第26話:初期装備と最悪の負荷テスト①
ボロ寮の裏手に広がる鬱蒼とした森。
獣道をかき分けて進む僕たちの陣形は、昨日ここを歩いた時とは明らかに違うものになっていた。
「……おいガレット、歩幅がでけえよ。ラビが追いつけねえだろ」
「……すまん」
先頭のガレットが振り返り、歩調を緩める。
右側にはリアが周囲を警戒するように視線を配り、左側にはユラが気配を消しながらも、しっかりと僕のローブの裾を掴んで離さない。
そして最後尾――殿を務めるのは、普段なら真っ先に文句を垂れて先頭を歩いていたはずのカイルだ。
(……見事なまでの、護衛陣形だな)
誰が指示したわけでもない。
彼らは無意識のうちに、僕を中央に配置し、外敵から守るためのフォーメーションを組んでいた。
僕が徹夜で組み上げた専用装備のおかげで、前のように触れなくても、彼らの魔法が自壊することはない。
だが、自分の冷却ファンを作り忘れてまで彼らのバグを修正した僕を――彼らは今度は、自分たちが何があっても守り抜くべき『基幹システム』として認識しているらしい。
それは不器用な恩義か、あるいは現場監督に対する絶対の信頼か。
いずれにせよ彼らは、自分たちの核を中心とした、強固な一つの『システム』として稼働し始めていたのだ。
ギギギ……。
錆びついた扉を開け、薄暗い店内へと足を踏み入れる。
「……昨日の今日で、また来やがったのか、物好きなガキ共」
カウンターの奥でガラクタを弄っていた番人のゼムが、片目の魔導ルーペを光らせて顔を上げた。
そして、僕たちを一瞥した瞬間――その濁った隻眼が、驚きに見開かれた。
「……なんだ、お前ら。随分と面構えが変わったじゃねえか」
ゼムの視線が、カイルの腰に差された杖と、リアが大事そうに抱えている無骨な銃でピタリと止まった。
「……おい。坊主」
ゼムの声が、微かに震えていた。
「まさか本当に、一晩でそれを組み上げやがったのか!?」
彼はカウンターから身を乗り出し、食い入るようにカイルの杖を見つめる。
「そんな一級品の純度を誇る杖に、ただの鉄屑だった排熱フィンを直付けだと……? それに嬢ちゃんの持ってるそれ、『音叉の長杖』を切り刻んで銃身にしやがったのか!?」
「……言ったでしょう、素材にするって。確かに回路の純度も組み方も最高級の芸術品ですが、排熱構造が甘いままじゃ、あいつらのイカれた出力には耐えられないんですよ」
僕は徹夜明けの重い肩を回しながら、ひどく疲れた声でボヤいた。
ゼムは頭を抱えるようにして天を仰いだ。
「イカれてやがる……。これほど精密な魔力回路に、無骨な排気管を直に溶接するなんて、普通の職人ならビビッてできねえ芸当だ。……だが」
ゼムはカイルとリア、そしてガレットの『重力の手甲』を改めて見渡し、深く、感嘆の息を吐いた。
「理にかなってやがる。……こんな不格好で危なっかしい代物を、迷いなく握るお前さんらの『覚悟』もな」
彼は技術者として、僕の常識外れの最適化と、それを信じて武器を取った仲間たちを認めたように、ニヤリと口角を上げた。
「で? 今日は何の用だ。まさか、またガラクタを漁りに来たんじゃあるまい」
「いえ。今日は『僕の分』のパーツを探しに来ました」
僕はカウンターに歩み寄り、単刀直入に要件を切り出した。
「脳の処理を肩代わりしてくれる『外部端末』。それと、視覚情報を拡張するためのレンズの素材です」
僕の要求を聞いたゼムは、片目のルーペで僕の体をジロジロと舐め回すように観察し――やがて、深くため息をついた。
「……お前、自分の身を削ってまで嬢ちゃんたちの武器を弄り回したな? その体、今にも焼き切れそうな熱を持ってるじゃねえか」
「……わかりますか?」
「当たり前だ。だがな、お前さんの無茶な排熱を誤魔化せるような魔導具なんて、普通のジャンクじゃ、起動した瞬間にドロドロに溶けちまうぞ」
ゼムは呆れたように肩をすくめる。
「……そこをなんとかするのが、あんたの店の『失敗作』でしょう?」
僕が食い下がるように笑いかけると、ゼムはピタリと動きを止め――やがて、喉の奥で「クックッ」と歪な笑い声を漏らした。
「……言うじゃねえか、悪党め。いいだろう、お前さんがそこまで命知らずだって言うなら……とっておきの『禁忌』を出してやる」
ゼムは店の最奥、厳重に何重もの鎖で封印された鉄の箱を引きずり出してきた。
ガシャン、と重々しい音を立ててカウンターに置かれたその箱を開けると、中には――漆黒の金属で打たれた、何の装飾もない一本の『黒い棒』が収められていた。
「……なんだ、これ」
カイルが怪訝そうに眉をひそめる。
「うわっ……なんか、すっごく気味が悪いんだけど……」
リアが身震いして両腕をさすり、ユラは「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げ、ガレットも無言のまま警戒するように、彼女たちよりも一歩前に出ている。
「過去の天才が作り上げ、そして誰にも扱えずに封印された遺物。……『虚無の杖』だ」
ゼムは忌々しそうに、その黒い棒を指差した。
「こいつはとんでもない計算能力を誇る魔法の道具だが……動かすための『魔力』の要求量が桁違いなんだ」
「要求魔力が高い……?」
「ああ。普通の魔法使いが握った瞬間、全身の魔力を一瞬で吸い尽くされて、干からびたミイラになっちまう。……いわば、触れた者の命を喰らう『呪いの装備』さ」
ゼムの言葉に、ガレット以外の三人が息を呑んで後ずさる。
だが、僕はその漆黒の杖から目を離せなかった。
(計算能力が桁違いで、莫大な魔力を要求する、だって……?)
僕の瞳の奥で、青白い光が明滅する。
魔法適性ゼロでありながら、測定不能の魔力を抱える僕。
もちろん、これを持ったからといって僕の根本的なバグ――『魔法を外部に出力できないOSの不在』が直るわけではない。
生き残るためには、やはり学院の中枢サーバーに直結して自分専用のドライバを書き換える必要がある。
だが、他人の術式へ介入する際の突発的な脳のオーバーヒートなら、どうだ……?
この大飯食らいの杖に演算処理を丸投げし、ついでに僕の余剰魔力を燃料として食わせることで、一時的に熱を逃がすことができる。
あくまで、戦闘時限定――『外付け』の処理装置。
「……最高じゃないですか」
徹夜明けの疲労も忘れ、僕は獲物を見つけた猛獣のように青白い瞳をギラつかせると、鉄の箱へと身を乗り出した。
「おい、ラビ!? やめろ!」




