第28話:初期装備と最悪の負荷テスト③
――数十分後。
僕の右耳には銀色のイヤーカフが装着され、そこからスッと伸びた極薄の魔水晶のレンズが、右目だけを覆っていた。
『虚無の杖』と遠隔接続し、視覚情報を拡張する特注のインターフェース。
「……どうだ、見え方は」
ゼムが興味深そうに尋ねる。
「……完璧、ですよ」
僕は片眼鏡越しに、仲間たちを見渡した。
カイルの熱量、ガレットの質量、リアの振動、ユラの座標。
それらのステータスや魔力の流れが、これまでの何倍もの精度と情報量で、レンズの向こう側に青白い術式として浮かび上がっている。
僕自身の脳に負荷をかけることなく、『虚無の杖』が演算を肩代わりし、必要な情報だけを視覚的に出力してくれているのだ。
(……これで、直接触れなくても、少し離れた位置から彼らの術式に介入できる)
僕が組んだのは、あくまで彼らが『100%』で自滅しないための安全装置。
だが、三週間後に僕たちの価値を認めさせるには、限界を超えた『200%』を叩き出す必要がある。
当然、装備の耐久値は一瞬で限界を超えるだろう。
それに、査定の形式がどうであれ、相手は『管理者権限』を悪用してくる上位陣だ。奴らが姑息な干渉を仕掛けてきた時、外側から即座に弾き返す『防壁』が必要になる。
だからこそ僕が戦場を俯瞰し、コンマ一秒の単位で彼らのリミッターを操作し、敵の干渉を遮断する『遠隔操作』の環境が不可欠だった。
「……似合ってるぜ、ラビ」
僕の片眼鏡姿を見て、カイルがニヤリと笑う。
「悪の組織の参謀みたいで、最高に胡散臭いけどな!」
「あははっ、確かに! なんか悪いこと企んでそうな顔してるー!」
ガレットも深く頷き、ユラも小さく拍手している。
僕は軽く肩をすくめ、手の中の『虚無の杖』をカツンと床に突いた。
「……さて。これでようやく、全員の『初期装備』が揃ったってわけだ」
僕がそう言うと、彼らが得意げに自分の武器を構え直す。
だが、僕はその浮き足立った空気を、冷や水を浴びせるように断ち切った。
「……お前ら。勘違いするなよ。僕らはまだ、強い武器を持っただけの『素人の寄せ集め』に過ぎない」
「あ……?」
カイルが怪訝そうに眉をひそめる。
「何言ってんだ。この杖の排熱とオレの魔法なら、あの鉄屑だって一撃だぜ?」
「そうだよラビ! この銃があれば、あたしだって周りを壊さずに、ど真ん中をちゃんと狙い撃ちできるんだから!」
「……これなら、どんな防壁も砕ける」
「わ、わたしも……皆さんとなら、足は引っ張らないはずですぅ……!」
誰もが新しいおもちゃを与えられて無敵になったと錯覚している、子供のような顔をしていた。
確かに今の彼らは間違いなく、一級品になったと言えるだろう。
これまでの相手が『安全なテスト環境に置かれたダミー』に過ぎないのだということを忘れて、完全に慢心していることを除けば……。
「あのな、的のデカいゴーレムを壊したくらいで、最強気取りか?」
僕が呆れたようにため息をつくと、彼らの顔から少しだけ笑顔が引いた。
「三週間後の結果次第で、ギルベルトは僕らを即時退学すると宣言したのを、お前らはもう忘れたのか?」
その名を出した瞬間、彼らの顔から笑みが消え、空気が張り詰める。
「僕らの居場所を認めさせるには……ようやく『初期装備』が整ったってだけじゃ駄目なんだよ」
僕は片眼鏡越しに、彼らの回路を冷徹に見据えた。
「だから今日からは、それを手足のように使いこなすための、文字通りの『地獄のデバッグ作業』を始めるぞ!」
僕の宣告に、誰一人として文句を言うことなく、ただ静かに、覚悟を決めたように自分の武器を見つめている。
先ほどまでの子供っぽい浮かれ気分はもうない。
あるのは、三週間後に待ち受ける理不尽に立ち向かうための、静かな闘志だけだ。
そう、全員の空気が最高潮に張り詰めた、その時だった。
「――ああ、まったくもってラビ君の言う通りだとも」
唐突に、薄暗い店の入り口から大げさな拍手が響く。
僕たちが一斉に振り返ると、そこには純白の白衣を翻し、心底楽しそうに目を細めるフェリス教官が立っていた。
「……教官? どうしてここに」
僕が怪訝そうに眉をひそめると、彼女は「偶然だよ」と肩をすくめ、カウンターの奥にいるゼムを見た。
「ただのお使いさ。……ゼム、頼んでいた『アレ』はできているかい?」
「……チッ。相変わらず人使いの荒い魔女だぜ」
ゼムが舌打ちしながら、カウンターの下から小さな木箱を放り投げる。フェリスはそれを片手で受け取ると、再び僕たちへと向き直った。
「それにしても、素晴らしい仕上がりじゃないか! 君たちのその……狂気としか思えないイカれた魔導具の数々! ふふっ、私の目に狂いはなかったよ」
フェリスはカイルたちの武器と、僕の右目の『片眼鏡』を見て、恍惚とした吐息を漏らす。
「さて、準備が整ったなら、次はそれを動かす環境が必要だね? というわけで、明日からの『特別カリキュラム』を発表しよう」
彼女は白衣のポケットから、一枚の羊皮紙を取り出してヒラヒラと揺らした。
「君たちには学院の裏山――『第十三封鎖演習林』に籠もってもらう。ラビ君の言う『地獄のデバッグ作業』を存分にやってくれたまえ」
いかにも物騒な響きに、ユラが戸惑いのか細い声を漏らす。
「……ふうさ、えんしゅうりん、ですかぁ……?」
だが彼女の不安を置き去りにして、リアとガレットは「キャンプだ!」「野生の肉が食える」と完全にピクニック気分の会話を弾ませ始めた。
おまけに、カイルまでもが愛杖を肩に担いで不敵に笑っている。
「ふん。ただの森だろうが。オレの新しい火力の的にはちょうどいい広さだな」
野宿すら辞さないその振り切れた態度に、僕は思わず呆れた視線を向けた。
(……こいつ、この間までボロ寮の環境に文句を垂れていた貴族様だよな?)
どうやらゴミ溜め生活と己の魔法を撃てる喜びが、彼の中の貴族の矜持をすっかり上書きしてしまったらしい。
頼もしい成長だが、今は完全に裏目に出ている。
(……少しは警戒しろよ。わざわざ『封鎖』と名付けられている演習林だぞ?)
入学してまだ数日の僕でも、簡単に推測がついた。
学院が立ち入りを制限しているエリアなんて、ピクニック気分で踏み込んでいい安全な場所なわけがない。
「ふふっ。もちろん、最低限の食糧は用意してあげるよ。ただ、あそこは長年放置されたせいで、少々『好戦的なエラー』が湧きやすくてね。君たちの新しい装備の耐久テストには、うってつけの環境だろう?」
フェリスの悪魔のような微笑みと補足説明を聞いて――ようやく事態のヤバさを察したEクラスの面々は、見事に顔を引きつらせて固まった。
そんな彼らの見事な絶望顔を片眼鏡越しに眺めながら、僕は呆れと諦めの混じった深いため息を漏らす。
「……聞いただろ、お前ら。明日から本番だ。覚悟しておけよ」
三週間後に控えた『大型アップデート』に間に合わせるための、僕たち欠陥品による、最悪の【林間合宿】の始まりだ。




