旅立ち 【1】
その日、世界は新しい光を得た。
新しい光によって新しい闇を得ることを理解しているのは、この冬柊の国では占い師以外誰もいなかった。
そうして混沌の時代を迎えた、冬柊の国。
そのことを国民はまだ知らない。
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本当にどうしてこう、我儘に生きることができるんだろう。
たしかに綺麗で輝く貴重品の絹糸のような髪をされてて、秋の淡い空のように透き通った淡い青い瞳をお持ちで、我が国には本当に本当におめずらしい色合いだし、白さの際立った肌もとてもきめ細かくて、それはそれは特別に造らせた異国のお人形のような容姿をお持ちだけれど。
「あの悪いなんてちーっとも思っていらっしゃらない天然的な我儘ぶりがねー。」
はあ。
一の姫のお付きだということで、女官のなかでもおいしい位置でなおかつ条件もとてつもなく良いものだけれど。それをひっくるめてなおあまりある一の姫の我儘っぷりがほかの女官が長続きしなくなる原因なんだけれどねえ。
「まあ、私の場合は、ね。」
一の姫第一女官であるわたし、なゆたがどうしてそんなお姫様でも長続きしているかというと、母が王妃様の第一女官を長年務めていたわけで。王妃様直々にお話をくださり、それ相応に教育をされてからお召しを受けたので、今さら恩がありまくって辞めるに辞めれない状況なんだよねえ。はあ。
そんなわけで、ちょっと息抜きをと城外のお茶屋さんで注文した抹茶を飲もうとしたとたん
「なゆただけずるい。」
声がした方向を見るまでもなく、お城をこっそりと抜け出した問題の一の姫の晃陽さまが目立ちまくる絹のような薄い色素の髪を平凡な黒髪の鬘に押し込んで、どこからか仕入れた町人の服を着て立ってらっしゃいました。はあ。母にばれたら、またお小言だな。
「ひめさま、どうしてここが。」
無駄とは思いつつそう尋ねてみると
「それはもちろん内緒よ? 教えてしまったら二度とできなくなるじゃない?」
まあそれはそうですけど…
「あ、お給仕さ~ん! 私にも同じものもらえます?」
にこやかにほほ笑む顔に騙されてはいけない!
「ひめさまそのお代は誰が払うんですか?」
お店の人に聞こえないようにひそひそ声でたずねてみるも、もちろん返ってくる答えはわかっていた。
「そりゃあ、当然なゆたしかいないでしょ? だって私、お金なんて持ち歩いていないもの。」
…ですよねえ。
仮にも一国の姫が、お金を持ち歩くなんてないですもんね。
「それにね、なゆた? お城の外にでてるんだからその『ひめさま』っていうの、やめてもらえる?」
ぐ。
きれいな澄んだ空色の瞳をうるませながらつめよられて『嫌』というのは難しいけれど、一の姫をじゃあどうお呼びすればいいっていうのよーっ。
その心の声が、ひめさまには届いたようで
「私のことは『あきひ』って呼んで?」
それってば、ひめさまの音のままじゃないですかーっ!
「でも漢字は使っていないから大丈夫よ? じゃあそういうことでよろしくね、なゆた!」
…お小言、決定だぁ。