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二連の宝珠  作者: れんじょう
冬柊の終焉
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道程 【3】

 あれはいったい何だ!



 馬具を求めるべく、人に全く乗られ慣れていない馬をなんとか従えて、馬上の人になったのは一刻ほど前のこと。

 その間ずっと、ひめとなゆたのやり取りを思い返していた。

 たしかになゆたは致命的に近い失言をした。

 一国の姫相手に術者などといっていいものではない。そのくらい術者の地位は低いからだ。

 術者とは、護人を持たない普通の人間が護人の力を欲してさまざまな呪文や呪具を駆使して護人の持つ力を手に入れた者のことを指す。神に与えられたわけでもないのに、力尽くでねじ伏せて手に入れた力をよしとしないのは、神を信仰するにあたって当たり前のこと。 神から主人と定められたものでない者が、傲慢にも神に対抗するように力を得ようとするなど、以ての外。

 術者を忌み嫌うのは自然の流れというものだ。


 ただ、ひめの行動が、どうしてもその者を連想させる。


 なゆたは愚かにもそれを口に出してしまったが、わたしだとてそう思わなくもなかったことは否めない。


 ひめは、その容貌がいくら主人のそれと同じでも、護人を持たぬただの人。

 それは護人の気配がわかる唯一の存在である、術者たちがそう言ってきたこと。


 だが。


 どうしてもひめに偶然が起こりすぎる。 

 奇跡すら起こる。

 謎が多すぎる。


 なゆたは地理に疎いから気付かなかったが、暗闇の森と称されるところは、城から女の足で歩けば一日は軽くかかるはず。それを、女二人連れで二刻ほどでたどり着いたなど、誰が信じるのだ?

 経験した俺ですら、いまだに信じられないのだから。

 今朝、ひちりき殿の小屋を出た時は、正直、どこにいるのか全く分からなかった。ひちりき殿に小屋の位置を聞いたときには、平静を保っているのがやっとだった。

 だが、ひめはこの場所に城を抜け出してよく来るという。

 一体どうやってこの距離を半分以下の時間でたどり着くというのだ?


 術者でないひめ。

 主人ではないひめ。


 それなのに、ひめのすることは謎だらけだ。

 なゆたでなくても、こんなに謎を見せられたら誰だって失言をするだろう。




 物思いに沈みながらも慣れたしぐさで馬を操り、気がつけば店の主人が言っていた鍛冶屋らしきものが見えてきた。

 そこにたどり着く道らしい道はなく、できるだけひっそりとそこにあるように、鍛冶屋は存在していた。

 鍛冶屋独特のやけどしそうな熱気と、単調で心地よい鎚の鉄を鍛える音がしてきた。


 「ご免。 すまないが、外にいる馬に蹄鉄をつけてくれないか?」


 開け放たれた戸に向かって声をかけたが、中にいるはずの鍛冶師から返事がない。


 「すまないが、蹄鉄をつけてくれないか?」


 戸をくぐりながらもう一度声をかけた途端、


 ひゅんっ


 鎚が耳の横を掠めていった。


 「あほんだら! 今、声かけさらすな!」


 日向よりも頭一つ分大きそうな男が、大声で怒鳴った。


 「……っち。 あかんがな! おのれのせいじゃ、ぼけ!」


 そういって丸坊主の頭に巻いた手ぬぐいをほどきながらこちらを振り返った男の瞳は、


  ――――――――『深紅』だった。


 不意に声がかかったために拍子が抜け、鉄をうち付け損なったようで、鎚目がついてしまった鉄を持ち、怒りでさらに赤く燃え上がった瞳が日向を睨みつけていた。


 「……すまん。そんなつもりではなかったんだが……」


 「ぼけか?おのれ。 単なる八つ当たりやわ。 打ちそこなったんは俺が未熟やからに決まってるやろ。 ……悪かったな」


 そういって、その全身が赤という色を纏った男は、くるっと後ろを向いて持っていた鉄の塊を炉の中に放り込んだ。

 その時、炉の前でゆらっと人のようなものが揺らいで見えた。

 目の錯覚か? いやそうではないだろう。

 ここ二日でいろんな不可思議を見てきた日向は、まさかとは思いつつ、たぶん正解なのだろう答えを導き出した。


 「まさかとは思うが、貴殿は主人、それも火の主人ではないか?」


 直球で聞いた日向に、赤の男は一瞬固まったものの、豪快に笑いながら答えた。


 「……ようわかったな? なんや、この眼ぇか? 眼ぇの色だけやったら、単に色素を持たんと生まれてきた子も赤いで?」


 「いや、違う。 もちろん瞳の色が深紅ということもそうだが、眉やまつ毛が赤毛だろう? 何より、纏っている雰囲気が燃え上がる炎のようだからだ。 炉の前に、何かが揺らいでいるように見えたが、護人がそこにいるのではないか?」


 ごうっ


 炉の炎が一段と勢いを増した。

 まるでそれは、護人の声の代わりをしているようだった。


 「ふふん。 やるやないか? 俺のことを主人やと一発で当てたやつは今までおらん。 大抵は身体の弱い『色素なし』の子や思われて、忌み嫌うだけや。 まあ、普通の人間に護人は見えへんからな。 しゃーないゆうたらしゃーないことやけどな。 それに主人やと隠そうにも今、護人の火焔(かえん)が勢いで返事してもうたしな。」


 「俺にもよくは見えんが……先ほど炉に鉄を投げたときに、炎で揺らぐはずのない場所が揺らいだから、まさかとは思って鎌をかけてみただけだ」


 赤い男は日向を愕然と見た。

 ……鎌をかけただけやって? 俺を罠にかけたんかい!

 今まで、俺のことを気味悪がって、人は近付かんかったし、用事があって話しかけてきてもびくびくやった。 それが当たり前になってきて人としゃべるんが億劫になってもうたけど、こいつは違うようやな。 俺に鎌をかけたやて? やるやないか。 笑かしてくれるわ!


 「そうだ、まだ名乗っていはいなかったな。 俺は、飫肥日向という。 貴殿は……?」


 「俺か? 俺は……そうやな、こう、とでも呼んでもらうわ」


 こうと名乗った赤い男は、なぜだか少し照れたように、きれいに剃りあげた頭を掻いていた。


 後から知ったのだが、こう、と名乗ること自体が本当に久しぶりで、こうはまさか自分の名前を聞いてきて呼んでもられるとは思わなかったそうだ。 それだけでかなり悲惨な人生を歩んできたんだとうかがい知れたので、あまり突っ込んでは聞かなかったが。

 

 日向は、この仕組まれたような偶然を吉と見るか凶と見るか、判断しかねていた。

 

   



火の主人、ゲット(?)したようです。

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