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第3話:バグだらけの実験場

 案内された教室へ向かう途中、廊下の隅から忍び笑いが聞こえてきた。


「おい聞いたか? あのベルシュタイン家の次期当主、ついに『ゴミ箱』行きだってよ」


「傑作だな。中等部の頃は親の七光りで威張り散らしてたくせに」


 数人の男子生徒が、わざとらしく声を潜めて――しかし、周囲に聞こえるように嘲笑っている。


「ざまあないぜ。魔法一つまともに制御できない『欠陥品』が。あそこは今年から正式に稼働した、学院の汚点(ゴミ)を集める廃棄場だろ?」


「お似合いだよな。家柄だけの無能は、ゴミ同士仲良くやってりゃいいんだよ」


(……なるほど。そういう評価か)


 僕は足を止めず、彼らの横を通り過ぎる。

 カイル・フォン・ベルシュタイン。

 代々宮廷魔導師を輩出する名家の嫡男(ちゃくなん)にして、二属性持ちの天才――というのは、あくまでカタログスペック上の話らしい。


 実態は、制御不能の欠陥を抱えた『落ちたエリート』。

 周囲からの嫉妬と嘲笑に晒され、プライドをズタズタにされた負け犬。


(……家柄や才能が良いだけに、バグった時の反動も大きいってわけだ)


 同情はしない。だが、状況は理解した。

 これから会うクラスメイトは、相当ピリついているだろうな。


 僕は喧騒を背に、さらに奥――光の届かない地下への階段を降りていった。



 ◆



 案内された教室は、本校舎の華やかさとは無縁の、湿った地下室だった。


 壁にはシミが浮き、天井の配管からは水滴が垂れている。

 まるで、古いサーバーが詰め込まれた廃熱処理場のような場所だ。


 そこで僕を待っていたのは、獲物を見るような目で見つめるフェリス特務講師。奥の机に座る赤髪の少女と、岩のような巨漢の少年だった。


 ……ん?

 僕はふと、教室の隅――誰もいないはずの壁際に視線をやった。


(……なんだ、あそこ。空間の座標がズレてる?)


 一瞬、背景のテクスチャがバグったように、風景が歪んで見えた。

 だが、目をこすると違和感は消える。


(……気のせいか。古い校舎だから、魔力の残滓が淀んでるだけだろう)


 違和感を頭の隅に追いやり、目の前の現実に意識を戻した。

 ここにいるはずのない傲慢なエリートが一人、僕を睨みつけていたからだ。


「……魔法も使えない欠陥品が。このオレと同じ空気を吸っていると思うだけで吐き気がする」


 カイルだ。

 不釣り合いなほど煌びやかな制服を着た彼は、親の仇のような目で僕を見ていた。


 その瞳には、焦りと屈辱の色が濃く滲んでいる。

 さっきの廊下での噂話が、彼の耳にも届いていることは明白だった。


「カイル君。彼は今日から君のクラスメイトよ。仲良く――」


「断る!!」


 カイルはバンッと机を叩いて立ち上がった。

 その拍子に、彼の体から赤い火花が散る。


「フェリス教官、オレはこんなゴミ溜めに来るつもりじゃなかった! ましてや、こんな平民共と一緒にされるなんて我慢ならない!」


「あら。でも君の成績じゃ、ここ以外に行き場はないよ?」


「黙れッ! オレはベルシュタインの次期当主だぞ! あいつら……廊下でオレを笑ってた有象無象どもを見返してやらなきゃいけないんだ!」


 彼は血走った目で僕を指差す。

 その指先は、小刻みに震えていた。


「おい、平民! とっとと消えろ! ここは選ばれたエリートであるオレ様の場所だ!」


 威嚇なのだろう。彼は僕に向けて杖を構え、魔力を練り上げた。


 炎属性魔法――【獄炎の槍(インフェルノ・ランス)】。


 だが。

 その魔法が放たれることはなかった。


「……ぐ、ぅ……あ、ああああっ!?」


 カイルの表情が苦悶に歪む。

 杖の先端に集束しようとした炎が、行き場を失って逆流し、彼自身の腕を焦がし始めたのだ。


「くそっ! またか! なんでオレの魔力は言うことを聞かねえんだ!」


 ボンッ、ボボボンッ!

 不完全燃焼の爆発が繰り返され、黒煙が上がる。


 もはや攻撃ではない。ただの自爆だ。


「あーあ、またやってるよ」

「…………」


 奥にいた赤髪の少女と、巨漢の少年は呆れて首を振っている。


 慣れた様子で身を屈めた。

 どうやらこれが、彼の日常らしい。


(……見てられないな)


 小さく溜め息をついた。


 僕の目には彼の魔力が『呪われている』わけでも、ましてや『無能』なわけでもないことが、はっきりと見えている。


(……出力が高すぎるんだよ。細い水道管に、高圧洗浄機の水を流し込もうとしたって、通るわけがない)


 僕は舌打ちを一つして、パニックになっているカイルへ歩み寄った。


「な、なんだ貴様! こっちに来るな、巻き添えに――」


「うるさい。じっとしてろ」


 僕は遠慮なくカイルの胸ぐらを掴むと、暴走する彼の魔力回路へ、自分の魔力(ノイズ)を割り込ませた。


 ――【強制介入(デバッグ・モード)】。


 視界が青白く染まり、カイルの中で絡まり合った[迷宮記述(スパゲッティ・コード)]が展開される。


 僕はそれを指先で弾き、強引に書き換えた。


 排気口が詰まっているなら、広げればいい。

 丸めようとするな。溢れるなら、溢れるままに一直線に放出しろ。


「――放て」


 僕が魔力の通り道をこじ開けた、その瞬間。


 カッ――!!!!


 カイルの杖から、爆発音ではなく、空気を裂くような鋭い音が響いた。


 放たれたのは、拡散する【炎】ではない。

 極限まで圧縮され、一直線に伸びた純粋な熱エネルギー。


 ――『収束熱線(レーザー)』だった。


 ジュッ……!

 熱線は僕の頬を掠め、教室のコンクリート壁をバターのように貫通し、遥か後方の地面に着弾。


「…………は?」


 カイルが、自分の杖と、壁に空いた風穴を交互に見つめて呆然とする。


「今のが……オレの、魔法……?」


 煙を上げて焦げ付いた壁。

 これまでの暴発とは次元の違う、洗練された破壊力。

 カイルは腰が抜けたようにその場へへたり込んだ。


「……出力調整もできないのか。高スペックなエンジンが泣いてるぞ」


 僕は手を離し、やれやれと肩をすくめる。

 すると、背後からパチパチパチ、と乾いた拍手が響いた。


「ブラボー。……素晴らしい手際だね、ラビ君」


 フェリス教官が、恍惚とした表情で僕を見ている。


「彼の欠陥は『出力過多による視野狭窄(オーバーヒート)』。彼自身でも制御できない莫大な魔力が、常に暴走を引き起こしていた。……それを君は、一瞬で[最適化]してのけた」


 彼女はさらに、奥にいる二人を指差す。


「そこのリア君は『振動制御不全』—―触れるもの全てを粉砕してしまう破壊の化身。……そしてガレット君は『内部循環不全』だよ。魔力を外に出せず、体内で腐らせている木偶の坊さ」


「ちょっとセンセー! 破壊の化身ってひどくない!?」


 リアの抗議に対し、ガレットも無言でコクりと頷いてみせた。


「どうだい? ここは正真正銘の『ゴミ箱』だろう? まともに動くパーツなんて一つもありゃしないよ」


 フェリスは楽しそうに笑い。

 カイル、リア、ガレットの三人は悔しそうに俯き、あるいは唇を噛んでいる。自分たちが『欠陥品』であることは、彼ら自身が一番よく理解しているのだ。


 ……だが。


(エラーだらけの不良債権、か。なるほどね……)


 瞳の奥で解析の光が明滅する。

 リアの振動は制御できていないんじゃない。


 『周波数』が高すぎるだけだ。

 一点に集中させれば、防御不能の貫通攻撃になる。


 ガレットの詰まりは出せないんじゃない。

 『循環』させているんだ。その回転力を肉体に還元すれば、重戦車ごときパワーが出せるだろう。


 どいつもこいつもハードウェアは最高級なのに、とことん作用する為の[ドライバ]が腐ってやがる。


(……もったいない。こんな宝を『ゴミ』扱いするなんて)


 エンジニアとしての好奇心が、ふつふつと湧き上がる。


 ここは噂通りの『ゴミ箱』なんかじゃない。

 最新鋭のハイスペックマシンが、未調整のまま放置されている『実験場』だ。


 僕が生き残るための独自の[OS]を開発するには、この上ないテストデータが揃っている。


「……アンタが匙を投げたこのポンコツ共、僕がもらっていいんだな?」


 僕がフェリスに問うと、彼女は目を丸くし、やがてニヤリと笑った。


「ああ、好きに使いなよ。ただし、壊しても代わりはいないよ?」


「……はっ。上等だね」


 僕は振り返り、呆然としている三人の『バグだらけの仲間たち』を見渡した。


「おい、今の感覚を忘れるなよ。それにお前らのスペックは最高だ。悪いのは、それを使いこなせないこの世界の『クソ仕様』の方だからな」


 僕の言葉に、カイルがハッと顔を上げる。

 リアとガレットも、驚いたように僕を見ていた。


「全員まとめて、最適化(デバッグ)してやる。……もう誰もお前たちを、『落ちこぼれ』なんて言わせない」


 そうして偽りの名を冠した僕の物語は動き始めた。

 当初の目的でもあった、『目立たない』ように立ち回るのは無理らしい。


 何故ならこの、はみ出し者の蔓延るカビ臭い地下室の片隅で、最高に愉快で痛快な幕開けを知ってしまってからには――もう、戻れるはずもなかった。




 ◇




‐[フェリス・レポート]#02:カイルの熱線解析‐


 Q:カイル君の魔法、なんで爆発じゃなくてビームになったの? 彼は炎使いじゃないの?


 A:ふふ、逆だよ。彼は「炎になろうとして失敗していた」んだ。


 1. カイルの苦悩

 彼は教科書通り、魔力を「球体(火の玉)」に丸めようとしていた。

 でも、彼の魔力出力は桁違いだ。「パンパンの水風船に、消防車の放水を注ぎ込む」ようなものさ。

 当然、形を保てずに破裂バックドラフトして、自分ごと燃えていたわけだね。


 2. ラビ君の最適化

 ラビ君はこう命令を書き換えたんだ。

 『丸めるな(成形プロセスの削除)』。『ただ真っ直ぐ垂れ流せ(指向性の付与)』。


 【結果】

 出口を絞ったまま、圧縮された魔力を一直線に噴出させた。それはもう「炎」じゃない。物理的な壁すら溶断する「超高圧の熱線レーザーカッター」だ。


 【結論】

 カイル君の正解は「魔術師」じゃなかった。

 移動せず、回避も考えず、ただ圧倒的な火力で敵を消し炭にする……そう、「固定砲台」こそが、彼の本来のスペックだったんだよ。





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