろうか。
「ありがとう、日向。 わたし先を急ぐから失礼するね!」
日向はまだ何か言いたげだったけど、このことをひめさまに早く報告しなくてはいけないと思い、私は回廊を(今度は人にぶつからない様に前を向いて)小走りで渡った。