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第6話:ゴミ溜めの環境構築①

「……ぷっ、はははは! ねえねえ、見た!? あの取り巻きたちの顔! ラビが『ちょっと塩気が強いな』って言った瞬間の顔ったら!」


 学院の広大な敷地、人気のない西端の森へと続く道。

 リアが腹を抱え、思い出し笑いをして転げ回る。


「『な、なぜ平気なんだ!?』だってさ! 金魚みたいに口パクパクさせて、傑作だったぁー!」


 甲高い笑い声が、夕暮れの静かな空気に溶けていく。

 学食での緊張感から解放された反動だろうか、彼女はスキップ交じりに僕の背中を叩いた。


「すごいよラビ! 魔法を使ってないのに、魔法を無効化しちゃうなんて! あいつら、狐につままれたみたいになってたよ!」


「……無効化じゃない。言ったろ、『仕様変更』だってな。……変換した分、後で喉が渇くぞ」


 僕が肩をすくめると、少し前を歩いていたカイルが、忌々しげに振り返った。


「……まったくだ。おかげでオレ様の喉はカラカラ。……貴様の味覚調整は大雑把すぎる」


 カイルは悪態をつくが、その口調には以前のような刺々しさはない。


 学食で向けられた嘲笑と、かつての同胞からの絶縁宣言。

 

 それらを受けた直後だというのに、彼の足取りは奇妙なほど軽かった。


「……文句があるなら次は自分で食え。激痛と塩味、どっちがマシかは明白だろ」


「ふん。あんな低俗な術式、オレの魔力でねじ伏せれば造作もなかったが……今回は、貴様の顔を立ててやっただけだ」


 カイルはふいっと顔を背ける。

 その耳が少し赤くなっているのを、僕は見逃さなかった。素直に「助かった」と言えないあたり、面倒なプライドだが……まあ、彼なりの感謝なのだろう。


「……スープ。甘かったな」


 最後尾を歩くガレットが、ぼそりと呟く。

 その隣で、ユラも小さく何度も頷いていた。


「は、はいぃ……。私、あんなに甘くて美味しいスープ、初めて飲みました……。ラビさん、ありがとうございますぅ……」


「……あー、はいはい。礼には及ばん。エネルギー補給は基本だからな」


 僕はひらひらと手を振って歩調を緩めることなく進む。

 

 カイルが先頭で悪態をつき、リアが笑い、ユラとガレットが続く。


 会話は噛み合っているようで噛み合っていない。

 けれど、そこにはもう、出会った当初のピリついた空気はなかった。


 背中にはまだ、学食での勝利の余韻と奇妙な連帯感が漂っている。

 

 だが――。


「……おい。随分と歩いたぞ。まだ着かないのか?」


 カイルが不審げに声を上げたのは、学食を出てから三十分が経過した頃だった。


 整備された石畳はいつしか途切れ、周囲は鬱蒼とした森に囲まれている。足元は雑草に覆われた獣道のような細い道になり、不気味な静けさが漂い始めていた。


 僕は立ち止まり、フェリスから押し付けられた羊皮紙の切れ端を広げた。


「教官の渡してきた『案内図』によれば、ここで合っているはずだが……」


 殴り書きのような雑な地図。  

 現在地と照合する限り、目的地は間違いなくこの先を示していた。


「――あ! ねえねえラビ! もしかして、あれじゃない?」


 リアが不意に声を上げ、鬱蒼と茂る木々の合間をビシッと指差した。


 その指先の方角に、カイルが目を凝らし……あからさまに顔を引きつらせる。


「あぁ? どこだ? ……おいおい、まさかとは思うが……あの今にも崩れそうな『瓦礫の山』のことじゃねえだろうな?」


「……いや。残念ながら、座標はドンピシャだ」


 僕たちは顔を上げ、その視線の先に、木々の隙間から目的の『オブジェクト』を見つけた。



 ◆



 森を抜け、目の前に現れた全貌に思わず足を止める。


「……ここが、僕たちの寮?」


 地面には『旧校舎』と書かれていたであろうネームプレートが、誰からもアクセス権を剥奪されたかのように朽ち落ちていた。


 壁は黒ずみ、血管のように絡まりついたツタが校舎全体を絞め殺そうとしているようだ。


 風が吹くたびに腐った木材の軋む音が響き、鼻の奥にツンとくるカビと湿気の匂いが、ここが『死んだ場所』であることを容赦なく突きつけてくる。


 到底この場所が、全寮制のエリート学院の施設とは思えない。まるで開発途中放棄されたまま数十年放置された『技術的負債(レガシー・システム)』の塊だった。


(――ここまで酷いと、何年放置されていたかもわかりゃしない。開発言語すら廃止されてそうな建物だな)


 リアが錆びついた門を蹴るようにして開ける。


「うわーっ、すごい! 本物の廃墟だ!」


 キーッ、という耳障りな金属音が森に響き、彼女はケラケラと笑った。


「あはは、学食からも校舎からも、一番遠くて一番ボロい! ……へへっ、あたしたち専用の『ゴミ溜め』へようこそ、って感じだね!」


 その言葉を聞いたカイルは、まるで汚物でも見るかのように眉間に深い皺を刻み、露骨に顔を歪める。


「おいおい、冗談だよな……? ベルシュタインの馬小屋だって、もう少しマシな空調が効いてるぞ」


「文句を言うな。雨風が凌げるだけ、野宿よりは『高級』だろ」


「ひぅ……。あ、あのぉ……なんだか、お化け屋敷みたいで怖いですぅ……」


 ユラが青ざめた顔で僕の背後にサッと隠れる。

 ガレットだけは天井の高さが気に入ったのかマイペースに頷いた。


「……ん。広いな」


「広さの問題じゃねえ! ……おいラビ、正気か!? オレは絶対に入らんぞ! こんな呪われた廃墟、ベルシュタインの次期当主が足を踏み入れていい場所じゃ――」


「はいはい、つべこべ言わない」


 僕は抵抗するカイルの背中を押し、

 その死霊館(ホラーハウス)へと足を踏み入れた。



「「「…………」」」



 瞬間、僕たち全員の動きがピタリと止まる。


 サーバーの冷却ファンが止まった内部のような、淀んだ空気と凄まじい埃の匂いが鼻を突き、歩くたびに床板が悲鳴を上げ、天井の隅には蜘蛛の巣がアートのように張り巡らされている。


「……最悪だ」

「……そう、だな」


 カイルの言葉に、僕も顔を顰めて同意した。

 カバンを床に置こうとして……あまりの埃の厚さに躊躇する。


「……よし、総員に通達。これより『環境構築(セットアップ)』を開始する」


 僕は腕まくりをして、部屋の隅に転がっていたボロボロの箒とバケツを拾い上げた。


「は? セットアップ?」

「掃除だ。このままじゃ、寝る以前に呼吸するだけで肺のフィルターが詰まるぞ。……まずは『初期化(フォーマット)』からだ」

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