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第4話:隅っこの隠しファイル

 地下教室に一瞬の静寂が落ちた。


 僕の宣言に対し、カイルは呆然と口を開け、リアは目を輝かせ、ガレットは静かに頷く。三者三様の反応だが、少なくとも最初の頃のような違和感は消えていた。


 パン、パン。

 乾いた拍手が、その場の空気を切り替えるように響く。

 フェリス教官が満足げに黒板の前で笑っていた。


「さてさて、お互いの『欠陥』も分かったことだし、少し頭を冷やすといい。……特にカイル君、君はまだ自分の『新しい力の可能性』に脳が追いついていないようだからね」


「あ、ぅ……」


 名前を呼ばれたカイルがビクッと肩を震わせる。

 彼は壁に穿たれた風穴と自分の杖を交互に見つめ、夢遊病者のように呟いた。


「今のが……オレの魔法……? 術式構築も、詠唱もなしで……あんな……」


 無理もない。

 今まで『球体を作れ』と教わってきた優等生が、いきなり『垂れ流せ』と言われて、あんな破壊力を生み出したのだ。


 常識が崩壊して、再起動に時間がかかっているのだろう。


「とりあえず初回のホームルームはこんなものかな。……午後は自由行動にするとしよう。せっかくだから、校内を見て回ってきたらどうだい?」


 フェリスはひらりと手を振る。


「君たちの寮は本校舎じゃなくて、裏の森にある『旧校舎』だからね。明るいうちに場所を確認しておくといい」


「はーい! 探検だー! 行こう行こう!」


 リアが元気よく手を挙げ、僕の腕を引っ張った。

 ガレットも無言で立ち上がり、腰の抜けたカイルの襟首を掴んで引きずり起こす。


「……行くぞ」

「離せ……っ、オレはまだ……」


 カイルの抵抗は弱々しい。

 騒がしい連中だ。僕はやれやれと肩をすくめ、鞄を手に取る。


 ――だが。


 僕は教室の出口へは向かわず、じっと部屋の隅――カイルが吹き飛ばした壁とは反対側の薄暗いコーナーを見つめた。


「……ラビ? どうしたの?」


 不思議そうに振り返るリアを制し、僕はフェリスに向き直る。


「……教官殿。点呼はこれで全員か?」


「おや? 名簿上は『5人』いるはずだけど……見ての通り、ここには君たち4人しかいないねぇ?」


 フェリスは白々しくとぼけてみせるが、その目は楽しそうに細められている。


 ……試されているな、これも。


「だろうな。さっきからずっと、そこで震えてる『バグ』がいる」


 僕はスタスタと壁際に歩み寄った。

 他の奴らには、ただの何もない壁にしか見えていないだろう。


 ――ただ、今の僕の目にははっきりと見えていた。


 やはり、空間のテクスチャが僅かにズレている。

 背景に溶け込もうとして、処理落ちを起こしている『重たいデータ』の存在が……。


「おい、いつまで隠れてるつもりだ?」


 僕はためらわず、その虚空へと手を伸ばした。

 何もないはずの空間で僕の指が『柔らかい何か』――ローブのフードあたりを、ガシッと掴み取る。


「ひゃうっ!?」


 可愛らしい悲鳴と共に、空間のノイズが晴れた。

 そこに現れたのは、サイズの合わないブカブカのローブを羽織った小柄な少女。


 彼女は涙目で、その場にぺたんと座り込んでいる。


「み、見えてるんですかぁ……!? 私、完璧に消えてたはずなのにぃ……!」


「……まったく、メンタルが不安定すぎてノイズがダダ漏れだぞ」


 僕が呆れて手を離すと、少女はガタガタと震えながら、涙声で訴えてきた。


「だ、だってぇ……怖かったんですぅ……! いきなり喧嘩し始めるし、ビーム撃つし……! 私、流れ弾に当たって死ぬんだって思って……うぅ……」


 どうやらカイルの放った熱線が怖すぎて、足がすくんで逃げ遅れていたらしい。姿を隠していたものの、恐怖で魔力制御が乱れ、僕にはバレバレのノイズを発していたというわけだ。


「わー! ちっさくて可愛いー! ねえねえ、あたしリア! そんで、あそこのボロ雑巾みたいになってるのがカイル!」


「誰がボロ雑巾だ……!」


 カイルが呻くように反論するが、リアはお構いなしに少女の手を握ってブンブンと振る。


「あ、あの……ゆ、ユラです……ユラ・クロイツ……よ、よろしくお願いしますぅ……」


 少女――ユラは、壊れ物を扱うように恐る恐る頭を下げた。

 その横でガレットが無言のまま、大きな手でユラの頭をポンポンと撫でる。


 ユラは「ふえぇ……」と縮こまるが、嫌がってはいないようだ。


 いずれにせよ、また面倒(おもしろ)そうな『バグ』が増えたことに間違いない。


「感動の対面だねぇ」


 一部始終を見ていたフェリスが、わざとらしい態度で手を叩く。


「ユラ君は『認識阻害制御不全』—―常に存在が希薄すぎて、誰にも気づかれずに生きてきた『幽霊部員』さ。……ま、ラビ君なら見つけると思ってたけどね」


 彼女はニヤリと笑い、出口を指差した。


「それじゃ、皆で仲良く行ってきな。……あ、そうそう」


 フェリスが思い出したように付け加える。


「学食は11時からだ。君らが使える『平民用メニュー』は売り切れるのが早いから、急いだほうがいいよ?」


「げっ、もうそんな時間!?」


 リアが弾かれたように反応した。


「やばい! 今日のB定食、ハンバーグなの! 急がないと売り切れちゃう!」


 その言葉に、ガレットの目の色が途端に変わる。


「……肉。……急ぐぞ」

「ほら行くよカイル! ラビ! ユラちゃんも!」

「ちょ、待て! 引っ張るな!」

「ひゃああん、待ってくださいぃぃ……!」


 リアが先頭を切って飛び出して、ガレットがカイルを抱えて走り、ユラが慌ててローブの裾を掴んで追いかける。


 まったく、嵐のような連中だ。


「……はぁ」


 僕は深いため息をつき、鞄を持ち直した。

 

「……行ってきます、教官殿」

「ああ。楽しんでおいで、ラビ君」


 フェリスに見送られ、僕は騒がしい仲間たちの後を追って地下階段を登り始めた。


 前方からは、カイルの怒号と、リアの笑い声と、ユラの悲鳴が聞こえてくる。

 

 固定砲台に重戦車。爆弾娘と幽霊少女。

 そして、それらを統率しなければならない技術者(エンジニア)


「……まったく、随分とメモリを食いそうな連中だな」


 口では悪態をつきながらも、僕の足取りはそう重くはなかった。


 少なくとも、独りで世界のバグと戦っていた昨日までよりは――ずっとマシかもしれない。


 カビ臭い地下室を抜け、光の差す地上へ。

 前から聞こえる騒がしい声は、これから始まる『バグだらけの学園生活』が、決して退屈なものではないことを予感させていた。

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